「……おお、やっぱり結構生えてますね」
どう見ても雑草にしか見えない草の前で、シアは目を輝かせてしゃがみこんでいた。
花も咲いていない、緑色の葉っぱ。野草の知識がないボクに、それがなんなのかは分からない。
当然、男ふたりも知らないようで、ボクの隣で不思議そうな顔をしている。
「……なあ、アレ食えるのか? 野草か?」
「分かんない。でも彼女がいうなら間違いないと思うよ」
草なんてぜんぶ同じに見えるけど、シアが食べられるというなら食べられるだろう。
ひそひそ話が聞こえていたのか、彼女はこっちに振り返って、紅い目を弓にした。
「これ、みんなも知っている有名な魔物ですよ」
「魔物……これが?」
「はい。マンドラゴラです」
名前を聞いた瞬間、兄貴分と弟分が三歩くらい後ずさった。
「悲鳴聞いたら死ぬやつじゃねえか!?」
「大丈夫ですよ。自分で地面から這い出て人を襲っていたのは魔王に操られていたからで、魔王がいなくなった今は手を出さなければ無害な存在ですから」
「あと、そうとう弱ってないと死なないよね。記憶飛ぶくらい混乱はするけど」
「な、なるほど……いや充分危なくない?」
うん。充分危ないから、ボクもちょっと警戒はしてる。
びくびくして毛を逆立てている弟分の横で、少しだけ冷静になった兄貴分が、
「……そもそも食えるのか、マンドラゴラって」
「もちろんです。ちなみに見つけ方は、この独特の生え方ですね。ちょっと雑草っぽくて、ぎざぎざの葉っぱ。あと周りの他の草木が無くてこれだけ生えます」
確かに彼女の言うとおり、周りには似たような草しか生えていない。
足首くらいの高さの緑の葉っぱが、少量の束でいる。ちょうど、花の咲いていないタンポポみたいな感じだった。
「マンドラゴラって、昔はもっとわらわら生えてたし、なんなら勝手に地面から出てきてなかった?」
「あれは魔王の指示で配置されていた養殖モノですから。天然マンドラゴラはこんな感じですよ」
え、あれって養殖だったんだ。
数十年越しに知った事実にボクが驚いているうちに、シアが短剣を抜いた。
「マンドラゴラは確かに『呪いの叫び』という厄介な魔法を持っていますが……実は捕獲するのはとっても簡単です。埋まっているこの状態で……えいっ」
ざくっ。
マンドラゴラの葉っぱめがけて、シアが短剣を振り下ろした。
深々と刃が突き刺さり、握った刃がぐりぐりと動かされる。
念入りにトドメを刺してから、シアは笑顔で、
「はい、これで終わりです」
「……これだけか?」
「ふつうのマンドラゴラは引き抜く、あるいは掘り起こされれば叫ぶ、という単純な行動原理の魔物ですから。掘り返す前に刺してしまえば問題ありません」
言いながら、シアは草の束を掴んで引っこ抜く。
ずる、と地面から出てきたのは、ヒトの形をした根っこ。
ナイフで頭を裂かれたマンドラゴラの根はどこかぐったりとしていて、確かに沈黙していた。
「こんな感じですね。何本か周りに生えてますから、剣があるなら手伝って貰えますか?」
「お、おう……」
「こ、こうかな?」
おっかなびっくり、という感じで、ふたりが周りの草に剣を突き刺す。
「位置がずれて顔が残っていると叫ぶので、刺した剣はしっかりぐりぐりしてくださいね。そうそうそんな感じで……はい、抜いて大丈夫ですよ」
指示通りにふたりが草の束を引っこ抜くと、立派なマンドラゴラが出てきた。
「……ほんとに採れた」
「うん、採れたね兄ちゃん」
「ね、簡単でしょう? 人数もいますし、もっと抜いていきましょうか。うっかり掘り返して被害にあう動物や人間もいるかもしれませんから、駆除がてらね」
「じゃ、抜いたやつはボクが持つよ。刃物持ってないし」
そんなに重たいものでもないので、みんなからマンドラゴラを預かる。
土と根っこの感触は手に冷たいけれど、ずっしりとして重たくて、食べるのが楽しみだった。
しばらくの時間をかけて、三人が今日の食材を集めてきてくれた。
◇◆◇
「マンドラゴラ、ぜんぶ抜かなくて良かったのか?」
「食べきれない量を取るのは勿体ないですし、駆除とは言いましたがそれは数が多すぎるからで……逆にマンドラゴラがいることで、危険な動物がそこを避けて弱い生き物が守られるという面もありますから。ほどよく数を調整する、というのが一番です」
「そういうもんか……」
「ええ。なにより、魔王が倒れた今は、マンドラゴラもただの自然の一部ですからね。必要以上取るべからず……です。生態系を崩すとあとあと厄介ですから」
シアの声色には、実感がこもっていた。
エルフの狩人として数百年生きているうちに、いろいろ見てきたのだろう。
「さて、次は調理です、ふたりにも手伝って貰いますよ」
「お、おう……」
「ほんとに食えるの……?」
「本当に食べられますよ。自然で採れるものの中ではかなり味は良い方です。食べ応えもある大きさですしね。……リーナ、こっちとこっちにお水お願いします」
「はいはーい、っと」
マンドラゴラを収穫したボクたちは、焚き火のところに戻ってきていた。
シアの持ってきたふたつの木のボウルに、魔法で水を注ぐ。
「ひとまず、ついている土をこっちで洗い落としてください。もうひとつのボウルの水はあく抜き用です」
「お、おう」
言われたとおりに、ふたりはマンドラゴラを洗い始める。
抵抗する様子も無く、むしろシアの指示に大人しく従う姿は素直だ。
もう警戒する必要もないだろうと思いつつ、ボクは手についた土を払った。
「洗ったら簡単に皮を剥きます。皮はあくが強くて食感も微妙ですから食べるには一手間がいるので今回は使いません」
ふたりが洗ったマンドラゴラを、シアが包丁で剥いていく。
人型をしている根っこは剥きづらそうだけど、さすがに手慣れている。シアは鼻歌交じりでさくさくとマンドラゴラの皮をむいてボウルへと入れた。
「こんな感じで、あとはふたりでやっててください。皮は厚く剥いて良いので、こっちのザルに入れておいてください。その間に……リーナ、コカトリス貰えます?」
「ん、これだね」
食品の保存を担当していたので、肉はボクが持っている。
魔法が効いているためにひんやりとした状態の肉を、シアに渡した。
既に一口サイズに切ってある鶏肉……もといコカトリス肉から、シアは皮をとってフライパンに入れた。
火にかけられ、じんわりと温かくなってきた鉄の温度で、皮から油がゆっくりとにじみ出てくる。
緩やかに、けれど強烈に食欲をそそる香りが立ち上ってきた。
「あ、良い匂いする……こういうところも鶏っぽいね」
「コクのある油が出て、これだけで味と香り付けになりますからね。マンドラゴラのあく抜きをしている間に、少し火から遠ざけて弱めの温度でじっくり油を出していきます」
嗅いでいるだけでお腹が鳴りそうな匂いが、皮から油が出るたびに濃くなっていく。
口いっぱいに溢れてくる唾液を、行儀悪くないように静かに飲み込んだ。
そうしているうちに、男ふたりが作業を終えてこっちにやってきた。
「皮むきしたけど、こんなんで良いのか?」
「あら、上手じゃないですか。ありがとうございます、ふたりともあとは座って待っていて良いですよ」
やや不格好に剥かれたマンドラゴラの入ったボウルをシアに渡して、男たちはふたりとも素直に焚き火の周りに腰掛けた。
油の良い香りが立ち上る中、なんとなく目線を向けた兄貴分の方と目が合ってしまう。
なにか言うべきかと思っていると、相手の方から頭を下げてきて、
「……その、悪かった」
「ん、襲ってきたこと? もう気にしてないよ。シアも言ってたけど、誰も怪我なんてしてないんだし」
戦闘になったとは言っても、ボクたちにとっては命の危険があるようなものではなかった。
どんな理由があっても人を襲うことが良いことではないのは本当だけど、彼らにも彼らなりの事情があったことくらいは分かっている。
これ以上仕掛けてこないなら、それで終わりで良い。シアも同じように思っているから今、彼らの分のご飯まで作っているのだろう。
「だからもうしょんぼりしなくて良いから、一緒に美味しいご飯ができるの待ってようよ。暗い雰囲気で食べると、美味しくなくなっちゃうよ?」
「……ありがとう」
ようやく前向きな言葉が聞けたので、ボクは相手に笑顔を返した。