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☆懐かしいやつですよ

「…………」


 投げかけられた言葉の意味を理解しつつも、私はすぐに返事ができなかった。

 それは嫌な気持ちではなく、驚きと嬉しさが入り交じってしまった結果だ。

 まるで迷っているところに手を差し伸べられたかのような、戸惑いと喜びがないまぜになったような気持ち。


「あ……ごめん、迷惑だった?」


 不意打ちをくらったように動きを止めた私を見て、リーナが表情を曇らせる。

 反応が遅れたことで、誤解を与えてしまったらしい。私は慌てて首を振って、


「いえ、少しびっくりしただけです。その、なにか困ったことでもありました?」

「あ、ううん。別にどこかで魔王みたいな存在が出たとか、魔物の大軍が出たとかじゃなくて……シアといっしょに、どこかに行きたいなって思って」


 リーナの目はまっすぐで、それだけで嘘をついていないことは充分に理解できる。

 ふたたび世界の危機が訪れたのではなく、ただ私と旅がしたい、という彼女の言葉は本当なのだろう。

 ただひとつ分からないのは、どうしてそんな希望が出てくるのか、ということ。


「……私で、良いんですか? 旅の道連れということなら、あのふたり……『勇者』や『騎士』のような前衛の方が頼れると思いますが」


 魔女という通り名が示すとおり、リーナは魔法使い。

 そして私は、かつての戦いでは弓矢を扱っていた。

 旅がしたいというのなら、前衛を連れて行った方が安全だろう。

 私が口にした疑問に対して、リーナはずいっと身を乗り出して、


「前衛とか後衛とか頼れるとか頼れないとかじゃなくて、ボクはシアといっしょがいいの」

「あ……」


 唐突に近くなった距離と、真面目な表情に、心臓が跳ねた。

 実に二十年ぶりに聞く、彼女からの真剣な頼み事。


  ……弱いんですよねえ。


 旅をしているときから、私は仲間のお願いごとというものに弱い。

 いろいろと思い出しつつも、私の口は自然に動いていた。


「……分かりました。リーナがそう言うなら、喜んで」

「やった……!」


 はじけるようなリーナの笑顔を見るだけで、私の顔もほころぶ。

 我ながら簡単なものだと思うけれど、それくらいには彼女は私の中で大事なひとだ。

 二十年放っておいたという負い目もあるし、お願いのひとつふたつ、いや十個二十個くらいは聞いてあげるべきだろう。

 どうせ今の私には、やることも無いのだから。


「では、まずは食事をとって、それからの出発で良いですか?」

「へ、そんなにすぐで良いの?」

「問題ありませんよ。ちょうど備蓄も減っていて、今作っている分を食べてしまえば、あとは持ち出せますからね」


 旅をするのには慣れているので、持って行くものに迷うことはない。

 必要そうな道具も普段から手入れをしているので、まとめるだけで出て行ける。

 腐るようなものも今は最小限で、そのまま持って行けば良いだろう。

 お手製の我が家への愛着はもちろんあるけれど、元々各地を放浪して過ごしていたので、動く気になればすぐに動けるのだ。


「……そろそろ、良い感じですかね」


 お茶の用意をしたり、話しているうちに、お鍋の中身が良い感じになってきた。

 具材を小さめにしたので火の通りが早かったこともあり、充分に食べられそうだ。

 いつも通りにつくったものなので、仕上げに味を調える必要はなく、ただ出来上がった料理をお皿によそってテーブルへと配膳する。


「偶然ですけど、懐かしいやつですよ」

「わ……『なんでも煮込み』だ!」

「ええ、なんでも煮込みです。……ようは適当料理ってことですけどね」


 あるものをなんでも入れて、そのときの気分のスパイスと塩で調味する、つまりは『余り物消化』用のメニュー。

 味にばらつきはあるけれど、そのお陰で飽きがこない料理だ。かつての旅の中で、何度もつくっていた料理でもある。


「まあ、今日は野菜と兎肉ですから、ふつーのお鍋みたいな味ですよ。よく分からないキノコとか食べられるかどうか分からない魔物のお肉とかは入ってません」

「あれはあれで、闇鍋感あって良かったけどね……いただきます」


 リーナは帽子を脱いで、両手をしっかりとあわせる。

 かつて、私が教えた食事前の挨拶を続けてくれていることを嬉しく思いながら、私は彼女が一口目を口に含むのを眺めていた。


「っ……美味しいっ!!」


 一口目を含んだ瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれ、そのまま笑顔になる。

 大げさだな、と思いつつも、その一言が嬉しい自分がいて。


 ……ああ、これも二十年ぶりなんですね。


 誰かにご飯を食べてもらって、『美味しい』という言葉が聞けることも、ひどく久しぶりなのだと自覚した。


「そうですか、それは良かったです」


 ほっとした心地になりながら、私も匙を口に運ぶ。

 シンプルな味付けゆえ、素材の味がよく溶けたスープだ。根菜の甘さと香りがあり、兎の肉はさっぱりとしているけれど、それだけに野菜の味と喧嘩せずうまく調和を保っている。

 余り物を消化するための目分量料理とはいえ、長年料理をしてきた私にとっては想像通りの味。

 けれど今日はいつもより少しだけ、美味しくできたように思えた。


「なんだろう、毎回具材は違うから、味が違うはずなのに……シアの料理って感じがする。すっごく美味しいよ」

「大げさですね。王都暮らしなら、こんなに適当で素朴なものよりよほど良いものが食べられるでしょうに」

「確かにそうだけど……でも……」


 ぐ、と匙を握って、リーナは少しだけ言いよどむ。

 彼女は少しだけ視線をさまよわせると、真剣な目でこちらを見て、


「……王都は、今の世の中は確かに平和で、美味しくて綺麗なものがたくさんあるよ。でも、ボクは……みんなでいっしょに食べるシアのご飯が、一番美味しかったって今でも思ってる」

「……そう、ですか」


 意外、とは思わなかった。

 なぜなら私も、同じような気持ちだからだ。

 そうでなければ、何度もあの旅を思い出したりはしない。


「……では、これからは毎日一番美味しいご飯が食べられますよ。あの頃と同じように、私が料理番をしますから」

「あ……うんっ! 改めて、またよろしくね、シア!」

「ええ、こちらこそ。……おかわりありますからね」


 どうせ、余っても汁物なので持ち運びには不便なのだ。この一食で食べきってしまう方が良いだろう。

 目を輝かせながらスープをがっつき始めたリーナを眺めつつ、私はのんびりと匙を動かすのだった。

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