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第20話:二人目

 ぷはぁ、と道場の外でスポドリを口に含む。火照った体に染み渡っていく。もっと飲みたくなって垂直までペットボトルを傾けて流し込んだ。


 額の出血はすでに止まっていたが、取った包帯は赤く滲んでいた。後で換えなくちゃ。


「うぅむ、いい飲みっぷりだ。どれ……儂も杯を煽るとするかな」


 とか言いながら、俺と同じスポドリを飲む佐々木。

 杯て。酒のつもりか? おめーと兄弟になったつもりはねぇ。


「最後の勝負はまるで別人のようだったな。一本目は本気でどうしたと聞きたくなる」

「……どっか調子悪かったのかねぇ……」

「なんだ、ヌシ、自覚ないのか? 重症であるな」


 うるせぇほっとけ。ずきりと痛む額を押さえながら、心の中で言い返した。


 ──佐々木との勝負は俺が勝った。二本目で勢いを盛り返した俺は佐々木と取っ組み合いじみた勝負を繰り広げ……最後の最後で相面に打ち勝って終わった。


 たぶん身長差のおかげだ。これで相手が千虎だったら上からねじ伏せられて負けていただろうな。


「にしても、周りのみんなめちゃくちゃ湧いてたな」

「ぬははは。良いではないか。それだけ儂らの稽古が血沸き肉躍ったということだろう。儂らの剣道が誰かのやる気に繋がったら──それは喜ばしいことだ」


「確かにな……」


 勝負の最中、子どもたちは良い打突が炸裂するたびに声を上げ、大人たちも感嘆しながら拍手を送るといったように軽いお祭り騒ぎが起こっていた。


 ヒートアップするとそうやって盛り上がるのも剣道の楽しいところだが……。


「まさか、楓先生が審判に来るとはな。マジで贅沢だ」

「アレには驚いたぞぉ。いつの間にか旗を持って審判をしていた」


 たぶん道場内の空気でやった方がいいと判断したんだろう。ノリノリな先生である。


「して……儂はそろそろ退散しようかの」

「あん? 最後までやってかねぇの?」

「ヌシとの勝負に納得をしたかった。儂としてはどうしても悔いが残ったからな」


 地区予選の決勝。あの試合は二度の延長の末、ギリギリのところで俺が勝利した。

 コイツからしたら、自分は負けていないと強く思っていたのだろう。


 だから今日、道場破りまがいのことをしてまでやって来たのだ。


「しかし、稽古をして分かった。ヌシはやはり強い。儂は弱い。それが分かっただけでも、今日こうして足を運んだ甲斐はあった」

「おまえは弱くねぇよ佐々木」

「かたじけないな……だが、やはり弱いと言わざるを得んのだ。あの千虎を破れん限りはな」


 千虎 刀治。俺の……俺の世代なら、誰もがあの天才に打ちのめされている。

 ヤツに勝利するその時まで、佐々木もまた、絶対の『天照』に挑み続けるのだ。


「雨宮、今のヌシの面構えなら──勝てるかもしれんな」

「なんだよ、面構えがそこまで影響するか?」


「するとも。要は気概だ。打たれたらどうしよう、負けたらどうしよう……そんな風に負けることを恐れていたら、一本だって一本にはならん」


 それもそうか。剣道の打突は当てただけじゃ一本にならない。『気剣体の一致』は、自分の打突を貫かなければ成立しないのだから。


「共に研鑽を重ねようぞ、雨宮。今度こそは儂が勝ってみせる」

「ハッ、やれるもんならやってみろ。何度だって返り討ちにしてやらぁ」


 突き出された拳を、同じく拳で応える。

 佐々木は岩石のような顔を緩め、豪快に笑いながら去っていった。


 姿が見えなくなるまで見送ってから、またペットボトルを煽った。


「ふぅ、さて俺も稽古に戻るかな……あ、でもその前に包帯換えなきゃ……」


 道場内では子ども同士、大人同士はもちろんのこと……大人が子どもに稽古をつけてあげている姿も見える。


 面を被ると腰にある垂れネーム以外での判別が難しくなるが、目的の子はすぐに見つかった。動きのレベルが違うのでよく分かる。


「コテ、メェエエエエエエンッッ!」


 俺の得意技──高速フェイントで小手打ちを引き出してからの相小手面。


 鮮やかに決まった。文句なしの一本だ。結ちゃんはこれで何人と稽古をしたのだろう。そろそろ五人と仲良くなったのではないか。そう思って近づくと……、


「あ、せんせーっ! ゆい、四人と稽古しました! あと一人で目標達成です! それはそうと、佐々木さんとの稽古見てました! さすがですっ!」


 だだだーっ! と包帯を換えた俺のところに駆けてきた。


 また、戦った相手に礼をせずに。


「……結ちゃん」

「凄かったです! どちらの集中が続くかの根競べ……そんな時でも中心を奪い合って、間合いを盗み合って、ずっと攻勢を維持し続ける! カッコよかったです!」


 大興奮と言わんばかりに鼻息を荒くする結ちゃんに少し仰け反るが……俺はこの子に言わなければならないことがある。


「結ちゃん」

「ゆいも──……あ、はい。なんですか?」


 はしゃぐような様子から一転、落ち着いた様子で俺を見る。純真無垢な目だ。きっとこの子は、自分のやっていることに気付いていない。だから俺が言わなくちゃ。


「君はどうして……」


 まっすぐ見つめるこの子に、大事なことを言おうとしたら。




「──失礼いたします」




 涼風が吹き抜けたかと錯覚するような、凛とした声が響いた。

 結ちゃんに言葉を発しようとした俺は、思わぬ人物の登場に目を奪われた。


「……?」


 その様子を不思議に思った結ちゃんが、振り返って道場の入口を見る。

 いや、見ない方が良かった。この子だけは。


「奏……ちゃん?」


 本日二人目の来訪者、千虎 奏。

 この子にとって最大の因縁が、道着姿で現れた。


「稽古の最中にすみません。私も参加してよろしいでしょうか?」


 眼鏡を外したその目には、涼風とは真逆な熱風が吹き乱れていた。



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