絶対勝つって約束したのに。
結と、奏ちゃんと。つながりの力を見せてやるって、そう言ったのに。
試合場を出る。まともに前が見れない。会場からざわついた声が聞こえるが、そんなの一切俺の耳には入ってこない──。
「せんせーッ! うぇ~~~~~んッッ!」
と思いきや、やたらと甲高い泣き声だけは鮮明に聞こえてきた。
「納得いかない納得いかない納得いかないですぅ!」
ボコボコ、と結が俺の腰に纏わりついては胴を殴ってくる。痛くはないが心に刺さる。
何も言うことができず、しばらく泣き続ける結を宥めていると、
「剣晴さん、今すぐ審判に異議申し立てをしましょう。私も結ちゃんと同じ意見です。あんな節穴な目しか持たない腐れ審判なんぞ、今後一切旗を持つことすら禁ずるべきです」
向こうの方から、奏ちゃんも遅れて瞳孔を開きながら言ってくる。冷静だけど内心ブチ切れているのがよく分かる。楓先生がキレた時より怖いな。
「ぬぅ……審判も人間故に、ミスはあるとは思うが……これは些かなぁ。黒神 楓氏の位置からは打突がしっかり確認できたからこそ、ヌシに上げたんだと思うぞ」
佐々木も佐々木で判定に納得がいかないらしく、顎髭を撫でながら渋い顔をしていた。
「しかし、良い試合だったよ雨宮。なんせあの『天照』に傷を入れたんだ。全国を見てもヌシだけだよ。天晴だッ!」
「そうですよぅ! せんせーはやっぱりすごかったです! ゆい、この前の決勝よりも感動してふぇえええええええええええ……」
「結ちゃん、剣晴さんが一本取ったあたりで泣き出しちゃって……」
いよいよ涙腺の崩壊が本格的になった結ちゃんの頭を撫でながら、苦笑いして目元を拭う奏ちゃん。君もちょっと泣いてたのか……って、それよりも。
「ごめんな……君たちは頑張ったのに、俺は不甲斐ない結果で……」
師匠としての面目丸つぶれだなぁ、と思っていたら。
「何言ってるんですか?
せんせーはすごくカッコよかったです。
ゆい、もっとせんせーに教えてほしいって思いました」
結が、そんなことを言ってきて。
「私もです。やっぱり私の目に狂いはありませんでした。
勝敗よりもつながりを大事にするという、あなたの心がより強く見えました。
真実を誰よりも理解しているのは他ならぬ兄です。本当に……ありがとうございました」
奏ちゃんも、そう言ってきた。
俺を優しく見つめてくる二人に、一瞬言葉を失った。
「見てください、剣晴さん」
奏ちゃんが、向こうの──千虎のいる方を指さす。
「兄は面も取らず、まっすぐにあなたを睨んでいます。なまじ頭がいいから、この戦いの真実を誰よりも理解できてしまっているんです」
本当だった。アイツは勝ったというのに立ちっぱなしで、竹刀を握り締めたまま俺の方をずっと睨んでいる。目しか分からないが、顔は相当な怒りに歪んでいるだろう。
周囲の記者たちも、千虎から滲み出る怒りのオーラに中てられて近づけずにいた。
そして、とうとう踵を返し、この道場から荷物も持たずに立ち去った。
まるで、かつて決勝で負けた俺のように──。
「兄は今、独りですね。でも……剣晴さんはどうですか?」
膝の上に結。手の届く位置に奏ちゃん。
「せんせーには、結がいるもん!」
「そうです、私もいます。これが全てじゃないですか?」
二人の弟子が、満面の笑みで俺の手を取ってくれる。
「──あ」
フラッシュバックする光景。あの日の敗北。冷たい、孤独なロッカールーム。
俺の周りには誰もいなかった。孤独だった。たった独りで、冷たい世界で泣いていた。
それが今やどうだ。俺の周りには……こんなにも手をつないでくれる人たちがいる。
「ヌハハハハッ! さすが我が好敵手よな! 儂も負けてられんのぅ!」
……弱冠一名、余計なのいるけど。
「ついでに言えばアタシもいるぞ」
さらに追加。黒神 楓先生。満足げに頷きながら歩み寄ってきた。
「いい試合だったよ。最後は本当にすまなかった。あの判定はこちらに非がある。アタシが招集したくせに、しっかりとした判定を下す人物を用意できなかった……」
そして、驚いたことに丁寧に頭を下げてきた。
「ちょ、先生……ッ」
「止めるな。ケジメだ。今後はこんなことがないよう、審判の講習と指導にも力を入れていく」
こんなしおらしい先生は初めてだった。それほどまでにあの判定はこの人にとっても痛恨だったのだろう。でも、先生はしっかりこっちに上げてくれた。
「いえ、僕が甘かったんです。ああいう判定を下させてしまうような立ち回りした僕が甘かった。次は……微妙な判定なんてないくらいに、アイツを圧倒してやりますよ」
結と奏ちゃんの手をにぎにぎしながら楓先生に告げる。
二人の少女に挟まれている俺の画が想像以上に面白かったのか、先生はぷっ、と噴き出し、
「くっはっは……JSハーレムをキメながらそんなドヤ顔されてもな……」
ツボに入ったのか、爆笑し続ける先生。
そんな先生を見ていると、二人の愛弟子が俺の袖を引っ張ってきた。
「せんせー」
「剣晴さん」
剣を斬り結び、剣戟を奏でる少女たちから、心が向けられる。
一瞬だけ二人は顔を見合わせてから照れたように笑い、「せーの」と合図して、
「「これからも、私たちに剣道を教えてくれませんか?」」
俺は孤独ではないと、教えてくれた。
「ああ……」
俺は負けた。天を斬ることはできなかった。
それでも、独りじゃなかった。人とのつながり。剣を通じて心を通わす喜び。
あの時とは違うと実感が湧いて──涙が零れた。
「せ、せんせー……っ、どうしたんですか? どこか痛いんですか?」
「ゆ、結ちゃん。ここはアレだよ。痛いの痛いのとんでけー、って」
「そ、そうだね! 痛いの痛いの、とんでけ~っ!」
「とんでけ~っ!」
俺がどこか痛めたと勘違いしたようで、二人は手を万歳するようにして仰ぐ。
そんな姿がどこか可笑しくて、涙と一緒に笑みも溢れてきた。
「はは、なんだよ、それ……どこも痛めてねぇよ……はははっ」
「え、そうなんですか? じゃあなんで泣いてるんですか?」
「とりあえず防具外しましょう。打突の痕とかも冷やさないと……」
二人が甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれる。
ああもう、愛おしい。可愛らしい。今だけ言うわ。俺の弟子可愛すぎる。
『
「ありがとな──二人とも」
ぽむ、と二人の頭に手を置いて抱き寄せる。
「わっ……」
「け、剣晴さん……」
「ちょっとだけ、こうさせてくれ」
女の子らしい、やわこい肌と体。この内側には計り知れない可能性と心が詰まっている。
この子たちと関われて幸せだ。
そのことを噛み締めながら、俺はしばらく泣き続けていた。