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第9話 解決?


「うぅ、一生分疲れた……」


 波乱の会合から解放されて、這う這うの体で自宅に帰ってきた。

 夕食を用意する元気もなくて私は食卓テーブルに突っ伏した。


「危うく殺されるところだったな」

「ほんとね……」


 向かい側に腰かけるリュージンサマの言葉は、内容と声の抑揚が全然比例してない。

 のんきに本棚から見繕った本をペラペラとめくっている。

 いちいち指摘する気力も残ってないから素直に同意しとく。

 私はピンチだと思ってたけど、彼の方はやっぱり余裕で切り抜けられたのかな。

 みんなから武器を向けられた時も全然焦ってなかったもんね。


「それにしても……キリノ、あれはなんだったんだ?」

「知らないよ~私に聞かないでよ~……」


 あれ、っていうのはライヒ様のことだろう。

 なんで私たちが何事もなかったみたいに家へ帰ってくることができたのかと聞かれれば、彼女のおかげとしか言いようがなかった。


『時間があれば力を取り戻せるというなら、ここは様子見といたしませんこと?』


 なんていう、たった一言で私たちは解放された。

『侵入者と巫女の処刑は、豊穣祭まで保留とする』

 ライヒ様の登場によって導かれた結論は、今までの話し合いを覆すものだった。

 話の最中もたびたびリュージンサマへ彼女の熱視線が向けられていて、私なんか路傍の小枝ほどにも気にされてなかった。

 当然、ソウタさんを始めとする村の有力者たちは難色を示してたけど、娘に激甘なブルクハルト様が首を縦に振れば異を唱えられる人なんかいない。

 いやー私の苦労ってなんだったんだろなー、あははぁ……。


「貿易家系のライヒ、だったか? あの娘、顔を真っ赤にして俺を見ていたが何か病でも患っているのか?」

「……」

「……ん、なんだ? 俺の顔に何かついているのか?」

「……ん~、カブトムシでもついてんじゃない?」

「なに、そうなのか?」

「う~そ」

「……」

「……病気か~。ある意味そうかもね。まあ大丈夫だと思うよ~……」


 私のしょうもない嘘に眉をピクッとさせたリュージンサマ。

 その顔は、この村じゃ並ぶ人がいないくらいに整ってる。

 涼しげな目や少し色白できめ細かい肌は女の人にも引けを取らないし、なんならちょっと羨ましいくらい。お化粧してるわけでもないのにずるい。

 あまり見ない白銀に近い白髪も、ここまで似合うと特別感がある。

 ともすると儚げになりそうな要素ばかりだけど、力強い紅い瞳が頼りなさを感じさせない。

 村の変わり映えしない顔ぶればかり見てたところにこんなのが突然やって来たら、そういうこともあるかぁ。


 多分。

 ていうか絶対。

 ライヒ様はリュージンサマに一目惚れしてた。

 あの人、直前まで犯罪者にかどわかされるなんて~とか私に散々言ってたのになぁ。

 別にいいけどさ。ライヒ様も女の子だもんね。

 にしても、彼女の恋路は苦労が多そうだ。

 相手が侵入者ってのもそうだけど。


「しかし病気とは災難なことだな。別に人間の小娘がどうなろうとどうでもいいが」

「……当の本人がこれだもんなぁ」

「何か言ったか?」

「いいえ別にぃ~」


 前途多難だね、ライヒ様。

 応援する……気はないけど。

 だからってわざわざ邪魔するつもりもない。好きにしたらいいと思う。

 ……あれ、でも。

 今は一応味方側らしいリュージンサマと、にっくき意地悪女のライヒ様が結ばれちゃったら。

 私の立場ってまずくなる?

 じゃあ邪魔しないとヤバい? ……でもやっぱり野暮なことはしたくないなぁ。


「で、キリノ。これからどうするつもりだ?」

「これからって?」

「あの途中参加してきた女のおかげで当面の危険は回避したのだろう」

「あくまで豊穣祭まで、だけどね。それまでにあなたには龍に戻れるようになってもらわないといけない」


 この猶予は『力を取り戻すまで龍に戻れない』というリュージンサマの主張がいったん受け入れられて、『じゃあ時間をかければ元の姿に戻れるんだよね?』ってことで与えられたものだ。

 とりあえず助かりはしたけど、ある意味で逃げ場は完全になくなったともいえる。


「その失った力っていうのは、どのくらいで取り戻せそうなの?」

「さあな。天気にもよる」


 リュージンサマが窓の外を眺めながら言った。


「天気?」

「一番力を蓄えるのに効率がいいのは日の光を浴びることだからな」

「そうなの? でもいつもいた寝床には日の光なんてほとんど入ってなかったはずだけど」

「ああ。俺があの狭苦しい穴倉で日々のほとんどを寝て過ごしていた理由の半分は、単純に力の消耗を抑えるためだ」

「そうだったの? どうしてそんなこと――」

「聞くな。俺にも事情がある」

「あ、うん。わかった。ごめん」


 ずっと寝てるのはおじいちゃんだからとか、ただ寝るのが好きだからとか、そういう感じかと思ってた。

 でもすっぱり私の疑問を切り捨てた彼の表情を見るに、そういう緩い事情ではなさそう。


「……ちなみに、なんだけど」

「なんだ?」

「あの、答えづらかったらいいんだけど……ずっと寝てた理由のもう半分はなんなの?」

「趣味」

「……あ、そう」


 私の気遣いを返して。

 睨んでみるけど、リュージンサマは本に目を落としていて全然気づいてない。


「ふん、人間の文字はまったく理解できん。まあいい、話を戻すぞ」

「……うん。そうして」

「再び龍に戻れる程度まで力を取り戻すというのなら、人間の暦で一月ほどは確実にかかる」

「……う~ん、豊穣祭は一か月後だから戻れてもギリギリになるってわけね」

「そういうことだ」

「じゃあ、いずれにせよ龍に戻れない時の対策はしておかないと、ってことね」

「不要だ。たとえ戻れずとも、その頃にはどうとでもできるようになっている」


 いつもどおりの不敵な笑みで彼は言う。

 対して私は、きっと浮かない顔をしてるんだろう。


「……ごめん、リュージンサマ」

「なんだ急に」

「助けてもらってなんだけど。私まだあなたのこと、本物の龍神様だって信じてない」

「だろうな」

「だからあなたが偽物だったときの対策はするよ」

「好きにしろ。おまえ自身の命も懸かっているのだから止めはせん」


 居住まいを正す私に、彼は当然のように返した。


「……ねえ。言いそびれてたけど、さっきは助けてくれてありがと」

「別に。助けろと言われたから助けただけだ。あと奴らの話が長くて飽きた」

「……そっか」


 すごくどうでもよさそうに言われた。

 何照れ隠ししてんの~って言いたくなるけど、多分この人本気でそう思ってるんだよね。

 少し気が楽になる。


「……あの時の『助けて』は、あなたにじゃなくて本物の龍神様に言ったつもりだった」

「ふん、懺悔のつもりか? 助けがいのないことだ」

「うん。ごめん」


 こうして謝るのはかえって失礼かもしれないけど。

 騙して命を懸けさせたみたいで、黙ってるのは後ろめたかった。

 勝手な言い草に殴られても仕方ないと覚悟してたけど、彼は呆れたようにため息を吐かれてじとっとこちらを見るだけだった。


「どうでもいい。俺からすれば意味のない区切りだ」

「……そうかもね」

「だがな。俺を認めないのは勝手だが、それならせめて呼び方を変えろ。いい加減ややこしい」

「うん、考えとく」

「そうしろ」


 何はともあれ。

 今後の私の行動方針は決まった。


一つ目は、一か月後の豊穣祭までに彼が龍の姿に戻れるよう全力でサポートすること。

 未だ犯罪者の誹りを拭いきれない彼に対して、嫌がらせをしてくる者がいないとも思えない。それらから彼を遠ざける必要がある。


 そして二つ目。こっちが本題というか重要になるだろう。

 なんらかの理由で龍になれなかった場合に備えて、彼が処刑されないように居場所を作ってあげること。

 たとえ龍神様だというのが嘘だったとしても、私の命を救ってくれたのは彼だから。

 私には、この人を助ける義務がある。

 何ができるかまだ思いついてないけど、やるからには全力で。


「……さて、お腹空いたでしょ。そろそろご飯の支度始めるけど、嫌いなものとかある?」

「肉」

「そうなの? 龍なのに?」

「……龍にだって肉嫌いはいる」

「ふーん」


 曖昧に頷きながら席を立つ。

 暗くなってきたから天井から吊るされた光鉱石を棒で突いて明かりをつけて、作業の邪魔にならないように髪をまとめながら台所に立つ。

 神話に出てくる龍とかは人を喰らう姿が描写されてたりするんだけど。

 まあ龍神様も果物とかばっかり食べてたし、そういうこともあるのかな。

 そんなことを考えながら野菜をサクサク切ってると、後ろから声をかけられた。


「キリノ、念のため言っておく」

「ん、何を?」

「俺は……人間に思い入れなどない。それはキリノ、おまえにも同様だ。人間がよく使う表現だと、『擦れぬ葉も同じ枝』だったか?」

「よくわかんないけど、多分それ言いたいことと逆じゃない? んーと……『ひととせ擦れ合うだけのたったひとひら』とか? 有名な昔の小説のフレーズ」

「ああそれだ。しょせん不老である龍にとって短命な人間など、瞬く間に消える程度の存在でしかないということだ」

「うん、そうだろうね。龍神様なんて言っても、こっちが勝手にありがたがってるだけだもんね」

「ふん、欲深い人間にしては珍しく理解があるようで何よりだ。おまえのそういうところは好ましいぞ」


 好ましい、ね。

 褒めてるつもりかもしれないけど、上から目線だから全然嬉しくない。

 包丁を持った手を上げて大げさに肩をすくめてみせた。


「そりゃ一応私だって龍巫女ですから。多少はね」

「そうか」

「わざわざ釘刺さなくても大丈夫だよ。手当してあげた借りだって、さっき助けてもらったのでお釣りが来るくらい返してもらったもんね」

「……」

「だから、これ以上何かを要求するつもりなんてないから安心して?」


 守り神なんだから助けて当然、なんて考えは持ってない。

 それがただ龍神様を騙ってるだけの侵入者ならなおさら。

 そんなことを言って振り向けば、迎えたのはリュージンサマのちょっと不満そうな顔。


「俺が言わんとしていることを汲み取るのは結構だが……ここまで頑なに本物であると信じられないのも不愉快なものがあるな」

「仕方ないじゃん、その話と命を助けてもらったのは全然別の話だし。……あ、でもあなたのことは嫌いじゃないよ」

「……ふん。嫌いじゃない、か。調子を取り戻したようで何よりだ」


 私のちょっとした意趣返しに、彼は眺めてた本を閉じて鼻を鳴らす。


「ていうか自称リュージンサマ、なんか勘違いしてない?」

「勘違い?」

「あなたを龍神様だと思ってないから頼らないわけじゃないよ。もし信じてたとしても、私はあなたに同じこと言うと思う」

「ほう、なぜだ?」


 皮肉っぽい笑みを浮かべてたリュージンサマが興味深そうに私を見てきた。

 よくわからないけど、何か彼の琴線に触れることを言ったらしい。


「龍神様は私の家族、とおまえは昔俺に言ってきたと思うが。困ったときに助けるのが人間の言う家族という関係なのだろう?」

「……それは私が勝手に言ってるだけだもん。押しつけるつもりなんかないし、なんならちょっと伝えたこと後悔してるくらい」


 手を差し伸べた責任があるから彼の事情にはできる範囲で協力するけど。

 だからって見返りとして私個人の問題を解決しろ、なんて言うつもりはない。

 私は未熟だからたまにブレることもあるけど、できるだけこの線引きは守っていきたい。

 人に甘えるなんてぞっとしない話だ。


「なるほど、殊勝な心がけだな」

「でしょ? 敬ってもいいよ」

「はっ、断る」


 適当に冗談で話を切り上げて、料理を再開して。

 十分後できあがった夕食をテーブルに並べ、二人で食べ始める。

 本当はもうちょっと凝りたかったとこだけど、肝心の食材が足りなかったからどうしようもない。


「どう? 美味しい?」

「さあな」

「……お世辞でも美味しいって言わないと、明日食べるものないかもよ?」

「美味しい」

「うわ、嬉しくなー……」


 誰かと軽口を叩きながらの夕食は懐かしい。

 お母さんはちょっと天然入ってて、しょっちゅう私が振り回される感じだった。

 リュージンサマはリュージンサマで天然というかマイペースだから、どっちにしても私の立場は変わらないらしい。


「ふふ」


 こういう時間をまた過ごせるなんて、思ってもみなかった。

 それだけでも、彼を助ける意味はあったのかもしれない、なんて。


「何を笑っている。気持ち悪い」

「……ひどくない?」


 うん。

 前言撤回。



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