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第11話 夜刀


「おはよ。今日もいい天気だね」

「……おお」

「ご飯できてるよ」

「……おお」

「あなたの分、嫌いなお肉はちゃんと抜いといたから」

「……おお」


 そんな感じの翌日の朝。

 昨日の大言壮語はどこへやら。

 いかにも眠いですって感じの顔をしたリュージンサマは、心ここにあらずの状態でサラダを貪ってる。……あ、零した。


「せっかく公認で村に滞在できるようになったみたいだし、今日は村を案内してあげるよ」

「……おお」

「なんて言っても、わざわざ見せるようなところなんてないから村の人たちに顔覚えてもらうのが本当の目的なんだけどね。早めにしておかないと後々面倒そうだし」

「……おお」


 ライヒ様の計らいでいったん滞在が決まったと言っても、村の人たちの心証がよくなったわけでもない。なんなら現状、侵入者っていうよくないイメージしかない。

 そんなわけで、悪いイメージが独り歩きする前に早いところお目通ししちゃいたいっていうのが私の狙いだったりする。

 いかにもな危険人物じゃなくて、ただの居眠り大好き威張りん坊って思われるだけでも少しは違うだろうし。

 なんてことを説明してみたけど、当の本人はやっぱり聞いてるんだか聞いてないんだか微妙な生返事……いや、絶対聞いてないなこれ。


「……ねえちょっと。聞いてる? あなたにとっても大事なことなんだけど」

「……おお」

「ていうか見てるこっちまで眠くなってくるんだけど。いい加減シャキッとしてよ」

「……おお」

「……はぁ」


 昨日は自室に戻ってからちょっと調べものしてたせいで、私もちょっと眠い。

 全身から眠いですオーラ出されてると、こっちまで引きずられるからやめてほしい。


 それはともかく。


 行動の自由を保証されたといっても、仮のもの。

 村の案内っていうと大したことないように聞こえるけど、実際は違う。

 村の人たちの第一印象が決まるわけだから、彼にとって今後を占う重要なイベントなわけで。つまりは成り行きで一蓮托生みたいになっちゃった私にとっても大事な日ってこと。

 日を改めてもいいけど、明日も同じならただ状況が悪くなるだけでなんの意味もない。……ていうか、明らかに眠たいってだけのリュージンサマに振り回されるのはシンプルにムカつくから嫌だ。


 なーにが「――俺が変える」だ、眠気にも勝てないぐーたら男め。

「――」このタメはなんだったわけ? かっこつけよってからに~。

 大きなこと言う前に、まず生活態度から変えてほしいんですけど。


「もーせっかく夜更かししてまで新しい名前考えてあげたのに」

「名前?」


 でろーっとしてたぐーたら男がちょっと鮮度を取り戻した。


「ん、リュージンサマって呼ぶのややこしいからやめろって言ってたでしょ?」

「ああ。おまえが村の龍神様と俺を別物にしたがっていたようだったからな。まったく頭の固いことだ」

「頭の固さとかそういう問題じゃないと思うけど」

「どうでもいい。で、さっそく俺の新たな呼び名を考えたということか?」

「うん。……えっと……その、『ヤト』とか……どうかなーって」

「…………ほう」


 白い眉が片方だけ上がった。

 え、何そのどうとでも取れる反応。


「……一応、由来を聞いておこう」

「お察しのとおり、有名な神話に出てくる伝説の龍『ヤトノカミ』からだよ」


『ヤトノカミ』

 世界樹の民に伝わる古い神話に出てくる、はるか昔に存在したっていう龍の名前だ。

 夜闇を纏うような漆黒の鱗を持ち、人を呪う祟り神でありながら人を愛したとされる神様。

 他の龍の伝説とかいろいろ探してみたけど、このくらいしか見つからなかった。


「あなたがリューリューうるさいからちゃんと龍にあやかってあげたんだよ~。優しいでしょ~」

「……こういうのは皮肉と言うべきなのか、どうなのだろうな」

「え、皮肉? 何が?」

「いや、なんでもない」


 茶化されたりするのを覚悟してたけどそんなこともなくて。

 彼は神妙な面持ちでどこか遠くを見るような目をしていた。

 ふと私に視線を戻すと、コクリと頷く。


「いいだろう。今日から俺はヤトだ。そう呼べ」

「ほんとにいいの? 俺の鱗は白いだろうが! とか突っ込まれると思ってたのに」

「そう思うなら違う名前にすればよかっただろうが」

「だって、龍なんて他に知らないし。……眠かったし」

「……何かにつけていろいろ俺に言ってくるが、おまえも大概雑な部類ではないか?」

「しょうがないじゃん。女の一人暮らしは時間との勝負なんだから! ……他の人がどうかはよく知らないけど」

「まあどうでもいいが」


 どうでもいいなら、その呆れたような目を向けてくるのやめて。

 ちょっと悲しくなるから。


「とにかく俺は今日からヤトだ」

「うん。気に入ってくれたようで何より」

「……」

「……?」

「なに、じっとこっち見て。どうしたの?」

「どうしたではない。呼べ」

「え?」

「せっかく名前が決まったのだぞ。俺の名を呼べ」

「えー……、なんか恥ずかしいんだけど」

「おまえが決めた名前だろうが。呼べ」

「…………」

「呼べ。敬称はいらん」

「…………や、ヤト?」

「……ああ、そうだキリノ。俺はヤトだ」


 ヤトが出会ってから初めて見る、じわっと滲むように笑みを浮かべた。

 よくわかんないけど、気に入ってもらえたみたいで何より。


「名を馴染ませたい。もっと呼べ」

「えー……」

「早く呼べ」

「……ヤト」

「もっとだ」

「ヤト、ヤト、ヤト、ヤト――」

「バリエーションもつけろ」

「ばり……? えーと、ヤト様。ヤトさん。ヤト君。あとは――」

「感情も込めてみろ」

「うえぇ⁉ あー……ヤト? ヤト! ヤトぉ……ヤットォ! ヤヤヤヤト⁉ ……ねえ、なんかこれすごい恥ずかしいんだけど」

「さっきも聞いたな。何を恥ずかしがることがある」

「いやぁ……」


 自分が考えた名前を呼ぶのって、なんかすごい照れる。

 できれば勘弁してほしいんだけど。

 そんなことを言ったら「ふん、よくわからんな」と一蹴された。


「ほら、いいからもっと呼べ」

「……うぅ」


 鬼か。

 いや、自称龍だっけ……。

 今までで一番説得力あるよ……。


「……ヤト。ヤト! ヤト! ヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤぁ――……はぁ、はぁ、ふぅ」


 ちら。

 ふるふる。


 目で訴えかけるも、無情の続行指示。

 なんの罰ゲームなんだよぅ。

 内心半泣きになりながら連呼する。


「ヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトバカヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトアホヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤトヤト「……キリノ」ヤトヤ……はぁ、はぁ、な、なによ……」


 呼び止められて、いつのまにかぎゅっと目をつぶってたことに気づく。

 酸欠で少しくらくらしながら目を開けると。

 ヤトが優しい笑みを湛えて私を見てた。


「よい名だ。大事にしよう」


 普段冷たそうな雰囲気で、しかも偉そうな態度のくせに。

 いつもと真逆の温かな目でそんなことを言ってくる。


「はあ、はあ……そりゃーよかった……」


 相手がライヒ様だったら目をハートにしてたんだろうなぁ。

 でも残念ながら相手は私だ。


「もーこれで名前はいいでしょ……。ほらさっさと準備して出るよ。今日は忙しいからこんなことしてる暇なんてないんだからね」

「わかった」


 お箸を動かす手を早める。

 そんな私を眺めつつ、ヤトはやっぱりマイペースに食事を堪能してる。


「ところで俺の名を連呼してる最中、バカとかアホとか聞こえた気がしたが?」

「気のせいじゃない?」

「……ふん、まあいい。今の俺は気分がいい。大目に見てやろう」

「むしろあれだけやらせといて気分よくなかったらぶっ飛ばしますよ、ヤトバカ」

「おい。敬称っぽく言えば誤魔化せると思うなよ。罵倒はバリエーションとして認めていないぞ」

「知らないよ」


 適当にあしらいながら、村へ行く支度を始める。


「……はぁ」


 ヤトと話してると、忘れてたものを引き出されるような感覚がある。

 まだ出会って三日目なのに、妙に馴染むっていうか。

 落ち着く雰囲気があって、実際リラックスしてる自分がいる。


「気をつけないとね」


 それが私はすごく怖かった。



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