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第3話 自称龍神様


 居た堪れない空気がチクチク刺さる。


「……バ、ぁ……?」

「失礼しました。なんでもないです」


 謝罪しつつ、とりあえず自称リュージンサマが硬直してるうちに、腰に巻かれた腕から脱出しておく。

 たっぷり十秒くらいかけて復活した彼は、不満ですとめいっぱい顔で表現しながら睨んできた。


「おい、おまえ。バカと言ったか?」

「いえ、まさかぁ。そんなこと言うはずありません。だって私は龍巫女ですもの。龍であるあなた様を笑うなんて畏れ多い……ふっ」

「おい、今確実に笑っただろうが」

「いえいえ、そのようなことは……ぶふっ」

「……全然信じてないな、おまえ」

「大丈夫ですよ。どう見ても人ですけど、あなたは龍なんですよね? ちゃんとお話は聞いておりましたから」

「その生温かい目をやめろ!」

「あ、すみません、出てしまいましたか? 失礼のないように気をつけたつもりだったのですけど……」

「おい、それは暗に認めてないか?」

「あはは、まあ」


 いや、うん。

 いきなり現れたよそ者が「俺はこの村の守り神、竜神様だ!」とか言ってきたら、正直突拍子なさすぎてそういう反応になっちゃうよね。

 でも自称龍神様が次に放った言葉で、私の苦笑は引っ込むことになる。


「ところで、そろそろその被った猫の皮を脱いだらどうだ? 気持ち悪くて痒くなる」

「?」

「何を不思議そうにしている。本来のおまえはもっと図々しくて抜け目のない性格だろうが」

「――……」

「清楚な巫女の演技は窮屈で疲れる、だったか?」


 よそ者さんがにやりと笑う。


「……なんのこと、ですか?」

「ふん。そうだ、それだ。その生意気な目が、おまえにはよく似合う」

「……」


 カマをかけてるとかじゃなくて、すでに確信してるっぽい。

 どうやら隠しても無駄みたい。


「……はあ、まあいいか」


 どうせこの人が見つかれば、匿ってた私もただでは済まない。その段階になって巫女の本性がどうの、なんてバレても些細な問題でしかない。

 いい加減、巫女としての振る舞いに疲れてきてたのも事実だし。


「ねえ、私のこと誰から聞いたの? 村のみんなには、『未熟なくせに振る舞いだけは巫女らしい』って評判なんだけど」

「評判? 皮肉の間違いだろう」

「うるさいなぁ。いいから答えてよ。ほら手当してあげたでしょ?」

「誰とは愚問だな。……俺が気持ちよく寝ているというのに、ウダウダ長々メソメソ散々愚痴を聞かせてきたのはおまえ自身だろうが」

「うっ……えぇ……」


 正に祠の奥で反省してたことを指摘されて息が詰まった。

 うんざりだ、と言わんばかりの表情も相まって顔が熱くなる。

 そんな私を見て、自称リュージンサマはニヤニヤと満足げにしてる。


「く……っ」


 いけないいけない、落ち着け私。

 冷静になって考えをまとめよう。

 私が龍神様に愚痴った内容を知ってるってことは、しばらく祠かその先の寝床に潜伏してた可能性が高い。そして龍神様がいなくなったのは七日以上前のことだ。

 つまりこの男が侵入してきたのは昨日今日の話じゃない。


 ……私は侵入者が潜んでる場所で能天気に過ごしてたってこと?


 それが事実なら恐ろしい話だ。

 そもそも誰にも気づかれないで侵入してたなら、よそ者が一人だけという線も怪しくなってきた。なんなら村の人の中に内通者がいる可能性だって……。

 駄目だ。疑い出したらキリがない。


「……そう。あくまで自分は龍神様だって言い張るわけね」


 内心の動揺を悟らせないよう肩を竦めてみせれば、自称リュージンサマは不愉快そうに眉をひそめた。


「まったく、弱いというのは難儀だな。疑わなければ生きていけないとは」

「……はいはい、リュージンサマはお強いですものね」

「心にもないことを言う」

「信じてほしいなら今ここで龍になって見せれば解決でしょ? やってみせてよ」


 確認するならそれが一番確実で手っ取り早い。

 でも案の定、彼は眉間にしわを寄せて舌打ちをした。


「何、やっぱりできないの?」

「今は、だ。体を変えるのは初めてのことで、無駄に力を消耗し過ぎた」

「へーそうなんだ。一応スジは通ってるっぽいけどねぇ」


 まあどうせ嘘だろうし、最初から期待なんてしてなかった。


「……もういい。俺は寝る。さすがに今日は疲れた。この寝床、借りるぞ」

「はいどうぞ、ごゆっくり~」

「ふん」


 リュージンサマが鼻を鳴らしてベッドに倒れ込む。

 とりあえず、咄嗟に自分が龍だなんて突拍子もないことを言い出すあたり、機転が利くタイプではないみたい。この感じなら何か企んでてもどうとでもなりそう、かな。

 薬箱を抱えて部屋を出る。

 部屋の扉を閉じかけたところで「キリノ」と中から呼ばれる声がした。


「まだ何かあるの?」

「俺の話を信じないのは勝手だが、無駄におまえの苦しみが続くだけだぞ」

「……」


 扉の隙間を覗けば、血のように紅い目が私の方に向いていた。

 縦に裂けた瞳孔は龍神様と同じもので、普通の人間とは明らかに違う。

 白い髪と併せれば、確かに龍神様を彷彿とさせる。

 香木の香りがするのも同じ。……まあ匂いは龍神様をどうにかした時に染みついたとか、そういう可能性もあるけど。

 性格はもっとおじいちゃんっぽいのを想像してたけど、一方で龍神様が人になったとしたら、確かにこんな感じかもって思わなくもない。

 一応彼が言ったことの辻褄は合ってるし、信じてもいい材料はそれなりに揃ってる。

 ……けど。


「ご忠告ありがとう。でも私、リュージンサマと違って不審者の妄言を簡単に信じるほど強くないから」

「……そうか。好きにしろ」

「うん。そうする」


 笑ってみせて、今度こそ部屋の扉を閉めた。

 扉に提げられた小さな木製のプレートを見つめる。

 辛うじて『お父さん・お母さん』と読める下手な字は、幼い頃に私が書いたものだ。


「……」


 これを書いてすぐに父が亡くなり、後を追うように母も亡くなってから。

 その日起きたこと、村の人と話したこと、私が思ったこと、龍神様にはたくさん話してきた。

 食事を運びながら。

 寝床の掃除をしながら。

 鱗磨きをしながら。

 舞の練習で転びながら。

 龍神様が起きていても寝ていても関係なく、たくさん、たくさん話してきた。

 だから。


「……今さら何かを期待するほど能天気じゃないって、本物ならわかるでしょ?」


 私の祈りに応じてやって来た、と彼は言ったけど。

 村の人に請われて願った祈りは『龍の姿をした守り神の帰還』であって、村の特産である龍鱗も取れないような人間の自称守り神じゃない。

 まったく見当違いの筋違いで、勘違い、お門違い……後はなんだろ。

 なんて、こんなこと考えてても仕方ないか。

 さっさと切り替えよ。


「……それにしても、この部屋久しぶりに入ったな~」


 掃除する部屋の中を当時のままにしておいてよかった。この部屋以外のベッドなんて私の分しかない。不審者の男と一緒に寝るなんて、さすがに嫌過ぎるもんね。

 ……怪我人を入れるには埃っぽかったけど、入れる前に換気と掃除もしたから許してもらおう。なんかあったらごめん。


「んー」


 怪我人で話した感じ害意もなさそうだけど、一応危険人物なんだよなぁ。

 念のため、扉を開けられないようにつっかえ棒でもしようかと一瞬考えて。


「まーいいや」


 結局、眠気に負けてそのまま背を向けた。

 閉じ込めてもどうせ窓から出られちゃうだろうし。もしかしたら私への危害とかは防げるかもだけど。まあそうなったらそうなったで、別に。


「ふあぁ、今日は疲れたな~! 早く寝よ寝よ~」


 大きなあくびを一つ残して、私も寝る支度をするべくその場を後にした。


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