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☆好きだから

「……もう良いかな?」

「ええ、スープもお肉も、良い感じでしょう」


 のんびりと夜のお茶を楽しんでいるうちに、時間が過ぎた。

 遠火でじっくりと焼いたコカトリスの内臓串に、出汁のたっぷり溶け込んだスープ。

 スープをお椀へとよそい、リーナへと渡すと彼女は紫の瞳をめいっぱいに見開いて、


「ふぁああ、すっごく良い匂いだねっ……」

「ほとんど朝のスープと同じですが、兎がコカトリスに変わっただけで出汁が段違いですね……」


 コカトリスは強い旨味を持ち、骨ごと鍋に入れたので出汁がたっぷりと染み出ていることが香りから分かる。

 淡泊な味が兎肉の魅力でもあるので決して兎肉の方がまずいというわけではないけれど、嗅覚に強く訴えてくるこの匂いはどうしても食欲をそそり、お腹を刺激する。


「いただきますっ……!」

「はい、いただきます」


 両手をあわせ、食べる前の挨拶。

 リーナは待ちきれないようで、早々に串を手に取った。


「は、ふー……はぷっ」


 湯気を散らすのもそこそこに、焼きたてにかぶりつく。

 聞くまでもなく、きらきらした目から感想は伝わっているけれど、私は彼女が肉を飲み込み、言葉を作るのを待った。


「……おいしいっ!」

「それは良かった……はむ」


 聞きたい言葉が聞けたので、安堵しつつ私も食事をいただくことにする。

 肝臓、心臓、そして砂肝をふたり分に分けて串に刺して焼いただけだけど、新鮮な内臓は塩だけでも充分すぎるほど強い味を持ちながらも、臭みは無い。

 それぞれの部位の食感と味の違いもあり、シンプルながらも飽きが来ない食事だ。

 コカトリスはニワトリより大型で、当然内臓も多めにとれるため、一串とスープで充分にお腹は膨れるだろう。


「ん……ふはぁ、スープもおいしい。すっごくあったまるし……」

「ええ。外は夜風がありますから、染みますね」

「あと……なんだろう、ニワトリより、ちょっと味が濃い感じがする」

「家畜として調整したニワトリに比べると少しクセがあって、それが濃い味に感じるんでしょうね。新鮮なので、くさいと思うほどではないと思いますが……大丈夫ですか?」

「うん、すっごく美味しいよ!」


 汁物も骨からの旨味が強く出ており、塩を少なめにしていても充分なほど味が濃い。野菜の甘みとも、もちろん相性が良い。

 朝のスープよりも多めに入れた香辛料が全体をぴりっとまとめていて、身体の芯に熱が宿るのを感じられる。


「…………」

「……? どうしたの、シア?」

「あ、いえ……本当に美味しそうに食べてくれるなあって」

「だってほんとに美味しいもん。それに……またこうしていっしょにご飯が食べられるのが、嬉しいから」

「……そうですね。私も、同じ気持ちですよ」


 言葉に嬉しさを覚えつつ、私はリーナが美味しそうに食べるのをじっくりと眺めながら、自分の分を味わった。

 朝ご飯用にとしてスープを少し残して、串焼きは食べきってしまう。串は木製なので、食べたあとはそのまま焚き火に放り込んでしまえば片付けの必要はない。


「はふー……美味しかったぁ……ごちそうさまっ」

「朝と同じで、塩と香辛料だけの簡単な料理ですが、喜んでくれて良かったです」

「簡単じゃないよ、ボクだったらぜったいこんなに美味しく作れないもん」

「……ありがとうごいざます。リーナの魔法で荷物を増やせそうですから、町についたら旅の道具以外にも調味料や調理器具を買い足してみましょうか」

「うん。なんでも買ってくれていいよ」


 上機嫌に笑いながら、リーナは食後のお茶を飲んでいる。

 ぱちぱちと炎の中で枝がはじける音を聞きながら、私は彼女を見た。

 澄んだ宝石のような、紫色の瞳と目が合う。


「…………」

「…………」


 お互いの視線があって、しばし無言になる。

 リーナはお茶のカップを握ったまま、ふへ、と顔を緩ませた。

 信頼のこもった、柔らかな笑顔だった。


「……リーナ」

「ん……なぁに?」

「改めて、すみません。あのとき……二十年前、みんなに一言もかけずにいなくなって」

「……良いよ。理由は、なんとなくだけど分かってるから」


 きっと、彼女が思っていることは当たっている。

 だから今、敢えて説明するまでもないことなのだろう。それくらいには、彼女は私のことを分かってくれている。

 それでも私は今、謝らなければと思っていた。機会があるときに言っておかなければ、この申し訳なさがうやむやになってしまうと思ったから。


「……私だけが、『目的』を見つけられなかったのが、怖かったんです。魔王を討伐して、世界が平和になって……リーナたちが新しい目標を見つけていく中で、私だけが」

「あのふたりはともかく……ボクは王様に、世界を豊かにするために魔法をもっと広めてくれって無理やり引き留められて、しぶしぶ引き受けただけだけよ?」

「違うんです。それだけじゃなくて……私はどこかで……みんなとの旅が終わってしまったことを、名残惜しく思ってしまったんです」


 魔王を討伐し、世界に安寧を生み出した。

 誰もが喜び、祝うべきときに、私はそれを素直に受け取れなかった。


「これで旅が終わってしまうなら、もう少し世界の危機と闘っていたかったなんて……身勝手なことを、考えてしまったんです。みんなの事情も、世界の大変さも……『魔王』のことだって、知っていたのに」


 まるで日が暮れても家に帰りたくない子供みたいなことを、考えてしまった。

 そんな私にとって、新しい目的へと向かっていく仲間たちは、ひどく眩しく見えて。

 新しい『目的』の、『次の行き先』のない私はなにも告げられず、ただ離れることしかできなかったのだ。

 そうして、二十年という月日すら忘れるほど想い出だけに浸って生きてきたのだから、情けない話だ。


「…………ごめんなさい」


 申し訳ない気持ちで、私を下げた。

 呆れられてしまうかもしれないという怖さに、自然と両手指に力が入る。

 リーナはきっと分かってくれていて、私を責めないだろうとも思っているのに、恐怖感がなくならない。


「……ねえ、シア」

「……はい」

「それ、ぜんっぜんふつーのことだよ」

「へ……?」


 慰められるのでも、許されるのでもない。

 自分の弱音をあっさりと肯定されて、私は面食らった。

 驚いて顔をあげると、リーナは優しく微笑んでいた。


「たしかにあの旅は、大変で……魔王を倒して世界が平和になったんだから、無事に終わって良かったんだと思うよ」

「は、はい……」

「でも……楽しかったよね」

「っ……はい」

「うん。簡単じゃなくて大変だけど、みんなと旅をするのは楽しかった。そんなに楽しかったことが終わってしまうんだから……寂しくて、当たり前じゃない?」

「あ……」

「その上で、ボクたちにはやることがあって……でもシアにはそれが見つからなかったから、ええと……自分だけ就活うまくいかなくて居心地悪いな、みたいな気持ちになっただけでしょ? 別にへんなことじゃないって」

「……ぶふっ」

「ちょ、なんで笑うのさ」

「いえ、就活って……そんな言葉がリーナから出てくるとは思わなくて……」


 ほっとした気持ちと、予想外の表現に、つい噴き出してしまった。


「魔法を広めるために教育機関をつくって、そこの学園長なんて大仰な仕事を二十年もしてたからね、ちゃんと常識濃度はあがってるよ」

「……そうみたいですね」


 見た目こそあの頃のままだけど、リーナは確かに変わった。それも、良い方向に。

 魔王討伐の旅では一番常識知らずで、問題行動も多かった彼女が今、とても頼もしく思える。


「それに……ボクだって、謝らなきゃいけないんだから」

「え? リーナが謝るようなことは、なにも……」

「ううん。いつか連絡が来るだろうとか、今はそっとしておいてあげようとか思って、いなくなったシアを探さないままで……気がついたら二十年も会えなかったんから。もっと早く探して、こういう話をするべきだった。ごめんね、シア」

「……それならやっぱり、リーナは悪くありませんよ。だって私が勝手にいなくなったんですから」


 本当は二十年前に、もっと相談するべきだったのだ。

 リーナだけではなくあのふたりも、きっと当たり前に私を受け入れてくれた。

 一緒に旅をして、信頼している相手だからこそ、変に遠慮をしてしまったのが、私の一番の間違いだったのだろう。

 すっきりとした気持ちとともに、指先の緊張が抜けていく。

 もう、恐怖はどこにもなかった。


「……ありがとうございます、リーナ」

「お礼を言われるようなことはしてないよ。でも……今度は勝手に、いなくならないでね」

「分かりました。約束、ですね」


 少しだけ寂しそうな顔をされて、かつての自分のやらかしを改めて自覚する。

 今度はもう、彼女の前から勝手にいなくなるようなことはしないようにしよう。


「……ところで、これは単純な疑問なんですけど」

「ん、どうしたの?」

「どうして、私を旅に誘ってくれたんですか? 朝も言いましたけど……旅をするなら、ラッセルやスタンを誘ったほうが安全でしょう。なんなら、あのふたりさえ良いのならまたみんなで旅をしても良いと思いますし」


 ともに魔王を討伐した、世界最強の魔法使いであるリーナの実力は、今更疑うまでもない。

 それでも彼女は後衛で、旅をするなら頼れる前衛を誘った方が無難だろう。

 疑問を改めて口にすると、リーナはお茶のカップを地面へと置いて、


「朝も言ったとおりだよ。ボクはシアといっしょがいいの。むしろ、シアとふたりっきりが良いの」

「……それは、どうして?」

「……わかんない?」

「ええと……すみません、分からないです……」


 リーナのことはよく知っているつもりだけど、さすがに心のすべてをお見通しというわけではない。

 素直に分からないと伝えると、リーナは少しだけ時間をおいて、


「……ボクがシアのこと、一番好きだから」

「へ……」

「あのふたり……スタンとラッセルのことだってもちろん好きだけど、シアは特別なの。だから……シアとふたりっきりで、旅がしたかったんだよ」

「っ、あ、えと、その……」


 リーナが真剣な目で、まっすぐにこちらを見てくる。

 まるで愛の告白のような雰囲気に、自分の体温がぐっとあがるのを感じた。

 どう返事をすればいいのか分からず、私は呼吸と言葉につまってしまう。


「……そういうことだから。じゃ、ボクはお腹いっぱいになったから寝るね」

「へ、り、リーナ、ちょっと……」

「魔物よけに、ちゃんと魔法で結界つくってあるから、見張り番は大丈夫だよ。……おやすみ」


 予想外の言葉に動揺している間に、リーナは毛布にくるまってしまった。


「え、ぇ、えぇぇえ……」


 さきほどのリーナの言葉が、『どういう意味』なのか。

 まだ眠りについていないであろう本人に問いただす勇気も無く、私はただ口をあわあわさせるしかないのだった。

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