「いやあ、もう二十年も経ってたんですね」
「純血エルフは時間感覚がゆるやかっていうけど、限度があるでしょ……?」
「森の奥で暮らしてると、日付なんてあんまり気にしませんからね。季節が何回めぐったか、とかも……まあ、生活を続けてるとどうでもよくなるというか」
「うーん、そういうもの、かなあ……」
相手を抱き留めたままで、私は五年、ではなく二十年ぶりの友人と会話を続ける。
リーナの体重は軽く、エルフの私でも全然余裕で抱いていられるようなものだ。
「まあボクも年は取らないけどさあ……よ、っと」
満足したのか、リーナは私の腕から抜けて、森の地面へと着地する。
「……そういえば見た目、全然変わっていませんね」
「ボクは『魔女』だからね、純血エルフと同じくらい老けないよ。……お陰で身長も伸びないけど」
長く、編み上げた銀色の髪は煌びやかで、紫の目は意志の強さを宿して輝いている。
真っ白な肌は雪の妖精のようでもあり、幼くも整った顔と合わせて、よくできた美術品のようですらある。
少女にしかみえない小さな身体をぶかぶかのローブに包むことで本人は威厳を出しているつもりだけど、私からみるとお遊戯会みたいで微笑ましく見えてしまうところも相変わらずだ。
純血のエルフである私と同じように、時間の流れをほとんど受けていない、この世界でただひとりの『魔女』。
それが私の旧友、魔女のリーナだった。
「……シアは、あれから二十年、ずっとここにいたの?」
シア、という愛称を何度も呼ばれて、懐かしく感じる。
ひとりで暮らしている間はほとんど人と関わらず、最低限の付き合いすら名前を明かさずに行っていたので、そう呼ばれるのは本当に久しぶりだった。
「そうですね。『魔王』討伐のあとは、ずっとここに。エルフの私としては、良い感じに自然が多くて過ごしやすい場所ですから」
「そっか……急にどこかにいなくなっちゃったから、びっくりしたよ。ボクも、もちろんあのふたりも」
「う……」
「せめてどこに行くかくらいは言うべきでしょ、旅してるときにそういう連絡に一番うるさかったのシアなんだから」
「……すみません」
返す言葉もないので、素直に謝罪する。
彼女の言うように、仲間たちに一言もかけずにいなくなるのは今思えばあまり良いことでは無かった。
たとえそれが、自分なりに思うところがあったからだとしても。
「まあ、こうして見つかったから良いんだけど……ん」
くう、とリーナのお腹が可愛らしく鳴った。
久しぶりに聞く、自分以外のお腹の音だった。
「お腹、すいてます?」
「えっと……ほとんど思いつきみたいな感じで家を出てきちゃったから、ご飯食べてなかった」
「それはいけませんね。せっかく来たんですから、ご飯作りますよ」
「……良いの? 急に押しかけたのは、ボクの方なのに」
「構いませんよ。リーナであれば、いつでも歓迎ですから」
黙って仲間たちの前から消えたのは本当だけど、それは仲間たちが嫌いになったというわけではない。
会いに来てくれた旧友を追い返すようなことをするつもりはないし、むしろこうしてわざわざ探してくれたのは嬉しいと思う。
ぱあ、と顔を明るくしたリーナを、私は自宅へと招き入れた。
「ん……あ、シアの匂いする」
「えっ、においますか?」
「あ、ええと、いや、臭いんじゃなくて。懐かしいなって」
「ああ、そういうことですか……」
良かった、ひとりでいるせいで掃除が雑になってる、とかではなかったみたいで。
「というか凄いしっかりした家だけど、これぜんぶ手作り……?」
「ええ、お手製ログハウスですよ。エルフは時間だけは有り余ってますからね」
必要な分だけ森から恵みを貰ってくみ上げた、木製の家。
家具やかまども自家製で、自慢の我が家だ。
やってきた友人をもてなすべく、私は汲んできた水をお鍋に入れる。
もともと夜の分まで作るつもりだったので、量は十分だった。
「少し待っていてくださいね、手早く作りますから」
「あ、ゆっくりで良いよ。待てないってほどじゃないもん。むしろ久しぶりだし、折角ならちゃんとしたご飯が食べたいな?」
「……分かりました、そういうことなら」
予定を変更してスープを簡易なものにし、あとは手早く焼き物でもと思っていたのだけど、最初に考えた通りのものにしよう。
食材をストックしてある木箱から根菜をいくつか取り出して、皮を剥く。剥いた皮は森では肥料になるので、別でまとめておく。
火が通りやすいように少し小さめに根菜とお肉を切り、お鍋の中へ放り込む。お肉は数日前に狩ってきた兎のものだ。
鍋に少量のスパイスを数種類と、塩を入れて味を決めれば、あとは待ち時間。吹きこぼれない程度に、火の様子を見るだけ。
「…………」
「……心配しなくても、あなたが苦手なものは入れてませんよ。二十年の月日は忘れても、そこは忘れません」
「あ、ううん。そのへんはぜんぜんまったく心配してないんだけど……シアが料理してるの見るの、すっごく久しぶりだから」
「あ……なるほど」
懐かしいと感じているのは私だけではないらしい。
久しぶりの視線はそわそわするけれど、旧友のものなら嫌な感じはしない。
私は火加減を見るためにかまどの側に立ったまま、リーナの方へと振り返った。
「ところで……どうして、私のところに? アレは良かったんですか、ええと……魔法を学べる場所を作る、でしたっけ、王様たちに頼まれていたやつ」
「アレならもう充分にボクがいなくても回るようになったし、そもそも王様たちの頼みだったから断り切れなくてしぶしぶやってただけだもん。もう引退だよ、引退」
ひらひらと手を振りながら、いかにも面倒そうな感じの声が返ってくる。
性格の変わらない相手に安心を感じつつ、私はスープとは別でお湯の準備をはじめた。
料理が出来上がるまでは時間があるので、客人にお茶でも淹れよう。
「それで、一段落して手が空いて私を探しに?」
「そうだよ。だって二十年も手紙ひとつよこさないんだし、心配くらいするでしょ」
「……まあ、そうですよね。すみません」
「良いの。探すのは大変だったけど、こうして会えたし、一回文句言ったからもう許す。……理由も、なんとなくは分かってるし」
「……敵いませんね」
あえて口にする必要は、無いのだろう。
私が仲間たちのことをよく知っているように、仲間たちだって私のことをよく知っている。
身の上話なんて何度もしたし、想い出もたくさんつくった。
なんなら二十年間連絡のひとつもよこさない私を今日まで探しに来なかったのも、気遣いのひとつですらあるかもしれない。
ありがたさと居心地の悪さを半分ずつくらい感じているうちにお湯が沸く。
私は出来上がったばかりのお湯をポットに注ぎ、茶葉を踊らせた。
沈黙の時間は茶葉の香りで埋まり、やがて出来上がったお茶をカップへと注いだ。
「はい、あったかいものどうぞ。火傷に気をつけて」
「あ、あったかいものどうも。ふうぅ……」
リーナはちいさな手でカップを持ち、可愛らしく息を吹きかける。
久しぶりに見る微笑ましい姿を見ながら、私はゆっくりと自分で淹れたお茶を飲む。
「ん……わ、美味しいね、コレ」
「薬草茶です。このあたりで採れるものを何種類か乾燥させて、私好みの味になるようにブレンドしました」
はっきりとした、けれど強くはなく爽やかに抜けていく香りと、それを引き立てる自然な甘み。
落ち着きたいときや食事と合わせるのにはぴったりな、私のお気に入りのひとつだ。東の国にある、『緑茶』というものを参考にしている。
気に入ってくれたようで、リーナは紫色の瞳をきらきらと輝かせながら、お茶を飲んでくれている。これは、おかわりの用意もしておいたほうが良いかもしれない。
「はふ……ねえ、シア」
「はい、なんですか?」
追加用の茶葉を戸棚から取り出しているところに、リーナから声がかかる。
返事をしつつ振り向くと、彼女は真剣な顔で、
「もう一度、旅に出ない? 今度は、ふたりで」
「へっ……?」
朝、少しだけ考えたこと。
それと同じことを旧友が口にして、私は固まってしまった。