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第12話:楓

「ほぉ~……この子が決勝戦の後で突撃してきた子、ねぇ……」


 俺の部屋にて、小さな円形のテーブルを囲って俺たち三人は座っていた。結ちゃんはもちろん自分の服を着ている。俺はさっきの光景の弁明で体力を使い、ぜぇぜぇと息が切れていた。


「は、はい。大まかなことは、連絡しましたが……この子のことを話すと──」


 そこから息を整えて、今朝起きたことを話した。楓先生は吊り上がった目を片方だけ閉じながら俺の話を聞いていた。頬の横に垂れる、ウェーブの掛かった髪が冷房の風に揺れていた。


「……と、いう感じです。どうしたらいいっすかね」

「ふむ……」


 先生は神妙な面持ちで顎に手を当て、結ちゃんをじっと見つめた後、


「とりあえず、まさか剣晴がロリコンだとは思わなかったぞ。『剣聖』の異名を賜った男の正体がこんなだって世間が知ったらどう思うか。先生哀しいな」


「ロリコ……ッ! 何言ってるんですかッ! 僕は断じてそんなんじゃないです!」


「でも早朝から指導だろ? ロリとマンツーマンで手取り足取り。さらにはもう一人のロリにも猛烈なアタックを仕掛けられて鼻の下を伸ばしていた……。止めには裸のその子を腰に抱き着かせていたじゃないか。言い逃れ不可能だろ。剣道日本の記者にリークしようか」


 はぁ、とため息を吐きながらスマホを取り出す先生。全日本二連覇ともなれば取材や稽古会に引っ張りだこだ。当然記者にも知り合いがいる、マズい……ッ!


 さっきの裸は必死に弁明したんだからもう勘弁してぇ!


「ろり? 分かりませんが、せんせーは一生懸命に指導をしてくれました! テクニックもすごくて、激しくて……ゆい、やられて気持ちよくなっちゃいました!」


 ちょっと待ったを掛けようとしたら、まさかの違う方向から爆弾が飛んできた。


「ふむふむ、ロリにハッスルする『剣聖』……見事なテクニックでロリをイかせた、と……リークするだけじゃなくて、通報も必要だな」


「いやいや、普通に剣道の稽古っすよ?」

「せんせーはもっと腰を突き出せ、腰を動かせ、って指導してくれました!」


「結ちゃんもだよ! なんでそこだけピンポイントでチョイスするかなぁっ!?」


 確かに言ったけども。かかり稽古の時にそう言ったけども。


「ロリ相手にも容赦ねぇな。さすが『剣聖』だ」

「その言い方はマジで誤解生むんでやめてください……ッ」

「冗談だよ。相変わらずいい反応するなぁ」


 言いながら口元を押さえてクスクス微笑む。上品にやろうともその口から出てくる危ない言葉と意地の悪さは隠せてませんよ……。


「やっぱりおまえを弄っている時が一番生きがいを感じるよ」

「こっちは最悪の気分ですよ。そんな冗談言ってる場合じゃないんですから……」


「ああ、冗談を言ってる場合じゃない」

「ですよね」


「アタシゃこの前、マッチングアプリで知り合った男と飲みに行く予定だったんだが……写真のイケオジとは全く違うハゲデブ親父が出てきてな。挨拶もせずに回れ右してしまったよ」


「……あの、違」


 なんかスイッチ入っちまった。


「ホント冗談じゃねぇよな……なんでこうも関わる男みんな嘘だらけなんだ。今年で二十八。青春全てを剣道に捧げた結果、生まれたのはこんなモンスター喪女だぜ? 終わってるよな」

「…………」


 リアクションしづれぇ。


「もじょってなんですかぁ?」って言いながら袖を引っ張ってくる結ちゃんの耳をそっと塞いであげる。この人の発言は教育に悪すぎる。


「はぁ……なんでアタシはあの時、水族館に行こうと誘ってくれたゼミの先輩ではなく、全国大会なんて取ってしまったんだ……ッ! クソがよォッッ!」


 だぁんッ! と拳を叩きつけながら嘆く先生。見るに堪えん。


「先生ッ! 失った青春を嘆くのはやめてください! 今こっちは現状、そしてこれからの話をしているんです! 愚痴なら今度聞きますので、今はこっちに集中してください!」


「お、おぉ……すまない。つい取り乱してしまったな」


 ようやく正気に戻ったのか、先生が髪をかき上げながら息を整える。


「さて、これからどうするかだが──」


 と先生がようやく本題に入ろうとしたら、

 くぅぅ、と可愛らしい音が結ちゃんのお腹から聞こえてきた。


「あ、あう。お腹……空いちゃいました……」


 時刻いつの間にか昼近くにまでなっていた。ドタバタしてて気付かなかった。


「ふむ。腹が減っては会議もできねぇってな。昼にすっか」


 すると先生は持っていた荷物から米と鍋を取り出した。


「アタシ特製のシチューだ。剣晴から話は聞いていたから……昨日の残りだが持ってきた」


 どすん、と置かれる鍋。なぜ? と思ったが……これは結ちゃんのためか。

 去年から一人暮らしとなったこの子が、どれくらい自炊をしていたのかは分からない。


 ひょっとしたらカップ麵付けだなんてこともありえるだろう。

 ならば少しでも体に良いものを食わせてやりたい、そう思った先生の心遣いだった。


「おおお……シチューだ……良い匂いがします!」


 結ちゃんも目を輝かせてかぶりつく。

 しょうがない。確かに腹が減っては戦──もとい、相談もできまい。


 今後の方針を決める前に、ちょっと早い昼飯となった。



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