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第40話:今日はロリコンでも

 絶対勝つって約束したのに。


 結と、奏ちゃんと。つながりの力を見せてやるって、そう言ったのに。

 試合場を出る。まともに前が見れない。会場からざわついた声が聞こえるが、そんなの一切俺の耳には入ってこない──。


「せんせーッ! うぇ~~~~~んッッ!」


 と思いきや、やたらと甲高い泣き声だけは鮮明に聞こえてきた。


「納得いかない納得いかない納得いかないですぅ!」


 ボコボコ、と結が俺の腰に纏わりついては胴を殴ってくる。痛くはないが心に刺さる。

 何も言うことができず、しばらく泣き続ける結を宥めていると、


「剣晴さん、今すぐ審判に異議申し立てをしましょう。私も結ちゃんと同じ意見です。あんな節穴な目しか持たない腐れ審判なんぞ、今後一切旗を持つことすら禁ずるべきです」


 向こうの方から、奏ちゃんも遅れて瞳孔を開きながら言ってくる。冷静だけど内心ブチ切れているのがよく分かる。楓先生がキレた時より怖いな。


「ぬぅ……審判も人間故に、ミスはあるとは思うが……これは些かなぁ。黒神 楓氏の位置からは打突がしっかり確認できたからこそ、ヌシに上げたんだと思うぞ」


 佐々木も佐々木で判定に納得がいかないらしく、顎髭を撫でながら渋い顔をしていた。


「しかし、良い試合だったよ雨宮。なんせあの『天照』に傷を入れたんだ。全国を見てもヌシだけだよ。天晴だッ!」


「そうですよぅ! せんせーはやっぱりすごかったです! ゆい、この前の決勝よりも感動してふぇえええええええええええ……」


「結ちゃん、剣晴さんが一本取ったあたりで泣き出しちゃって……」


 いよいよ涙腺の崩壊が本格的になった結ちゃんの頭を撫でながら、苦笑いして目元を拭う奏ちゃん。君もちょっと泣いてたのか……って、それよりも。


「ごめんな……君たちは頑張ったのに、俺は不甲斐ない結果で……」


 師匠としての面目丸つぶれだなぁ、と思っていたら。





「何言ってるんですか? 

 せんせーはすごくカッコよかったです。

 ゆい、もっとせんせーに教えてほしいって思いました」





 結が、そんなことを言ってきて。





「私もです。やっぱり私の目に狂いはありませんでした。

 勝敗よりもつながりを大事にするという、あなたの心がより強く見えました。

 真実を誰よりも理解しているのは他ならぬ兄です。本当に……ありがとうございました」





 奏ちゃんも、そう言ってきた。

 俺を優しく見つめてくる二人に、一瞬言葉を失った。


「見てください、剣晴さん」


 奏ちゃんが、向こうの──千虎のいる方を指さす。


「兄は面も取らず、まっすぐにあなたを睨んでいます。なまじ頭がいいから、この戦いの真実を誰よりも理解できてしまっているんです」


 本当だった。アイツは勝ったというのに立ちっぱなしで、竹刀を握り締めたまま俺の方をずっと睨んでいる。目しか分からないが、顔は相当な怒りに歪んでいるだろう。


 周囲の記者たちも、千虎から滲み出る怒りのオーラに中てられて近づけずにいた。

 そして、とうとう踵を返し、この道場から荷物も持たずに立ち去った。

 まるで、かつて決勝で負けた俺のように──。


「兄は今、独りですね。でも……剣晴さんはどうですか?」


 膝の上に結。手の届く位置に奏ちゃん。


「せんせーには、結がいるもん!」

「そうです、私もいます。これが全てじゃないですか?」


 二人の弟子が、満面の笑みで俺の手を取ってくれる。


「──あ」


 フラッシュバックする光景。あの日の敗北。冷たい、孤独なロッカールーム。

 俺の周りには誰もいなかった。孤独だった。たった独りで、冷たい世界で泣いていた。

 それが今やどうだ。俺の周りには……こんなにも手をつないでくれる人たちがいる。


「ヌハハハハッ! さすが我が好敵手よな! 儂も負けてられんのぅ!」


 ……弱冠一名、余計なのいるけど。


「ついでに言えばアタシもいるぞ」


 さらに追加。黒神 楓先生。満足げに頷きながら歩み寄ってきた。


「いい試合だったよ。最後は本当にすまなかった。あの判定はこちらに非がある。アタシが招集したくせに、しっかりとした判定を下す人物を用意できなかった……」


 そして、驚いたことに丁寧に頭を下げてきた。


「ちょ、先生……ッ」

「止めるな。ケジメだ。今後はこんなことがないよう、審判の講習と指導にも力を入れていく」


 こんなしおらしい先生は初めてだった。それほどまでにあの判定はこの人にとっても痛恨だったのだろう。でも、先生はしっかりこっちに上げてくれた。


「いえ、僕が甘かったんです。ああいう判定を下させてしまうような立ち回りした僕が甘かった。次は……微妙な判定なんてないくらいに、アイツを圧倒してやりますよ」


 結と奏ちゃんの手をにぎにぎしながら楓先生に告げる。

 二人の少女に挟まれている俺の画が想像以上に面白かったのか、先生はぷっ、と噴き出し、


「くっはっは……JSハーレムをキメながらそんなドヤ顔されてもな……」


 ツボに入ったのか、爆笑し続ける先生。

 そんな先生を見ていると、二人の愛弟子が俺の袖を引っ張ってきた。


「せんせー」

「剣晴さん」


 剣を斬り結び、剣戟を奏でる少女たちから、心が向けられる。

 一瞬だけ二人は顔を見合わせてから照れたように笑い、「せーの」と合図して、





「「これからも、私たちに剣道を教えてくれませんか?」」





 俺は孤独ではないと、教えてくれた。


「ああ……」


 俺は負けた。天を斬ることはできなかった。


 それでも、独りじゃなかった。人とのつながり。剣を通じて心を通わす喜び。

 あの時とは違うと実感が湧いて──涙が零れた。


「せ、せんせー……っ、どうしたんですか? どこか痛いんですか?」

「ゆ、結ちゃん。ここはアレだよ。痛いの痛いのとんでけー、って」

「そ、そうだね! 痛いの痛いの、とんでけ~っ!」

「とんでけ~っ!」


 俺がどこか痛めたと勘違いしたようで、二人は手を万歳するようにして仰ぐ。

 そんな姿がどこか可笑しくて、涙と一緒に笑みも溢れてきた。


「はは、なんだよ、それ……どこも痛めてねぇよ……はははっ」

「え、そうなんですか? じゃあなんで泣いてるんですか?」

「とりあえず防具外しましょう。打突の痕とかも冷やさないと……」


 二人が甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれる。

 ああもう、愛おしい。可愛らしい。今だけ言うわ。俺の弟子可愛すぎる。


 『剣聖』は決してロリコンじゃないけど、今日だけはそれでもいいや。


「ありがとな──二人とも」


 ぽむ、と二人の頭に手を置いて抱き寄せる。


「わっ……」

「け、剣晴さん……」

「ちょっとだけ、こうさせてくれ」


 女の子らしい、やわこい肌と体。この内側には計り知れない可能性と心が詰まっている。

 この子たちと関われて幸せだ。


 そのことを噛み締めながら、俺はしばらく泣き続けていた。




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