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第11話:やーらかい

 俺の通う高校は私立練兵館れんぺいかん高校。


 東京の西側に位置するこの高校は、学力よりもスポーツ、運動に力を入れている高校である。

 全国から有望な選手が集められるため、寮も存在する。その一室に俺は住んでいた。


 全部で十三畳の間取り。そこにユニットバスとベッド、エアコン、そして業務用のシステムデスクとクローゼットがある。外には広めのベランダが広がっている。


「おぉ……ここがせんせーのお部屋ですか! なんか剣道の匂いがします!」

 結ちゃんは部屋に着くや否や、俺の体の脇から部屋に突撃してはしゃいでいる。もう泣き喚いていた様子は窺えない。


「え、そんな剣道の匂いする?」

「しますっ! 特に小手の何とも言えないあの香ばしい匂いが充満してます!」


 あれ? これって遠回しに臭いって言われてないか? 子どものこういう意見って正直に言ってくるから心にグサッと来るんだよな……ファ〇リーズしよ。


 ちなみに、結ちゃんを寮内に案内する際、寮監さんにものすごい疑いの目を向けられた。

 後で菓子折り持って弁明にしに行かないと……。 


「まぁ、とりあえず俺の先生が来るまでちょっとゆっくりしといてくれ」

「あ……でしたら、シャワーお借りしてもいいですか?」


 しまった。そうだ。結ちゃんを道着のまま連れてきてしまった。夏場で全力での稽古なんて、汗だくになって気持ち悪かっただろう。


「おう。いいぞ。着替えは持ってきてるのか?」

「はいっ! 持ってきてます! ありがとうございます、お借りしますね!」


 ぱたたた、と小走りで荷物と一緒にシャワー室へ入る。

 さて、ファ〇リーズするか。部屋の布製品にシュッシュと吹き掛けていく。


 結ちゃんがシャワーを浴び始めたようで、水音が聞こえてくる。

 ……よく考えたら、俺、女の子を自室に連れてくるとか初めてだわ。っていうか、女の子が壁一枚の向こうでシャワーを浴びているという状況が初めてだわ。


「…………(ごくり)」


 思わず生唾を飲み込んだ。

 いや、小学生とはいえ、女の子は女の子だろ! 緊張しないワケねぇだろ!


 なんかそわそわする。どういう感じで待ってればいいんだ? 自然? 自然って何?

 結ちゃん早く出てきてくれねぇかなぁ……なんて思っていたら、


「きゃあっっ!」


 事件性のある悲鳴が、ユニットバスの方から聞こえてきた。


「結ちゃんっ!? どうした!」


 もしかしたら滑って頭でも打ってしまったのか。もしそうなら大変だ。

 一直線にユニットバスまで駆けつける。扉を叩いて様子を尋ねようとしたら。


「せんせぇッ! 助けてッ!」


 バン! と勢いよく扉が開けられ、中から全裸の少女が──抱き着いてきた。


「ほぁっ」


 それが断末魔だった。みぞおち辺りに突き刺さる頭、腰に回される腕。十歳といえど確かに感じる女の子の柔らかさが惜しみなく俺の体に押し付けられる。薔薇のような香りがするのは持ってきていたシャンプーとかの匂いか? 頭がくらくらしてくる。


 早く出てきてくれないかなとは思ったけども……これはちょっと刺激が強い……ッ!。


「ハ、ハエ! ハエがぁっ! ハエがいたんですぅっっ!」


 悲鳴混じりの訴えに少しだけ思考が回復する。そーか、ハエか。夏も暑いからな近くのゴミ捨て場から入って来たんだろうか。羽音怖いよな。よく分かる。毒はないとしても不快だよな。


 むにょん、ふにゃん、もにゅん。


 下腹部辺りで動くやーらかいマシュマロ。ああ、もうあかん。俺はここで社会的に死ぬ。


「せんせー、退治してぇぇぇ……」


 とりあえず退いてくれないだろうか。子どもと言えど女の子らしい柔らかさにちょっとこっちもナニがとは言わんが限界が来そうなんだよ……ッ。


 しかし、力づくで剝がすワケにもいかない。どうしたらいいのかと悶絶していたら、

 ぴんぽーん、と。俺の部屋の呼び鈴が鳴らされた。


 ……え、ちょ、まさか。


「おう、剣晴。アタシだ。かえでだ。話を詳しく聞きに来たぞ」


 あああああああ先生ッ! まさかのタイミングゥ! ……あれ、俺って鍵掛けたっけ──、


「おい、剣晴。返事しろ、いるの分かってるんだぞ」


 コンコンコンコン! と強めにノックされる。どうしよう。腰には全裸の結ちゃん。今この状況で出たら本気で通報待ったなしだ。


「せんせー……ノックしてるの誰ですか? なんかクールな感じの女性の声がするんですけど」


 全裸の結ちゃんが声のトーンを低くして顔の影を濃くする。

 お湯に濡れて張り付く髪が、どこかのホラー映画みたいだった。


「お、俺の先生だよ! 女性なんだ」

「女性なんですか。そうですか。ちょっとどうして女性のせんせーを選んだのか詳しく聞かせてもらってもいいですか?」


 この状況で答えられるワケないだろ。っていうか瞳孔開いてんのめっちゃ怖いんだけど!


「開いてるから入るぞ」

「ちょ、待っ──」


 ガチャリ、と地獄への門が開かれた。


「…………何してんだおまえ」


 少し低めのハスキーボイス。茶髪のポニーテールを揺らしながら、だるそうに首をコキリと鳴らす俺の師匠──黒神くろかみ かえで。黒神道場の管理人。黒縁の眼鏡がチャームポイント、らしい。


 全日本選手権を二連覇した……現代における最強の女剣士である。


「緊急事態っていうから来てやったのに……何を幼女とイチャイチャしてんだ、殺すぞ?」


 全裸の幼女が腰に貼り付いている俺を眺め、楓先生は軽蔑した目で拳を壁に叩き付けた。

 飛んでいたハエは、その一撃でつぶされていた。




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