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☆内緒にしてね

「へ……?」


 首を傾げつつも、リーナは私が向いている方へと視線を向ける。


「……うわ、羊が石になってる!?」


 見たとおりのことを、リーナが叫んだ。

 そう、村の大事な家畜である羊たちが、石化しているのだ。

 リーナが事態を理解すると同時、周囲から悲鳴が聞こえてきた。

 村人たちが異変に気づき、騒ぎになりはじめている。


「石化の魔法……おそらくコカトリスですね。普段は森から出てこないはずですが……」

「……もしかして、転移のせい?」

「ええ、転移の魔法で起きた空気の変化に驚いて、何匹かが森から逃げたんでしょう。コカトリスは臆病で、魔力の乱れにも敏感ですから」


 大型の鶏のような姿をした魔物、コカトリス。

 臆病な性格で、自分より大きな生き物に襲いかかることはほとんどない。

 しかしコカトリスは自分が襲われると、魔法を使って相手を石化させるという厄介な性質も持つ。

 手を出さなければ無害だが、狩ろうとするとかなり面倒な魔物だ。


 リーナの転移によって空気が乱れたことで、驚いて森から逃げ出したのだろう。

 そして逃げた先に人里があったことでさらにパニックとなり、防衛として石化魔法を使ったというところか。


「……仕方有りませんね」


 こんな片田舎の村で暴れられたら、村人たちでは対処が難しい。

 やるべきことをするべく弓を手に取ったところで、リーナが隣に立った。


「ボクが原因だし、責任取らないとね」

「私にも非があります。森の生態系は把握していたのに、こうなることを想像できていませんでしたから」


 転移魔法で空気が乱れ、野鳥たちが騒いだ時点でここまで予測するべきだった。

 二十年という月日で危機感の低くなった自分を反省しつつ、私は視界を確保するためにフードを頭から外す。

 そのまま矢筒へと手をかけようとしたとき、くい、と外套が引っ張られた。


「シア、ボクがいるんだから『矢』は必要ないよ」

「……そうでしたね」


 ひとりでの狩りではなく、今は隣に彼女がいる。

 勢揃いとはいかないけれど、魔王をいっしょに倒した頼れる魔法使いだ。

 私は矢を手に取ることなく、ただ弓弦を引き絞った。


「数、分かります? 私から見えている分だと五匹なんですが」

「村の中で魔物っぽい魔力は七だね、たぶんシアに見えてない二匹は家の裏とかだと思うから、こっちでやっておくよ」

「……家や土地ごと吹き飛ばしちゃダメですよ?」

「ボクだってそれくらいの分別はあるよ。……二十年前なら分かんないけど、ね」


 軽いやりとりをしつつ、リーナが持っている杖を掲げる。

 一呼吸を置いて、私の指先に光が宿った。

 輝きはそのまま矢の形を取り、確かな質感を感じる。


「ふ……!」


 既に、狙いはつけている。あとは指を、離すだけだ。

 ひ、と風切り音を鳴らして、魔力の矢が突っ走る。

 狙った通りの起動で、光が魔物の急所を貫いた。


「……さすが、腕は落ちてないね」

「狩人としてはずっと現役でしたからね。次、お願いします」


 返事は言葉ではなく、指先の感触として現れた。

 リーナが生み出してくれる魔法の矢を、私はふたたび弓へとつがえ、


「っ……!」


 そこからはもう、流れ作業だ。

 二射、三射と重ね、近場のものから順番に射貫いていく。

 私が目に見える場所にいるコカトリスを狩っている間に、リーナが魔法で隠れている分を処理し、家畜たちの石化を解いていく。

 お互いの役割を果たすことで責任として、私たちは被害を最小限に抑えた。


「……ふぅ」


 二十年ぶりの、リーナとの共同作業。

 とはいえ戦闘をしたという感覚はなく、気分的には狩りの延長に等しい。

 それくらいにはコカトリスは、私たちにとって危険とは言いがたいものだった。

 かつて、『魔王』に率いられていたときならともかく――ただの『魔物』に、今更遅れを取ることはない。


「とりあえずこれで、迷惑はあんまりかけずには済んだかな?」

「ええ。多少騒ぎにはなってしまいましたが……人や家畜の命がなくなるようなことは、さけられたでしょう」


 危険ではない、というのはあくまで私たちにとっての感想で、ふつうの人にとってコカトリスは充分すぎるほどに脅威だ。

 石化魔法は解除が難しく、そのまま放置していれば家畜の被害は大きかったし、最悪村の人たちも石化させられていただろう。


「ん……」


 ほっとした気持ちで弓を降ろし、射撃のために張った気持ちを落ち着ける。

 背後には、知っている人の気配があった。騒ぎになったことで、出てきてしまったのだろう。


「あ、赤い目で、弓使いのエルフ……お姉さんたち、もしかしてほんとに……」

「……さすがに、憧れて格好を真似ているだけのファン、では通りませんよね」


 息を切らせてこちらを見るのは、店番の少女。

 さすがにこの状況で、言い訳はきかないだろう。

 彼女の愛読書である勇者と仲間たちの旅を記した書物には、当然私のことだって載っているのだ。緋色の瞳で弓を使う、とあるエルフのことが。

 どうしたものかと思っていると、隣にいたリーナが帽子を外して、


「ほいっ」

「わぷっ……ま、魔女、さま?」

「それ、あげる。だから……今だけ、内緒にしてね? 友達ふたりで、静かに出て行きたいんだ」

「っ……!」


 少女の頭に帽子をかぶらせて、リーナは微笑む。

 嬉しさと驚きの混じった表情で何度も頷く少女に、ありがと、と声をかけ、彼女は私の手をとった。


「行こっか、シア!」

「……良いんですか、帽子あげちゃって」

「どうも誰かさんの本のせいで、かぶってる方が目立つみたいだし。それに……シアならどんな人混みでも、ボクのこと見失わないでしょ?」

「それは……ええ、もちろんです」


 目には自信がある。まして大事な仲間のことを、見失うはずがない。

 手を握り返すと、リーナは満面の笑みで私の前に出る。

 私は荷袋を拾い、編み上げた銀の髪が揺れるのを追いかけるように歩き出した。


「……あ。せっかくですからそこの一匹だけ、コカトリス持って行きましょうか」

「ん、りょーかい。ちょうど良くお肉が手に入ったね!」

「ええ。経緯は反省しなくてはいけませんが……食料は大事ですからね」


 不慮の事故とはいえ、狩った側の責任もある。

 一匹だけもらい、残りは村人たちに残していこう。

 コカトリスは気軽に狩猟できるようなものではなく、その肉が美味しいことは一般的にも知れ渡っているので、騒動のお詫びとしては充分のはずだ。

 自分たちに必要な分だけを回収して、私たちはひっそりと村から出て行った。

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