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第8話:漆黒が弾ける

 漆黒が、弾けた。

 ボッッ! と着地と同時に、結ちゃんが低い位置から一気に加速する。


 速い。さっきまでは本気じゃなかったのか? いや、あの息の切れようは嘘じゃない──。


「ぐっ……」


 三尺五寸小学生用の竹刀と、三尺八寸(高校生用)の竹刀。遠い間合いの方が有利は必定だが、懐に入ればその有利は覆る。短い腕と小さな体は、俺の死角で暴れるには十分だった。


「メェンッッ!」


 どれだけ身長差があろうと関係ない。俺の頭蓋を叩き割るだけの殺意を込めて、結ちゃんが必殺の一撃を繰り出してくる。


 首を捻って肩で受ける。痺れる痛みは全国で戦った猛者の打突と遜色ない。

 残心は一瞬。突き上げた竹刀をすぐに中段へ戻し、結ちゃんが間髪入れず懐へ侵入する。


 加速する足捌きは剃刀の如く。俺から見て左、右へと揺さぶりに来る。

 一瞬、体重が偏った。その隙をついて結ちゃんが右側へ移動した。


「コテェェアッッ!」


 引き小手。骨の髄まで斬り落とさんとする一撃が俺の右ひじに直撃した。この子が外したんじゃない。俺が辛うじて避けたんだ。しかし、腕は切創を刻まれたように熱を持つ。


 至近距離で暴れ回る旋風に、俺の思考がようやく切り替わった。

 握る竹刀は竹刀に非ず。この子は真剣を以って俺を斬りに──否、殺しに来ている。


 俺の頭蓋を割るために、俺の臓腑を撒き散らすために、俺から剣を奪うために。

 この子は命のやり取りを仕掛けてきている。


「──、上等だ」


 強者との遭遇に魂が奮えた。

 本気で斬る。稽古をつけてやる、という気持ちは粉微塵に切り裂いた。


「面ッッ!」


 全国の猛者に地を舐めさせた、渾身の打突。地区予選程度なら反応すらさせなかった、音速の攻勢だ。いかにこの子の身体能力が優れてようが、凌ぐことは不可能だろう。


「……ッ!」


 だが、結ちゃんは恐ろしい反応速度を以ってして頭上で受けた。それだけではない。ほんの少し受けて致命傷を避けたと確信したら、即座に俺の空いた胴へ剣を滑りこませ──、


「胴ッッ!」


 返し胴だと体が反応……否、反射して防御に回る。それでも構わず結ちゃんは竹刀を振り抜き、舞うように残心を取って振り返る。中段には構えさせない。着地を狙う。


 心臓が血液をポンプした。この子を打倒しろと囃し立てる。

 左足が着いた。体重の全てが乗っている。跳んではこれまい。


 出方を見ることなどしない。攻める意識を放棄すればたちまち斬り殺される。


「──シッ」


 跳び出す刹那、結ちゃんが鋭く息を吐いた。

 剣がブレる。嘘だろ。面を打ってくるのかこの体勢から!


 だけど起こりは見えた。浮き上がる右手首を斬り落とす──。


「──」


 目を疑った。面打ちだと思われた結ちゃんの攻勢が、途中で変化した。

 小手に向けて放った打突が、同じく小手に向けて放たれた打突に相殺された。


 続けて、結ちゃんが待っていたと言わんばかりに頭を割りに来る。

 信じられない、この技は──、


「メェェェェェェェェェンッッ!」


 俺が魁星旗でチームを優勝に導いた、必殺の相小手面あいごてめん


「くっ──……」


 気付いて相面あいめんを仕掛けるが遅い。られる。

 結ちゃんの刃が俺の命を刈り取る瞬間。


「──あ」


 忘れていた。この子は背が低い上に、竹刀は三尺五寸小学生用。俺とは間合いも竹刀の頂点の位置も違いすぎる。僅かなタイミングの差なら、上から押し潰せてしまう。


 俺の剣に結ちゃんの剣が弾かれ、


「ふにゃぁあっ!」


 結ちゃんの面に俺の打突が命中し、猫のような鳴き声が漏れた。




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