「なん、で……? どうしてですか……っ?」
手を引かれる。
ヤトがヤタロウさんと私の間に立つ。
「……ヤタロウ。この状況、さすがに口下手では済まないと思うが」
冷たいくらいに冷静かつ獰猛な言葉に、ヤタロウさんは目を細めるだけだった。
「話せ。内容によっては殺す」
「や、ヤトッ! 殺すなんて……っ」
「キリノ、目を逸らすな。十分その選択も視野に入る状況だろうが」
「――ッ」
処刑が早まるリスクを承知で、今日この場へ赴いた。
わかってる。
けど。わからない。
「……ヤタロウさん。騙したんですか?」
「……」
「嘘。嫌いじゃなかったんですか? 私が嘘吐いたから、自分もってことですか?」
「……」
「何か、言ってください!」
ヤタロウさんは苦悶に満ちた顔をするばかりで口を開かない。
何を言うべきか悩んでるようにも見えるけど、もう私にはこの人のことがわからない。
何か事情があるの? なら言ってくれれば――
はぁ。
横からため息が割って入る。
今まで黙っていた使用人の女だった。
「話になりませんね。やはり私の方から――」
「待て。自分で話すと言った」
「では早くしてください。こんなことをしている時間はないのでしょう?」
「……」
切れ長の瞳が今度はヤタロウさんに向けられる。
視線で急かされた彼は苛立たしげにがりがりと頭をかいた。
たっぷり時間を使って息を吸い、同じくらいの時間をかけて長々と吐き出した後、覚悟を決めたみたいに私たちを見た。
そして――
「こいつは……俺の恋人だ」
なんか言われた。
「は?」
「は?」
は?
「どうも。この甲斐性なしの恋人、侍従家系のユリと申します」
「は?」
「は?」
珍しくヤトが目を見開く。
多分私も似たような顔してる。
「この度はこの男から事情を聞き、お二人にご助力させていただく運びとなりました。不本意ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「そういうわけだ」
「えっと何から突っ込めばいいのか」
とりあえずヤタロウさん顔赤らめるのやめて。
なんか私の中のイメージが崩れそうだから。
「……ていうか恋人? でもユリさん、でしたっけ? あなた二十歳とかそのくらいですよね? 歳の差……」
「はぁ、これだから嫌だったのです」
まったく感情が見えないユリさんにため息を吐かれる。
「愛に歳の差は関係ありません。仕事をする彼の姿に惚れて、私から言い寄りました」
「そ、そうなんですか⁉」
「いざ付き合ってみればこの人、仕事以外ではまったくのヘタレでしたが」
「へえっ、へえ~!」
ユリさんからなんだ!
確かにヤタロウさんってそういうのに興味なさそうだもんね!
「え、お二人はいつから――」
「おいキリノ。色恋話に花を咲かせている場合か? なぜここにいる」
「あ、うん。そうだ……でしたね」
一足先に自分を取り戻したヤトに引き戻される。
いけないいけない。
こういう話をする機会なんて今までなかったから、ついつい引っ張られちゃった。
「ヤタロウさん、どうしてユリさんを? そもそもなんでこのことを前もって話してくれなかったんです?」
「……それは――」
「私からこうするよう提案しました。ここ数日やたら探りを入れてくるヤタロウさんを問い詰めたところ、今回の話をげろしましたので」
「……。事前に話さなかったのは俺じゃおまえらを説得できねえからだ」
「これも私からの提案です。この人の話術ではお二人の理解を得る可能性をひとひらも感じられなかったので」
「……あ~」
「どうやら納得いただけたようで幸いです」
「……むぅ」
確かに急によく知らない人を引き入れるって言われても、私は首を縦には振らなかったと思う。口下手なヤタロウさんの説明ならなおさら。……当の本人はちょっと不満そうだけど。
「あぁ、心臓止まったかと思った」
前に今回のことをお願いした時もそうだけど、ほんとにヤタロウさんはややこしい。
ふと横を見てユリさんがいた時は本気で終わったかと思った。
「おい。事情は理解したが、俺たちがその女をよく知らんということには変わりないのだがな。本当に大丈夫なのか?」
「問題ねえ。こいつは他の侍従のとは違う。信頼できるし口もかてぇ」
「ええ。おかげ様で身内からも厄介者扱いですのでご安心を。巫女様と同じですね」
「あ、あはは……」
もしかして厄介者扱いなのって、冷たい態度から飛び出す言葉の威力が原因なんじゃないかな~……。
「さて、交流はこの程度にして、本題に入りましょうか。巫女様が気になっているのは一階にある鉄扉と三階の書斎でしたね。ヤタロウさんから話は聞いていると思いますが、前者は他の使用人が定例で集まっているので、今向かうのは無謀な挑戦かと」
「だから先に書斎へ向かうんですよね」
「ええ。定例があるということは、逆にいえば他の場所は人の目が少ないということですので」
「わかりました」
「ユリだったな。人目が少ないといっても皆無ではないはずだ。具体的にどうやって書斎まで行けばいい?」
「こちらを」
ヤトの質問にユリさんは入口脇に置いてある配膳用の台車を指した。
清潔そうな白い布が敷かれ、その上に銀色の食器を載せた台車はしゃがめば私とヤトがギリギリ入れるかというサイズだ。
「この中に潜んでいただきます」
「……不満はあるが、まあいい。しかし階段はどうする? さすがにその台車は使えまい」
「ああ。それは――」
ふっ、と。
その時、初めてユリさんがほんの少し笑ったように見えた。
「私が合図しますので、見つからないように気合で移動してください」