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第7話 美しき番人

 無事に『社交シーズンの長期休暇』を許可された、テオの親友のレオポルドと、テオの幼馴染のオズヴァルド。二人は馬車の貸し出しを断って、体力があって足の早い駿馬しゅんめを二頭借りることにした。――馬車に乗れば快適で安全に領地へ到着できるが、その分移動時間がかかる。一刻も早くテオの元へ向かいたい二人は、快適さよりも、移動スピードを選んだ。


「ここ、聖都ステルラから木の国ディエボルンのアルバーニ領には、およそ二、三日で到着できるだろう」


 地図を広げて目的地を確認するオズヴァルドに、馬の首周りを優しくなでていたレオポルドは、不満げな表情を隠さずに口を開いた。


「オズ、お前さぁ。テオのことが嫌いなんじゃなかったの?」


 オズヴァルドは地図を丸めて、皮革ひかく製のリュックの中に差し込むと、レオポルドに振り向いた。


「何故、そう思う?」


「だってさぁ。オズって、誰に対しても公平な性格なのに、テオにだけ当たりが強いじゃん? お前以外の人間は、皆こう思ってるはずさ。『オズヴァルドはテオのことが嫌いだ』ってね」


「テオにだけ不遜な態度を取っているつもりはないのだが?」


 本気で思い当たる節がないらしいオズヴァルドの様子を見て、レオポルドは呆れてしまった。


「……まさか無自覚だったとはね。――言っとくけどお前、テオに苦手意識持たれてるぞ。今ならまだ間に合うから、お前はここに残ったほうがいいんじゃないか?」


 「ったく。好きな子にだけ意地悪とか。……ガキかよ」と、レオポルドは小声で毒づいた。「……この際だから言っておくが」と、オズヴァルドは前置きをして、


「ボクとテオは、物心がつく前からの幼馴染で、家族ぐるみの付き合いをしている。……それなのに、テオがボクに稚拙な感情を持つはずがない。ボクとテオの関係は、お前とは違うからな」


 言外に、『運よくテオと同室になり、親友というポジションを得たのは、たまたまなんだよ。ボクの立場はお前よりも上だ』と言われてしまった。


 レオポルドは、ハッと冷笑を浮かべる。


「……年下のくせに、相変わらず生意気なヤツだな。お前って」


 その言葉に、オズヴァルドは、フンと鼻を鳴らした。


「たかだか一歳の違いだろう? それに、ボクは飛び級しているから、学年はテオとお前と同じなんだが?」


「……あー言えばこー言う」


 捨て台詞を吐き捨てて、レオポルドは左足をあぶみにかけて右足で地面を蹴り、軽々とくらに座った。その動作には一切の無駄がなくて、見る者に気品を感じさせる程だった。


 オズヴァルドの視線に気がついたレオポルドは、眉根を寄せて、なんだよ? と言ってきた。


「普段、チャラチャラしているが、お前も一応は聖騎士見習いなんだなと思っただけだ」


「はあ? なんだよ、それ。嫌味かよっ」


 「さぁな」と、オズヴァルドはリュックを背負い、自分も馬にまたがった。それから、顔を半分だけ後ろに向けると、レオポルドに向かって口を開く。


「無駄口をたたいていると、今夜は野宿することになるぞ」


 レオポルドは、うぇ~、と舌を出して嫌な顔をした。


「それじゃあ、さっさと行こうぜ。オズと二人っきりの野宿なんて、ぜってーヤダもんね」


「同感だ」


 二人は馬の横腹を蹴ると、テオの元へと急いだ。






 ――そして、二日目の夕方。


 テオを心配して、わざわざディエボルンのアルバーニ領までやってきた二人は、テオの姉――カロリーナ・ラ・アルバーニの妨害によって、聖都ステルラに追い返されようとしていた。……その主な理由は、レオポルドの隣に、オズヴァルドが立っているせいだった。


「……やっぱり、オレ一人で来たほうがよかったんじゃないか?」


「うるさい。黙っていろ」


 オズヴァルドと共に居るせいで、レオポルドまで『テオの敵』だと認識されてしまった。黒い髪と赤い瞳を持つ美しき番人は、騎士のように玄関の扉を守り、二人を十歩も離れた場所に立たせたままである。


 ――もうすぐ日が暮れようとしている。今夜の宿をとっていない二人は、アルバーニ領に居ながら野宿をする羽目になってしまう。


「せっかくここまで来たのに、ここに来てオズと二人で野宿とか、本気で勘弁して欲しい」


「同感だ」


 二人がコソコソ言い合いをしていると、玄関の方から、パシン! と乾いた音が聞こえてきた。


 レオポルドは恐る恐る、カロリーナに視線を向けた。すると、いつどこから取り出したのか、カロリーナは教鞭マルティネを手に持ち、据わった目を二人に向けていた。


 どこからどう見ても『悪女』にしか見えないカロリーナの姿に、レオポルドは笑顔が引きつりそうになるのをなんとか堪えて、右隣に立つレオポルドの脇腹を肘でつついた。オズヴァルドは視線だけを寄越し、なんだ? と小声で問うてきた。


『オレ。テオから、『キャリー姉上は女神のように優しい人』って聞いてたんだけどさ。……あの人、テオのお姉さんで会ってるんだよな?』


 レオポルドが小声で訊ねると、オズヴァルドはこくりと首肯した。


「どこからどう見ても、女性版のテオだろうが」


「で、でも、優しいって……」


「優しいさ。……テオに対してはな」


「なんだそれ。そんなのは『優しい人』って言わないんだよっ」


「文句なら、ボクじゃなくて、テオに言え」


 お互いに脇腹をつつき合いながら、コソコソ言い合っていると、パシン! と再び乾いた音が聞こえてきた。


「――何をコソコソとお喋りをしているの? ……それと、あなた」


 教鞭を向けられたレオポルドは、まるで訓練をしている時のような気分で、ビシッ! と体勢を正した。


「あなた。もう一度お名前を――」


「姉上」


 突如、頭上から振ってきた中性的な声に、三人は上を見上げる。そこには、囚われの姫さながらに、テオ・ド・アルバーニが二階の窓から顔を覗かせていた。


 「テオ……!」と、レオポルドは嬉しさのあまり泣きそうな声で名前を呼んだ。


 最後に別れた日から、まだ二週間も経っていないのに、やつれてしまったテオの顔に胸が締め付けられる。


 テオは、久しぶりだね、と儚く笑って、視線をカロリーナに移した。


「姉上。レオとオズは俺の大切な友人です。手厚くもてなしてくださいね」


 にこりと微笑みを向けられたカロリーナは、先程までの態度から一変して、お姉様に任せてちょうだい! と明るい声で応えたのだった。

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