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第5話 楔


「うぅ……これはさすがにまずいかも……」


 朝一番でさっそく侵入者を匿ったことがバレてしまった私は、現在縄でぐるぐる巻きにされて村長の家へと連行されてる真っ最中。

 これから当分よそ者さんを匿う生活が続くのかなぁ、なんて甘過ぎる考えをしてたさっきまでの自分を恨む。

 騒ぎは瞬く間に村中へ広がったらしい。

 無断渡航の侵入者、なんて村の存亡に関わる重大な事件だ。

 犯人が見つかったともなれば、早朝にも関わらず人だかりができるのは当然で。その中をかき分けるような形になるのも当然だった。

 村人たちの剣呑な視線をなるべく見ないようにして歩く。


「キリノ、深刻そうな顔をしてどうした?」


 一人曇天を背負う私に対して、隣を歩く自称リュージンサマは飄々としてる。なんでぐるぐる巻きにされた情けない姿で堂々としていられるんだよぉ。


「どうした? じゃないでしょ……! 私たち殺されるかもなんだけど⁉」

「そうか。大変だな」

「そうかって……元はと言えばあなたが原因で……!」

「俺を家に連れ込んだのはおまえだろう」

「だ、だって、怪我してる人を放っとけないでしょ⁉」

「ならば自分の選択の結果で自業自得だ。俺は頼んでない」

「そんな、言い方……っ」

「おい黙らねえか!」

「は、はい、すみません!」


 自由の利かない体で四苦八苦しながら、前を歩くソウタさんに頭を下げる。


「……チッ、人間風情が」


 隣から漏れ聞こえた不満はどうやら気づかれずに済んだらしい。

 でも周囲に集まる村のみんなからは、声はともかく不貞腐れてる彼の姿は当然見えてるわけで。

 ハチの巣を突いたようにひそひそと話す声が増える。


『なんだあの男。偉そうに』

『あいつ、自分は龍神様だとか言ってるらしいぞ』

『龍神様だ? じゃあキリノ様はまんまとそれを信じたってのか?』

『はぁ、やっぱり巫女様なんてもうお役御免なんじゃないのかねえ』


「……」

「好き放題言われてるな」

「あなたもでしょ。……私はいいよ。昨日みんなが不安な夜を過ごしたのは事実だし」


 私なりに考えがあったといっても、それはそれ。

 いつも言われてる陰口よりは納得して受け止められる。


「……」

「なに? なんか言いたげな顔して」

「……こうなる可能性が低くないということはわかっていただろう。落ち込むくらいならさっさと俺のことを報告すればよかったのではないか?」

「……別に落ち込んでないし。あと報告しなかった理由は説明したでしょ」

「そうか。ならばいい」


 言葉と裏腹にリュージンサマはまだ納得しかねてる様子だったけど、真意を教える気はなかった。

 結局こうなったのに恩を着せるようで情けないし、あとは彼に対する、ある種の弱みみたいなものだから。


 村長の家にある集会用の広間へ入ると、村の有力者たちはすでに待機してた。

 昨日祠にいた顔ぶれに加えてさらに人数が増えてる。文字どおり勢ぞろいというわけだ。

 円を作り立ち並ぶ彼らの中心、広間の中央へと連れていかれる。

 床へ強引に座らわれた私たちを見て、杖をついて立ち上がり一歩進み出たのは他よりも頭一つ分背の低い老齢の男の人は、この止まり木村を束ねる村長だ。


「皆の衆、朝早くから集まってもらってすまない。しかし事が事じゃからな。緊急で招集をかけさせてもらった」

「……」

「召集の理由はもう聞いていると思うが……昨日騒がれていた侵入者が見つかった。衛兵のソウタによってな。ソウタ、まずはお手柄じゃ」

「ズズッ……いえ、自分の仕事をしたまでです」

「ただ一つ問題があってな。……侵入者を見つけた場所が巫女様の家だったそうじゃ」


 広間にいる人たちの視線が一斉に私へと突き刺さる。

 驚きや動揺はなかった。みんなもう簡単に何があったか聞いてるんだろう。


「皆それぞれ言いたいことはあるじゃろうが、まずは各人の話を聞くとするかの。まずはソウタから頼む」

「はい」


 私たちを連れてきたソウタさんが、鼻をすすりながらこっちを一睨みする。

 隣の元凶が鼻を鳴らすと彼は苛立たしげに眉根を寄せて、侵入者の報告があってから今までに起きたことを報告し始めた。

 その後に私へと水が向けられて、祠の近くで怪我をしているリュージンサマを見つけてからのことを説明した。ありのままを話したからさっきの報告と矛盾する部分もない、はずだ。

 話を聞き終えた村長は難しい顔をして、たっぷり蓄えた髭を撫でつける。


「……その男がこの村の守り神である龍神様で、人に変化しているとな?」

「まったく……。話にならんな」

「苦し紛れの嘘にしても出来が悪い」

「巫女殿はそれを信じて、まんまと家に匿ったというわけか?」


 そこかしこから嘲笑が聞こえる。

 当のリュージンサマは平然としていて気にしてないみたい。

 うん。正直同感だけど、素直に認めるわけにはいかない。


「皆様のお気持ちはわかります。しかし私とてこの方の主張を手放しで信じたわけではございません。家へ引き入れたのはこの方が怪我をしていらしたので、その手当をするためです。見知らぬ顔とはいえ怪我人を放っておくのは心が痛みますので――」

「なるほど! なるほどなるほど! さすが巫女様は慈愛に溢れ、お優しい!」


 よく通る男性の声が部屋に響き、一際背の大きな誰かが前に出てきた。

 その顔を見て、私は思わず眉間にしわを寄せる。

 ライヒ様と同じ金色の髪をしたその人は、貿易家系の現当主――


「……ブルクハルト様」

「巫女様の人道に則った行動、尊敬に値します! 我が娘、ライヒにも見習ってほしいものだ。あの娘は少々奔放に育ってしまってね。まあそこが可愛いところでもあるんだが……」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」


 称賛の言葉に、でも安心は少しもできなかった。

 私に向けられた青い目は、誤魔化しようのない攻撃性に満ちている。


「が、一方で巫女様の行動には気になる点もありまして。……ああ、別に疑うわけではないのですがね」

「……なんでしょう?」


 ブルクハルト様は口の端をわずかに歪めた。


「……時に巫女様。許可なくよその枝から入り込む行為が、ほとんどすべての枝で重罪として指定されていることはご存じで?」


 急に話題が飛ぶ。

 含まれた意図があるのは明白だ。

 私は慎重に言葉を選びながら答える。


「ええ。枝で暮らす私たちにとって、侵入者という存在はそれだけ危険な存在ですから。世界樹に住む人間なら全員が知る常識です」

「常識っ! ああ仰る通り、常識ですな!」


 ブルクハルト様は嬉しそうに破顔し、手を叩く。


「巫女様の仰るとおり。侵入者という存在は、築かれたコミュニティを崩壊させる可能性を持った危険分子。もし何か事件が起きて村が崩壊してしまったら、枝というごく狭い場所に縛られた我々は他に行くところがない」

「ええ。ですからこの村でも無許可で侵入してきた者には極刑……最悪、枝振るいの刑まで適用されるのが通例なのだと」

「当然理解しておられるようですなぁ。ご無礼をどうかお許しください」

「……認識の擦り合わせは大事なことです。どうかお気になさらず」

「温かいお言葉感謝します。……しかし、はて? 巫女様が常識を弁えるお方ならば、余計気にかかりますなぁ」


 人好きのする表情で徐々に逃げ場を潰しながら、ブルクハルト様は純粋な疑問を問う体で私を追い詰めようとしていく。


「大罪人といえど怪我の手当をするのは人として当然。その主張は理解しましたが――ならばなぜ、手当をした後にでも村の誰かへ報告しなかったのでしょう?」

「……」


 ……ほんと、嫌なとこ突いてくるなぁ。


「ああ、そうだ! 俺もそこが気になってた!」

「未熟な巫女様のことだ。その優男の甘言でまんまと手籠めにされたんじゃないのか⁉」


 ここぞとばかりに轟々とくべられる非難で広間は燃え上がった。

 殴りつけるみたいな声に心臓がきゅっと痛くなる。その中にあっても、隣のリュージンサマは変わらず飄々と受け流していた。

 それを収めたのは、焚きつけたブルクハルト様本人だった。


「まあまあ皆様のお気持ちはごもっともですが、まだ巫女様が悪いと決まったわけではございません。どうか落ち着いて彼女の弁明を聞こうではありませんか」

「……あんたがそう言うなら」


 ブルクハルト様に対する村の人の信頼は厚い。

 彼ら貿易家系が、村に莫大な恩恵をもたらしたからだ。

 ただでさえ分の悪い状況なのに、簡単な疑問一つで場の流れを掌握された。


「それで巫女様? どうして、報告されなかったのです? 生半可な答えでは我々も納得できませんぞ」

「……この方の主張に、一定の説得力があったからです。皆様に連絡してしまえば、未熟な私の話など聞き入れられずに殺されるかもしれない。代々龍神様に仕えてきた巫女家系の者として、万一にも龍神様を殺めてしまうことだけは避けるべきと考えました」

「ほお? 主張とは、自分が龍神様であるというあれですかな?」

「はい」

「巫女様はその者の言葉を信じている、と?」


 嘘だろ……。

 勘弁してくれよ。

 未熟にも限度があるだろ。

 小娘がわかったようなこと言いやがって。


 四方八方から蔑む言葉が耳にねじ込まれる。

 そこら中から失望や落胆、ため息や悪態、あらゆるものが突き刺さって。


「はい」


 それでも、私は頷いた。

 暴言や嫌がらせなんて散々向けられてきた。

 今さら止まる理由になんてなりえない。


「考慮に値すると判断します」

「くだらねえ!」


 我慢の限界だと言わんばかりにソウタさんが詰め寄ってくる。


「普通に考えて、こんなん苦し紛れの嘘に決まってるだろうが! 万が一にもこの優男が龍神様だなんてことありえねえ!」

「ええ、そうですね。そう考えるのが自然だと理解しております。私自身、この方の言うことを全面的に信用できるなどとは思っておりません」

「そうだろうが! なら――」

「ですがっ!」

「――ッ」


 声を張り上げれば、つかの間だけ広間は静まり返る。

 怒りで充血した目を、まっすぐ見返す。


「ですが『絶対にこの方が龍神様ではない』という保証もまた、現状ではございません」


 相手の激情に付き合う必要はない。

 冷静に。冷静に。

 この状況を凌ぐために必要なこと。

 隣からリュージンサマの興味深そうな視線が届く。成り行きを見守ってる感じで行動を起こす気配はないらしい。自分の命だって危ういはずなんだけど。

 思うところはあるけど、別にいい。


「……たとえ世界樹に茂る幾億の葉から一枚の病葉を探し当てるような、ほんのわずかな確率だとしても。そこに龍神様を害する可能性がまだ残っているのなら――」


 助けなんて最初から期待してない。

 私はずっと、そうやって生きてきた。

 未熟だろうが、疎まれようが、自分自身がどう思ってようが関係ない。

 私は私の役割を――


「龍に仕える巫女として、私は刑の執行を認めません」


 ――亡き母から託された使命を全うするのみ。


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