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☆それものすごく目立ちませんか?

「うぐー……」


 椅子代わりにできるくらいのサイズの岩に腰掛けたまま、ボクは唸った。


 ……運動不足だなぁ。


 二十年間、王様の頼みで魔法を広めるために働いていた。

 当然忙しかったけれど、それは主に書類とか話し合いとかだった。

 そして魔法学園というものができた後は学園長という立場もあって、年々外に出る機会は減ってしまった。


「大丈夫ですか、リーナ?」

「だいじょぶ、ちょっと疲れただけ……ごめん、思ったより鈍ってるね……」


 幸いなことに年を取らない身の上だけど、それでも二十年も旅をしていないという実績は、ボクの基礎体力をごっそり減らしていたのだった。

 そんなわけで、昨日から溜まった疲労が限界まで来てしまったボクは、街道の途中で休憩をとっていた。


「謝らなくて良いですよ。傷や病気はともかく、体力は魔法での回復は難しいですし……いったん休憩ということで」


 シアはボクに笑顔を向けつつ、すでに焚き火の用意をはじめている。

 彼女の言うように、魔法は体力の回復には向いていない。

 怪我や病気のようなものなら治せるけど、それは傷ならば塞げば良いし、病気ならウイルスを追い出せば良いだけだから。

 減ってしまった体力は、きちんと休まなければ戻ってこないのだ。


「情けない……」

「そんなことありませんよ、私だって長距離の移動は久しぶりで鈍っていますし。休憩の時間がとれて良かったです」


 嘘だ。シア、ぜんぜん余裕そうだもん。

 長距離の移動をしばらくしていないというのは嘘では無いだろうけど、魔王討伐後も彼女は狩猟をして生活をしていた。

 もっている道具だってどれも綺麗だし、二十年間ずっと手入れをしてきたのは見るだけで分かる。

 そんなシアが、『自分の手入れ』をしていないわけがない。体力が減らない程度には意識して、運動とかしていたはずだ。


「ここから休み休みで聖都までとなると、数日かかるとして……まあなんとかなるでしょうかね、ここらの野草なら食べられるものも多いですし……コカトリスもまだまだ残ってますし……」


 既にシアは旅の予定を組み立ているみたいで、紅い目を細めて思案している。

 自分から誘っておいて予定を立てて貰っていることに情けなくなりつつも、ボクは彼女の真剣な表情をじっと見てしまっていた。

 金色の毛先が、風に吹かれて揺れる。風向きはボクの方で、懐かしくて甘い彼女の香りがする。

 視線に気がついたのか、シアは首を傾げながらこっちを見て、


「どうかしましたか、リーナ? あ、もしかしてお腹すきました?」

「う、ううんっ、ちょっと疲れてぼんやりしてただけ」


 見惚れていた、とは素直に口にできず、ボクは言葉をにごす。

 しばらく時間がたったことでシアは落ち着きを取り戻していて、すっかりいつもの調子だ。

 対してボクはというと、再会してからずっとシアのちょっとした動きや言葉にドキドキしっぱなし。

 この二十年で鍛えたメンタルでどうにか涼しい顔をして接しているけれど、内心ではわりと煩悩まみれ、というのが現状だった。


「……はぁ」


 気持ちだけは騒がしいけれど、それでぐいぐい行きすぎてシアを困惑させすぎてしまうのも避けたい。

 朝は昔を思い出してちょっと腹立たしかったのがあったけれど、だからといってギクシャクしたいわけではないのだ。

 いったん自分を落ち着かせるために、ボクは椅子代わりにしている岩に深く腰掛けた。


「最悪、魔法で飛ぼうかな……体力より魔力の方が有り余ってるし……」

「昔のように、魔王軍のワイバーンがすっ飛んでくる……なんてことはないでしょうけど、それものすごく目立ちませんか?」

「そうだけどぉ……」

「変に目立つと動きづらくなりますよ。魔王が倒れてまだほんの二十年……当時のことを知っているひとも多いでしょうから、身バレするときはすぐでしょうし」

「その二十年を忘れてたひとが言う……? いや、正論だとは思うけどさあ……」


 ボクだって目立ちすぎて人に囲まれるのは避けたい。

 シアとふたりでのんびりと旅をしたいというのが、今のボクの望みだからだ。


「せっかく時間はあるのですから、ゆっくりと行きましょう。……急がない旅、というのも新鮮で、悪くないですよ」

「……うん」

「それに、田舎道ではありますが、ここは街道です。ゆっくり歩いていれば、運がよければ馬車が通って乗せていってくれるなんてこともあるかもしれませんよ」


 そう言って、シアは目を細めて道の先へと視線を向ける。


「……まあ、今のところは見えませんが」

「シアに見えないってことは、歩くしかなさそうだね」

「ほとんどの人よりは見えていますからね……魔法が使えない代償としては、ちょっと地味すぎる能力ですけど」

「そうでもないと思うけど。少なくとも、シアの目にボクたちはずっと助けられてきたから」

「……ありがとうございます」


 シアの緋色の瞳は、エルフとしては珍しいものだ。

 それは本来魔法を使うために全身に張り巡らされるべき『魔力の通り道』が、瞳に集中しているせいでそうなっている。

 その結果、シアは魔法を使えないかわりにとんでもなくが目が良い。エルフの潤沢な魔力がすべて、その目に集まって彼女の視力を強化しているのだ。


 シアはその能力を地味だと言うけれど、そんなことはない。

 恐ろしくよく見えるという彼女の能力と、見えたものを確実に射貫くという弓の腕前に、ボクたちは何度も救われてきたのだから。


「といっても、ほんの数キロ先がくっきり見えるくらいですから。休憩している間に馬車がやってくる可能性だってゼロではないですよ。さ、のんびりお茶でもして、足を休めましょう?」

「……うん。わかった。種火は任せてね」

「ええ、もちろん。いつも頼りにしていますよ」


 体力は無いけれど、魔力だけは有り余っている。

 シアが淹れてくれる美味しいお茶のために、ボクは杖を握った。

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