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第13話 因縁の相手


 ヤトに村の案内をする。

 平穏な字面と反比例して私と、多分ヤトにとって大切な今後を占う一大イベントが始まった……んだけど。

 その案内役の私は今、監視役と被案内役の二人の後ろを黙々と歩いてる。


「き、今日もいい天気で何よりですわ。絶好のお出かけ日和ですわね」

「そうだな」

「えと、雨でしたらその素敵なお召し物が濡れてしまいますものね」

「これが素敵なのか?」

「え、ええ! 豪奢な飾りがない和装というのが逆にワビサビを感じますわ!」

「ほう、なるほどな。そういう考え方もあるのか」


 出発地である私の家は枝の根元に位置する祠の近く、つまり村の外れにある。

 だから今は村の中心、人がいる場所を目指して枝先側へ進んでるわけだけど。


「ええ、もちろん! わたくしも誇り高き貿易家系の一人娘。一見、うちの村の男たちと装いが似てるようで、その実まるで違うのがわたくしには一目瞭然です!」

「そうか。ならばおまえの村のソウタという男は趣味がいいのだな」

「え?」

「これは奴からもらい受けたものだからな」

「…………」


 う~ん、なんだかムズムズするやり取りだなぁ……。

 捉えどころのないっていうか噛み合ってない会話に堪えかねて私は辺りを見渡して気を逸らす。

 出発前と同じか、むしろ祠がない分もっと何もない、樹皮が人通りによってはげてできた道が広がってる。

 あとは前方に見える村以外、一面の樹皮と空ばかりで後はな~~~~~んにもない。

 野生の動物も虫か鳥くらいしかいないし、わざわざ紹介するよう珍しい種類がいるわけでもない。

 案内しようがないから私は今後ろでこうしてるわけで。

 だから無茶ぶりされても困るので、歩を緩めて私の方に来ないでくださいライヒ様。

 私の願い空しく、ライヒ様がヤトの背中をチラチラ気にしながら耳打ちしてくる。


「き、キリノ!」

「は、はい?」

「案内役だというのに、なんであなたが後ろを歩いているのかしら⁉」

「いえ、ライヒ様が率先してヤト様の腕を取って前へ進まれたので気を遣ったつもりだったのですが……」

「案内役というのならちゃんと務めを果たしなさい! 龍神様のいない今、それもあなたの立派な仕事でしてよ!」

「あの……はい、わかりました……」


 当然このお嬢様が私に配慮なんてしてくれるはずもなく。

 ライヒ様に気づかれないよう小さくため息を吐きつつ、入れ替わる形でヤトに並ぶ。


「キリノ、どうした?」

「いえ、案内役ならしっかりその務めを果たせと叱られてしまいまして」

「今何か見せられるようなものがあるのか?」


 ないよ。

 でも頼まれちゃったし。従わないと機嫌損ねちゃうし。

 まあ相手はヤトだし、適当に喋ってればいいか。

 私は遠目に見える村の塊から一個外れて建ってるものを指した。


「ヤト様、あれをご覧ください」

「ん?」

「あれは家です」

「……家だな」


 うん、すごく平屋だよね。


「わざわざ紹介するようなものか? 人間の住処くらいおまえのところに居候しているのだから知っている」

「村でも一般的な木造の一軒家ですね。あちらの家屋は見た目こそ古いですが、我が家と同じで世界樹を木材にしています。なので築年数が多分とんでもないことになっていますが、今でも頑丈さは健在で火事にもある程度耐性があります」

「火に強いのはおそらく世界樹に宿る魔力が膜となっているからだろう。短命な人間の住処としては破格だな」

「ええ、皆さん代々受け継がれた家を大事に使ってます」


 ヤトがふむふむと頷く。

 興味津々といった感じで、心なしかいつもよりもちょっと表情も豊かな気がする。

 こんなに関心持ってくれると、こっちとしても案内し甲斐があるってもんだよね。

 じゃあ次~。


「続きまして……あれが家ですね」

「……ん? ああ、見ればわかる。家の話はさっき聞いた」

「いえいえ。あっちのはさっきと違って見た目が新しいので、一般的な木材を使用しているのでまた別種です」

「……そうか」


 なぜかヤトが微妙な顔をしてる。

 なんでだろうね。全然わかんないや。


「見た目こそ新しめですけど世界樹素材よりも数段質が劣るので、きっとよく燃えます」

「……」

「ちなみに、なんですが……去年の豊穣祭で舞踊中に私が転んだ時、あの家に住む人に目の前でバカ笑いされたんですよねぇ……」

「おい、巫女?」

「冗談です。今のところ放火の予定はありません」

「今のところ……? まあどうでもいいが」

「いいんですね」

「ところでその一般的な木材とやらはなんだ?」

「どこかの村で木材用として植林しているらしく、それを輸入しています。世界樹を新たに加工するのは、現在だと厳しく制限されていますから」

「木の枝の上で木を育てているということか? 人間は時々妙なことを考えるな」


 あんまり気にしてなかったけど、よくよく絵面を考えるとシュールかもね。

 まあいいや、次々~。


「えーとでは続きまして、あそこに見えるのが家ですね」

「……おい待て」

「はい?」

「何かおかしくないか?」

「そうですわキリノ。一体どういうつもりですの?」


 今度は建築様式でも、とか考えてたら額に手を当てたヤトに止められたし、なんなら後ろで見てたライヒ様にまで物言いを入れられた。

 あー。

 真面目に受け答えするヤトが面白くてつい調子に乗っちゃった。

 巫女らしい振る舞いからもちょっと外れちゃってたかも。


「仮にも巫女ともあろう者がまったくもってあり得ませんわね!」

「えーとすみません。あまりにもお見せするものがなかったもので、ついおふざけを――」

「家を紹介するというのなら、わたくしの自宅に触れないなんてっ! 本当にありえませんわッ!」

「してしまい――……えー」


 怒りポイントそこなの?


「だいたいさっきから聞いていればあなたの家がちょっと世界樹素材なだけで偉そうに。だからなんだというのかしら!」

「あの……はい、スミマセン」


 表情を見るに、冗談で言ってるわけじゃないっぽい。

 いや、私に対して何かと張り合ってきたり突っかかってくるのはいつものこととして、そっちで怒られるのはさすがに想定外なんだけど。


「これだから出来損ないの巫女などと呼ばれるのです! もうあなたには任せておけません!」


 困惑する私の様子にも気づかず、どんどんヒートアップするライヒ様がビシッととある方向を指さした。

 その先には凡百な見た目の家が並ぶ中で一つ頭抜けて高い、明らかに毛色の異なる乳白色のご立派な建造物だ。


「ヤト様、あちらをご覧くださいませ!」

「ん、何かあるのか?」

「あちら、あの一際大きく、貴重な石がふんだんに使われた豪奢な建物が何かおわかりかしら⁉」

「……ここまでの流れで見当はつくが、一応聞いておこう」


「あれは、わたくしの、ハウスですわぁッ!」


 ハウスて。


「この村で家を紹介するというのならば、まず一番の目玉になること請け合いですのに。どうして触れないのか理解に苦しみますわね!」

「…………」


 謎の家責めを受け続けて黙り込んでしまったヤトを見てると、さすがに申し訳なくなってきた。

後ろからヤトの袖を引く。


「……ヤト、なんかごめん」

「……まったくだ。よくわからん悪ノリに付き合わされる身にもなれ」

「いや、ちょっとした冗談のつもりだったんだけど……ライヒ様、本気にしちゃってるっぽくて」


 まだ嬉々として自分の家がいかに素晴らしいかを一人で延々と語ってるライヒ様を横目に見る。

 ヤトの気を引きたいのか私に悔しがらせたいのか、どっちなんだろうな。

 いずれにせよ隣の反応を見る感じ、多分どっちも上手くいってないだけど。


「ね、悪いんだけどさ。このままライヒ様に合わせてご機嫌取ってくれないかな? その方が何かと都合いいだろうし。ほら、ヤト気に入られてるみたいだから」

「……なぜ俺がそのようなことをしなければならない」

「借り」

「っ!」

「まだ返し終わったとは思ってないんでしたよね?」

「……チッ、これ見よがしに口調を戻すな腹黒巫女め」

「お願いしますね~」

「……絶対に後悔させてやるからな」


 呑み込んでくれたみたいで何より。

 不穏な憎まれ口こそ言われたけど、ヤトは熱弁を続けながらなんでかちょっとずつ一人で前に進んでいってるライヒ様のもとへ素直に向かってくれた。


「つまりあの家は貿易家系の才能と富の象徴で――」

「おい、娘。確か貿易家系のライヒ、だったな」

「あっ……はい! どうかなさいましたか? ヤト様」


 不躾な呼び方にドキッとしたけど、初めて名前を呼ばれて嬉しそうなライヒ様は気にしてないみたい。ほっと胸を撫でおろす。


「そこまで言うのならおまえの家はさぞ素晴らしいのだろうな」

「ええ、もちろんですわ」

「興味がある。俺たちを招待しろ」


 って、突然何言い出してんの⁉

 ライヒ様一家のお宅訪問とか絶対面倒くさいことしか起きないっていうか、アリ地獄にアリが行くようなもんじゃん!

 慌てる私にヤトがしてやったりとばかりの視線を寄越す。

 そして駄目押しの一言。


「これで満足か? キリノ」

「ちょ――っ」

「……?」


 絶対後悔させてやる。

 ヤトが呟いた不穏な言葉の意味をこれでもかってくらい思い知らされる。

 まだ事態を呑みこめてないライヒ様の視線が私とヤトの間を往復する。


 まずい、よね? これまずいよねぇ⁉

 私が裏で何かしてたとか、絶対ライヒ様が怒るやつだもんねぇ⁉


「……」

「あ、あの、ライヒ様。これは、ですね……」


 とりあえず口を開いてみるけど何も浮かばない。

 そのままねばねばの樹液みたいな数秒が経過して――


 ライヒ様の顔がパッと輝いた。


「はいっ、もちろんですわ! そうと決まればさっそくわたくしの自宅へ向かいましょう!」

「ん? あ、おお……」


 ウキウキのライヒ様が「思ってたのと違う」みたいな感じで首を傾げるヤトの腕に自分のそれを絡めて、ぐいぐいと引っ張ってく。


「我が家がいかに素晴らしいか、ご理解いただけたようで嬉しいですわ! でも近くにいけばもっと感動しますわよ! 材質だけではありません、扉や窓枠に施された細かい装飾が――」

「……ああ……そうか……ああ……そうか……」


 生き生きしてるライヒ様と死んだような顔のヤトの後ろを、釈然としない気持ちでついていく。

 えーと、助かった、のかな……なんで?

 私に言われてどうこうっていうのは聞こえてなかった?

 首を捻ってると「キリノ」とすぐ近くで聞こえて体がビクッとした。

 いつのまにか、すぐ隣にはライヒ様がいた。


「わたくしのアシストだなんて、あなたにしては殊勝な心がけですわね。…‥まあ、昨日あなたはわたくしに命を救われたのですから、このくらいは当然ですけど」

「え? あーいえ……」


 なるほど、どうやらなんかいい感じに誤解してくれたらしい。

 曖昧な返事をする私を、ヤトに対するそれとは真逆の冷たい目で彼女は見下ろす。


「でもこの程度であなたの、巫女の扱いが良くなるなんて思わないことですわ」

「っ」

「……あなたたちがこの村にとって不要な存在なのは変わりませんもの」

「……」


 最後に言い放ち、ライヒ様は再びヤトの隣へと戻っていった。


「どうした? キリノに何か用だったのか?」

「いえ、大したことではありませんの。それよりも! 我が家では家具もこだわっておりまして――」

「……ああ……そうか……ああ……そうか……」

「……」


 ヤトとライヒ様の後を黙々と追いかける。

 絶対そんなことないはずなんだけど、後ろから見る二人の会話はなんでかさっきと違って楽しそうに見えた。


 やがて私たちの歩く道が広大な畑に挟まれ始める。

 ここまで来れば村の中心部はもう目と鼻の先だ。


「――」

「――」


 畝の間から農耕家系の大家族たちがこちらを見て何事か囁き合ってるのを見るともなしに見ながら、私は入念に心を固め始める。


 村の案内は当初の予定と大きく異なった。

 向かう先は、貿易家系が住まう村一番の豪邸。


 一際強く巫女家系を迫害する一族の棲処で――


 消えた母親が、最後に向かった場所だった。


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