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第25話:キャットファイト

 ──キャットファイト、ラウンド1。まずはお掃除。


 昨日、結ちゃんが来るに当たって一通り綺麗にしたのだが、奏ちゃんは部屋の隅まで手を伸ばし、俺が見落としていた埃やゴミまでルンバのごとく回収していく。分別できていないゴミも手際良く分け、あっという間にピカピカになった。


「ふむ、兄の部屋よりは綺麗ですね。部屋の隅までもっと意識を広げるといいですよ剣晴さん」

「はい……すいませんでした」


 小学五年生にガチな助言をもらってしまった……もっと丁寧に掃除します。

 さて、まるで歴戦のお母さんのような動きを見せる奏ちゃんに対して結ちゃんは……、


「結ちゃん……?」


 ──ずぶ濡れだった。

 そうはならんやろ、ってツッコミたくなるくらい見事にバケツを被っていた。


「ふえぇ……滑って転んだらバケツが降ってきた~……」


 部屋が綺麗になるどころか……かえって汚れてしまうという惨事。

 そういえば、部屋も片付けられていなかったみたいなことを、楓先生から聞いてたっけ。


「やれやれ。仕方ない……」


 奏ちゃんと俺で結ちゃんを助け、むしろ掃除をフォローする羽目になった。





 キャットファイト、ラウンド2。料理対決。


「さぁどうぞ、召し上がってください、剣晴さん」


 食堂の席に座った俺と結ちゃんの前に出されたのは、いったいどこから食材を調達したのかと疑いたくなるほど美味しそうに仕上がっているカレーライス。ルーが黄土色に近いところから、おそらくは甘口だろう。


 具材はジャガイモに人参、お肉に玉ねぎ。小さく丁寧に切られていた。作ったのは奏ちゃん。エプロンと三角巾の姿が様になっている。若女将かな?


「すっげぇ美味そうだな……」

「母直伝のカレーです。味には自信があります」


 なるほど、それは期待できそうだ。隣の結ちゃんも頬を緩めてはいけないと分かっていながらも口の端から涎が垂れそうになっていた。


「それじゃあいただきます」

「……いただきます」


 ぱくり。光沢を放つ米と、スパイスが香るカレーをスプーンで掬い、一思いに食べる。


「う、うめぇ……ッ!」

「ふぉぉ……」


 俺も結ちゃんも目を見開いて感動した。こんな美味いカレー食ったことねぇぞ。

 なんていうか上品だ。普通の味とは少し違う……この味は? どこか酸味を感じる……。


「隠し味はパイナップルです。食堂のおばさんに少し分けてもらいました」


 なんという交渉力。でも確かに礼儀正しい奏ちゃんは相手が大人であればあるほど好かれそうだ。舌で蕩けるルーの味はレストランより美味しいんじゃないか?


「ぬぐぐ……美味しいぃぃ……」


 隣では結ちゃんが悔し涙を流しながらカレーをパクついていた。


「ま、負けないもん! ゆいだって作れるもん!」


 がばーっと立ち上がり、勢いよく共用のキッチンへ突撃する結ちゃん。

 一人で大丈夫だろうか……そう思ってハラハラしながら待つことしばし。


「はいッ! できました!」


 どがん! とテーブルの上に出没したそれは……食材の墓場と言うべきかなんというか。

 魚はお頭付きで刺さっており、人参と玉ねぎは丸ごとだ。なんかルー黒くない? 辛口とかじゃなくてこう……おとぎ話の魔女がデカい鍋で煮てるアレ。


「さぁ、召し上がれ♪」


 俺と奏ちゃんはこの得体の知れない食物兵器バイオハザードを目の前にして固まっていた。


「召・し・上・が・れ♪」


 ずぼっ! と強制的にゲノムのようなカレーもどきをスプーンで口に突っ込まれる。

 瞬間、口の中が刺激という名の暴力に蹂躙された。


「ぐばぁッ! 辛ぁぁッッ!」


 辛いッ! ひたすらに辛い! 固い米に火の通ってない肉! 玉ねぎとかマジで食えたもんじゃねぇ! 食材と味覚を虐待しにかかってやがる! スパイス何入れた? これ今まで味わった辛さの次元を超えてるぞ! 舌がシビれる……ッ!


「やっぱりカレーは辛い方がいいと思いまして! ですそーすというのを入れてみました!」


 結ちゃん、それ罰ゲームで舐めるヤツ。下手をすれば人の意識を刈り取れる代物だよ。

 奏ちゃんは……? この異次元の物体を食べれるのか……?


 そう思って見てみると。


「…………ギブですね」


 一口でリタイアしていた。うん、無理もない。




 キャットファイト、ラウンド3、マッサージ。

 もうこの時点で決着はついてるんだけど、言い出しづらくて。なんか二人ともすごいノリノリだし。正直俺も体をほぐしてもらえるならありがたい話だ。


 いや、別に女子小学生にもみもみされたいとかじゃなくてね。そんな疚しい気持ちは一切ないワケ。分かる?

 先攻・千虎 奏。眼鏡をくい、と動かして自信満々な様子だ。


「剣晴さん、失礼します」


 ベッドでうつ伏せになる俺に跨り、背中──広背筋あたりに手を添える。

 うお……薄いシャツ越しだから手の感触と大きさがよく分かる……。ちいせぇやわけぇ。やっぱりあまりマメはないんだな。そのせいでより女の子らしいやわこさが伝わってくる。


「ん、剣晴さん、あまり背中のストレッチをしていませんね?」

「え、ああ……そういえばやってねぇかも。触っただけで分かるのか?」

「ここまで張っているのはなかなかないです。特に腰。剣道でも腰が最も重要になるのは分かりますよね?」


 分かる。剣道で重要な部分は上から順に腰、足、腕だ。腰が出なければ足も腕も出ない。腰が入っていなければ強い打突が出せない。腰は剣道だけではなくすべてのスポーツにおいて重要な部分と言えるだろう。


「腰は重要な部分のクセに伸ばしづらいから疲れが蓄積しやすいんです」


 言いながら、奏ちゃんの体重が手から伝わってくる。中心の背骨から外に広げていくような。

 掌の底で押して解す感じか。上手い。ピンポイントで俺の張っている部分をついてくる。


「ここですか?」

「おふぅ」


 ごり、と一際気持ちイイ箇所を見つけられる。


「それと、ここもですか?」

「ぬふぅ」


 手の位置が腰からお尻の方に移動する。大殿筋だいでんきんという部分だろう。隠れている筋が奏ちゃんの手によって揉み解されていく。こう、なんだろう……固形化した疲れが溶けていく感じ。


「筋肉は繋がってます。腰とお尻は近いので、根元であるお尻から解すといいんですよ」

「上手いな……奏ちゃん、どこで教わったんだ?」

「おじいちゃんとおばあちゃんをよくマッサージしているので」


 そうだ。この子は大阪から祖父母の家に引っ越してきたんだっけ。

 掃除といい、料理といい、マッサージといい、おおよそ小学生の完成度ではない。


 一人暮らしをしてきたはずの俺が恥ずかしくなる。

 すごい欲しいこの子。一家に一台、千虎 奏。


「ふふふ……剣晴さん、ここも凝ってますね。カチカチですよ」

「うっ、奏ちゃん……そんなところまで……」

「ここがいいんですか? 分かりますよ。私のテクニックはすごいんですから」


 本当にテクニシャンだ。奏ちゃんの手が俺の気持ちイイ箇所を的確に捉えていく。変な声が漏れそうになる。普通のマッサージのはずなのに、なんか邪な気持ちがムクムクと──、


「──ん?」


 そんなことを考えながら痛気持ちイイ感覚を堪能していると、何やら隣からものすごい殺気が。目線だけ向けると結ちゃんが……その、瞳孔を開いた目で俺を見ていた。


「キモチイイですか? せんせー……」

「うん……キモチイイよ」


 何故だろう、結ちゃんの目を見てると冷や汗が止まらない。


「そうですか、小学生の女の子に気持ち良くしてもらってるんですか。いいですね」


 実際その通りなんだが、なんでそんな変な方向に捉えられそうな言い方を?


「ところでせんせー、せんせーはお尻が痛いんですか? 解してほしいんですか?」

「おお……奏ちゃん曰く、お尻を解すと腰にいい影響が出るらしいな」

「分かりました。お尻ですね?」


 口は笑顔を浮かべているが目は一切笑っていない。その手には──竹刀が一本。


「ゆ、結ちゃん……?」

「どいて、奏ちゃん」


 施術をしてくれていた奏ちゃんを手で押し退け、結ちゃんが俺の背に乗る。跨るじゃない。背中を両足で踏んでいる。体重が軽いからまだいいが……。


「な、なぁ結ちゃん──」

「こっち見ないでください」


 ごす。子どもらしいちっちゃな足で俺の頭を踏んづける。


「お尻を解すいい方法をゆいは知ってます」


 え? なになになに? 何されるの俺。なんか嫌な予感するんだけど。


「ちょ、ちょっと結ちゃん! 竹刀を逆手に構えてどうするの?」


 上では奏ちゃんが慌てた様子で結ちゃんを止めようとしている。

 踏まれていて視界が真っ暗な俺はどういうことか全く理解できない。


「邪魔しないで。ゆいの番でしょ? これがゆい流のマッサージだもん」

「その竹刀でどうするのって聞いてるの!」


 ちょっと待て。竹刀を逆手? まさか剣先で刺すつもりか?

 ……………………どこを?


「ッ、待て、結ちゃ──」


 一瞬で嫌な予感が電気のように脳を駆け巡り、必死に止めるが、


「女の子にお尻を揉まれてニヤニヤしてるイケナイ『剣聖』さんには、こうですっ!」


 竹刀の切っ先が、俺の尻に。


「あぎゃあああああああああああああああああああああああああああ…………ッ!?」



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