※文末にある「
第1回帝国議会
貴族院
本会議 第6号
明治23年12月20日(土曜日)
午前10時35分 開場
議事日程
侯爵 尚泰君 請暇の件
伯爵 冷泉爲紀君 請暇の件
請願委員長 侯爵 蜂須賀茂韶君の報告
商法及商法施行条例施行期限法律案(衆議院提出)第一読会
右議案の審査を付託すべき特別委員の選挙
議長(伯爵 伊藤博文君):昨日本院で議決した建議書は、即日政府に提出しました。ただ今から本日の議事を開始します。議事日程にあります侯爵尚泰君の請暇の件ですが、特にご意見がなければ許可いたします。次に伯爵冷泉爲紀君の請暇ですが、これも特にご意見がなければ許可いたします。第三は請願委員長蜂須賀侯爵の報告です…蜂須賀侯爵。
侯爵 蜂須賀茂韶君:皆さんにご報告申し上げます。先日請願文書表でご報告いたしました通り、栃木県足利の菓子製造人98名より菓子税則廃止の請願が提出されました。紹介議員は菊池三郎君です。この請願というのは、請願文書表にも記載してあります通り、現行の菓子税則は税額が重く、営業製造の二重直接税を負担するようなことになっています。その上に脱税の弊害があり、奸商のために正業者が非常に困窮しています。それで請願書において決して納税を免れようという心底はないけれど、このような酷い税則は廃止されることを希望する、という請願です。つきましては請願委員会において審査いたしましたところ、菓子税則の厳酷であるという理由においては、あるいは採るべきところもあるかと存じますが、しかしどうしましょう、この菓子税則を全廃したいという請願でございましては、何分これは事情を憫察して取り上げて議場の会議に付するという手続きには何分なりかねるでしょう。やはり貴族院規則の123条の第二項にあります通り、議院の会議に付するを要しないと云う部分のものであろうということに請願委員会で議決いたしました。これは別段他に理由もございません。只今申し上げる通りの理由です。この段をご報告いたします。
議長(伯爵 伊藤博文君):昨日閉会前に本日の議事日程を報道しておきましたが、その時は第五項の右議案の審査を付託すべき特別委員の選挙ということが削除されておりましたので、その後これは過誤によって削除されたと認めましたので、加えて配付しておきました。昨日の報道に及びましたところと違いがありますので、陳述に及んでおきます。第四、商法及商法施行条例施行期限法律案の第一読会を開きます。右法案を書記官に命じて朗読させます。
(矢代書記官 朗読)
商法及商法施行条例施行期限法律案
右憲法第三十八条に基づき貴族院に提出する。
明治23年12月17日
衆議院書記官長 曾禰荒
衆議院議長 中島信行
貴族院議長 伯爵伊藤博文殿
商法及商法施行条例施行期限法律案
明治23年4月法律第三十二号商法及び同年8月法律第五十九号商法施行条例は明治26年1月1日より施行する。
議長(伯爵 伊藤博文君):渡邊君。
渡邊甚吉君:簡単なことですからここで申し上げます。この商法及商法施行条例施行期限法律案は非常に緊急な問題で、かつ簡単な問題ですから、三読会を経る手順を省略されまして、一読会をもって直ちに確定議に付されることを希望いたします。何となれば実にこの商法は商業社会に非常に関係しているものでございますから、もし断行するようなことになりました場合には、最も早く、時日もない場合でございますから、その順に直ちに着手して…手続きに致さなければなりません。既に三読会の手順を経ない場合には、一読会二読会三読会と時日を費やす間には、もう年内余日もありませんから、とても断行するような場合に準備が整わないというような不都合が生ずるかと考えます。よってこの法律案に対しては、議院法第二十七条の但し書きによって三読会の手順を省略されることを希望いたします。これは本員のみならず梅原脩平君、長谷川直則君、山田穰君、小幡篤次郎君、角田林兵衛君、池田甚之助君、宮崎総五君、田部長右衛門君、水之江浩君、下出傳平君、即ち十人以上の賛成者がありますから議場に建議いたします。この段採用されることを希望いたします。
議長(伯爵 伊藤博文君):議院法第二十七条によって渡邊君の動議に十人以上の賛成者があれば、無論議題となりますが…
(三浦安君「賛成」と呼ぶ)
第一に委員選挙のことを行わなければなりませんから、次に相成ります。
周布公平君:只今議事日程の第五につきまして動議してよろしいでしょうか。
議長(伯爵 伊藤博文君):まだまだ…それでは本案の審査を付託すべき特別委員の選挙をこれから行うことを希望いたします。
男爵 千家尊福君:只今委員選挙の御宣告がありましたが、これは三十六条の二項によって議長において9名の委員を選定されることを希望いたします。かつこの問題は最も緊急の事件と思いますので、委員は午前をもって委員の議決をなして午後1時に於いて直ちに委員会の決議を報告されて、この会議を開かれることを希望いたします。即ちこの委員は時間を限って報告されることを希望いたします。
周布公平君:只今千家君より議院規則第三十六条第二項に基づきまして、特別委員選挙のことを議長に委任するという建議が提出されましたが、本員も同感でございますから、これを賛成いたします。尚ほ次に述べられた時間を限って特別委員から報告を致して二読会を開くに至るかどうかということも賛成いたします。
中村雅眞君:私は今千家君の御動議には反対でございます。これはよほど緊要な委員を選ばなければならず、緊要なことであるならば充分精選しなければならないと本員は思います。やはり三十六条の第一項によって正則を踏みたいと存じます。
子爵 林友幸君:千家君の動議に賛成いたします。
山口尙芳君:本員におきましても千家君の建議を賛成いたします。これにつきましては議長に委託することにつきましては只今ございます通り異議がございますけれども、これを議長に委託することにつきましては単純なものであって可否を決するまでのことであります。これは即ち委員において篤と談合…明治24年1月1日より施行するかせぬかということだけですれば、即ち委員が午前中にこれを決めて報告するも妨げない、別に討論も入りませんことと思います。また9名の委員がそれを否とするか可とするかということに対しても、議会に何も関係を持つことではございません。長いことになりますと委員の調べたことが勢力を持つますが、これにつきましては少しも勢力を持つということはないのでございます。左すればいずれの人を選定されたところが妨げないと考えます。只今日の所で議院法のために制限されて第一読会において空しく時間を過ごすということは誠に惜しいことですから、午後の1時より正則の一読会を開くればこの上もないことであります。それでどうかもし議長が御選びになったらば、御一統の望みの委員が出来ないという御懸念はございませんが、只否とするか可とするかということですから、これにつきましては可否の関係を持つことはないことと思いますから、どうか千家君の説に賛成されることを希望いたします。
島内武重君:私はこの商法実施条例に関してましては、先日戸籍法のこととは大変違いますので、この商法の事柄は満堂諸君も御承知の通り、我が日本国の商法上に改正を加えて間接には外国との条約にまでも関係する重大な問題であるからして、これらのことにつきましては既に衆議院においてもまた我が貴族院においても、あるいは断行論もあるし延期論を主張する論者もあるように思います。既に本員などは延期論者の一人でございます。よほどこれは重大な事柄でありますから、何分正条を踏んで、そうしてこの251名の議員の中から9名の委員を選挙するのが適当であると考えますから中村君の説を全く賛成いたします。
男爵 本田親雄君:特別の建議を致したいことがありますが、只今千家君が議長に特別委員を選定することをお委託するということは御同感でございますが、二つあります。時間を限って午後までに報告するということは甚だ不賛成であります。固より私はこの議題に反対の説を懐いておりますから、それはそこになれば述べようと思いますが、決をお採りになるならば二分してお採りにならなければ、一つは賛成をし一つは不賛成のことでありまして、今千家君の説には一つは賛成でありますけれども後の時間を限ってするということは不同意であります。今島内君の申された通り誠に簡単な文字ではございますが、これを施行するか延期するかという点に至っては大きく人民に…商業者を初め全国に関係のあることと思います。それを何もない簡単なものであるからといって、只一時間や二時間の間に報告するということは無論不同意でありますから、願わくはこの決は二つにお採りにならんことを特別の建議をしておきます。かつ始めの箇条に賛成をして一つは不賛成をするということを…
澤原爲綱君:全く現問題は重大に関わることですから、中村君から申される通りの手続きによってこの議員中から委員を選ぶことに賛成をいたします。
若尾逸平君:中村君の説に賛成いたします。これは24年1月1日とするか、又は26年1月1日とするかの二つだから造作もないという御説もございますが、これは大変な問題に関係の及ぶべきわけだから、是非中村君の説に同意いたしますからこのことを…
子爵 加納久宜君:只今千家君のこの委員の選挙は議長に任せるとということと、また既に選定になった委員は午前を限って調査して報告するという二つのことでありますが、本員も只今本田君の述べられた如く議長に委員の選択を任すということに千家君と同意であります。しかしながらその選ばれた委員は是非とも午前に限って報告をしなければならないということは甚だ不同意でありまして、即ち本田君と同感であります。既に委員が出た上は今の商法というもの断行するにせよ延期するにせよ、必ずそれだけの理由がなければなりません。その理由を取り調べることは誠に重大な問題であると思います。してみるとその重大な問題を調査するのに僅かな時間でやるとというのは事柄の軽重如何を知らないものです。既にこれを調査するに当たっては、立ちどころに決すべきところのものをは更に時間を遷延して三日も四日も渉るということは決して無いことと思います。してみるとこの重大な事柄を決するに当たっては…調査するに当たっては必ず委員をして十分な調査を為すに自由ならしめなければならぬであろうと思います。既にこの委員選択を議長にお任せ申すということはよろしい、時間を限るということにおいては本員賛成を致しません。即ち本田君の意見を賛成いたします。
侯爵 蜂須賀茂韶君:本員も只今の本田君の御説を賛成しますので、どうぞこれは二段に決をお採りにならんことを希望いたします。千家君の御説の特別委員を選ぶことを議長に御委任を申し上げるということには至極賛成を致します。しかしながら第二段の事においては、何分どうもその期限を定めてその期限というもの僅か一時間や二時間の期限でこれを調べ上げてしまうということは何分出来かねることと本員は存じます。あるいはそれが短期限であれば早速御開きになるようになるでしょうし、またそれは委員の自由に御任せになって期限を別段付けずにその調査の出来次第第二読会をお開きになったらよろしいかと存じます。かつまた最初の渡邊甚吉君からの御動議の議院法の第二十七条に基づいて三読会の手順を省略するという御説もありました。これも本員は何分不賛成でございます。どうか正則に拠らんことを本員は希望いたします。このような重大の議案を只軽々に二読会の手順を省いて議するということは宜しくあるまいかと本員は考えますから、これは渡邊甚吉君の御説に賛成致さぬということだけを申しておきます。
子爵 板倉勝達君:簡単な事ですからこれで…只今第一に千家君から、この特別委員は議長に委託し、そしてその委員が出来た時に議事に掛かるように運びをつけたいというのが本員最も賛成であります。然るにその反対の説に曰く、これは重大の事件であるから今の議長に特別委員を選ぶだけの所は委託するのはよろしいが、午後よりこれを議事に掛けると言うのはどうであろうか。そう言う事は極めて重大のことであるから、委員が調査をしてその上に議事に掛からなければいけないということにその反対論者の理があるように伺ったが、本員これを考えるにこの九名の委員が出来てこの商法のことを調査するとなると、千有余条を一一調査して「この箇条を行うにはこういう支障があるから延期するが良い」とか「こういう廉は先ず格別差し支えないから断行の方が良い」と言うようなことに調査に掛かったならば、最も早期日も来年も迫っているものをそれまでに調査を済ませると言うことは本員は覚束ないことと思います。よって此事たるや重大事件と言えば大変重大であるが、もう諸君においては大抵御承知になっている訳で、只断行と延期の二つにあるだけのことです。殊に衆議院において議したことだ大略諸君においても御承知のことであろう。そして見ると調査をするにそれほど日数を要し、それほど心配して綿密にせずとも良いであろう。只その調査が成立した上で議事に掛けるのは今日でなくても明日に延べることもある。兎に角期日も切迫のものであって、只今只重大事件と言って後に回すと言うことは宜しくあるまい。それは緩急物によるもので、この議題のようなものは只今千家君の言われた通り一日も早く極りを付ける方がよろしいから、どうか諸君においてもこの説を成立するように御賛成あらんことを本員は希望します。千家君の動議に御賛成あらんことを希望します。
子爵 本莊壽巨君:本員は本田君及び加納子爵の説を賛成します。
鹿毛信盛君:先日から終始この選挙のことにつき色々議論がありまして、前回の如きは凡そ二時間も費やす様なことになりましたことがありました。簡単に済むかと言うと、かえってそのために時間が延びる位の勢いでありますれば、最早本日も…もう此事に関して議論に及ぶ勢いであれば…いよいよ正則をもって委員選挙の事をお決めになる方が余程便法になると言う様なことが必ず出て来ましょう。議論に時間を費やすよりも寧ろ本場において速やかに投票を為すことを希望します。
子爵 松平信正君:さて特別委員選挙のことにつきましては、いつも区々な問題に時間を費やして甚だ遺憾に存じます。しかし私は千家尊福君の説が至当と考えますから、一言賛成の意を表しておきます。いつもは投票選挙を主張する論者の一人でありますが、今日に限っては議長に委託するを可とします。かつ時限を極めて調査の決了をして報告あらんことを委員に約束を致したい。或る論者はこの商法施行のことは余程重大に属することであるから期限などを定めるには及ばない、十分調査をしなければならぬという説もありましたが、少し私の臆測かも知れませんけれども、この満場中にもう既に二種の分別が出来たと考えます。と言うものは、かの衆議院においても迅速の手運びをもって大多数をもって可決したところのこの第一号議案が本院へ来るかどうか、必ず急速の手順を運んで直ちに満場の多数をもってこれを可決すべき訳合のものであろうと思っていましたところに、豈図らんやあるいは特別委員に十分の調査をさせて期限も定めず本年を空しく経過して遂に来年1月1日に渉らせ、今のその延期論者の論鋒を空しくしようと言うようなお考えもあるかと考えます。と言うものは特別委員に付したところのかの弁護士法案…
議長(伯爵 伊藤博文君):問題外の議論は御止めになったらよろしいかと存じます。今は委員選挙についてのことですから…そうおっしゃる中に即ち時刻が遷延することにより御注意を…
子爵 鳥尾小彌太君:本員は少し遅刻いたしましたので議場の様子もよく分かりませんが、しかし何しろ委員選挙のことと伺っておりますが、本員は少し別段に建議をいたします。と申すのは何分この案に対しては動議者というものも先ず無し、発議者も無し、また原案を維持する人も先ず無い姿であります。してみるとこの委員の組方で既に委員がこの案というもの…あるいは「速やかに断行するが宜しい」と言う傾きの人が集まって委員を組むと、これが即ちその案を廃止することに対して自ら当然反対の位置に立ってその労を取る事になります。またそれに反対すればやはり反対の結果が出て来る箇様になりますと、今日満場の諸君の中で既にあるいは心中では「断行するが良い」と言うか若しくは「延期するが良い」と言うかは稍々心中では極まっているようにも考えられますで…併しこれは唯心中のことですから互いに相知ることだ出来ません。それでこれを投票することにしましても、自然どんな所にその結果が赴くかと言うことは甚だ気遣わしい。また議長の指名によってだそこら辺のことは甚だ気遣わしいから、先ず全院委員会になさって全院委員会を経てその全院委員会の結果の上で委員を組むと言うことになったらば至極穏当であって、また議事も滑らかに進むであろうと思います。此段を建議いたしまして諸君の御勘考を煩わしたいと思います。
下出傳平君:私は中村君のこの三十六条の成規によって投票するということに賛成する一人でございます。その第二項によって議長にこれを委任するという御説が追々ございますが、此事たるや実は議案は小部分のものでございますが、この実行延期に至りましてはよほど全国商人の大関係を有することだと本員は考えます。既に議長の御選定になる所の委員は即ち公明正大にして偏頗に渉らず、実は公平なるものであろうとは信じておりますけれども、此事たるや満場の議員が選んだらば良いだろうという精神を以って各位が委員を選挙されることを本員は望みます。
井芹典太君:満場の討議も尽きた様でございますから点検を希望します。
男爵 槇村正直君:本員は先刻鳥尾君の述べられました建議説、即ち全院委員会に致されよと言うことの説を賛成いたします。
議長(伯爵 伊藤博文君):諸君に御注意を請いたいと思いますが、委員選挙だの事は余り討論に渉ったり、あるいはその委員選挙をするということに就いて本議題であるところの法律案に及んだりすることに成りますと、申すまでも無く誠に無益の時間を費やすことと思います。普通議会の慣例に基づきましても、委員投票抔のことに就いては孰れと定まりさえすれば良いのです。それについて「こうでなければこのような害が起こる」とか、「そうでなければこの論について反対のことである」とかあるいは「賛成のことである」とか言う議論に亘って、往々開会以来時間を無益に費やすことが多いであります。勿論これについて議論をなさることの自由は諸君にありますることは十分認めておりますけれども、実事上から申せば無用の議論に過ぎない様にも考えられるものも往々多くありますから、貴族院の体面を申しますれば、このような事は円滑に行われて、そして討論をすべき場合に至って十分に諸君の良心に問うて御討論相成ることでございます。どうか成るべく良い慣習を将来に养成し、かつまた本院の体面を毀損されないようにありたいことを希望致しますのであります。また議長は即ちこの議場の忠僕たらんことを望んでおりますので、これは御勧告申しておきます。
山口尙芳君:議長。
議長(伯爵 伊藤博文君):もうあなたは先刻既に発言がありました。屡立つと言うのは終には一度も三度もこのことに就いて…如何程延期しても議長においては構いませんけれども、しかしそうなって来ますと事務の整理が出来なくなりはせぬかと思いまする。少しは御辛抱なさって、そして先ずここに問題があって賛成もあることですから…只今の問題と申しまするものは、この特別委員を選ぶに就いて議長に任せるか、又は三十五条の本則に拠るかと言うのでございます。孰れも賛成が成立っております。また時間を限ると言うの説と限らないと言うの説とが成立っておりますから、表決に付せざるを得ませんのでございます。これから表決に付して運んで参ろうと思います。
山口尙芳君:これは問題に拘わらないことで…
議長(伯爵 伊藤博文君):問題外ならば、こう言う所に問題外のことを出されないことは規定もあることではありませんか。
山口尙芳君:特別の事に…
議長(伯爵 伊藤博文君):暫く御猶予を願います。
子爵 鳥尾小彌太君:本員の建議は成立っておりますか。
議長(伯爵 伊藤博文君):千家男爵の動議に係りまする議長にこの特別委員の選挙を委任するという説に御同意の方の起立を請います。
(起立者多数)
議長(伯爵 伊藤博文君):過半数と認めます。次はこの委員に時間を限るということを可となさる諸君の起立を請います。
(起立者多数)
議長(伯爵 伊藤博文君):過半数であります。
子爵 平松時厚君:ちょっと忠告いたします…本官は病気に就きまして只今出席いたしましたので、あるいはその数の中に入っていないかも知れませんから、この儀をちょっと御注意を致します。
子爵 鳥尾小彌太君:最前の宣告はどういう訳でありましょうか。本員の建議に対して槇村君の賛成がありますから、既にこれは一つの議題に成立っております。然るにそれを差除いて御宣告になったのは甚だ承服しません。
議長(伯爵 伊藤博文君):御尤もであります。しかしながら物と言うものは両立しない場合があります。既に議長に委託すると言うことが、この特別委員選挙と言うことにつき過半数で極まりました以上は、この議会の意向と言うものは既にこれによって決了しておりますれば、この場合においてはどうでありましょうか。強いて起立に尋ねろとおっしゃれば尋ねもしますが、これも無用の手間ではありませんか。無論賛成者があれば議題にならないと言うのではありません…これは私が申し間違えましたが、この規則によると全院委員会は議長又は議員十人以上の発議により、討論を用いず議院の決議を以てこれを開くとありますから…やはり鳥尾子爵も御間違えでありまして、御同様でありますから…それから千家男爵にお尋ねしたい。時間を限るということは御説がありましたが、その時間の長短を定めておきたいと考えます。
男爵 千家尊福君:時間の長短は本日中に…午後2時頃に直ちに会議を開かれるように致したい。
議長(伯爵 伊藤博文君):それはあなた先刻からのおつもりでありましたか。
男爵 千家尊福君:申し間違えました。初めの趣意は午後1時に二読会を開くように致したいと言ったのですが…
議長(伯爵 伊藤博文君):よろしいございます。それでは御委託に基づきまして一旦退場いたしまして委員の選挙を致した上で、御出席を請いまして御報道に及びます。一應御退場に相成ってよろしいでしょうか。
(午前11時35分 閉会)
(午前11時45分 開会)
議長(伯爵 伊藤博文君):委員選挙を致しましたにつき御報告申し上げます。
子爵 黒田清綱君、岡内重俊君
男爵 渡邊洪基君、三浦梧樓君
小幡篤次郎君、前田正名君
小畑美稲造君、渡邊甚吉君
此の委員の諸君は直ちに集会して委員長副委員長を互選されて、直ちに議長に報告あらんことを望みます。そしてその報告と同時にこの案を取り調べて審査に付託されたものと御心得になって、かつ午後2時までにこの議場へ報告されることを希望いたします。
男爵 千家尊福君:議長は只今2時までに議院へ報告と御宣告であったが、議場では1時と決したように思います。
議長(伯爵 伊藤博文君):最後に御尋ねした時に、1時と言うのを2時ということに私は伺っておりました。
男爵 千家尊福君:初め午後1時と申しておきました。つい1時という御尋ねの時に申し違えて、2時と言うのを1時と申し直したように心得ています。
議長(伯爵 伊藤博文君):議長においては2時と聞いています。
男爵 千家尊福君:議長において2時と聞いていらっしゃるならば、本員において別段差し支えはありません。
議長(伯爵 伊藤博文君):その他の時間のこともありますし、また委員長選挙のこともありますから二時間位は事実上必要であると考えます。私は2時と承っており、その上2時と宣告いたしましたから、その通り…
子爵 舟橋遂賢君:議長の方で2時とお決めになっても、既に提出者が1時と言った以上は2時と改めることは大体不穏当の事と思います。
議長(伯爵 伊藤博文君):筆記を穿鑿して見ます。
第1回帝国議会 貴族院 本会議 第6号 明治23年12月20日議事録 現代語訳 (11/12)
男爵 千家尊福君:私は1時と申しましたつもりですが、議長において2時と認めたならばこれは速記を見れば分かります。まだ12時になっておりませんが、多少審査の時間も要しますから、その点において満場諸君においても御異論はあるまいと思います。只今速記をお調べになって2時とあれば2時の御報告をお願いします。
三浦安君:時間は只今の議長の宣告が相当と思います。議長が御延べになったのは極めて適当でよろしいかと思います。
子爵 舟橋遂賢君:只今の三浦君の御説は大変分らない御説と思います。既に御決議になったものを、仮令事実の上に時間が不都合だからと言って議長において私に宣告の出来ない筈であります。もし最前に於いて2時と言うことになっておれば2時と定めても良いが、これを翻して議長一己の私見をもって1時を2時に変更することは甚だ不親切であります。三浦君の御説は不服であります。
議長(伯爵 伊藤博文君):私は時間を変えるということは致しません。私は2時と記憶しておりましたから2時と宣言したのです。そういうことであれば2時にするか1時にするか満場諸君に御尋ねを致します。
子爵 舟橋遂賢君:私の只今申しましたことに就いて議長の御言葉がありましたが、このような事は後々に残るような習慣を生ずると言う老婆心から只一言申した訳であって、私は議長が時間を変えると言う考えで申した訳ではないからして、此段念のために申しておきます。
議長(伯爵 伊藤博文君):議長は決してこの議場において己の私見を挟み、威権を弄する考えは毛頭もないのです。成るべく諸君の議決通り執行せんことを望んでおります。殊に議長が私心を挟むと言う一言を頂戴するにおいては、私は甚だ本意に背くことで、自分の記憶が果たして善かったか悪かったかと言うことは実に糺す方便に拠らざるを得ぬことと考えます。
侯爵 中山孝麿君:それのための速記であります。速記をお調べになれば直ちに分かります。
子爵 平松時厚君:これは本員も既に2時と承りました。またそれのみならず只今即ち発言者が現在2時で宜しいと言う話であるから、少しも本員においては差し支えないと考えますからして舟橋君の論はもう別段に御議しになるには及ぶまいと存じます。只今三浦安君の申す通りで至極宜しいかと思います。最早別段速記をお調べになるには及ぶまいと考えます。
第1回帝国議会 貴族院 本会議 第6号 明治23年12月20日議事録 現代語訳 (12/12)
澤原爲綱君:私は只今黙っておりましたが、時間の事に就いて色々な議論が出ました。左様時には、いや、ぐずりぐずりとする内に12時になり、また1時になってしまいますから、此の論は措きまして議長の御宣告になりました処の委員長の選挙に御掛かりになる方がよろしいかと思います。
議長(伯爵 伊藤博文君):それでは2時で宜しいと言う御説もあるし、別段にそれについて御察しを蒙る御意見もありませんなら、その通りにいたします。然らば一旦御退場を請いまして、委員の報告があり次第再び御出席を請います。
(午後0時1分 閉会)
(午後2時10分 開会)
議長(伯爵 伊藤博文君):前会において委員選挙を行いました後に委員長及び副委員長の選挙に相成りましたから御報道に及びまする。委員長は黒田清綱君、副委員長は三浦梧樓君…只今より商法及商法施行条例施行期限法律案につきまして午前の読会を継続いたします。第一に委員より報告に及ばれます…黒田君。
(子爵 黒田清綱君 演壇に登る)
子爵 舟橋遂賢君:報告の前に一言申しておきたいことがあるが良いでしょうか。
議長(伯爵 伊藤博文君):宜しい。
子爵 舟橋遂賢君:私は先刻決議のことにつき申しましたことがございました。その趣意は「もし議長にして私に決議を翻すならば」云々と申しましたが、後ある人々から語気が穏でないだろうと言う忠告がありまして、道義上で考えて聊か穏当でないと見認めますから、「私に」と言う文字につき取消をいたしますから、この段を申しておきます。
子爵 黒田清綱君:午前の会議において我々特別委員の選に当たりまして、篤と調べました所衆議院より提出になりました商法及商法施行条例施行延期のこの本案に修正を要せず、この儘多数を以て可と決しました。この段を報告いたします。尤も委員中において岡内重俊君、渡邊洪基君、前田正名君の三名は、この反対の意見を持っておられましたので、この旨を併せて報道いたします。
男爵 渡邊洪基君:只今特別委員長黒田君より本案の可決の次第を報告されました。然るにその否の方に属する者、即ち1/3に相成りまして、即ち制定の法律によってこの意見を一應陳述いたします。この委員において本案を可とされる所の大趣意と謂えば、民法と商法は共に進まなければ法律の全きを得ないというのが大趣意です。よってこれを同様に施行しなければならぬという趣意であります。それに反対を致したのは本員輩でございます。本員の勘考する所は決して民法商法共に並行しなければならぬと言うものでは無い。商法と言うものは即ち独立法で、商法は単独に行われるべきものです。その訳と言うものは即ち商法の総則、かつ特に第一条であります。その第一条に「この商事において商法に規定の無いものは皆この商慣習による。又民法の制規による」とこう言うことを明らかに掲げ出している。これが即ち商法の単独独立法と言う訳であります。よって民法は26年1月より施行して宜しい。商法は24年1月1日より施行して宜しいことは固よりその性質であります。よって右の趣を以て反対を唱えたけれども少数で敗を取った訳であります。併しながら一体本員の只今申す所は所謂特別委員の資格を以て申すので、尚後刻において一個の議員の資格でこの案に対する意見は別段申そうと思います。
議長(伯爵 伊藤博文君):前会において渡邊甚吉君の動議がございまして、議院法27条の規定に基づきまして三読会の手順を省略しようと言うことは成立っております。議員10人以上の要求で規則に適っていると認めておりますので、この議決は出席2/3以上の多数を以て省略する事が出来ると言うのです。即ちその渡邊君の説のある所を一通り御注意のために述べておきまするが、三読会の手順を省略して一読会で終結しようという訳であります。故にこの発議にして可決されるに至りますれば二読会に移るか否かの議決は要しませんのであります。勿論三読会もその通りで省略するのであります。よってその段を御注意に述べておきますで、渡邊甚吉君の動議に掛かります。
男爵 本田親雄君:その前に建議をいたしますが、只今三読会を除き一読会で済まそうという建議に賛成もあって、それに決をお採りになると言う場合になりましたが、本員は固よりそれに御同意でございまするが、決をお採りになるだけは記名投票にされたい。制定の賛成者を得てそうしたい。これを建議いたします。
議長(伯爵 伊藤博文君):記名投票にしたいとおっしゃるのか。
男爵 本田親雄君:左様。
議長(伯爵 伊藤博文君):議院規則96条においては議長の必要と認めるとき、又は議員20人以上の要求あるときは起立の方法を用いずに記名投票を以て表決を為さしむべしとあります。議員20人以上の要求がありませんければ、起立の方法を用いずに記名投票を以て表決を為すということは行うことは出来ませんから本田君に御注意いたします。
第1回帝国議会 貴族院 本会議 第6号 明治23年12月20日議事録 現代語訳 (14/16)
男爵 本田親雄君:只今の御注意は承知いたしました。前には規定の賛成者を得んことを欲しまして建議いたしましたも、賛成者が一人も無ければ致し方はありません。
尾崎三良君:只今渡邊甚吉君の動議に対する問題と存じますが、本員はこの三読会を省略するということを只今ここで極めると言うことは甚だ不同意であります。成程この本案は本案そのものだけは如何にも肝腎のことではありますが、その事柄たるやその及ぼす所頗る重大な問題であります。故に斯く省略する必要は無いと存じます。併しながらこの一読会の模様によってはあるいは「二読会三読会の手続きを略しても良い」と言う他のことに至っては、満場の議員諸君が認められたならばその時に御決しになって然るべしと考えますが、未だ本問題の討論も始まらぬ内に三読会を省略すると言うことを予め極めると言うは甚だ大早計と考えますので、本員は只今の動議には不同意であります。
子爵 平松時厚君:只今の尾崎君の説に賛成いたします。
男爵 本田親雄君:心得のために御尋ねいたしますが、この起立によって分かることと存じますが、只今渡邊君の建議は一読会で済ませ、二読会三読会の手順を省略すると言うことでありますと、今の渡邊君の建議に同意してそれが多数になりました訳ではありませんか。一読会ばかりでするのは本員等不敏にして未だ能く知りませんが、甚だ議長を煩わせますけれども、その辺の了解になるように尚ほ御説明に預かりたい。
議長(伯爵 伊藤博文君):これを一読会において議決すると申しますれば、勿論二読会三読会は省略してしまうのであります。そして一読会において討論も尽くさなければなりません。そしてこの本案について修正の御意見がありますれば、それも一読会において行わなければならぬ。そして三読会にある所の規則のことも勿論一読会において提出されて、徹頭徹尾一読会二読会三読会と言うことを由して、一読会のみで決了すると言う意味であります。
男爵 本田親雄君:分かりました。
議長(伯爵 伊藤博文君):渡邊甚吉君の動議に係りまする三読会を省略すると言う議に御同意の方は起立を請います。
(起立者多数)
第1回帝国議会 貴族院 本会議 第6号 明治23年12月20日議事録 現代語訳 (15/16)
議長(伯爵 伊藤博文君):甚だお気の毒でありますが、これは確かに2/3を認めなければなりませんので、何分陰になっている方もあって分かりかねますから、氏名点呼で勘定させますから御着席を願います。そうするとどうか渡邊君の説に賛成の方は起立して「賛成」と言うことをおっしゃって下さい。
子爵 谷干城君:その名前の来た時に言いますか。
議長(伯爵 伊藤博文君):左様です。
男爵 千家尊福君:その氏名点呼につきまして、今日の出席員だけを…
議長(伯爵 伊藤博文君):無論のことです。出席員2/3以上で…
男爵 千家尊福君:只今書記官の朗読は出席員だけでよろしいでしょうかと思います。
議長(伯爵 伊藤博文君):けれども一一読まなければ帳面を作っておかなければならないことになるのですから、どうか…そこで賛成の方は「賛成」…御名前を呼んだ時に立っておっしゃって下さい。反対の方は「反対」と言うことをおっしゃって下されば、こちらで勘定します。
(氏名点呼を行う)
議長(伯爵 伊藤博文君):2/3に不足であります。総計174人ノ人員であって104人は可とする者であって、70人の否とする者がありますから2/3に満ちません。渡正元君。
渡正元君:諸君、本員は本日の議題たる商法及商法施行条例の期限を延期すると言う法案に対して反対の意見を懐いているもので、即ち商法断行論者の一人であります。この議案、即ち商法及び商法施行条例は明治26年1月1日より施行すると言うことの法案に対して、本員が反対の意見を表する所に二つの要点があります。その第一の要点は、この議案たる法律案の性質に対する反対の意見でありまして、第二は即ち商法及商法施行条例を延期せんとする議案に対する反対の意見でございます。先ず第一の要点から論弁いたします。この議案は即ち商法及商法施行条例の期限を延期して26年1月1日よりこれを施行すると言うことを帝国議会において、その期日を議定してそしてこれを上奏して以て裁可を請はんとする法案であります。然るに本員の意見によれば、この法律を施行する期日を定めると言うことは議院の議定して以て上奏裁可を請うべき事柄で無いと本員は考えます。即ちこのような期日を定めることに就いては帝国議会は宜しく建議すべきことであろうと本員は信じて疑いません。これよりその理由を陳述いたします。謹んで我が帝国憲法を案ずるに、その第六条に曰く「天皇は法律を裁可し、其の公布及執行を命ず」とあります。此の法律を裁可すると言うことは即ち立法のことを完結すると言うことでありましょう。そして「其の公布及執行を命ず」と言うことは、これを公布して以て普く人民をして遵奉せしめて、其の効力を生ずると言うことでございましょう。即ち期日を定めると言うことは第六条の明文の中に存在しているものであると本員は信じて疑いません。これを本員は則ち憲法第六条の正解と自ら信じます。既に勅命を以て、即ち上諭を以てその期日を定むるものと判定いたしますれば、本日の議案のような、即ち商法の施行期限を改正して以て更に其の施行期限を定めると言うことは、帝国議会は宜しく建議せざるべからざる性質のものであると考えます。其の所以は即ち憲法第四十条に曰く「両議院は法律又はその他の事件に付各々其の意見を政府に建議することを得」とこうあります。また議院法第五十一条第二項には「各議員の建議は文書を以て政府に提出べし」とこうあります。既にこの第六条において「法律を裁可し、其の公布及執行を命ず」とある以上は、其の法律を公布して其の期日を定めて、其の法律の効力を生ぜしめると言うことは憲法第六条の明文において明らかなことだと信じます。
然れども、あるいは反対論者は曰く「憲法第六条は左様なことであるが、憲法第三十八条によれば『両議院は政府の提出する法律案を議決し及び各々法律案を提出することを得』とあるによって、何等の法律案にせよ各議院は提出する権利がある。即ち憲法の明文である」と。こう反対論者は解釈する人があるかも知れない。然れどもこれは甚だ当を得ないことと考える。何となれば、ここに法律案を議決し及び各法律案を提出することを得ると言うことは、即ち法律の章句条項、成文を整頓して議決して以て上奏裁可を請うと言うことであって、其整頓してある所の法律を何月何日より施行すると言うことに、法律の実力即ち効力を生ぜしめると言うことを合せて上奏することは出来ない。と本員は判定いたします。もし帝国議会においてこの法律の実施期限を定め、その効力を生ずる日を定めて規定して以て上奏裁可を請うことを得るものとすれば、将来何の法律たるを問わず議会は尽く法律の効力を生ぜしむる期日を定めて上奏裁可を請うことが出来る訳です。これは憲法第六条に対して帝国議会の権限に無いことであると本員は信じます。そしてこの憲法の全力各条及びに議院法の各条を通読いたしましても、帝国議会よりして法律の期日を定めて其の法律の効力を生ぜしむる議案を議決して以て上奏裁可を請うという根源を見出しません。既に根源が無ければ憲法第六条の精神に遵由せざるべからざるものだと本員は信じて疑いません。よってこの議案の性質に対しては本員は不当なる性質を帯びている所の法律案と断定いたします。併しながらこれは本員一己の見解でありますによって、あるいは本員の見解は其の正当を過っているか否かは満場諸君の宜しく御判断を希う所であります。もしこの見解にして当を得たるものとすれば、この法律案は即ち其憲法四十条依って建議案と形を違えなければならぬものであると本員は信じます。
左様なことですが、この論弁は憲法上に遡っての論弁でありますによって憲法上の問題は軽々に判定すべからざる国典でございまするによって、往々外国においても憲法上の問題は学説二途に分かれ一統しないことは常に承っております。また我国においてはこれらのことは、本員が述べた所の論点は憲法上微妙な問題と言わざるを得ない貴重なる事柄であれば、一朝にして断言することは出来ません。よってこの商法の延期とその断行との御論に拘わらず、満場の諸君も虚心平気で…ゆっくり御熟考あって宜しく此の精神に対して御判断あらんことを本員は深く希望いたします。
所でこれより第二の要点を陳述いたします。商法及商法施行条例に対しては、即ち本邦の商法が本年3月公布になりました以来、世上往々物議を生じて多少の論議あることも承っておりますことであります。あるいはこれを既に建白し、あるいは請願すると言うことが当春以来続々起きたことに承り及んでおります。其の建白し、あるいは請願すると言うことの理由は多くあるけれども、要するにその目的、理由とする所のものは二、三の点に過ぎないことと承ります。この二、三の点と言うは第一に商法第一条に「商事において本法に規定無きものにつき商慣習及び民法の成規を適用す」とある。然るにこの明文あるにも拘らず、民法は明治26年1月1日より施行すとあって、独り商法は24年1月1日より効力を生ずるものとすれば、此に所謂民法の成規を適用すと言う明文があっても其の民法の成規を適用することが出来ないによって、民法と並行両立すべからずというのが一の論点。第二に、商法中往々我が国の慣習慣例に違ひ、及び我が国に未だ嘗てあらざる所のことも掲げてある。次に商法中法文の編製は、一法文中往々解し難き熟語が多々ある。其の商業者及び一般人民に甚だ困却を生ぜしめると言うのが第二の問題。第三に訴ふる所は、商法が公布以来実施期日に至るまで僅か9ヶ月間の時日の外はない。此の9ヶ月間に商法の千有余条の条目を尽く熟読し、尽く玩味するということは望むべからざることであるにも拘わらず、商法を24年1月1日より施行すると言うことは人民に周知の時限を与えない、人民に熟知するの時間を与えないものである。斯く我が国において新たに布く所の新法を人民に熟知せしむるの時間を与へないのは甚だ不都合というのが第三の問題である。
この三つの論点は往々世上に商法延期者と商法断行者との間に相互に論議もあり、所謂甲是乙非で互いに一理あり、一長一短あるの間に今日は権衡していることと聞き及んでおります。よってこれを更に本員が本席において喋々繰り返して述べる必要は無いけれども、先ずこれが商法延期論の要点であるによって僅かに一言これに対して述べて置かざるを得ないことであります。此の第一の問題、即ち民法と並行せざるべからずと言うことは全体、この商法と言うものは諸君の御承知の通り特別法であって、商法は一種殆ど一の法律を以て成立っている法律であると言っても宜しい位のものです。故に往々この商法公布と民法公布の法典を見て、商法は民法と重複している、民法の範囲内に立入っている丈に法文が煩雑に渉っていると言う論説もある位であって、商法自ら独立して実行し得る丈にこれは編成になっているのです。故にこれを实行する日に当たって商業社会万般の事、全てこの商法の一法典を以て実行し得る丈の条項は完備しているのです。然れども凡そ社会の現状と言うものは其の時世によって種々様々な変体が出てくることによって、もしこの商法中において掲げて無い所の…明文を欠いている所の事柄に遭遇したならば、即ち商の慣習(従来仕来っている所の慣例)に拠り又は民法の制規に拠ると言うことは即ち従来あり来っている所の成文、規則で拠ると言うことなのです。決してこの大法典たる来る26年1月1日より施行するこの民法にあらざれば、これに適用することが出来ぬという精神ではないと本官は信じます。然れども26年1月1日、民法実施の暁に当たっては如何にも国典たる新法典の民法と併行両立して行くことは固より論を俟たぬことであります。左様なことですが、民法の実施前に於いては何の民法の制規に拠ることが出来るかと言う、そういう論者もある様でありますが、これは即ち我が国にも従来民法の(不完全ながら)制規というものがあることは疑いの無いことであります。よって商法は完備していて、固より商法も一の法典をもって独行し得るものなれども、万一この明文中に欠けているものがあるならば商の慣習と民法の制規に拠る、それを適用すと言うことを予め掲げている位です。よって民法に先だって商法が行われると雖も決して差し支える場合が無い。況や商法施行条例というもの公布して、商業社会において新旧の変動の点に対して混雑困難を生じない様に相当の手続きを定めているものがあります。故にこの商法を24年1月1日より施行しても差し支えない丈のことは十分にしてあるものだと本官は信じます。
偖(さて)、また第二の問題、即ち日本の慣習に違ひ、あるいは我が国に未だ嘗て無い所の事業…事柄が新たに掲げてある。及びにまた商法法典中に多々熟字の解し難いことがあると言う苦情がこの第二の要点ですが、商法と言うものは諸君も御承知の如く、商業社会の運動進行と言うものは凡そ国の東西を問わず欧米各国と共に其の程度を増し、共に其の方針によって相互に関係を持っていることじゃによって、我が国の未だ嘗て無い所のものが新法典にあるのは固より当然であります。丁度顧れば20年前に、あるいは30年前に我が国に生命保険会社とか船舶保険会社とか言うものを起そうと言ったならば、人驚いて我が国に未だ嘗て無い所の慣例であると言うような非難もあったであろうが、併しながら時勢の変遷、時の変化というものがあって、世界中のあらゆる所の商業事業と言うものは追々我が国にも遷り行なって来ることは疑いも無いことで、即ちこれか商業社会の一進歩であるので…故に従来我が国に無き所の慣習もこの商法中に生ずるのは固より当然で…さて、また商法中に解し難き熟語が多々あって読む者を苦しめると言うことに対しては…凡そ法典を編纂するには、其法文の趣旨を明らかにするためには必ずしも日本在来の言葉をもってそれで足るという事は出来ないでしょう。漢語を借りても支那にも未だ嘗て無い所の熟語が欧米各国には多々あるのは、素よりその文物、支那にも日本にも未だ嘗て無い所の文物が多い欧米各国の例を参考にしたものであるから、文字も従ってこれに相応せざるを得ないのは已むを得ざる結果であります。故にこれに対して新たに熟字を作って来ると言うことは独り商法のみならず、万般の法律皆そうでないは無い。これは独り商法の罪のみではない。何れの法律でも新たに法典を編む、新たに法律を作るときは多少熟字を作り、熟語を作らなければならぬことは已むを得ぬので…この解し難き熟語があるがために云々と言うことは殆ど難きを人に責めると言わざるを得ない論点であります。凡そ国の東西を問わず国に新法を施す日には、その新法に対して人民に多少の物議あることは免れないことである。其の物議の生ずること固より原因あっても当然であって、その新法の制定について其の事業を強固にし、事業を安固にすることの利益を得るものは、新法の一日も早く実行されることを望みます。また之に反して新法制定のために多少の損害を受け、多少不便を感じると言うものがあると言うものは、丁度其の反対の感情を起こして一日もこの施行の晩からんことを望みます。即ちこれが新法成立の日に至れば人民の多少物議を生ずるの所以であります。
然るに其の物議のあるにも関わらず、其の新法を断行すると言うものは即ちこの社会全局に其の必要がある故であります。必要があるために断行するのであります。其の必要は商法においても独り商法社会にとって必要なるのみならず、商法第一編には商事会社あり、二編には海商(海の商)即ち船舶保険の類があります。三編には破産法というものがあります。これらは独り商業社会の商法事務のみに関係するものでなくして、間接に人民一般に其の損益は相牽連するものであります。故に社会の必要よりしてこれを断行しなければならぬ。並びに其の社会の必要は前に所謂時勢の変遷、進歩によって促がされる所の必要であります。又ここに満場諸君の御注意を喚起したいと本官が考えます意見があります。即ち他にあらざず、此の商法公布以来商法を基礎として…商法を根據として、これによって公布された所の法律命令と言うものが多々あります。定めて諸君も御承知のことでしょうけれども、本官が一應ここに数えて御聞に達します。その第一には本年9月法律第八十一号の商業会議所条例というもの。第二には本年8月法律第七十二号銀行条例というもの。第三には本年8月法律第七十三号貯蓄銀行条例というもの。第四には本年8月法律第六十九号家資分散法と言うもの。第五に本年8月法律第六十号商法第二百六条の債券発行法というものがある。第六に本年8月法律第六十六号商事非訟事件印紙法というものがある。又第七に本年10月法律第百一号の有罪破産の罰則というものがあります。第八に裁判所構成法第十五条というもの商法に牽連している。それから又本年7月法律第五十一号執達吏規則第二十条の三項、これは拒み証書のこと、こういうものがある。これが法律であります。次に勅令が三件ある。本年7月16日勅令第百三十三号、即ち商業及船舶登記に関する件という勅令が…第二に本年9月第二百七号の商業及船舶の登記及登録料という勅令がある。第三に本年10月勅令第二百十九号船籍規則というものがあります。船籍規則はその中の第六条が商法に関係しているのであります。此の法律九件、勅令三件、集めて十二件の法律命令と言うものは尽くこの商法を基本に取り、商法を根據として、それに関係を持っている所の法律命令であります。然るにこの商法を延期すれば、従って此の法律九件、命令三件は商法に伴ってあるいはこれを中止するか、あるいはこれを改正するかして商法と相伴わなければならぬという関係があります。即ちこの十二件の事柄は商法と密接の関係を有している所の法律命令であります。法律命令の変更については相当な夫々の手続きがあって、政府は帝国議会の協賛を経なければ其の改正も中止も出来ぬことは論を俟たぬことであります。然るに此の商法及びに商法施行条例を26年1月1日迄延期すると言うものは甚だ簡単なことであって為し易いことで、人容易くこれを論じ得る。然れども実際において此の法律九件勅令三件と言うものは、如何なる方法を以てこれを処分しますか。本年も既に一旬日の他は余日は無い。
仮令本日此の議場において此の法律案、即ち此の本日の議題が可決されて上奏裁可を請うという手続きになってみても、これに牽連する所の法律勅令と言うものは如何なる手続きを以てこれを改正修正して商法の延期に伴うことの続きを為し得るのであろうか。諸君はこれに対して如何なる御考案がありますか。本員の考えでは此の商法及びに商法施行条例を26年1月1日迄延期すると言うことは甚だ言い易いことである。論じ易いことである。然れどもこれに密着する所の関係を有している所の法律九件勅令三件と言うものは、其の延期に際して即時に其の方法を変えて往かなければならぬ。これを尽く中止して仕舞っておくと言うことは世界の必要において又出来得べからざることであります。然らばこれを何とか修正改正して商法と相伴うようにしなければならぬ。商法の実力を有して其の効力を有するの日までは置くとか、これだけの方法は…法律は其の方法を改めて実行しなければならぬ。此の数多くの法律案を改正実行すると言うことの続きが、此の一旬日ノ日子を以て為し得べきことでありましょうか。望む可らざるのことであると言うことは本員は信じて疑わないことで、故に此の商法及びに商法施行条例を延期すると言うことは、論者の一の理由を以て望み得る所のことであるが、これに付随する所の法律命令を如何にするか、この論点が甚だ第一の議論である。よって本員の考える所では、此の商法及びに商法施行条例を延期すると言うことは実際言うべく行うべからざる論であると本員は信じて疑いません。然れども各々見る所あり、此の法律の施行期日を定めることに就いて早晩遅速に対して異見のあることは自ら一理在って存することでありましょう。然れども其の論理は姑く措き、此の実際の手続きは如何にするか、此の点に就いて甚だ覚束ないことだと本員は考えます。故に商法の施行を延期すると言うことは実際為し得べからざるのことであることは、此の一点においても明らかなことだと本員は考えます。斯く論じて来れば本日の議案は即ち其の性質においても其の当を得ざるものである。法律案として上奏裁可を経ベき性質のものではないと本員は信ずる。宜しく建議案として然るべき性質のものであると断じて疑いません。よって此の点に対しても本員は反対を表すの要点があります。又商法及びに商法施行条例を延期すると言うことに対しても、前に述ぶる通り現存する所の法律に向かってだ、其の処分の方法が無いことを弁じて、そして此の商法施行の延期と言うことに対して反対の意見を述ぶる所以であります。よって諸君は宜しく此の本員の述ぶる所の要点に対して熟考せられ、本員が述る所の要点に其の当を得ない所は宜しく御弁論あらんことを望みます。これが即ち本員の此の商法延期案に対して反対の意見を表白する所のものです。
渡邊甚吉君:本員は本案に対する賛成者の一人であります。本員は自己の商業に関し、又組合会社の利害に関しまして商法に直接の関係を有している者であります。又地方の商工会に対して商法の利害を研究せざるべからざる義務を有している者であります。故に再三再四商法を取り調べてみました。然れども此の商法は決して断行することの出来ない、これは実行上不都合で、これを施行されたならば総ての会社、総ての商業家は皆破産して経済社会に非常の不利益を与え、所謂商業社会の驚慌なるものを生じようと言うようなものではありません。従って断行すれば断行しても妨げない。又会社法のような、破産法のようなものは是非とも至急に行わなければならぬものであります。既に今日は会社法のようなものは時期既に既に遅い。で何故これが二、三年前に公布されなかったのであろうか。もしもこれが二、三年前に公布されてあったならば、今日の如く泡沫会社が続々経済社会に現れて来て良民に非常なる損害を与えるような事が無かったであろうにと後悔を致している位なものなのである。しかし過ぎたことに対して今更愚痴を言うも甲斐がありませんが、仮令時期遅れたりとも気付いた所の会社法、破産法のようなものは是非とも早く実行を致したいと考えているのであります。併しながら其の反対に又実行上において甚だ困難なる個条も沢山あります。又不必要な個条も沢山あるのでございます。故に本員はある論者の如く、単純に商法の利益のみを論じて断行を主張し能わずと同時に、又其の弊害のみを列挙して来て延期に左袒することも出来ない者であります。若し其の利益と損害との個条を挙げて一一これをここに論じましたならば、頗る長時間を要することであります。のみならず既に其の利害得失に至っては衆議院における数番の演説において、幾度余蘊無きほどに討論されておりますから、私は今更重ねてここに弁じません。要するに本員は本来熱心なる断行論者にあらず、又熱心なる延期論者でもない。即ち延期断行共に利もあり害もあって、殆ど利害相半ばするものだと考えている者であります。併しながら今や此の商法延期論は衆議院に多数を得て法律案として本院に提出いたしました。然る以上は爰に格段なる理由を生じて、本員が熱心なる延期論者の一人とならざるべからざる場合に至りました。其の訳は性質上衆議院はどう言うものであろうか、又貴族院議員はどう言うものであろうかと言うと、衆議院は民間選出の議員より成立いたされておりますが、其の大部分の議員は此の商法に直接の関係を有している諸君であります。然るに貴族院議員は之に反して性質上高貴なる華族諸君、忠勇なる元老諸君、博学なる学者諸君より成り立っておりまして、真に商法に対して直接の関係を有しているものは僅々勅選議員の小部分と多額納税者の多分と言うものであります。斯く商法に対しては貴族院議員は直接の関係は少なく、衆議院議員は直接の関係は多い。然らば直接の関係を多く有している所の衆議院において可決いたした所の此の法律案は、本院においても亦これを賛成を致しておく方が穏当であろうと考え、且つ利益であろうと考える。
且つ又此の商法及商法施行条例施行期限の法律案は、法律案として衆議院より配付いたされた所の帝国議会開設以来第一番目の議案であります。然らば其の議案に対して本院が良い意を表し置くことは将来両院の間に円滑を保つことに於いて非常なる有益のことであると考える。依っては最初より熱心なる延期論者は勿論、又断行延期共に其の差し支えの有る処を知っている諸君も小生と共に熱心なる延期論者となって、此の本案を通過いたされることを飽く迄希望いたします。終りに臨んで曩に渡正元君の御説に「此の法律其のものに対して議することは宜しいが、法律を施行する期限において議することは即ち憲法に違反する。『此の商法の最初に朕商法を裁可し之を公布せしむ。此の法律は明治24年1月1日より施行すべきことを命ず』と書いてあるから、今法律案として此の命令を変更することは憲法に違反するである」と言う御説がありましたが、本員はこれに対して深く考えません。其の訳は既に法律九十七号で法例と言うものは10月6日に公布いたしました。其の第一条にはどう書いてありますか。「法律は公布有った日より満20日の後は之を遵守すべきものとす。但し法律に特別の規定あるものは此の限りにあらず」と言うことが書いてあります。即ち此の九十七号は法律である。此の法律はやはり法律の公布有ったより後に、尚20日以内は遵守すべきものだと言うことが書いてある。然らば法律によって施行期限を定めることは敢て妨げは無い。現政府も既にこれを施行しておられます。のみならず法律第百三号において「明治23年法律第三十二号商法は沖縄県においては当分之内之を施行せず」と言うことが書いてあります。即ち此の法律を以て法律の施行期限を定めたものです。然らば今衆議院より回付されている所の商法及商法施行条例施行期限法律案を議するにおいて何の妨げがある。決して差し支えは無いことと考えますから、諸君においても其の意を体せられまして、決して其の辺に御懸念なく本案に賛成あらんことを希望します。又渡正元君は曰く「此の商法に連帯して法律9件、勅令3件というものが出ている。今商法が延期されたならば法律9件、勅令3件はどうするか。此の法律9件、勅令3件と言うものがある以上は、商法は延期することが出来ない」と言う様な御説があったように伺いますが、これも敢て憂うるに足らぬことと考えます。既に商法にして延期されました以上は、此の法律9件、勅令3件に対しては委員を選んで其の修正若しくは延期のことを議することも敢て出来ないことではない、出来得べきことと考えます。故に是等も此の法律案に対して反対に有力なる価値のものではないと考えます。終りに臨んで本員の意見を述べたうございまするが、此の法律案が通過いたしました所で商法施行の延期は2箇年と言うことになる。此の2箇年は甚だ長い日数の様でありますが、うっかり経過しますれば何の事もなく経過する訳であります。故に此の延期の法律案の出ました訳もやはり修正…其の延期した間に修正するという意見で延期されたものと先般来衆議院の討論を傍聴して伺っている。又本員も2箇年の延期を与えられました以上は必ず修正の意見を提出して民間の事情は今のものだけでも決して適せぬものではないが、併し尚ほ更に之を改めて適当のものと致し、且つ不利なる個条を省き、困難なる個条を修正いたしたいと考える。
そこで2箇年の間と言うものも、2箇年間悉く修正に掛けては不都合である。なぜならば修正を終らざる間に民間の商法者は商法に対して目を入れて熟読は致しません。今読んでみたところがどういう風に改正されるか分からない。それで商法は24年1月1日から実行されることに着手して妨げが無い様になっている筈だが、決してそうではない。それはどういう訳かと言うと、民間の延期論が喧しい。かつ衆議院においてそういう議論があった故に民間では勉強してそういう準備をしたところが画餅に帰するかかも知れない。「必ず実行されるに至ってからでも遅くはない。そうでなければ失費も多く、時間も費やすことであるから、本当に定まってから準備して良い」と言うような有様です。故に2箇年延期することならば、これを修正するのは帝国議会の終る迄に仕遂げて置きたい考えであります。これは本案が通過いたした上に於いて委員の選出法又其の衆議院との関係においても意見を申し出る積りでありますから、ここに其の端緒を申し上げます。尚一つ議長閣下に請求を致しておきたいことがあります。それは余の儀ではありませんが、此の商法に関しては色々と情実が纒綿いたしまして、実際延期を賛成いたしたいことも顔を見合せていると、それで起立がしにくいと言うようなことがあります。また実際断行を希望していてだ顔を見合せていると起立がしにくいと言うことがあるかと考えます。よって議院規則第九十八条を適用して無記名投票の方法、即ち白球黒球を以て表決いたされることを希望いたします。
平田東助君:本員はこの商法及商法施行条例施行期限法律案に反対を表する者でございます。先刻渡正元君から延期すべからざる理由を述べられてございます。大要は既にあるとおりで尽きておりますでしょうが、併しながら尚本官は、いや本員はこれを敷衍いたしまして尚其の足らざる所を補って申上げようと思います。この商法延期のことについては、これを延期すると延期しないとについて衆議院においても二日討議がございまして、延期するの理由も延期すべからざる理由も殆ど二日の討議で尽したと言っても宜しい位であります。故に今又本官…本議員が延期すべからざる理由を述べまするも、畢竟繰り返しの外ならぬという結果を生じようと思います。併しながら当議院において此の問題が既に出て来ました以上は、再び重複をも顧みずに述べませんと、此の問題の討議が出来ません。よって下に弁じます所の点において往々重複にも渉り、細小の点にも渉りましょうが、これは予め御断り申しておきます。此の問題については細小の点で申上げようとは…色々細かなことまで…衆議院の議にも既に出ております通り、あるいは法文の用語が難しいとか、又は画一ではないと言うような、随分細かい所で商法に対する攻撃もございますが、種々分けて論弁致しますると甚だ繁冗に渉りますから、本議員はこれを数段に約めて其の大要を摘んで申上げようと思います。此の法律案の理由と致しまして所の大要を摘んで申しますと…商法の第一条に「商事において本法に規定無きものにつき商慣習及び民法の成規を適用す」とありますが、未だ日本には民法は無い。故に26年までこれを延ばさなければならぬと言い、又第二の理由とする所は商業の程度に商法は適当しない。又風俗慣習をも斟酌していないと言って甚だ怪しむ。これらは実に缺點ではないかというのが最も此の理由の大要であると本議員は考えます。又第三の要点と認むのは、複雑なる商法を施行するために商業家は大きな困難を受け不幸を蒙る訳であると言われます。又第四に申します点は、今忽然として商法を施行すると言うと商業社会に非常なる激変を起こし、そして国家の経済の上にも大きな不利益を来すのではないか。そのような不利益なる法律を施行するのは甚だ不道理であるというのが第四の理由とする所と思います。右の理由につきまして聊か此の商法を施行いたしまして更に差し支えない理由を陳弁いたしまして御参考致しますけれども、其の以前に当たり渡邊甚吉君が只今述べられました点につきまして聊か論駁いたさなければならぬ点がございませうと思いますので、一言を費やす訳でございます。
渡邊甚吉君の御論の要点は「自分は商法に反対する者でもない。併しながら又これに賛成する者でもない。反対もされず賛成もされぬかと思います」と後段に至って熱心な延期論者であると言われました。其の理由は如何なる理由に基づくかと言うと「衆議院は商法のことに関係の多い者が沢山ある。貴族院はそうでないから商業に直接の関わりのある所に向かって自分は賛成をするのが自分の利益である」というのが…言われたのが要点であろうかと思われます。これが延期説に御賛成の要点であろうと思われます。然るに抑も議員と言うものはこのような性質のものではないと本議員は考えます。敢えて一地方一社会を代表するのは決して議員の性質ではありません。苟も国家の代議士は国家を代表していることで、それは本議員が更に申すまでも無い話でございます。それならば何故彼院と此院との円滑を求めるのか。あるいは衆議院には商法者が多いからこれに賛成をしなければならぬという道理は決して出ない筈であります。公侯爵を初め勅選議員も多額納税の議員も同じく一の帝国議会の議員である以上は国家の代議であるから、左様な精神を以て此の法律を議せられるものは、本官は帝国議会の議員たるにおいて如何であろうかと竊に心配いたしますにつき、一言を呈しておきます。又渡正元君の論に対して沖縄県の施行法を引き、及びに法例第一条を引いてこれを駁されました。これは実は天皇の大権に属すると言うことになるか、又は属せざる事になるかは憲法上の大問題でございます。故にこれらは容易に定められるものではございません。渡正元君の言われました所の点は、本官の感じました所では大権に背くという事ではないに相違ない。本官(頻りに本官と言う言葉が出ましたが、これは口慣れているますから…)私の感じました所の渡正元君が御演説の主意は大疑問であるによって、もしも此の法律を通って成立ったものであるならば憲法第六条の問題は結局どうなるであろう。「僅に此の一条の問題にして箇様な要点を定めるのは実に危険な話である。あるからして今急にこれを定めることを止めて暫く講究の余地を残そうではないか。故にこれを建議にする方が実際利益ではないか」と言う趣意で述べられたことであると思われます。然らば何ぞ沖縄県に法律を引いたからと言い、法例にあるからと言う論は理由とは為すに足らぬことと思います。駁するに及ばぬことと思います。
さて、箇様な枝道に這入ること止めまして、これより本議員がこの商法を断行されることを望みます理由を申上げます。第一理由書に書いてございます所の民法が無ければ商法が行われないと言うことは、今日まで屡々衆議院の議にも登っておりますから再び申すまでも無いが、既に国ある以上法律ある以上は民法の無い国は無い筈であります。日本にも決して民法が無いと言うことは申すまでもない。又商法に26年の民法を指示して書いたものでないというのも無論明らかな話で、固より本議員の陳弁を要さぬことでございます。又民法が無ければ商法が行われないという道理は決して無い。このことについては成るべく簡潔に申上げて沢山と存じますから細かくは申しませんが、民法が無くして商法の行われている国は沢山ございます。先ず第一の例はドイツでございます。ドイツには今日まで決して民法は無い。民法は無いけれども商法は誠によく行われている。又イギリスとてもそうでございます。あそこに一の民法と言う法典がございますか。別に民法と言う極まったものはございませんでしょう。只common lawと言う…普通法典とでも訳しましょうか、一般法典とも言いましょうか、暫く其の訳語は不当でありましょうかも知れませんが、その中には民法もあり商法もある。此のcommon lawの中を以て共に一緒に併せて行われている。何も一の民法と言う一の法典があるのじゃありませんと考えます。故に左様な論は固より此の延期の理由とならないことは明らかな話でございます。
又既に衆議院においても論がございましたことで、商法を一旦施行すると言うと容易にこれは改むることは出来るものではない。もし一旦施行して再びこれを改むるような不都合があれば、何時でも改むるが宜しいと言うことであるならば、丁度人民を試驗の機械に遣うようなもので誠に迷惑至極な話ではないか。左様な法律を行われては甚だ困ると言う論もございます。「成る程法律を一旦公布いたしました以上は容易にこれを改めては成る程それはなりませぬ。出す以上は無論精密に討議をして容易にこれを改むる必要が無いようにして法律を発しなければならぬ」ことは固より論を俟たぬ訳でありますが、法律とて何時までも改めることの出来ないところではない。必要があったならば何時でも改めなければならぬ。固より法律は世の必要に応じて制定するものである。故に世の必要に応じないことがあったならば何時でも改めて宜しい…宜しい。ここではございません。政府も議会も世に必要のない法律は改めなければならぬ職権と職分がございます。もしも政府がこれを改めなくとも議会は発案権を有しておりまする以上は、何時なりとも修正なり改正なりを提出して政府に要求して宜しい訳であります。然らば一旦法律を公布すればこれを改むることは甚だ難澁だ、改むることは困難だと言う道理は更に無い。現時公布になっております所の商法は決して不完全な…論者の言うようなものではないと本員は信じております。併しながらもし不完全なことがあるとするならば施行の日までは尚一つかの日もあることでございますから、其の間に本議院において改められても宜しい訳であります。夜を日に継いでも改めることが出来る訳であります。
又延期論を頻りに主張される所のものは「商法を施行すると言うと商業社会に非常な激変を起こす。実に人民の不幸を来し国家の経済の上にも大影響を及ぼす訳である。箇様な法律ならば先ず26年まで見合せて激変の無いようにしたら宜しいではないか」と言うのは即ち此の理由書にもございます通りでございます。本員においては何故に商法を施行すれば社会に箇様な激変を与えるのでございましょうか。更に其の理由は分かりませんのでございます。もし此の商法をして商法施行条例を取り除けがなく直ちに総ての商業に向かってこれを实施したならば、成る程激変も来すのでございましょう。経済上にも大影響も及ぼすのでございましょう。併しながら施行条例には御承知の通り会社に向かっては、既設会社に向かっては十分な取り除けがしてございますから、既設の今の会社は何にもこのために激変を受ける道理がございません。受けないように手を尽くしてあるのです。又一般の商人に然らば激変を与えるかと申しますると、これも更に激変を与える道理が無い。何となれば此の商法は別に何も商人に制裁を与えるのではありません。其の商事契約のような、其他皆自由の契約に任せてある。「法律にある通りの契約をしなければならぬ」と言うことは決して無い。契約は皆商人相互の関係において出来る訳で、只契約の無いものとか、又は契約の完全でないものとか、あるいは契約上の疑いのあるものとか左様なものがあって訴訟のあった時にこれを裁断するの定則を設けてある。契約上の事などに対しては商法を今施行したとて商業社会に激変を与えると言うようなことはありません。制裁を全く加えないと言うことではありませんけれども、そのために激変を来すことはございません。故に到底是ればこれは無実の空論に過ぎぬことと思います。
又衆議院において討論のございました速記録を読んでみますと…「商法と言うものは私法である。人民相互の自由に任ずるのは即ち私法の性質である。故にこの商事上に向かっては政府から更に立入るものではない筈である。然るに此の商法は大きく人民に相互の関係に対して立入っているのは怪しからぬ話ではないか」と言う論がある。これは少し私は間違えではないかと思います。商法は決して純然たる私法ではございません。商法には公法に属する部分と私法に属する部分と二つの様がございます。此の二つの性質から成立っている。例えばかの会社の規定のような、これは決して私法に属したものではない。多分は公法に属している。この会社の勢力は一国の商業工業、一般の経済にどれだけの影響を及ぼしましょうか。非常な勢力を持っております。恐らくはこの経済の盛衰は商業の経済はこの会社の手にあるかも知れない。このような国家の経済に大関係を有しているものに対して行政の衝に当たる政府がこれを等閑に視て置かう筈がないのでございますから、何れの国の商法においても皆商事上の警察のようなものは皆ある。畢竟此の論の起こりますと言うのは公法と言うことの定義を誤ったから起こった訳だと本員は存じます。当時の論に「公法とは政府それ自身の規定である」と言うことの定義を下だして論ぜられましたが、公法とは恐らくは左様なものではないと本員は信じます。公法とは政府と人民との関係を定むるものだと本員は存じます。もし本員の定義と考えます所のものが誤りませんものと致しましたならば、此の公法の一部を含有しておりまする所の商法が人民の業務に立入りますことは更に怪しむべきことではない。至当のことと考えます。又この延期の主義を主張される論者は「今此の商法を実施したならば、此の商法のために大きく商業社会の自由を束縛される訳である。故に成るべく束縛を受けないように修正してからしなければならぬ。此の修正には暇が要るであろう。故に直ちに今これを行うことは出来ない」と言うのを以て理由とする論者がございます。本員は全く之に反して商法を実施しなかったならば、大きく商業社会に自由を得せしむることが出来ないと思います。商業社会に己の権利を得ることが出来ないと思います。今我が国の商業上には殆ど法律同様の効力を有しておりまする慣習法とでも言うようなものがございますでしょうか。箇様な確実なものは一向今日は無いと申さなければなりません。されば裁判所において商事上に関係をして裁判を下しまするに、あるいは英法に則るものもあり、あるいは仏法によるものもあり、あるいは独法によるものもある。これは単純な、唯学理によって、己の思想によって裁判を致す。と申すものは成る程これは拠る所のものがありません。商法も無ければ又商法上の慣習の確定したものも無いので致し方が無いのです。左様な次第でありますから商人の上は訴訟を致しまするにも、果たして此事が己に権利のあることか、又は権利の無いことか少しも自ら其の事を断定し、自ら信ずることが出来ない。標準の立ちようがございません。一一裁判官の思想に委せるのみのことである。又商業帳簿と言うような設けもないのでございますから、裁判上に効力ある證據として自分の権利を正当に保護することも出来ません。今此の商業発達の際に臨んでは大きく商業上の信用が起こって、此の信用で以て商をするようにしなければ、到底此の国の商業発達は望まるヽことでございません。然るに右申します通り、己が己の権力のある所すら尚自分自身に確定し、自分自身に信ずることが出来ない様な有様でございますから、畢竟信用上の取引と言うことは誠に出来ない。もし此の商業にして発達しなかったならば工業も亦何に依って発達いたしましょう。商工業共に発達しなかったならば何を以て国の発達することが出来ましょう。国の thực lực は何に依って出来ましょう。既に昨日建議になりました通りのことで、実力は実に大事なものなのでございます。ならば其の業の発達する道行を一つ付けてやらなければならぬ。其の発達する道行が付かない故に箇様な完全な営業を営むことが出来ない商業の有様ならば、即ち商業者 は此の商法無きによって却って権利及自由を失っているものと断言いたさなければなりません訳であります。以上申し述べた所のものは即ち本員が徹頭徹尾商法は延期すべからざるものであると言うことの理由の重大な点でございます。此の現行の商法の条項中に不備不明のものがあるから、これは行わないと言うようなことは抑も延期を主張する口実に過ぎないと謂わなければならぬ。と申すものは前論にも申します通り日夜掛けて修正しても宜しい話し、又その他の点においては段を逐うて本員の信ずる所を申上げますのでございますから、此の上は議員諸君の御注意を唯此の点に仰ぐのみでございます。
加藤弘之君:私は延期論者の一人でございます。又私が唱える所は反対の主義が大分諸君のとは大分違うであろうと思います。諸君の御論にはそう似たことは私は無いからだと思います。私はこの節大分世間が騒がしくして色々な書付が沢山貴族院に来る。又色々なことを論じて来る者が沢山あると言うようなことにはそれほど重きを置かないので、その中に尤もなこともあるかも知れませんが、一一それを読んで居ることも出来ない。それから中にはあるいは自分勝手な説も随分沢山あるだろうと思いますから、そう言うことは一一調べて此の延期説の方に左袒すると言う訳ではない。私のは元来此の法律が続々と出て来ると言うことが一体に嫌なのであります。それはこの頃のことではない。元来そういう考えであります。それで成る丈法律の出ることは緩慢に出て来るのを欲するので、どんな法律でもそう言う所であります。ですから又此の法律の延期説が出れば又必ずそれを賛成するという考えになるのであります。それであるいは諸君の御考では、此の商法は字が難しいと言うようなことがある。事柄もまた…見ると新規なことである。日本に少しも習慣の無いことである。そう言うことであるから急に行うのはいけない。又余程修正もしなければいけないでしょう。それ故また商人社会が未だ此の商法を研究する暇もないでしょう。と言うようなことが先ず諸君の御説の重なる点でしょう。けれども私もそう言う考えも無いことはありませんが、成る丈法律は緩慢に出るようにしたい。続々一時的に法律が出て来ると言うことは社会の進歩や社会の発達を計ろうという一時の考えからは御尤もであるようにも思われますけれども、併しながら社会と言うものは人間の思うように、人間が注文するようにとても発達するもの は無いからだと思います。日本の此の24年間にこれまで発達したというのは自ら発達すべきものがあって発達したけれども、併しながらこれは世界万国に今迄無いことであるから、随分其の珍しいこととして考えなければならぬ。これは当たり前のこととして考えることは出来ないと思います。日本人民は随分ヨーロッパ人同様に力の有る人民でありましょう。けれども併しながらヨーロッパ人の殆ど千年も立って進んで来た有様を24年間位に日本人が進んだのでありますから、これは随分無理なことでないでしょうか。唯其の人工ばかりで此の発達が出来るものではないと言うことには気を付けてみなければいけないと思うので、成る丈よく進めようという点から考えれば何もかも法律が充分整っていなければならぬ必要があって、殆ど今日迄のようにして来ても未だそれでもまだるっこいと言うことであるけれども、併しながら社会発達を成る丈よく整えて行こうと致しますには急いで行ってはやり損じが出来るやという方に又考えてみれば随分其のまだるっこくやっても、其の方は我慢して行かなければならぬと言うことであろうと思います。私はどうも其の方が本当であろうと思います。併しながら私は何時までも法律を変えなくても良いと言うような考えではない。唯余り続々と出すことは少し控えてどうぞ漸くを以て出るようにしたいと思う。私はそこで大抵其のそういうことに至っても何時も先ず「尚早い」という主義になるので、何時までもしないと
と言うことではありませんけれども、早過ぎて行かすと想う。それで総ての法律がそういう訳であるからどうぞ商法も24年となっているのは民法同様に26年にすれば、其の間余程歳月が違う。それで必ず24年で無ければいけないと言うのは急ぐ方からそうでありましょうけれども、少し気長に考えればやはり二年位猶予の有った方が良いだろうと言う事になるだろうと思います。唯二年間であります。そこで私は先刻も申す通り「商法は悪い、こういう条を修正しなければならぬ、こういう字が難しい」と言うようなことかと思って延ばそうと言うのではありません。「難しい字もあるし、あるいは不都合なことがあれば変えることは宜しい。のみならず変えなければならぬことである」けれども、そう言うことを以て主として論ずる事ではない。私は先だって日本法律学校と言う学校の開校の有りました時に祝詞を述べた時に少し其の法律の事を申しました。「法律を今立てると言うことは余程日本の有様では難しい。唯急いで立てるとなると今の様な差し支えが必ず出来る。法律は努めて習慣によるべきものであるから、努めて日本の習慣を取らなければならぬ」と言う説も言うべくして実際には行われるべきことではない。「日本の習慣と言うものが一一それ必ず取ってそればかりで法律を編纂立てると言うことはとても出来ない。今日の西洋人と交わる様な世の中になっては、唯習慣を以て法律として行くと言うようなことは出来ないから」そう言うことを以て法律の事業を責めることも固より無理であります。併しながらどうしても今日の法律は西洋の要素が重々に這入っている法律でありますから、いよいよこれが日本に適するか日本に適さないかと言うことはどちらから論じました所が詰まりは水掛け論と言うことになってしまいます。そう言う西洋の主義の法律を以て来て急に実施した所がとても往かない。それで日本人とても迷惑を惹き起こすと言うけれども、これは西洋の法律でありますが日本の開化の度に来ても少しも差し支えが無いと言うように言うのも決して証拠の挙げられないことです。即ち水掛け論と言うより外仕方が無い。そこで私の考えでは法律は当分の間は已むことを得ず試験をするようなものである。本當の法律になったものを試験すると言う事は不都合なことであるが併し実際のことを言えば、これは法律であっても数年あるいは数十年の間は試験するようなものであるでしょう。其の間に試みて日本に速やかに適することあるでしょう。遂には日本には適さないから改めなければならぬと言うこともあるでしょう。どうもそう急に出来た法律では暫くの間は試験と見るより外仕方が無いだろうと言うことを申しました時に、此の民法の起草者のボアソナード先生が聞いて居て…聞いても日本語は分かりませんから誰かが日本の聞いたと見えて後で私に言いました。「フランスのナポレオンの時の民法を立てたのでも、フランスの習慣は捨ててしまって立てたから日本のも同じことである。日本のも習慣を捨てて立てても何も差し支えない。差し支えないと言う程でもあるでしょうが、沢山差し支えのあるものではない。これは開化の度がそれ程に至ったものなれば、やはりヨーロッパの法律を以て来ても差し支えない。加之日本の民法には日本の習慣を余程取っている」とボアソナード先生が言った。私も決して日本の民法がヨーロッパ通りではない、日本の習慣が取っていると言うことは知っているのでありますが、重々に取ったのはナポレオン法典の主義から来ているとその時に私が申しました。「フランスも習慣を大分取って来ているナポレオン法典を立てる時に、それまでの習慣を捨てたでしょう。其以前の習慣と今度の法典とはフランスのは一尺位の距離であるならば、日本の舊の習慣と今度の日本の法典とは一丈も距離が離れているかも知れない。其の距離の程と言うものを考えてみれば、只習慣をフランスでも捨てたから日本でも捨てて差し支えないと言っては議論が纏まらない」と言うことを話したことがありました。私はどうもそう思う。フランスのは仮令習慣は大分捨てたにしてもまるで前のと違ったものではないけれども、日本のは以前の習慣とはまるで違っている。余程それも考えなければならぬ。殊に商法と言うものが日本には以前から無い。習慣法と言うものも無い。無いからこれも余程考えてみれば只今の有様では会社を結ぶことも実に不都合だらけで、破産のことも何も極りが付かない。それは実に困りますが、あるいは充分に考え尽さなかったり、あるいは其の人民間において用意の無い所に直ぐに其の本物を持って来られると言う様なことがあると、其のために余程困雑を惹き起こす。尚ほ又商法ばかりではない。随分公法に属する府県制郡制も一時的に出て来るし、そう言う塩梅に続々色々なものが出られては随分難儀なることである。其の法律の良し悪しと言うような論は脇に置いても何もかも速やかに続々と出られると言うことは余程困ることであるだろうと思う所から、成る丈人民の間に続々頭の上に落ちて来ないようにしたいものである。そうして私は今日の商法はこういう所が悪いから延期して修正したいと言う様なことが大主意ではない。併し延期していれば其の間に不都合と思うことがあれば修正が出来る。改正が出来れば尚良いだろうと思う。あるいは一度も行わない中に改正して行くと言うようなことは悪いと言うようなことが起こるでしょうが、併し真に実際行ってそうして悪いことを見出して速やかに改正するよりは、やはり宜しいでしょう。体裁が悪いばかりで人民間の不都合は其の方が少ないでしょう。「延期の間に不都合を感じて来れば改正する」と言う方が良いでしょう。同じことならば今のドイツの民法と言うものが編纂になって今日までまだ本当の民法とはなっていない。唯草案で居るというように私はありたいと思います。本當のものにならずに長い間世間に公にして世間の学者の説を取り、又商法の類ならば実業者の考えも取って、そうしてそれから此の本物になると言うことは極めて欲する訳であります。其の同じ精神でありますが、既にこれは一度出てしまったから草案であるものではないが二年間の延期になっていれば其の間には又どうでも出来る。実際真に行わない中に気が付いて来るようなことならば宜しいが、併し実際に至って随分不都合なことが出て来る事が多いだろうと思いますから、其の時に至ってから「改正」と言うことが出て来ても来ようが、成るべくは実際に実施してから改正と言うことが少なくなる方が良いだろうと思いますから、公布になっても施行にならない間に成る丈充分の考え時を与え、又それに支度をする時間も与える。それから其の余り続々と急いで法律も何もかも出して悉く人民の頭の上に一時的に落ちて来るということが無いようにありたいという考えから、私の其の延期説賛成と言うことが出るので、私のは強いて商法ばかりに限ったことではない。一体考えている主義から出てくるのであります。それで大分あるいは諸君の御演説になることとは違う様なことであるだろうと思います。段々まだ申し上げればありますが、大変に今日は演説者がある様でありますし時は遅くなりましたから成るべくもう簡単にいたします。其の以前に渡君が憲法六条を引いて不都合だと言うことがありましたが、それは渡邊甚吉君から其の説に就いて反対があったようでございましたから、もう其の事は却って二重に申し上げない方が煩わしく無くて宜しいだろうと思いますから、私は其の考えはやはり渡邊甚吉君と同じ考えであります…先ずこれだけに致しておきます。
議長(伯爵 伊藤博文君):岡内君。
(岡内重俊君 演壇に登る)
岡内重俊君:本員も本案に対しては否とする説でありまして、本案の廃止を主とする論者の一人であります。即ちその理由は渡正元君、又平田東助君の演説に尽きておりますが、尚その点について敷衍を致し、その理由を陳述いたそうと考えます。然るにその前に当たり一言満場諸君に提出致しておかなければならないことがございます。それは渡正元君より発せられた憲法の問題でございます。これは容易ならざることでございます。此の案は憲法第六条の「天皇は法律を裁可し、其の公布及執行を命ず」と言うことに矛盾は致しませんか、と言うことであります。つきましては本員はこれに対しては渡正元君と反対の意見を持っておりまする故に、渡君の満場諸君に提出されたものと反対の意見を以て又満場諸君に提出いたしまして置いておきます。渡君の提出した廉と本員の提出した廉とを比較されて、この点について御考案あらんことを希望いたします。さて本員がこのことは毫も憲法に抵触は致さない。「憲法第六条のかの『公布及執行を命ず』と言うこととは大きく異なる」と言う所以を陳述いたします。この明治24年1月1日より施行すると言うことは所謂有効の時限でございます。此の法律は明治23年3月27日に公布いたして24年1月になれば有効である。それより始まって法律となると言うことを示されたもので、少しも憲法の執行と言うことに抵触は致しません。これは全く別な事柄であります。先ずその証拠を一つ挙げましょう。果たしてこの施行の一言が憲法の執行と言うことでありますれば、現に今斯く政府より提出されて委員の手に付いている所の弁護士規則及び度量衡でありましたでしょうか、これにも「何月何日より施行する」と言うことが明記してございます。もし「何月何日より施行する」と言うことが憲法の六条の執行すると言うことでありました時には、決して議会に向かって「何月何日より施行する」と言う文字を掲げて提出いたすことは相成らぬ次第であります。宜しく内閣において閣議の節充分注意を致されなければならぬことであります。即ち度量衡は明治26年1月1日より、弁護士法は24年1月1日より施行すると言うことが掲げてございます。もし此の日限が憲法の六条の執行すると言うことでありしならば、先ず以て此の法律案より此の箇条を削除いたして、一面の法律案は本院に提出されて一面は枢密院に下して得失如何を諮詢が無くちゃならない。「何月何日より施行する」と言うことはこれは決して法律ではない。第六条の所謂陛下の御大権に属するものであるならば、決して我々議会の議事官に向かって下すべきものではないために枢密院が設けてある。最高顧問官であります。最高顧問官に対してこの実施の早否得失と言うものを諮詢されて意見を上奏して決せられるべき部分であります。よってこれは二つに分かれなければならぬ。然るを既に議会に下されてある。少しも政府で疑わない。又御上にも憲法六条においてはそういう場合ではないと言うことでありましょう。又上はその通り…下は如何でしょうか。国民にこれ程の論説が起こったことがあるでしょうか。併し近頃商法の延期問題については有ったかも知れませんが、これまでは承らない。このことについては…又既往の例に徴しますれば元老院の存在中に皆這入っております。又目下の証拠は衆議院議員300人、即ち国民の代表人がこの議案を議している。其の議場において渡君の言うような議論が現出したことは本員未だ承らない。してみると上、内閣諸公の御評議ぶりも其の通り、下、帝国議会まで議案を発出した所の主義から見ても其の事は無い。又随分法律学者も沢山あり、法律学校も沢山ある。何か一つ国家問題があり、法律問題があれば必ずそれについて議論が現出いたしますが総てありません。これよりは後あるいは生ずるかも知れない。先ずこれまでの成行きによって本員が考えます所で、決して憲法の執行とは別なことであると本員は考えます。渡君が注意のために満場諸君に提出された反対を以て、本員も陳述いたします。故に宜しく御熟考あらんことを望みます。
これより商法の実施の利害について只要領を取ってまとめて陳述致そうと考えます。この「商法延期すべし」と言うことの理由は何れにあるか。素より本員においても充分なる理由があれば延期の方に賛成致しますが、其の理由とする所は何分薄弱にして敢えて本員が延期すべしと言うことの決心は致しません。其の理由とする所は総て取るに足りない。よってこのことは随分今日始まったことではありません。元老院の存在中にもありましたが、此時分から本日まで実施は差し支えがある、実施すべからざる理由は未だ価を生じない。理由は取るに足らざる理由であるということは今日に至って益々堅く信じております。さて、その重なる理由は何かと考えますると、先ず法律の抵触である。仮令実際商業社会がこの法律の行われることを望みましたところが、法律の抵触において議会、即ち立法官を設けた以上法律の抵触は立法官が注意して差止めなければならぬ。よって実施すべからざるものであると言うことが第一になっておりますが、さて、其の法律の抵触とは何か。かの商法第一条に言う所の「商事云々、又本法に規定無きものは習慣云々、民法の制規を適用す」とあって民法というものに差し支えがあると言うことであります。尤もこの民法と言う字が差し支えないと言うことは平田東助君、渡正元君が言われましたが、このことが重なる延期の大きな主眼となっております以上は聊か敷衍致しまして置いておきます。民法は明治26年1月1日より行う。其の民法を明治24年に行うと言うのは未来の法律を現在に行うと言う所の抵触がありはしないか。故に決して商法は延期しなければならぬという論でございます。成る程ちょっと考えると民法の二字に拘泥すれば抵触するようである。併しながら此の民法と言うものは新定の民法ではありません。現行の不文民法、即ち民法の性質を有し民法に属すべき諸般の法律と言うことであります。よって明治26年1月1日までは現行民法とこの商法と牽連を致して相待って行われて参る訳であります。又民法と言う字が始めて此処から現出したかと考えますると、この民法の文字は余程久しいものであります。治罪法を実施いたしましたが、明治13年の7月であります。明治13年7月の治罪法に既に民法と言うことが掲げてあります。「民法に従ひ被害者に属す」などと言うことがございます。其の民法は今日は改正いたして所謂刑事訴訟法、最も早く現世界の物になっております。其の間の民法は何だ。即ち現行の民法であります。又かの民事訴訟法、これは本年11月より実施を致しましたのでありますが、これは大概民法のことが規定してありますが、「24年1月1日より此の商法と一所に行う法律である。これは大概新民法のことが規定してある。然れども24年1月1日より施行します。よって24年1月1日より25年12月までは現行の民法と併行して並び行う」と言うことであります。してみると民法に従うと言うことによって未来の法律を直に行うという差し支えがある。よって「商法は延期すべし」との論理は総て取るに足らざる論理だと信じます。故に本員はこの為に延期説は相立たざるものと信じます。それより実際上において此の民法を施行いたしては余程困難である。此の商法を施行いたしては困難である。現在の商業社会を余程錯乱いたして困難な次第である。「只難しくて困難だ」とか、あるいは「数千条の条項であるによって困難だ」とか「錯雑だ」とか言う言葉であって、此の廉々が差し支える。「これで行われない」と言うことに総て其の正条を引いて差し支えると言うことの明説は承りません。只漠然としてからに商法の条款を見れば千六十余条である。「之を現今の商業社会に実施するのは大変である」と言うことに止まっている。それについてはその筋において充分注意をされ、かの商法施行条例が設けてあります。商法施行条例は何のために設けましたか。即ち商法を直ちに行うとそれは困ることになるでしょうによって、既設の会社、即ち既に設けて成立っている所の諸会社に影響を及ぼさない。只会社の資本の額を登記をいたすとか何とかと言うことがあります。其の登記のことは即ち其の会社を信じて其の会社のために利益になることは直に行いますが、あるいは「何の事何の事」と言う条件については既設の会社にはこれを行わない。所謂施行条例第五条以下に列挙いたして「何の事は何時より行う。何の事は商法第何条を適用する」と一一注意を以て実際行われるように致してございます。してみると此の施行条例と商法と並び行う以上は少しも差し支えない。よって只「法律が錯雑で困る」と言うことは施行条例が防御して以てこの延期せんと言う理由も亦相立たざる第二でございます。それより今加藤君の言われた所の誠にこの近頃は法律が整い過ぎる。よって余り法律を作って出すことは宜しくない。少し注意をするが良い。差し控えるが良いと言う、まあ約言すればそういう御論でございます。此のことは成る程本員は考えたものです。余程勢力のある議論である。又満場諸君が余程御感動を起すことであると思います。併しながら其の商業と言うものが如何でありますか。現在あるではありませんか。又外国の取引は明治5年でありましたが、下田条約以来今日まで取引をしている。現時其の商業のことがある。それにこの会社のことでもこの法律を施行する。「此の法律実施以後に会社が新規に出来る」と言う訳ではない。株式会社もあるし合資会社もある。只現実にある会社のことについて商法というもの、成文商法にそれを書き連ねたと言うものです。会社には会社の条例というものがあります。銀行には銀行の条例があります。些細なことも欧米各国一一向こうの条例を引いて作ってある。それにまあ今日為替取引のようなもの夫々ございます。此の商法にございます所の為替取引は現在ある所のものを書き連ねて、不文商法を成文商法にしたと言うことでございます。してみるとこれも成る程「法律を多く作って出しては人民が困る」と言うことがありますが、只現在有るものを筆記したと言う話であってどうもこれらのことも実際においては差し支えあるまい。又勢い仕方が無い。又随分言わずとも分っておりますが、我が国の今日進化の程と言うものは憲法を作って立憲政体と成し、これに付随して議院法其他諸般の法律、即ち刑法、刑事訴訟法、民法、民事訴訟法、商法等も公布されて既に刑法及びに刑事訴訟法のようなものは数年前より行っているが行ってみて全く悪いと言うものは一つも無い。
且つ此の刑法の精神は専ら平等人権、即ちフランスの主義に則って出来たものである。英学者は少し承服しない所もあるが今日迄充分刑法の不可なるを唱えた者は無い。又此の商法を公布し明年より施行すると言うものは、諸法律の完備を望み我が国の地位を高め価を増そうという所から来たのであろう。箇様に致して追々此の法律を完備にすれば条約の改正も出来ようし、満場諸君が熱心に望んで先日提出されました税権恢復の事に就いて建議された所の物も何に由って得られるかと言えば内地の改良、法律の改良…これさえ旨く遣れば良い。これ等の事は皆我が国今日進歩のために牽連して引離すべからざるものであります。よって例えば税権の回復を望むにも、税権回復は其の価を拂わぬで向こうの物を受け取ることは出来ない。又治外法権を買受けるにも価が入る。其の価を償うという…即ち向こうの承諾を得るためには内地の改良、法律の改良というものが必要である。それで此の税権回復の建議案を提出せられし人にして此の商法実施と言うことに不同意を鳴らすのは所謂自家撞着の説だと本員は見做すのであります。これ等の理由より見ても商法を実施すべきものである。又実施して差し支えないことである。猶ほ細微の点に至りまして今少し意見を陳述いたしたいこともありますが、今日は余程時間が後れておりますし、又未だ双方数人の陳述もあることであるますから本員は先ずこれで演説を止めます。即ち只本案の非なる所以を陳述いたしましたのです。
子爵 平松時厚君:先刻より見れば大分議員がぽつぽつ退かれたように考えます。してみるとせっかく諸君が演壇に登って十分理を尽くして述べられた所が、あるいは軽々に聞き流す様なことがあっては甚だ遺憾でありますから、宜しくどうか今日は大分時刻も遅くなって議員も減ったと存じます。故に明日なり明後日なりに御延期になって然るべきかと存じまして、この段建議いたします。
下出傳平君:本員はこの商法及び商法施行延期ノ法律案に対しては賛成者の一人でございます。過刻来この案につきましては延期断行共に喋々御説もございました。尚この案たるや既に衆議院に於いて数日間の討論の末可決されまして、本会に提出になりました案のことでございます。この延期断行共に論旨においては双方喋々の御説がございましたことであります。私は別段その論は申し上げませんでございますが、私が諸君の御耳を煩わしたいと言うのは段々この商法社会の今日の事実を述べたい精神でございます。本員も元商人でございます。尚この会社、株式会社あるいは合資会社の方にも幾分か関係を有する一人でございます。この商法法律を実に緊要なものとは予て承知いたしておりまして、未だこの法律の缺點のある所を充分に認めたことはございません。然れどもこの商法を施行されるに際しては、これまでの商人の有様、信用、道義を重んじ慣習によって成り来たったる商売人のことで、実に今日この24年1月1日よりこれを施行されるに当たりましては実に商法社会の幼稚なる所の商人に於きましては、実に言うべからざる商況に変動を来そうかとの精神を持っております。その理由と言うのはこの商法につきましては千有余条もございます。又殊に新奇の字句も少なからず、且つ意義も頗る難澁なるものがありまして、法律を以て業とする人でも未だ充分之を解得したと言う人のあるを聞き及びません。「諸君、我が国の商法人においてはこれまで商法をするには維新前より予て…」これは本員が別段申す迄もなく御承知のことでもございませうが、此の商人と言うものは奮幕の頃より実に商売人は「学問は入らぬ。商人が学問をすると必ずその気が高くなって商法営業をすることが出来ない」と言う様な傾きでございました。併しこれは他県は兎も角も私は滋賀県選出でありますから滋賀県下の商況の有様を申し上げたのでございます。実に只今述べました通りの成立でございまして、その後追々と世の変遷に従って幾分か商人社会の有様は変っておりますが、左様なことながら前代よりの慣習が何処までも離れべからざるものでございます。箇様な今日商法でやっておりまして、別に我が地方の商人などと言うものは我が国の物産はございません。只我が国を出るときは棒一本を持って他県で品物を買入れて商業を営んでおります。京阪あるいは各地有名な所には近江商人の至らざる所が無いと言うような有様であります。左様なことながら其の有様ではございませんけれども、此の商法上の慣習依ってやっておりますことでありますから、到底此の商法を24年1月1日より施行されましたならば…商法は数千条ございますから充分商法を解得する者はございません。実に解釈に苦しむ様なことがございます。実にこれが解釈に苦しむ様なことでございます。尚ほ簿記法のようなもの今日欠くべからざることでしょう。この簿記法に拠らなければならぬとの明文もありませんでございますが、あるいはこの簿記法を以て確たる証拠にしようという所になってみますと…と、拵えざるを得ないことでございます。又之を拵えて置かれなければ、又斯く為されれば斯く為されれば「斯くなる。斯く為されれば無効とする」とか、各条其の簿記の記載方に依って有効無効の明項がございます。してみるとこれは如何程面倒なる簿記でも此の商法実施になった以上は拵えなければならぬことでございます。もし之を拵えないと旧式の帳簿に依ってやっていたならば證明する時に証拠になりません。そう成りますと甚だ我が権利を殺がれることで甚だ我に不利でございますから是非簿記を拵えなければならぬものと本員は信じております。簿記によりますと又家事のことを月々計算し、商事計算は3ヶ月毎に必ず貸借の債務債権を対照表を拵える。其の様な明項も此の簿記においてはございます。実はこれは至難の至難でございます。
何となればあるいは此の市街に於きまして一家の(どれ程の売買を致しておりましたとしても)小売店とか言うものを持っている者は日々売上高も分かります。又日々の計算もよく通暁しておりますることでございますから決して難事ではないでしょうが、此の旅稼ぎを致しておりまする商人に於きましては、あるいは前に述べました通り春一度九州に下り秋に又一度九州に下ると言う商人が沢山出ております。商人が出ておりまするが品物を持って行って其の品を直ぐ売って来るかどうかと言うと、必ずそこで直ぐに定めて売るものではございません。時としては品を送って置き、あるいは其の中の幾分かを価をやり後の品を預って置くからと言う様な傾きで…送って置く…売ったが売ったことにならないと言う様な今日の有様で、「そりゃあそう言うことをしてどう言うことで商法がしていられるか」との御疑いもあるでしょうが、これは先刻述べました通り其の信用と道義を重んじて其の慣習の例を以て今日までそれでも行っております。それで今日まで日本国の甚だ不明瞭なる簿記でございまして、只帳簿上は不明とは言い難いが家風、家風の整理をして簿記を致しております。それを以て商法社会の信用を得て…あるいは又一歩を転じまして此の事を申し上げまするが、或る小売商に依りましても或る仲買商に依りましても実に其の金銭の受取は出しますけれども物品の受取は取らず、其の儘今日まで商法をしているものが沢山ございます。又あるいは此の金銭の受取も時としては急ぐ時にはあるいは受取を取らずと帰るものがあると言うは、其の支拂した家を信じて其の家の簿記に依って明記した所を見て、「只あなたの帳に付けて呉れればそれで良いから受取を貰うと暇取れるから貰わずに行く」と言う位の信用は今日までありました。斯く迄に信用しておりますのは此の商法が法律がございませんで、慣習を以て今日まで成り来たったものでございます。左様なことながら24年1月1日より此の商法を実施になりましたならば、其の法律に従わねばと言うことになります。してみると此事たるや簿記も其法に拠らなければなりません。それに依らない時には肝腎の證據の保證となるべきを失います様な傾きになりますでしょう。商法を十分解読し諸商人が商業社会に之を知るように致しますることはなかなか容易ならぬことであろうと思います。又あるいは一家の主人は可及的速やかにこの今日に実施になる所の数条項は解読いたして能く承知を致した。又重なる手代も解読いたしたにせよ、店に依っては数十人の手代を抱えている。其の手代が皆店にばかり居るならば互に其の事を講読も致しまして早く覚えるでしょうが、あるいは九州に下りあるいは松前に往くと言うことに終始派出している商人と言うものが一家の内から幾らも出ております。実にこれ等の点に向かって商法の商法たる所以を知らせると言うことは容易ならぬことであります。又我県の例を申しますと、未だ我が国の商業社会においては商法学校を卒業した手代があると言うことを未だ聞きません。尤も此の手代の点においては十二、三の時から可及的速やかに小学校へ上がるかどうか卒業するかどうか直ぐに此の商法家に従事いたします。可及的速やかに其の主人に夜の時間の猶予を貰ってそれで可及的速やかに今日の書物、普通の教育を受けていると言うようなことでございます。
其の普通の教育を受ける所の学問は何であるかと言うと、只商法のことばかりであります。「法律の方のことはまるで見ない」と言うのが傾きでございます。此の有様であるに之を1月1日に実施になりましたならば、実に意外の結果を来すでしょう。其の理由と言うものは未だ此の数条項あるものを解読もせず、若しやこういうことをしたならば罰則に触れる。あるいは又こういうことをしたならば狡猾な商人に騙されると言うような惧れを抱きます。よって商業が一、二萎縮する、短縮するより外は無いと心得ます。これが或る説に今日法律が出た時に刑法にせよ何にせよ、これを以て人民によく解読させて此の法律を発するということは無いと言う説がどこかで出たようでありますが、それは成る程「刑法だの、他の罰則だの」と言うようなことになりましては、これは充分に其の人民が解読を致しておりませんでも其の刑法が出るかどうかの今度の刑法と言うものは詳しいことは知らぬが、「こういうことをするとこうされる。こういうことをするとこういう罰則に触れる」と誰でも普通に聞き及んでおります。それで一般の人民が身を正直に持って歪んだことさえしなければ、何も刑法が出た、罰則が出たと言って驚くことはございません。「只それさえ謹んで守ったら決して其の刑に触れることは無い」と言う精神を抱いているから宜しいのでございます。もしや此の商法にしてそれと同様に見たどうなります。「そりゃ何でも商法が出た。商法は難しいからどうも困る。困るから…そうしたら人に引っかかる。そうしたら簿記の罰則に触れる。そうしたら此の条項に触れる。“约定”と言うものがこれで行かないではないか。分らぬからまあ止めた方が良い」そう言う感情を懐いたらどうなる。今日昨年来から米作が不作にして本年はまあ幸い豊作ではありますが、未だ昨年来の不景気が挽回するに至らぬ其の矢先に此の法律商法を実施になったならば、実に商人の困難は言うべからざることであろうと思います。即ち商人の困難が言うべからざる結果を来す。即ち我が国の財政の困難と言っても良いでしょう。又一歩を転じまして先刻渡邊甚吉君の説に「会社法のようなものはこれは欠くべからざるものと考えます」本員も実に会社法のようなものは実にこれは欠くべからざるものでございます。左様なことですが甚吉君の説に此の会社法の実施は遅いと謂わなければならぬと言う御説がございました。これは私も大いに同感でございます。何となれば此の会社が続々と全国に起こりましたのは何時頃のことでしょうか。先ず明治十八、九年の頃から起こりまして続々増えて参りました。これだけの会社が実は充分に其の会社を結ぶ以前に当たって出たならば実に我々は満足いたします。左様なことながら此の会社法のような確たる法律も無く今日まで続々一時的に…二、三年の間に起こった会社と言うものは容易ならざる数でございます。其の会社が今日に至って不景気に際して今にも倒れようとする会社は続々ございます。其の処に向かって会社のこれまでの組織の方法は悪くても、一旦無責任で政府が許している。「其の許した会社の組織というもの、元会社が出来て其の会社が今続々と盛んにやっているならば、どう言う改正でもするのが良いが、今や此の不景気に際して倒れようとする有様である。其の会社が六ヶ月猶予を与えてございますと、容易に倒れざるを得ぬ」と言う考えを抱いております。何故解散をしなければならない、倒れなければならないかと言うと、六ヶ月の猶予はございますが実に此の会社法に拠りますと株主の責任と言うものが今までは百円の株券に致しまして株式組織になりましたては百円の株金で十円払い込んで、それを第一回の払込みとして売買を許されたので、此の会社においても売買の譲渡を承認して之を聞き届けたものです。此の法に拠りますと1/4払い込まない内は売買をしても譲渡の効を有せない。又半額以上の株金を払い込まないものは、それは売買を許してもあるいは其の払込金を株主が怠った時は擔保を負わなければならぬ。今日の株主と言うものは実に責任が重くなる。それでございますから若しや此の株金の半額に充たない株と言うものは之を持って時を待って売った所が、他に譲った所が擔保というもの何処までも義務は逃れないから此の会社法の実施になるまでに、これは売ってしまう方が良いだろうとかういう風に感じることが出来る。「皆が私もこれは売却してしまう。自分も売却しよう」と言う考えを起こしたならば誰も買い手が無い。買い手が無いとなって来れば此の株主は総会でも開いて解散をしなければならぬようになります。右申す通りの有様になったならば、此の今日建てた工場機械というもの…実はこの家は其の機械に適した家を建築したもの でありますから他に之を利用することは出来ません。機械も亦そうで他の機械に使用は出来ません。機械によっては其の業の他に用いられない機械が沢山西洋から輸入してございます。此の輸入して費消した金も巨万になっていると思います。其の会社を倒してしまうは今日日本の経済には余程関することであろうと思います。併しながらこれ以て私が前に述べました通り、株主の一人でございますから斯く申すのではありません。此の会社法は欠くべからざる要用なものとは信じております。此の会社が続々起こらなかった前であれば実に緊要なものだろうと思います。決してこれは悪いとは申しません。あるいは此の会社法の規則が無いがために、二、三の会社は発起人を相手に取って訴えを起こしている様なことも能く承知しております。言うなれば此等の会社のようなもの、実は即ち発起人の所作が悪いと言い、あるいは大体株主がよく実際を調べずにこれに賛成したのが悪いと言わなければならぬ。又恐らく此の会社法のようなものを26年1月まで実施を延期した所で、恐らくは一年や二年には此の会社が続々起こると言うことは決して無いと私抔は信じております。又如何なることを発起しても株主に応ずるものが恐らくは無いと思います。それは何となれば今日の現状の有様では実に我々商人社会は株を持って之を他に譲ることに困難をしている様な有様であります。到底続々と会社を起こしても賛成者は無いから、一年や二年の内に新たに会社は起こることは無いと我々は信じております。左様なことながら又物価の変動と言うものは陰極まって陽となると言うことがございます。例え如何程に落ちて居っても、其の中にどのような発展をして来るかも知れない。未来は計られないが目下の有様では続々起こる萌しは無いと本員は信じております。此の私が26年1月まで延期の法律を賛成いたしましたのは、決して此の会社の法なり、あるいは此の商法の法律を難じてではありません。充分これはあるべきことで将来必要なものと信じておりまするが、未だ商人が先刻も申した通り幼稚にしてそれだけの人物の無い所にこれを施行すれば実に容易ならぬ困難を致すであろうと思います。此の所で二箇年の猶予があれば帳簿の整理上に夫々次第に整理が出来て行く訳であります。是、これが24年1月1日となって見ると、今日までの商人は此の商法は余程難しい。「これは到底行われないものである。もし行ったどうなってしまうだろうか」と言うことは感じておりますが、到底よく之を取り調べて1月1日から之を利用しようという気持ちを持っているものは恐らく少ないだろうと思います。それでありますから帳簿上を一時的に変えると言うのは実に容易ならぬことであります。是、これは良い法ではございますけれども実に商の模様に拠りましては、半期も一年も直ぐに定めずにやります。「金はこれだけ有った。商品はこれだけ有った」と突合せをしないで遣ることがあります。何故ならば今年は是非下げようと思っていたが、主人が病気とか何かで差し支え、手代を遣りたいが其の手代が未だ九州へ行ったことが無いから遣る訳には行かないと言う様なことがございます。「斯く申すと今迄よく取引をしていた」と言う人がありませうが、これは従来の信用と道義の点にございますから、それでよく行ったので近江商人抔においては地方裁判所へ訴えたの、控訴院へ訴えたの、大審院へ訴えたのと言うことは恐らくはございませんでしょう。これが信用上と道義とで成立って実に不規律極まる取引を致して居っても済んで往ったのは全く信用と道義で、法律が無かったからです。今日一方に此の法律を以て当てられましたら「法律に拠らずんば」と言う処分が出来ますれば、これは奸商が現れる基であります。此の商人が以前のように愚直に商法をしておると奸商がこの商法を利用して迂闊なる商人に掛かって取引をして、もしや之を信用と道義を捨てたものが出て来れば、それを以て訴えても以前のような帳簿の付け方をして居ったものは今日の法律に当て嵌めることは出来ません。してみると知らず識らず奸策に陥ることが出来て来ます。此の様なことは十分熟考した上で幾分か此の法律に修正を願わなければならぬ所もあるだろうと思います。未だ其の猶予がありませんから之を26年まで延期あらんと言うことを賛成した理由でございます。これは私が先刻から申しましたが法律の見解あるいは理由のことですが、理由に立つか立たぬか知りませんが、私は只今日の商業の困難なる有様を諸君に通じます。
島内武重君:建議をいたします。
議長(伯爵 伊藤博文君):承ります。
島内武重君:本日の商法の問題は各位御承知の通り余程大きな問題にして、延期の論者の述る所の理由も至極尤もな議論と考えます。又断行論者の議論を聞きましても実に理のある所が沢山ございます。何分この大きな問題を本日一日に決了しようと申すことは余程難しいだろうと思います。大概会議には時間の定めてあるものですからして、実にこの大きな問題を只冗長に亘ると言うものは孰れも此の議論に厭いて、其の厭いたる所の議論を聴取いたします。此の議事の結果が良い結果を…
議長(伯爵 伊藤博文君):どうか簡単に。
島内武重君:成る丈この議事は良い結果を得るように致したい。
議長(伯爵 伊藤博文君):本日の議事は茲に於いて延会いたす積りです。まだ演説の通告の数が猶17ほどあります。よってとても之を今晩の間に尽く終えることは出来ないと考えます。故に来る22日の議事日程を報道に及びます。第一、子爵堀田正養君請暇の件。第二、男爵高崎五六君請暇の件。第三、商法及商法施行条例施行期限法律案第一読会の続を明後日に開きます。
(午後6時 閉場)
補足
「…抔」:「など」と同じ意味。
「…云々」:「などなど」「うんぬん」と同じ意味。
「…たる」:「である」「という」と同じ意味。
「…なり」:「である」や「になる」と同じ意味。文脈によって判断。
「…べし」:「べきである」と同じ意味で、義務や当然を表す。
「…候」:「…そうろう」という謙譲語で、「…です」「…ます」に相当。
「…に付き」:「…について」と同じ意味。
「…より」:「…から」と同じ意味。
「…に基づき」:「…に基づいて」と同じ意味。
「左様」:「そうです」と同じ意味。
「さて(さて)」:話題を変える時や、話を続ける時に使われる接続詞。
「抑も(そもそも)」:話の最初に用い、話の根拠や理由を述べる時に使われる。
「苟も(いやしくも)」:仮定の話を導入する際に用いられる。
「…すれば」:「…すると」と同じ意味。
「…に際し」:「…に際して」と同じ意味。
「…ものとす」:「…こととする」と同じ意味で、規定などを定める際に用いられる。
この議事録は、明治23年12月20日に行われた第1回帝国議会貴族院本会議における、商法及び商法施行条例施行期限法律案に関する第一読会の様子を記録したものです。
1. 憲法解釈をめぐる攻防:
渡正元議員は、施行期日の決定は天皇大権に属する事項であり、議会が法律で定めるのは憲法違反にあたるという解釈を示し、建議とすべきだと主張しました。これに対し、岡内重俊議員は、施行期日は法律の効力発生時期を定めるものであり、天皇大権である「執行」とは別物だと反論しています。これは、憲法の解釈をめぐり、立法府と行政府の権限の範囲が争われた事例と言えるでしょう。当時の日本はまだ憲法制定から間もない時期であり、解釈が確立していなかったことがうかがえます。
2. 商法延期をめぐる賛成派と反対派の論点:
延期賛成派:
民法が未整備であるため、商法との間に齟齬が生じる可能性がある。
商法の内容が複雑で難解なため、商業者や一般国民への周知徹底が難しい。
準備期間が不足しており、商業社会に混乱が生じる恐れがある。
商慣習との乖離が大きく、実情に合わない部分があるため修正が必要。
衆議院の多数決を尊重し、両院間の協調を重視すべき。
延期反対派:
既存の法律や慣習法で民法の役割を補うことは可能である。
商法は既に公布されており、修正が必要な部分は施行前に修正すればよい。
施行条例によって混乱への対応策は講じられている。
商法施行は商業社会の近代化に不可欠であり、遅延は国益に反する。
議員は国民全体の利益を代表すべきであり、特定の層の意見に偏るべきではない。
3. 当時の社会背景:
当時の日本は、明治維新を経て近代国家への転換を図る中で、西洋法制の導入を進めていました。しかし、伝統的な商慣習に慣れた商業者にとって、新しい商法は理解し難いものであり、抵抗感も強かったことがうかがえます。また、法整備が急速に進められる中で、社会全体に混乱が生じることへの懸念もあったことが読み取れます。
4. 貴族院議員の構成:
貴族院は、皇族、華族、勅選議員などで構成されており、必ずしも商業に精通した議員ばかりではありませんでした。そのため、衆議院における議論を尊重し、専門家の意見を聞きながら慎重に審議を進めようとする姿勢が見られます。
5. 議事運営:
議事録からは、活発な議論が行われる一方で、議事の進行をスムーズにするための工夫や、議長の指導力も垣間見ることができます。例えば、特別委員の設置や報告期限の設定、無記名投票の実施など、効率的な議事運営が心掛けられていたことが分かります。
6. 近代日本の夜明け:
議事録は、近代日本が法整備という難題に取り組み、近代化を目指して格闘していた様子を鮮やかに映し出しています。それぞれの議員の主張や発言からは、日本の未来を真剣に考える彼らの熱い思いが伝わってきます。