ペダグラルファ大陸にある、
祖国を出て、聖都ステルラの聖騎士養成所に通っているのは、アルバーニ伯爵家次男のテオ・ド・アルバーニである。
テオは、久しぶりに帰国した春の庭園で、信じられない光景を目にしていた。その光景とは、自分の婚約者と親友が睦み合う様子だった。
魔がいいのか、魔が悪いのか。
すでに事は終わった後のようで、クラーラが男の膝上から降りようとすると、クラーラの唇を追いかけて、テオの親友のオルランドが口づけをした。
「んっ、あ、は……っ、……オーリー。これ以上はだめよ。そろそろ、テオ様が帰ってくる時間だわ」
そう言って、ドレスを整えるテオの婚約者クラーラを、熱の籠もった眼差しで見つめるのは、テオの親友であるオルランド。
「――俺は一体、何を見せられているんだ?」
囁くように呟いた言葉だったが、風に運ばれたのか、二人の耳に届いたらしい。
「っ、テオ様……っ!?」
「ち、違うんだ、テオ。これは、その、」
こんな真っ昼間から堂々と屋外で睦み合っておいて、それでもまだ言い訳をしようと慌てる二人の滑稽な姿に、テオは泣きそうな気分でハッと冷笑した。
――時は遡り、ある日の夜。
テオは下宿先の男子寮で、古びた机に向かって手紙をしたためていた。
書き終わった文面に何度も目を通して、慎重に封蝋で刻印し終わった時、ムニッと頬を指で突かれてしまう。
テオは封筒を机の端に置くと、ムニムニッと頬をつついてくる長い指を払いのけた。
「俺の顔は
レオと呼ばれたテオのルームメイト、レオポルド・フォン・イテーリオは、夕焼けの茜色の空のような赤い髪を揺らしながら軽快に笑う。
「婚約者への帰国の手紙は書き終わったんだろ? テオが相手してくんないとつーまーんーなーい〜」
テオにぎゅっと抱きついて、耳元でわあわあ騒ぐレオポルドに、ハハハと乾いた笑い声を上げる。
「……別に俺の側にひっついてなくても、レオなら引く手
――ここは男子校だけど。
と、いう言葉は飲み込んだ。自分はバイセクシャルであると公言しているレオポルドには、交際する相手が男であろうと女であろうと関係ないのだから。そんな事を考えながら勉強机の目の前にある窓から星空を眺めていると、今度は指ではなく、レオポルドの冷たい頬がテオの頬にグリグリと擦りついてきた。
「テオってば酷いじゃん〜! オレはこんなにテオのことが大好きなのに〜!」
――レオポルドの病気が、また始まったか。
テオは思わずため息を吐いた。
「あっ! 酷い! 今、面倒くさい男って思ったでしょ!?」
「思ってないない」と、テオは首を左右に振り、内心では面倒くさいなぁと思っていた。
遠い目をするテオの顔を覗き込んだレオポルドは、ぷくっと両頬を膨らませる。そして、テオの頭を後ろから抱きしめながら、黒髪に頬をつけてスリスリし始めた。
「テオってさぁ、異常なくらい男にモテるじゃん?」
とてつもなく不名誉なことだが、言っていることは正しいので、テオはこくりと頷いた。
「ほら! 見てみなよ、自分の顔!」
レオポルドは言って、テオの顔を両手でがっちり押さえると、窓ガラスに映るテオの顔を強制的に見せつけた。
――これ、なんの拷問?
「茶色がかったツヤツヤの黒髪に、女も嫉妬するような毛穴一つない白皙の肌! 子猫みたいなツリ目の奥には、一級品のルビーみたいに澄んだ赤色の瞳が嵌ってる。おまけに童顔でめっちゃかわいい顔してんの!」
「おおー。レオ、お前、食レポで食っていけるよ」と、テオは拍手を送る。
「えへっ、そうかな〜? じゃなくて! オレはテオのことを心配してんの!」
「てか、なんで食レポ!?」と、落ち着きのないレオポルドに苦笑しながら、テオは封筒を手に持って椅子から立ち上がった。
「聖
「それに、俺にはかわいい婚約者がいるからね」と言って、テオは笑顔で封筒を揺らしてみせた。途端、レオポルドの表情が不快そうに歪んだ。
「テオの婚約者って、
テオはきょとんとレオポルドを見上げた。――レオポルドとは八センチメートルの身長差があるので、毎回首が痛くなる。
「なんだ、レオ。お前、クラーラに会ったことがあるのか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。上目遣いの破壊力が……っ!」と言って、顔を覆ってしまったレオポルドに冷たい視線を向けて、テオはレオポルドの横を通り抜けようとした。
しかし、正気を取り戻したレオポルドに手首を掴まれ引き寄せられた。思わずたたらを踏んだテオの顔を、翡翠に似た新緑の瞳がじっと見つめてくる。不覚にも、ドキッとしてしまったテオに、レオポルドは言った。
「人づてにだけど、最近の社交界で、カステリアーノ嬢が、オルランド・ガレッディ侯爵子息と行動を共にしていると聞いた。……なにがあっても動揺するな。社交界ではよくある話だからな」
テオはアルバーニ家の自室にこもり、涙を流しながら笑った。
「……このことを忠告してくれてたんだな、レオ。でも――」
――だったらいっそのこと、引き止めてくれた方が良かった。
カーテンを締め切った薄暗い部屋の中で、テオは扉に寄りかかり、立てた両膝の間に顔を埋めて嗚咽をもらしたのだった。