「ん……はぁ、ん……せんせー……すごく、激しいです……」
俺──
喘ぐように漏れる吐息は、どんどん熱を増していく。
「どうした、
「ひぅぅ……だって、せんせーのテクニック……すごすぎてぇ……」
限界を訴えるようにとろんとした目で見つめてくる少女の名は
ハーフアップの黒髪が大変よく似合う、猫のように甘えん坊な小学五年生だ。
卵型の可愛らしい顔に浮かぶ、水晶のような瞳が潤んでいる。
こんな小さな子をここまで追い込むのは少し気が引けるが、
「おいおい、こんなもんじゃねぇぞ──そらっ」
容赦はしない。とことんまで追い込み、限界を超えるまで俺は攻めることを止めない。
この子が望んだことだから。
「あぅぅ、負けないもん……っ」
しかし、俺の攻めに翻弄されつつも、結は小学生とは思えないテクニックを披露する。
こんな年齢の子が、これほどの技を持っているなんて。
まったく……今時の小学生って末恐ろしいな。将来が心配になる。
「いいぞ。もっと激しく……ッ」
だが、俺は高校三年生──歳は八つも離れている。
生憎だが、主導権は俺だ。
そのことを結の体に思い知らせる必要があるな。
「ふぁぁあっ」
俺の攻めは激しさを増す。
もう無理、と言わんばかりに結の目の端には涙が浮かんでいるように見えた。
それでも俺は──彼女からしたらとんでもなく太く、長いソレを構える。
先端を向ける。
突き付けられるモノから滲む迫力はもはや暴力的である。
彼女という矮躯を攻め立てる一種の凶器。
「んん……っ」
それでも、結は口を閉じて意を決したように俺のソレを見つめる。
怖い、それでも受け入れなければ──そんな覚悟が伝わってきた。
「来て……せんせー」
結が俺の前で全てをさらけ出す。
俺の全力を受け止めると、彼女は暗に宣言していた。
「ああ、行くぞ結」
そんな決意に満ちた眼差しを向けられたら、応えなければ男が廃るというものだ。
誘いに乗る。
俺も結の全力の思いを受け止める。
──竹刀で。
「「メェエエエエエエエエエエエンッッッ!」」
同時に飛び込む
身長差はもちろんだが、俺は結の打突の起こりを読み切って、彼女が振りかぶる瞬間には面へ竹刀を打ち込んでいた。
「ふにゃあ~~~~~~ッ!」
完全に打突を潰された結は残心もままならず、くるくるとコマのように回って道場の床に尻もちをついてしまった。
「こら、結! 残心はちゃんと取り切れ!」
「だ、だって~……せんせーの面打ち、強すぎて……」
燕が鳴くように文句を言う結。
面の下で繰り返される呼吸はいよいよ喘鳴し始めていた。
「ったく、
「……せんせー……かなちゃんに贔屓しすぎじゃないですかぁ……?」
してねぇよ、人聞き悪いな。
むくれる結を他所に、未だ来ない二人を考える。
五十人は入れる楓先生の大きな剣道場には俺と結しかいない。
奏ちゃんはともかく楓先生まで遅刻とはちょっと考えにくい……。
「ん……?」
と、そこまで考えて、ふと結ならやりかねない想像をしてしまった。
「おい、結」
強くなった語気に結の小さな体が僅かに跳ねる。いたずらがバレた猫のようだ。
錆びた機械じみた動きで振り向く結に、俺は笑顔で尋ねる。
「俺はおまえから稽古会の場所を聞いたが……ホントにここで合ってんのか?」
「え、えーっと……」
目を逸らす結。逃がすか。
両肩を掴んで無理やり自分を視界に入れさせる。
「結、正直に答えねぇとパフェ無しな」
「ごめんなさいっ! 道場ではなくて体育館です!」
俺の面に頭突きをかます勢いで頭を下げた。
やっぱりか、このバカやろう。
「お・ま・え・なぁ……なんでそんなことするんだよ……」
怒りを通り越して呆れてくる。盛大なため息と共に疵だらけの天井を見上げ、
「だ、だって……せんせーは周囲から『
説教のために用意した言葉が全て吹き飛んだ。
あーもう、そんな口を尖らせて拗ねるような顔するなよ。
でも、ここで強く言うことが出来なくなる俺も甘いんだよなぁ。
分かってる。この子の師匠としてそれは本当によくないと分かってるんだけど。
「ったく……もう遅刻確定だし、今更急いでも意味ねぇだろ」
「ふぇ……?」
「あと一本──やるぞ」
言うや否や、向日葵の咲くように結の顔が輝いた。
「はいっ! せんせー、大好きっ!」
大きく跳ねて防具越しに抱き着いてくる結。うはっ、手も体も小せぇ……。
やわもちみたいな感触に癒される……が、堪能している場合じゃないんだよ。
俺はロリコンじゃねぇ。師匠としてきっちり締めて、稽古会に行って楓先生に怒られるとするか。
絶対俺は結を庇って余計に怒られるんだろうな。
奏ちゃんの冷ややかな目もプラスされるかもしれない。
いや、かもしれないじゃなくて間違いないな。
そんな光景がありありと浮かんできて──思わず笑みが零れる。
「せんせー?」
「ああ、いや……悪い、やろうか」
なぜ俺が笑っているのか分からないと言いたげに結が小首を傾げるが、俺の構えを見た瞬間に表情が引き締まった。
「はぁああああああああああああッッ!」
「来いよ──結」
そしてまた、師匠と弟子の対話が始まる。竹刀を通して、結の鼓動が伝わって来る。
俺との稽古が楽しいと、一切歪むことなく伝わって来る。
──ああ、そういえばそうだった。
結は、びっくりするくらい愚直に気持ちを伝える子だった。あの日もそうだった。いくら拒否しても、引き下がることなくまっすぐ俺を見つめていた。
考えもしなかったよ。やがてそんな結の姿に、かつての敗戦から自信を失った俺が救われることになるなんて。
「懐かしいな……」
自然と思い出していた。初めてこの子と出逢った、あの決勝戦の日を──。