「……んぅ」
ぱち、と目を開けると、朝日のまぶしさが痛かった。
浮かんだ意識に引っ張られるように息を吸えば、いつもとは違う自然の香り。
「……夢、か」
二十年前の想い出を、夢として見ていた。
かつてのことを思い出しながら、毛布から起き上がる。
地面の硬さのせいだろう、少し身体が固まった感覚があった。
「く、ふぁ……」
身体を伸ばすと、自然とあくびがこぼれた。
ぼんやりとした視界の中、彼女のことを探す。
「……おはようございます、リーナ」
「あ……」
金色の髪も、緋色の瞳も、柔らかな雰囲気も、二十年前となにひとつ変わらない。
かつて一緒に旅をして、今日からまた一緒に旅をする、ボクの大事な人。
懐かしい笑顔と声をボクに向けて、シアは朝の挨拶をしてくれた。
「お、おはよっ」
寝起きで見るシアの笑顔にどきどきしながら、ボクは毛布を畳む。
まだ寝ぼけた頭で昨日の出来事ややり取りを思い出しつつ、焚き火の前に座った。
「ちょうど今、お鍋をあたためだしたところです。少し待っていてくださいね」
「あ、うん。ありがと、シア」
心臓の音と、焚き火の熱が、ゆるやかに眠気を消していく。
完全に覚醒して最初に考えたのは、昨日のことだった。
……シア、どう思ったんだろ。
勢いで言ってしまい、そのまま逃げるように眠ってしまった、好きという言葉。
それ自体は何度か言ったことがあるけれど、あんなに真剣に言ったことははじめてで。
焚き火から覗き込むようにして相手の顔を見ると、普段通りに見える。
言った直後はもの凄く真っ赤な顔をして慌てていたけれど、一晩で落ち着いたのだろうか。
聞くべきだろうかと思うけれど、そこまで踏み込むのはまだ少し怖かった。
「……はい、朝ご飯ですよ」
「ん……いただきます」
まごまごとした気持ちでいるうちに、シアがあたたまったスープをよそってくれる。
渡されてきたお皿を受け取ると、昨日よりも強い香りがした。
一晩寝かせられて、さらにたくさんの出汁が出たのだろう。
「……んく」
一口目から、昨日飲んだものよりもさらに美味しく感じた。
寝起きということもあって、一気に味覚が刺激されて、自然と頭がはっきりしていく。
「おいしい……」
「良かったです。急ぎませんから、ゆっくり味わってくださいね」
「……うん」
匙で鶏肉、ではなくコカトリス肉をつつくと、ほろ、と簡単に骨から肉が外れた。
野菜と一緒に肉を口に入れるといろいろな美味しさが口の中で混ざり、それをスープの濃い味が流してくれる。
なによりもシアが作ってくれたという事実が、ボクを満たしてくれる。
シアに言われたとおり、ボクはゆっくりと朝ご飯を味わった。
「……ごちそうさま」
「はい、お粗末様でした。食後のお茶をしてから、のんびりと出発しましょうか」
「うん、分かった」
上機嫌な様子で、シアはお茶っ葉を取り出し始める。
お茶にはお湯が必要なので、ボクは地面へと転がしていた杖を握る。
「ほいっ」
「ありがとうございます」
魔法で生成した水が、小鍋に満たされる。
水の入った小鍋を、シアがスープ用の鍋と入れ替えた。
ぷくぷくとお湯が沸き出したころに、シアが口を開いた。
「……あの、リーナ」
「ん……どうしたの?」
「その……き、昨日のこと、なんですけど……」
「っ……」
話題をふってきたシアの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
長いエルフの耳を先っちょまで真っ赤に染めて、シアはボクを見つめてきた。
もの凄く意識されてる、という事実に、嬉しさと気恥ずかしさの両方がこみ上げてくる。
だけど同時に、少しだけ意地悪な気持ちも湧いてきてしまう。昨夜、二十年前の夢を見たせいだろうか。
「……言ったとおりの意味だよ。シアのことが好きだから、旅に誘ったの。それだけ」
「へ、へあっ……」
「それともシアは、ボクのこと嫌い……?」
「そ、そんなことありませんよっ、断じて、ぜったい!」
「……良かった。それじゃあ改めて、よろしくね」
「う……は、はひ……」
にっこりと笑顔を作って、ボクは話を終えた。
シアはどうしていいやらという感じで、お茶っ葉の入れ物をにぎにぎしている。可愛い。
「ところで、……お湯、もう湧いてるよ」
「はうっ、す、すみません、すぐにお茶いれますねっ!?」
「いいよ、ゆっくりで。だって……もう、慌てるような予定はないもんね」
二十年も音沙汰無く待たされたのだから、これくらいやきもきさせても良いだろう。
ふたりきりの旅ははじまったばかりで、時間はいくらでもあるのだから。