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☆楽なんだ

「あなたたち、この辺でずっと人を襲っていたんですか?」

「……そうだ。殺すなり近くの町に連れて行くなり、さっさとしてくれ」


 ふん縛った相手の態度はぶっきらぼうだけど、あっさりとしていた。

 命乞いをしたり恨み言をぶつけるでもなく、ただ大人しい。

 弟分の方も、兄貴分に口を挟まず大人しくしていて、ふたりとも地面に座ったまま逃げようともしていない。


「……どうするの、シア?」


 殺すことはないにしても、この辺の地理には詳しくないので、憲兵行きといってもどれくらいかかるかは分からない。

 シアの方を見上げると、ふむ、と彼女は腕を組んで、


「……ふたりとも、実際のところそんなに悪事は働いていないと見ました」

「そうなの?」

「どちらも武器は向けてきましたが……私たちを殺そうとまではしていませんでした。あくまで……生活に、食べるのに困っているというふうです」

「……そんなことはねえよ。俺たちは悪人だ」

「そうですね。人を襲い、モノを奪おうとする。たしかに良いことではないでしょう。でも……なにか理由があるのでは?」


 地面に座る相手に目線を合わせるように、シアはしゃがんだ。

 紅く深い、ルビーのような目に見つめられて、男たちはばつが悪そうに目をそらす。

 小さな子供を見るような柔らかい視線をふたりに向けて、シアは言葉を続ける。


「これは憶測なのですが……ふたりとも元々は無頼ではなく、どこかの騎士団か流派の所属ではないですか?」

「っ……なぜ、そう思う?」

「簡単です。武器の構え方が綺麗で、我流の感じがしませんでしたので」

「…………」


 少しの間、兄貴分が押し黙る。

 それから彼は、ゆっくりと口を開いた。


「元から育ちが良いわけじゃない。俺たちは貴族の家に拾われて、護衛をしていた。剣術もそこで学んだものだ」

「なるほど……どうして、こんなところで人を襲うようなことになったのかも、聞いても良いですか?」

「……俺たちがいる必要が、無くなったからだよ。平和な世界じゃ、魔物に襲われることも少ないからな。最低限が残ってれば良くて、それ以上は金食い虫ってことだ」

「…………」


 ぴく、とシアの耳が動いた。

 表情は崩れていないけれど、今の言葉に思うことがあるのだろう。もちろんそれは、ボクだって同じだ。

 平和になった結果、仕事がなくなってしまったというのなら、間接的にボクたちが原因ということになる。


「武器を振るくらいしかできないし、孤児で世間知らずな俺たちは再就職もうまくいかなくてな。結局、こんな方法を選んだ……だからもう、いっそ殺すなり牢に入れてくれた方が楽なんだ」


 魔王が倒されて、世界は平和になった。

 だけど平和じゃなかったからこそ、居場所があったひともいる。

 ボクもそれは、この二十年でいくらか見てきたことだ。別に彼らだけが、苦しんでいるわけじゃない。


「……あ、あの」


 ここまで静かにしていた獣人の弟分が、おずおずと声をあげる。


「兄ちゃんは、悪いやつじゃないんだ。俺が獣人だから……」

「おい、余計なこと言うな」

「余計じゃないよ、兄ちゃんまでクビになったのは俺が追い出されるときに、俺をかばったからだろ」

「……そうなんですか?」

「……かばってねえよ。俺が勝手に喧嘩して、たまたま一緒に追い出された。それをこいつが勝手に勘違いして懐いてきてるだけだ」


 へたくそな嘘だなと、ボクでも思うような言葉。

 獣人はもともと、一部の国で差別されていた種族だ。

 だから彼らがいた場所は、そういうところだったのだろう。


「っ……」


 彼らの話を聞いて、自然と歯を強くかみ合わせてしまう自分がいた。

 迫害や差別、根拠もなにもない理由で振るわれる暴力は、ボクもかつて受けていたものだ。

 なんの根拠もなく悪者にされ、蔑まれ、追い回される。そんなことをされてつらくないわけがないし、自分の弟分がそんな扱いを受ければ、怒るのは当然だろう。

 ボクの口の奥で、嫌な音が鳴る。ぎり、という軋みが聞こえていたのか、またシアの耳が少しだけ動いた。


「話は分かりました。そういうことなら……いっしょにご飯を食べましょう」

「……は?」

「へ……?」

「お腹、とっても空いてるでしょう? でも、私たちもお腹がすいているので……良ければ、いっしょに分け合って食べましょう」

「ちょっと待て、俺たちはあんたたちを……襲おうとだな……」

「肌に傷ひとつついていないのを、襲ったと言えるんですか?」

「それはあんたたちの強さがおかしいだけだろ……」

「たまたまですよ、私も昔は魔物と戦ったりしていましたから。……縄、ほどきますね。良いですか、リーナ?」

「うん。ボクはぜんぜん構わないよ」


 ボクだって、彼らの身の上には思うところがある。

 根っからの悪人ではないことは分かるし、ほかの人を襲ったことはあるのかもしれないけど、きっと命まで奪ったことはないのだろう。

 なにより彼らの話を聞いてしまった今、ボクはもうこの人たちを責めたいとは思えなくなっていた。


「……良いのか、また襲うかもしれないぞ」

「ほんとにその気がある人はそんなこと言わないでしょ。それに……ここまで見事に負けたのに懲りずに襲ってくるって言うなら、もう一回ぶちのめすだけだから」


 シアが見ているのだから、どんな不意打ちも意味はない。

 特に警戒せず、ボクはシアがふたりの縄をほどくのを眺めていた。

 彼らも実力差を分かっているのだろう。身軽になっても大人しく、シアの言葉を待っている。


「ちょうど良いですね。男の人手があるのですから、穴掘りでも手伝って貰いましょうか」

「穴掘り……?」

「ええ、土の感じからしてこのあたりに、食べられるものが埋まっていますから。ほら、三人ともこっちですよ」


 そういえば、食材調達に来たんだったっけ。

 彼女のいう『食べられるもの』がなんなのかピンとこずに首を傾げるボクたち三人に向けて、シアは笑顔で手招きした。



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