ボクたちが魔王を討伐して、王都に戻って数日。
連日のようにお祝いのためにいろいろな人に会ったり、パレードに参加したりしていたけれど、ようやくその騒がしさも落ち着いてきた。
王宮の中、勇者一行のためにあてがわれた部屋で、ボクは仲間たちに向けて口を開く。
「これからのことなんだけど……引き受けようと思うんだよね、昨日の王様の話。ほら、魔法を世の中に広めるための手伝いをしてほしいってやつ」
その場にいた三人ともが、目を丸くする。
ボクの性格を知っているなら当然の反応だと思ったので、驚かなかった。
丸くした目のままで一番最初に声を出した仲間は、やたら身体の大きな獣人だった。
彼は狼のものに近い耳を、ぴく、と動かしながら首を傾げて、
「リーナ……もしかして、熱でもあるのですか?」
「毛ぇ抜くよ、ラッセル」
「いえ、失礼。あなたが王族の頼みを受けようというのが、物凄く意外でして……って、抜きすぎでは!?」
ボク自身だって自分の決断に驚いているくらいなのだから、周りがそういう感想をこぼすのも無理はないけれど、なんか言い方がむかつくので横っ腹の毛をむしってやることにした。
ふわふわオオカミ毛玉を作っていると、ボクらのリーダーは両手を組んで、
「俺も正直引き受けるとは思わなかったな。だってリーナがお尋ね者になったのは、王様たちのせいなんだろ? 嫌いな相手からの頼み事じゃん、蹴るのがふつうじゃね?」
「正確には、先代の王様ね。確かに恨みというか、思うところはあるけど……」
「あるけど?」
「……今の王様が言う、魔法をもっと身近なものにして世の中を良くしたい、っていうのは悪いことじゃないと思う」
魔法は、万能の力だ。
だけど現状では、才能に寄るところが大きすぎる。
しかも多くの魔法使いたちが、自分の叡智を隠したがっている。
そのせいで学び育てる環境が整っていないし、ボクみたいに『特別な魔法』を持つものは周りから狙われることすらある。
「もちろん、魔法を悪いことに使う人もいるけど……火をつけるとか水を出すとか、魔法がもっと気軽に使えるようになれば、便利な部分もたくさん出てくるでしょ?」
「……そうですね。実際、あなたの魔法には常に助けられてきましたから、同意しましょう。力の使い道は良心に委ねられますが……それは、魔法に限った話ではありません。同じ剣でも人に仇なす魔物に向ければ英雄で、罪なき民へ向ければ悪人ですからね」
「話長っ、聖職者みたい」
「聖職者なんですよ……」
「ラッセルはもう、聖書や十字架より剣と盾持ってるイメージしかないもんなぁ」
「すべて時代が悪いのです……それに今日からは、その必要も格段に減りますからね。ようやく剣と盾を、聖書と十字架に変えられますよ」
ラッセルは獣人で、元々は聖職者をしていたらしい。
教会から派遣される形で魔王討伐の旅に参加した彼は、帰るところがきちんとある。
仲間がほっとした顔をすることを良い事だと思いつつ、ボクは完成した毛玉を揉んだ。うん、ふわふわで最高。
「いちおう王族の頼み事でしょ。突っぱねてまたお尋ね者になるのは嫌だし」
「さすがにそれは無いだろ。もうお前を『悪い魔女』だと思ってるやつなんていないし、王様たちもそこまで無茶できねえって」
「そうだと良いんだけどね……まだちょっと、みんな以外の人のことは信用しきれない。あと、ボクの評判が悪いとさ。みんなまで嫌な目で見られるかもじゃん」
「私たちは気にしませんよ。内情も心情も知らず好き勝手に言うものには、言わせておけばいいのです。……それで腹が立てば聖書チョップからのお説教コースで改心させるだけですからね」
「聖職者がやることかぁ、それ……?」
結構痛いんだよね、ラッセルの聖書チョップ。しかもお説教も長いし。
旅の中でちょいちょい受けたことを思い出して、自然と顔が緩む。
怒られたのは怖かったし聖書チョップは痛かったけど、終わってみればそんなこともただの『想い出』でしかなかった。
「実際のところ、スタンやラッセルみたいにこの後でやることも決めてないしね。特に予定がないなら……王族に恩を売っておくのも、悪くないでしょ?」
「まあ、それでリーナが良いなら、俺は反対しないぜ。王様がうるさかったら言ってくれよ、ちょっと一発こづきに行ってやるから」
「なんで前衛ふたりとも、殴って解決しようとするかな……?」
ボクが言うことじゃないけど、平和な世界でやっていけるのかな、このふたり。
微妙に心配になりつつ、ボクはずっと静かにしている仲間に声をかけた。
「……シアは、どう思う?」
「え、あっ……良いんじゃないでしょうか」
ボクの言葉に、シアが慌てたように返事をする。
魔王を討伐して王都に戻ってきてからずっと、彼女はどこかぼうっとしている。
スタンとラッセルもそれに気づいているようだけど、聞いてもシアははぐらかすだけで、気持ちを教えてはくれない。
心ここにあらず、という感じの彼女のことが心配で、ボクは思わず口を開いていた。
「ねえ、シア。その、良かったらなんだけど、ボクと一緒に――」
「――すみません。ちょっと夜風にあたってきますね。……毎日祝い事で、少し落ち着きたいので」
「あっ……うん。いってらっしゃい」
まるで話をするのを避けているみたいに、どこか無理した笑顔でシアは部屋を出て行ってしまう。
突然のことに引き留めることができなかったボクは、閉じたばかりの扉を見て、
「……はぁ」
「どんまいだな、リーナ」
「告白には少しムードが足りませんでしたね。というか私たちがいるところではダメでは?」
「うるさいよ、ふたりとも。特に犬っころ」
「犬ではないんですよ……」
できたばかりの毛玉と、ぶっきらぼうな言葉をラッセルに投げつける。
「……今のは、そんなんじゃないってば」
長い付き合いなのだからシアに悩みがあることくらいは分かるけれど、本人が話してくれないから踏み込みづらい。
それならばせめて、側にいて貰えないかと思ったのだ。時間が解決してくれることだってあるだろうし、なによりもボクがシアと一緒にいたい。
スタンとラッセルのふたりも、ボクの気持ちは知ってくれている。だからこそボクが落ち込まないように、茶化すように元気づけてくれたのだろう。
「ちょっと心配だよな、あの感じ。シアは悩みすぎなところがあるし。もっと俺みたいにシンプルに考えりゃいいのに」
「スタンはもうちょっと思慮深くなった方が良いと思いますが。……彼女は私たちより遙かに長生きで、聡明ですが……最年長ということで、私たちに相談しづらいというのもあるのでしょう」
「それは分かるけど……もっと頼ってほしいよ」
「そうだな……まあ、落ち着いたら話してくれるだろ。実際、連日あっちこっちに引っ張り出されて疲れてるのも本当だろうし、もう少しそっとしておこうぜ」
「……そうだと良いんだけど」
結局、ボクの不安は現実のものになった。
このあとすぐに、シアは王都を離れてしまう。
そしてボクは踏み込む勇気を持てないまま、もしかしたらすぐに帰ってくるかもしれない、連絡があるかもしれないなんて淡い期待を、二十年も持つことになるのだった。
このときのボクはまだ、自分に寿命というものが無いということに甘えてしまっていた。
ボクたちにとって時間はほぼ無限でも、『同じ時間』は二度と戻ってこないということくらい、知っていたのに。