「どうせいるのでしょう? 巫女と犯罪者。……いえ、この呼び方は間違っているわね。こうなってしまっては、いよいよどちらも薄汚い犯罪者で見分けがつかないもの」
どこともなく呼びかけたドロテア様の声が石レンガに反響する。
私たちは粗末なベッドの下で、泥に塗れながら息を潜める。
「……癪だが今の状態を考えれば薄汚いというのは否定できんな」
ぴったりとくっついた背中越しにヤトの声が伝わる。
お腹に回された手が泥の冷たさを遠ざけてくれるけど、私はそんなことより彼の緊張感のなさの方が引っかかった。
「……そんなこと言ってる場合じゃないでしょ⁉ どうにかしないと……っ!」
「この状況でできることなどないだろう。精々祈ることだな」
「自称リュージンサマにそう言われちゃったら祈る相手もいないけどね!」
「あなたたち、何をしているのかしら」
「ッ!」
ドロテア様の声に慌てて口を噤む。
「まったく、いちいち言われないとわからないのかしら。ぼうっとしてないで侵入者を探しなさい。あの者たちは必ずここにいるはずよ」
「……ふぅ」
どうやら気づかれたわけじゃないみたい。
一瞬安堵しかけるけど、悠長にしてる場合じゃない。
通路から漏れるいくつもの光が忙しなく動き始めた。
ドロテア様の引き連れてる使用人が私たちを探し始めたらしい。
どうしよう。
このままだと間違いなく見つかる。
頭を最大限回転させる。
周囲には何がある?
壁、床、ベッド……泥。
――駄目だ。何も思い浮かばない。
湿気でひどく劣化してる壁は時間をかければ崩せそうだけど、とても間に合いそうにない。
打開策なんて思い浮かばない。
だってここは牢獄だ。
家主の意向にそぐわない人間を捕らえるための場所。
窮地を脱するような都合のいい物なんてあるわけがない。
牢屋の扉の開かれる音に追い立てられる。
どうするどうするどう――?
ふと。
ちょうど手を伸ばせば届く位置、床にへばりつく泥の中に。
揺れる光に合わせてチカチカと輝く何かが目に入る。
「……」
「おい、気づかれるぞ」
ベッドの下から手を伸ばして、桃色に光るそれへ手を伸ばす。
明らかに泥とは違う手ごたえは、ぽこっと膨らんだ一部を除いて薄く硬い。
「――」
私には、その感触に覚えがあった。
つい数時間前。
同じ形、同じ大きさのそれに私は触れてる。
予感とともに、それを握り込んだ拳を開く。
手のひらに収まってるのは、桃色の鉱石がはめ込まれた髪飾りだった。
「――ッ!」
自分が着てる服、胸の辺りをぎゅっと握りしめる。
同じ感触が返ってくる。
「……はは、そう。そういうこと」
「キリノ……?」
頭が沸騰する。
全部全部吹っ飛んで、赤くなる。
「どうしたキリノ。何を見つけた?」
「ヤトは、ここにいて」
ベッドの下から這い出る。
どうせ見つかるのは時間の問題なのに、身を縮めてみすぼらしく隠れてるなんてバカらしい。
震え、脅えるべきなのは向こうじゃないか。
「おいキリノ……!」
「静かにしてて」
牢の扉を開き、通路へ出る。
いくつもの光源に晒され、我知らず見開いてた目が焼かれる。
「へえ、やっぱりあなただったのねぇ。龍巫女」
「……」
「それにしてもまさか自分から出てくるなんて……追い詰められていく緊張感に耐えられなかったのかしら? 確かにあなたって見るからに小者っぽいものねぇ」
「……」
逆光の中でもドロテア様の嘲笑に歪む口はなぜかよくわかる。
使用人に捕らえさせることもせず、延々とイヤミを垂れ流す。
どうやらこの女はお喋りがご所望らしい。
「汚れに塗れて汚らしいその姿、こそこそ嗅ぎ回るネズミらしくてお似合いよ?」
「……」
べらべらとよく回る舌だと感心するくらいだ。
でも、ちょうどいい。
私の方も聞きたいことがある。
「どうせならもっと上手くやるべきだったのではなくて? まあ、未熟なあなたじゃどうしたらいいかなんて思いつか――」
「……ど……た……」
「あら、何か言ったかしら? 声が小さくて聞こえなかったわ」
大げさに耳に手を当ててくる目の前の女に、私はさっき泥の中から拾い上げたそれを突きつける。
「……私のお母さんを、どこへやった?」
泥濘に塗れた、お母さんの髪飾りだった。