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第6話 噂

「なぁ! あの噂聞いたか?」


「聞いた、聞いた。まさかテオ様が、あのような酷い目に合われるなんてな」


「今すぐに慰めて差し上げたい」


「お前の家の格じゃあ、近寄ることも無理だってーの」


 演練場の端で、休憩しながら談笑をしている聖騎士見習いの少年達の元に、一人の男が真っ直ぐ向かっていく。


 男の名前は、オズヴァルド・ガレッディ侯爵家子息。満天の星々を連想させるきらめく銀髪をサラサラと揺らし、静かな湖面に晴天の青空が映ったような青い瞳で少年たちをまっすぐ見据える――ガレッディ家の次男であり、オルランドの弟だ。


「休憩を邪魔してすまない。その話。詳しく聞かせてくれるか?」


 高貴な品格を感じさせるバリトンボイスの主に、一同は視線を集中させ、その後一様に顔を青ざめさせた。「ガ、ガレッディ先輩だ!」と、四人の内の一人が叫んだ瞬間、オズヴァルドを避けるように、四人の少年達は一斉に逃げ出した。


「あっ、おい! 待て、お前達!」


 しかし行く手を阻む者――レオポルド・フォン・イテーリオが現れて、少年達は二の足を踏んだ。


「はいは〜い! ちょーっと話を聞かせてくれるだけでいいんだよ。逃げないで、可愛い子ちゃん達」


 そう言ってレオポルドがウィンクをすると、少年達は熱に浮かされたように、トロンとした目をレオポルドに向ける。


「……なんでも聞いて下さい、レオポルド様」


「わぁ〜、ありがとう! 協力的で助かるよ」


 レオポルドがにっこり笑うと、少年達はポッと頬を赤らめた。悠々とレオポルドに近づいたオズヴァルドは、少年達の様子を見て顔をしかめる。


「……相変わらず、お前の魅了その力は恐ろしいな。ボクとテオに効かなくてつくづく良かったと思うよ」


 ここ聖都ステルラの聖騎士養成所には、家門を継ぐことができない貴族の子息や、立身出世を夢見る平民の男子達が入学してくる。しかし誰でも受け入れてもらえるわけではなく、突出した何かしらの能力がなければ、入学試験を受けることさえ出来ない。


 レオポルドの能力は、男女問わず虜にしてしまう魅了の力である。ただし、理由は不明だが、何故かオズヴァルドとテオには魅了の力が利かないのだった。


「うるさいなぁ。話しかけただけで逃げられたまぬけなヤツは黙っててくれる?」


「……皮肉を言っていないで、さっさと話を済ませろよ」


 「フン」と、レオポルドは鼻を鳴らして、少年達からテオについての情報を聞き出した。






 ――それから数分後。


「いろいろ教えてくれてありがとね! もう行ってもいいよ」


 レオポルドが再びウィンクをすると、少年達にかかっていた魅了の力が解除される。「あれ? 俺達、何してたんだっけ?」と、魅了にかかる前後の記憶を失った少年達は、首を傾げながら演練場に戻っていった。


 少年達を見送ったレオポルドは、眉を吊り上げて、隣に立っているオズヴァルドを睨みつけた。


「どういうことだよ、オズ。テオから何も連絡が来ないのは、お前が尊敬する立派なお兄様のせいらしいじゃないか」


 レオポルドを一瞥したオズヴァルドは、カリッと親指の爪を噛んで、少年達から聞いた話の内容を反芻する。


「いや、まさか、そんな。兄上がテオの婚約者に手を出すなんて、そんなはず……」


 話を信じきれないオズヴァルドを、レオポルドはじろりと睥睨した。


「でも現に、テオとは音信不通になってるし、さっきの子達も口を揃えて同じ事を言ってたじゃないか」


 「……手紙を書いて、事実を確認する」と、オズヴァルドは寮に向かって歩き出そうとしたが、レオポルドに行く手を遮られる。「どいてくれ」と言うと、レオポルドは「ヤだね」と言って腕組みをした。


「今から手紙を送っても、返事が来るまでに数日かかるだろ。それに事が事だから、何の返事も来ないかもしれないし、話を誤魔化される可能性だってあるじゃないか」


 「……だったらどうする?」と、オズヴァルドが眉間にシワを寄せると、レオポルドはパチンと指を鳴らした。


「幸い今は社交シーズンで、オレ達は貴族だ」


「だからどうした?」


 「も〜! 頭が良いくせに鈍いなぁ」と、レオポルドはため息をつく。サラサラの赤い髪をガシガシと掻き混ぜたあと、オズヴァルドの鼻先に、人差し指を突きつけてきた。


「テオがどうして長期休暇を認められたのか忘れたの? オレ達は聖騎士を目指しているから、本来は俗世と縁を切らなきゃならない。でも、創世神を唯一神として崇めているステルラは、創世神が生み出した五柱の神も尊重している。そして、オレ達貴族の中には、少なからず神の血が混ざっていると言われてるだろ?」


「ああ。だから貴族の中には貴重な能力を持った者がいて、その者は神の血が濃いとされている。だから聖騎士になっても婚姻を許される例が……」


 オズヴァルドはある答えに思い至り、バッと顔を上げて、レオポルドを見た。


 「やっと気づいた?」と、レオポルドは両手を腰に当てて、ニッと白い歯を見せて不敵に笑った。


「オレ達貴族の聖騎士見習いは、伴侶を見つけるって理由で、社交シーズンの長期休暇が認められてるってこと!」


 「理解できたなら、さっそく休暇の手続きに行くよ!」と、レオポルドは校舎に向かって走り出した。「ああ」と、オズヴァルドは頷いて、レオポルドの後を追いかけたのだった。

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