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第28話 発見


「どうせいるのでしょう? 巫女と犯罪者。……いえ、この呼び方は間違っているわね。こうなってしまっては、いよいよどちらも薄汚い犯罪者で見分けがつかないもの」


 どこともなく呼びかけたドロテア様の声が石レンガに反響する。

 私たちは粗末なベッドの下で、泥に塗れながら息を潜める。


「……癪だが今の状態を考えれば薄汚いというのは否定できんな」


 ぴったりとくっついた背中越しにヤトの声が伝わる。

 お腹に回された手が泥の冷たさを遠ざけてくれるけど、私はそんなことより彼の緊張感のなさの方が引っかかった。


「……そんなこと言ってる場合じゃないでしょ⁉ どうにかしないと……っ!」

「この状況でできることなどないだろう。精々祈ることだな」

「自称リュージンサマにそう言われちゃったら祈る相手もいないけどね!」

「あなたたち、何をしているのかしら」

「ッ!」


 ドロテア様の声に慌てて口を噤む。


「まったく、いちいち言われないとわからないのかしら。ぼうっとしてないで侵入者を探しなさい。あの者たちは必ずここにいるはずよ」

「……ふぅ」


 どうやら気づかれたわけじゃないみたい。

 一瞬安堵しかけるけど、悠長にしてる場合じゃない。

 通路から漏れるいくつもの光が忙しなく動き始めた。

 ドロテア様の引き連れてる使用人が私たちを探し始めたらしい。


 どうしよう。

 このままだと間違いなく見つかる。


 頭を最大限回転させる。

 周囲には何がある?

 壁、床、ベッド……泥。


 ――駄目だ。何も思い浮かばない。


 湿気でひどく劣化してる壁は時間をかければ崩せそうだけど、とても間に合いそうにない。

 打開策なんて思い浮かばない。

 だってここは牢獄だ。

 家主の意向にそぐわない人間を捕らえるための場所。

 窮地を脱するような都合のいい物なんてあるわけがない。

 牢屋の扉の開かれる音に追い立てられる。


 どうするどうするどう――?


 ふと。

 ちょうど手を伸ばせば届く位置、床にへばりつく泥の中に。

 揺れる光に合わせてチカチカと輝く何かが目に入る。


「……」

「おい、気づかれるぞ」


 ベッドの下から手を伸ばして、桃色に光るそれへ手を伸ばす。

 明らかに泥とは違う手ごたえは、ぽこっと膨らんだ一部を除いて薄く硬い。


「――」


 私には、その感触に覚えがあった。

 つい数時間前。

 同じ形、同じ大きさのそれに私は触れてる。

 予感とともに、それを握り込んだ拳を開く。


 手のひらに収まってるのは、桃色の鉱石がはめ込まれた髪飾りだった。


「――ッ!」


 自分が着てる服、胸の辺りをぎゅっと握りしめる。

 同じ感触が返ってくる。


「……はは、そう。そういうこと」

「キリノ……?」


 頭が沸騰する。

 全部全部吹っ飛んで、赤くなる。


「どうしたキリノ。何を見つけた?」

「ヤトは、ここにいて」


 ベッドの下から這い出る。

 どうせ見つかるのは時間の問題なのに、身を縮めてみすぼらしく隠れてるなんてバカらしい。

 震え、脅えるべきなのは向こうじゃないか。


「おいキリノ……!」

「静かにしてて」


 牢の扉を開き、通路へ出る。

 いくつもの光源に晒され、我知らず見開いてた目が焼かれる。


「へえ、やっぱりあなただったのねぇ。龍巫女」

「……」

「それにしてもまさか自分から出てくるなんて……追い詰められていく緊張感に耐えられなかったのかしら? 確かにあなたって見るからに小者っぽいものねぇ」

「……」


 逆光の中でもドロテア様の嘲笑に歪む口はなぜかよくわかる。

 使用人に捕らえさせることもせず、延々とイヤミを垂れ流す。

 どうやらこの女はお喋りがご所望らしい。


「汚れに塗れて汚らしいその姿、こそこそ嗅ぎ回るネズミらしくてお似合いよ?」

「……」


 べらべらとよく回る舌だと感心するくらいだ。

 でも、ちょうどいい。

 私の方も聞きたいことがある。


「どうせならもっと上手くやるべきだったのではなくて? まあ、未熟なあなたじゃどうしたらいいかなんて思いつか――」

「……ど……た……」

「あら、何か言ったかしら? 声が小さくて聞こえなかったわ」


 大げさに耳に手を当ててくる目の前の女に、私はさっき泥の中から拾い上げたそれを突きつける。


「……私のお母さんを、どこへやった?」


 泥濘に塗れた、お母さんの髪飾りだった。




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