漆黒が、弾けた。
ボッッ! と着地と同時に、結ちゃんが低い位置から一気に加速する。
速い。さっきまでは本気じゃなかったのか? いや、あの息の切れようは嘘じゃない──。
「ぐっ……」
「メェンッッ!」
どれだけ身長差があろうと関係ない。俺の頭蓋を叩き割るだけの殺意を込めて、結ちゃんが必殺の一撃を繰り出してくる。
首を捻って肩で受ける。痺れる痛みは全国で戦った猛者の打突と遜色ない。
残心は一瞬。突き上げた竹刀をすぐに中段へ戻し、結ちゃんが間髪入れず懐へ侵入する。
加速する足捌きは剃刀の如く。俺から見て左、右へと揺さぶりに来る。
一瞬、体重が偏った。その隙をついて結ちゃんが右側へ移動した。
「コテェェアッッ!」
引き小手。骨の髄まで斬り落とさんとする一撃が俺の右ひじに直撃した。この子が外したんじゃない。俺が辛うじて避けたんだ。しかし、腕は切創を刻まれたように熱を持つ。
至近距離で暴れ回る旋風に、俺の思考がようやく切り替わった。
握る竹刀は竹刀に非ず。この子は真剣を以って俺を斬りに──否、殺しに来ている。
俺の頭蓋を割るために、俺の臓腑を撒き散らすために、俺から剣を奪うために。
この子は命のやり取りを仕掛けてきている。
「──、上等だ」
強者との遭遇に魂が奮えた。
本気で斬る。稽古をつけてやる、という気持ちは粉微塵に切り裂いた。
「面ッッ!」
全国の猛者に地を舐めさせた、渾身の打突。地区予選程度なら反応すらさせなかった、音速の攻勢だ。いかにこの子の身体能力が優れてようが、凌ぐことは不可能だろう。
「……ッ!」
だが、結ちゃんは恐ろしい反応速度を以ってして頭上で受けた。それだけではない。ほんの少し受けて致命傷を避けたと確信したら、即座に俺の空いた胴へ剣を滑りこませ──、
「胴ッッ!」
返し胴だと体が反応……否、反射して防御に回る。それでも構わず結ちゃんは竹刀を振り抜き、舞うように残心を取って振り返る。中段には構えさせない。着地を狙う。
心臓が血液をポンプした。この子を打倒しろと囃し立てる。
左足が着いた。体重の全てが乗っている。跳んではこれまい。
出方を見ることなどしない。攻める意識を放棄すればたちまち斬り殺される。
「──シッ」
跳び出す刹那、結ちゃんが鋭く息を吐いた。
剣がブレる。嘘だろ。面を打ってくるのかこの体勢から!
だけど起こりは見えた。浮き上がる右手首を斬り落とす──。
「──」
目を疑った。面打ちだと思われた結ちゃんの攻勢が、途中で変化した。
小手に向けて放った打突が、同じく小手に向けて放たれた打突に相殺された。
続けて、結ちゃんが待っていたと言わんばかりに頭を割りに来る。
信じられない、この技は──、
「メェェェェェェェェェンッッ!」
俺が魁星旗でチームを優勝に導いた、必殺の
「くっ──……」
気付いて
結ちゃんの刃が俺の命を刈り取る瞬間。
「──あ」
忘れていた。この子は背が低い上に、竹刀は
俺の剣に結ちゃんの剣が弾かれ、
「ふにゃぁあっ!」
結ちゃんの面に俺の打突が命中し、猫のような鳴き声が漏れた。