「剣晴さん、事情を説明してください。あなたは高校三年生という立派な年齢で、小学五年生の女の子を部屋に連れ込むような趣味があるのですか? ロリコンなんですか?」
「違う……断じて違うんだ……」
「何が違うんですか? 誰がどう見てもそのようにしか見えないんですが?」
奏ちゃんが俺の部屋で腕を組みながら仁王立ちしている。滲む覇気は鬼のごとし。
凍てついた眼光が正座する俺の心の痛い部分をグサグサと突き刺してくる。
「結ちゃんが俺の部屋にいるのには、事情があるんだ……」
「事情って何ですか? 説明してくださいと私は言っているんです」
この子は両親がいなくて、心配した楓先生が俺に面倒を見てやれと言ってきたから。
筋を通すには説明しないといけないのは分かってるんだけど、言えねぇよなぁ。
楓先生云々はいい。問題は、結ちゃんの事情を下手に広めるワケにはいかないという点だ。
生まれた直後に父親が蒸発、母親はこの子が九歳の時に亡くなった。それ以降、身寄りもなく天涯孤独で一年間を過ごしていた──……。
いや、言えねぇ。こんな超ヘビー級な事情を言ってどうするんだよ。
どうしたもんかと頭を捻っていると、
「ゆいはお父さんもお母さんもいないから、せんせーたちが優しくしてくれたの」
結ちゃんが自ら奏ちゃんにカミングアウトした。
「え……結ちゃん?」
呆然として結ちゃんを見ていると、この子は奏ちゃんに負けじと仁王立ちで胸を張り、
「ゆいのお父さんはゆいが生まれたらすぐにいなくなった。お母さんは去年、病気で死んじゃった。奏ちゃんと戦った大会の日のことだよ」
奏ちゃんは黙って聞いている。表情に変化はない。
「ゆいにはおじいちゃんもおばあちゃんもいないから、ずっと一人で暮らしてきた。それを知ったせんせーと楓せんせーがここにいればいい、って言ってくれたの」
……ま、まぁ似たニュアンスで言ったわな。
「嬉しかった。なのに……なんで奏ちゃんが来るの。邪魔しないで」
「なるほど。どうしてあなたが私をそんな毛嫌いするかの理由が分かった。つまりは逆恨みでしょう? 分かる? お母さんに優勝を報告ができなかった辛さを私にぶつけてるだけ」
容赦ねぇ。いや、今の結ちゃんはまさしくそうだ。だからこそ打倒奏ちゃんという目標を掲げるこの子を歪んだ方向へ進まないように俺が気を付けねばならなくて……、
「それで剣晴さんや黒神先生先生にまで迷惑かけて。最初に剣晴さんに指導を願い出たというだけでずいぶん贅沢な扱いね。甘やかす剣晴さんも剣晴さんです」
何も言えない。実際、甘やかしてしまっているのは間違いないし。
いざという時に強く言えないしな。
「せんせーを悪く言わないで! すっごく優しくしてくれたんだから!」
「へぇ……? 優しく?」
奏ちゃんの頬がピクリと反応した。
「そうだよっ! 稽古だってゆいが気持ちよくなれるようにリードしてくれたんだから!」
かかり稽古では相手に気持ちよく打たせるのも元立ちに必要なことだ──って待て待て待て。なんだその言い方。めちゃくちゃ含みあるじゃねぇか。
「それに、裸のゆいも優しく受け止めてくれたんだよ!」
いや、あれは君が飛び込んできたからだ! 事故だ! なんかニュアンス変なんだよ!
嫌な汗がダラダラと垂れてくる中、ちらりと奏ちゃんの表情を窺う。
「………………………………………………………………………………ロリコンなんですか?」
ゴキブリを見るような目をしていた。
終わった。『剣聖』はロリコンでしたという記事が来月の剣道日本に載るだろう。
……俺の剣道人生、ここで終わりかぁ。
圧倒的な絶望に直面すると、人間って笑みが零れるんだね。不思議だね。
「ですが、私は認めません。あのカッコいい剣晴さんが実はロリコンだったなんてそんなことは嘘です、ありえません。悪霊が取り憑いているに違いありません」
光の消えた目で早口にまくし立ててくる奏ちゃん。
「っていうか……そもそもの話だが、どうして奏ちゃんが俺の部屋に泊まることになってるんだ。楓先生から俺は聞いてない。すまないが説明してくれ」
「……実は、今日は祖父母がいないんです。──結婚記念日で。私が転校する前から決まっていたらしく……」
仲睦まじいな。末永く生きてください。
「あーね。そんで家に一人だと危ないから、ってことか」
「今日だけなので別にそれくらいなら大丈夫なのですが、稽古後に黒神先生と話していたら、剣晴さんのところに泊まればいいと仰っておりまして」
だから楓先生公認ということか。それちゃんと教えろよ先生。
にしても、結ちゃんがいると分かっていながらどうして俺の部屋を勧めたのか──。
「やっぱり……迷惑、ですよね」
「んー……俺は大丈夫なんだけど……」
俺よりもむしろ、結ちゃんの方がなぁ……。
「やだッ! 奏ちゃんと今日一緒なんてやだ! ゆいとせんせーの愛の巣を邪魔しないでよ!」
卑猥な表現すな。
「あなたに聞いてない。剣晴さんからも黒神先生からも許可出たから」
「いやだーッ!」
猿のような悲鳴を上げて癇癪を起こす結ちゃん。
やっぱり、この二人を同じ部屋に置いておくのはマズいよなぁ……。
「ん……?」
考えていたら、スマホがメッセージを受け取った。楓先生からだった。
『すまん、今日は奏ちゃんが家で一人になるっていうから、おまえの部屋に泊まるよう進言した。結ちゃんとの確執で苦労を掛けるのは分かっているが、上手くやってくれ。本当にすまん』
……くそう、申し訳なさが伝わってくる。
そういえば八月の末に大会をするとか言っていたから、その準備やらなんやらで忙殺されていたんだろう。だから俺に連絡できなかったとすれば納得できる。
事後報告とはいえちゃんと連絡してくれる当たり、やっぱこの人は尊敬すべき先生だな。
しみじみと噛み締めていると、ヒュポ、ともう一通追加で送られてくる。
『というのは建前で、本音は結ちゃんといかがわしいことをしていないかの監視のために送り込んだ。ここが俺のJSハーレム、とかアホなこと叫ばないようにな、ロリコン野郎』
スマホをベッドに投げつけた。
結ちゃんとの確執を分かっていながら俺の部屋に奏ちゃんを送り込んだ本当の理由はこれか。俺の苦労する姿を想像して愉しんでるんだ。
悪魔みてぇな人だな。さっきの感心を返せ。いかがわしいことなんざするワケねぇだろこのボケナス。
俺が二人に向き直すと──。
「じゃあ、勝負しましょう。大会の前の前哨戦」
奏ちゃんが結ちゃんに指を差して宣戦布告していた。
「……勝負? いいよ」
「剣道での勝負は黒神先生と剣晴さんに止められているから無しとして……」
奏ちゃんは部屋を見渡してスンスンと鼻を鳴らした。
「お掃除と……お昼ご飯はまだですか? でしたら料理、そして剣晴さんへのマッサージ」
なん、だと……ッ! 小学五年生の少女からのマッサージを無料で受けられるだと……ッ!
なんて雷に打たれたような衝撃に震えるが、お掃除はたぶん、俺の部屋が女の子目線だと汚く映ってるんだろう。さっき鼻を鳴らしたのは部屋の匂いをチェックしたんだ。
ファ〇リーズ……するようにしてるんだけどな。
「いーよ! それでせんせーに判定してもらうんだね!」
「そう。剣晴さん、正直に手を挙げてくださいね」
「あ、ああ……」
もはや何も突っ込むまい。俺は流れに身を任せて女子小学生のキャットファイトを眺めていよう……暴力とか暴言とかじゃないし、ぶっちゃけ綺麗にしてくれるならありがたいし。
結ちゃんへの説教はまた今度か……ああ、強く言えない自分が情けない。