「あなたたち、この辺でずっと人を襲っていたんですか?」
「……そうだ。殺すなり近くの町に連れて行くなり、さっさとしてくれ」
ふん縛った相手の態度はぶっきらぼうだけど、あっさりとしていた。
命乞いをしたり恨み言をぶつけるでもなく、ただ大人しい。
弟分の方も、兄貴分に口を挟まず大人しくしていて、ふたりとも地面に座ったまま逃げようともしていない。
「……どうするの、シア?」
殺すことはないにしても、この辺の地理には詳しくないので、憲兵行きといってもどれくらいかかるかは分からない。
シアの方を見上げると、ふむ、と彼女は腕を組んで、
「……ふたりとも、実際のところそんなに悪事は働いていないと見ました」
「そうなの?」
「どちらも武器は向けてきましたが……私たちを殺そうとまではしていませんでした。あくまで……生活に、食べるのに困っているというふうです」
「……そんなことはねえよ。俺たちは悪人だ」
「そうですね。人を襲い、モノを奪おうとする。たしかに良いことではないでしょう。でも……なにか理由があるのでは?」
地面に座る相手に目線を合わせるように、シアはしゃがんだ。
紅く深い、ルビーのような目に見つめられて、男たちはばつが悪そうに目をそらす。
小さな子供を見るような柔らかい視線をふたりに向けて、シアは言葉を続ける。
「これは憶測なのですが……ふたりとも元々は無頼ではなく、どこかの騎士団か流派の所属ではないですか?」
「っ……なぜ、そう思う?」
「簡単です。武器の構え方が綺麗で、我流の感じがしませんでしたので」
「…………」
少しの間、兄貴分が押し黙る。
それから彼は、ゆっくりと口を開いた。
「元から育ちが良いわけじゃない。俺たちは貴族の家に拾われて、護衛をしていた。剣術もそこで学んだものだ」
「なるほど……どうして、こんなところで人を襲うようなことになったのかも、聞いても良いですか?」
「……俺たちがいる必要が、無くなったからだよ。平和な世界じゃ、魔物に襲われることも少ないからな。最低限が残ってれば良くて、それ以上は金食い虫ってことだ」
「…………」
ぴく、とシアの耳が動いた。
表情は崩れていないけれど、今の言葉に思うことがあるのだろう。もちろんそれは、ボクだって同じだ。
平和になった結果、仕事がなくなってしまったというのなら、間接的にボクたちが原因ということになる。
「武器を振るくらいしかできないし、孤児で世間知らずな俺たちは再就職もうまくいかなくてな。結局、こんな方法を選んだ……だからもう、いっそ殺すなり牢に入れてくれた方が楽なんだ」
魔王が倒されて、世界は平和になった。
だけど平和じゃなかったからこそ、居場所があったひともいる。
ボクもそれは、この二十年でいくらか見てきたことだ。別に彼らだけが、苦しんでいるわけじゃない。
「……あ、あの」
ここまで静かにしていた獣人の弟分が、おずおずと声をあげる。
「兄ちゃんは、悪いやつじゃないんだ。俺が獣人だから……」
「おい、余計なこと言うな」
「余計じゃないよ、兄ちゃんまでクビになったのは俺が追い出されるときに、俺をかばったからだろ」
「……そうなんですか?」
「……かばってねえよ。俺が勝手に喧嘩して、たまたま一緒に追い出された。それをこいつが勝手に勘違いして懐いてきてるだけだ」
へたくそな嘘だなと、ボクでも思うような言葉。
獣人はもともと、一部の国で差別されていた種族だ。
だから彼らがいた場所は、そういうところだったのだろう。
「っ……」
彼らの話を聞いて、自然と歯を強くかみ合わせてしまう自分がいた。
迫害や差別、根拠もなにもない理由で振るわれる暴力は、ボクもかつて受けていたものだ。
なんの根拠もなく悪者にされ、蔑まれ、追い回される。そんなことをされてつらくないわけがないし、自分の弟分がそんな扱いを受ければ、怒るのは当然だろう。
ボクの口の奥で、嫌な音が鳴る。ぎり、という軋みが聞こえていたのか、またシアの耳が少しだけ動いた。
「話は分かりました。そういうことなら……いっしょにご飯を食べましょう」
「……は?」
「へ……?」
「お腹、とっても空いてるでしょう? でも、私たちもお腹がすいているので……良ければ、いっしょに分け合って食べましょう」
「ちょっと待て、俺たちはあんたたちを……襲おうとだな……」
「肌に傷ひとつついていないのを、襲ったと言えるんですか?」
「それはあんたたちの強さがおかしいだけだろ……」
「たまたまですよ、私も昔は魔物と戦ったりしていましたから。……縄、ほどきますね。良いですか、リーナ?」
「うん。ボクはぜんぜん構わないよ」
ボクだって、彼らの身の上には思うところがある。
根っからの悪人ではないことは分かるし、ほかの人を襲ったことはあるのかもしれないけど、きっと命まで奪ったことはないのだろう。
なにより彼らの話を聞いてしまった今、ボクはもうこの人たちを責めたいとは思えなくなっていた。
「……良いのか、また襲うかもしれないぞ」
「ほんとにその気がある人はそんなこと言わないでしょ。それに……ここまで見事に負けたのに懲りずに襲ってくるって言うなら、もう一回ぶちのめすだけだから」
シアが見ているのだから、どんな不意打ちも意味はない。
特に警戒せず、ボクはシアがふたりの縄をほどくのを眺めていた。
彼らも実力差を分かっているのだろう。身軽になっても大人しく、シアの言葉を待っている。
「ちょうど良いですね。男の人手があるのですから、穴掘りでも手伝って貰いましょうか」
「穴掘り……?」
「ええ、土の感じからしてこのあたりに、食べられるものが埋まっていますから。ほら、三人ともこっちですよ」
そういえば、食材調達に来たんだったっけ。
彼女のいう『食べられるもの』がなんなのかピンとこずに首を傾げるボクたち三人に向けて、シアは笑顔で手招きした。