黙想の邪魔をしやがって、どこの誰だと眉を顰めて声の主を見る。
「ここに全国二位の雨宮 剣晴がいると聞いて、東京の西から馳せ参じた次第でございまする! 不躾な訪問、誠に申し訳ございませぬ!」
焼けた肌。濃ゆい眉。岩のようにゴツイ顔。モミアゲが濃すぎて顎の下まで繋がってる。
背は低めだが全体的に太めな豆タンク……、そして変に時代劇風な喋りをする男。
「げっ……アイツは……」
心当たりがあった。というか、こんな変人は一人しかいねぇ。
「せんせー、知ってるんですか?」
隣で結ちゃんが目をパチパチさせて見つめてくる。ああ。知ってる。よーく知ってる。
そんな様子を目敏く見つけたのか、ギラリと男の目がこちらを向く。
「むむむっ! そこにいたか雨宮 剣晴! ヌシ、先週の全国で千虎にやられたそうではないか! 不甲斐なし! やはりこの儂こそが全国に出るべきだった!」
今年の全国大会出場権を賭けた戦いの決勝で俺はコイツと当たり──僅差で勝った。
しかし、コイツは「いずれ必ず果たし合いに来るぞ」と言い残して去ったのだ。
道場内の空気が凍る。みんな呆気に取られてどうしたらいいか分からない様子だ。
「すまーとふぉんなるもので何度も何度も果たし状を送りつけたが、全てヌシは無視した! 許せぬ! 貴様それでも侍か?」
侍じゃねぇよ。江戸時代は終わってんだよ。時代劇の見過ぎだおまえは。
果たし状(笑)はマジで一度も見たことがないので、多分だけど迷惑メールとして受け取ってるんだろうな。
っていうか、侍気取るならそこは紙に墨汁で書いてこいよ。中途半端に現代に染まってんじゃねぇ。メアド教えてた俺も俺だけどよ。
「故にここに決闘を申し込む! 儂はかの剣豪、
苗字が同じだからって変な思い込みしてんじゃねぇ。おまえの理屈で言うなら全国の佐々木さんはみんな佐々木 小次郎の子孫ってことになるだろうが。
「おお……せんせー、これがホントのどーじょー破りですかっ! 果し合いですかっ! 決闘ですか!っ ゆい、初めて見ました!」
耳と尻尾をパタパタとさせながら、結ちゃんは俺の袖を引っ張る。
君、ホントにそういうの好きだね。どーじょー破りとはちょっと違うけどな。
たま~にいるんだよなぁ。こういう侍目指して剣道始めました、って言うヤツ。そんな幻想はだいたい小学校低学年の頃に打ち砕かれるものだが、コイツはついに高校三年生まで幻想を抱いたまま来てしまったのだ。
「あー……佐々木、要は稽古に参加したいんだろ」
「うむ、その通りである!」
なら普通に来いよ。何でいちいち周囲に迷惑かけてくるんだよ……。
頼もうっ! と再び叫んだ佐々木に、いつの間にか近寄る影が一つ。
「──佐々木 慎吾くん」
楓先生だ。いつの間にか上座から入口まで移動している。気配なんて微塵も感じなかった。なんという熟練度。しかし、心なしか背中から威圧感が出てるような……?
「あいやっ! これはこれは全日本二連覇と名高い黒神 楓氏ではござらんか! 拝顔の栄に浴することこの上なし! 是非とも儂の名を──」
「佐々木 慎吾」
「……はい」
少し低く、鋭くなった先生の声に佐々木は一瞬で大人しくなった。
「稽古自体は構わねぇさ。どうぞ一緒に稽古をしよう。ただし──」
背中しか見えないから予想でしかないが……多分先生は今、めちゃめちゃ笑顔のはずだ。
かつて生意気盛りだった俺をシバキ倒した、暴力性に満ちた笑顔。
「──邪魔すンなら帰れや」
「はっ……はいぃ……」
おそらくは楓先生の覇気を一身に受けたんだ。佐々木は金縛りにあったかのように微動だにしない。その代わりに──大量の脂汗が顔に浮かんでいた。
「とりあえず礼をしろ。話はそれからだ」
「はいっ! 申し訳ございませんでした!」
残像が見えるほどの勢いで佐々木が頭を下げる。
その謝罪を見た瞬間、先生は俺の方に首だけ動かし、
──コイツの面倒もおまえが見ろ。
例の笑顔で俺に告げた。
ウソだろ……めんどくせぇぇ……。