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最終回

「ここまではええがよや、ここまでは」


 胸の半分まで弾けとんだカルデスタイン伯爵の上でぐるぐる滞空飛行しながらカイが言う。


「はようせな再生するっちゅーに、なんでまたダダこねゆうがなや、ナリト!」


 わしほんまに怒るでーッと牙をむいて迫るカイに、お愛想笑いをしながら後退する。


「だってこいつ、人間の肉喰ってるんだぞ?」

「あったりまえやんかっ。それがしとうて腹ん中の赤子やったおまんの胃袋奪ったド畜生やでっ」

「中にまだ消化中のがあったら、やっぱり気持ち悪いじゃないか……」

「わしの胃袋やないき、わし平気」


 つん、とそっぽをむいて、カイは冷たい。


「んなことより、もうじき夜明けやで? 人目につかんうちにさっさ終わらして、今度こそ協会窓口行って換金しょー。

 わしはリチウムが食いたいんじゃっ」


 カイが正しいというのはよくわかっているが、感情が納得してくれない。なんとかうまくこの状況をクリアできないものかと成人がうめいたとき。道の方からリアルが戻ってきた。


「おまたせーっ。灯油もらってきたわよーっ」


 こういう再生能力が異常に強い奴は、灯油ぶっかけて燃やしちゃうに限るわねっ、とリアルは成人が止める暇もなく、鼻歌まじりに残骸に向かって灯油を盛大にかぶせる。


《燃やして灰にすれば、ゲートも最小限の大きさですみますからね。経済的です》

「ほーんと。ヴァンプ・パージって他の獣邪と違ってお財布に優しくてうれしいわー♪」


「ほーらナリト。さっさとせにゃ、こいつごとおまんの胃袋灰になってまうで」


 げいんとカイに背を蹴られ、成人はようやく腹を決めたのだった。



◆◆◆



「うぷーー……気持ちわるう……」


 暗黒月Darkest Moonの夜が明け、すずめも鳴いているさわやかな朝だというのに青い顔をして、口元をおおいながら前かがみに歩く。

 片手には全く透け感のない買い物用の白いビニール袋を提げているとこからも、端から見ればまるで二日酔いの浮浪者そのものだ。


「大袈裟やな~っ。どーせ味らあ分からんがやろ?」

「気持ちの問題」


 うさんくさがるカイに答えつつ、よろよろとこの町にある協会の支部までの道を進む。

 おかしい、成人にこんなデリケェトなトコがあったっけかな? とカイは首をひねったが、もしかすると、一緒にとりこんでしまった灯油の臭いに酔っただけかもしれないと、あっさり納得した。


「あっ、ほら! あそこやで、ナリト!」


 うーん、と頭を抱えていた成人がカイの声につられるようにそちらを見たとき。そこには、誰かを待つそぶりでリアルがドアに背を預けて立っていた。


「あっ、ナリトーっ! こっちこっちっ」


 好意の波を周り中に放射しながらぶんぶん手を振っている彼女を不審がりながらも、目的地がそこである以上とりあえず近寄る。

 リアルはにこにこ笑顔のまま、「はい」と紙を差し出した。


「なにこれ?」

「パージ補助の同意書よ。カルデスタインの駆逐パージ、手伝ってあげたでしょ?」


 へ? とカイの目が真ん丸くなる。


「なっ、何言いゆうがなや! わしら手え貸せなんて一言もゆうてないで? 駆逐パージ用の多次元扉ゲートかて、わしらのつこーたやんか」


 獣邪を元いた次元へ追放(駆逐パージ)するためには協会が販売する専用のゲートを使う必要があり、純正品のそれはとてもお高いのだ。


 リアルは、そう言うと思っていた、といった表情でカイを下に見る。


「ああらそんなこと言う? 言っちゃう? そんじゃあたしも言っちゃおーかなあ。ほんとは駆逐パージしきれてなかったのに、済みました、なんて、嘘っこの報告してたなんて協会にバレたらどうなるかしらー?」


 協会のドアに手をかけて、さあ入るぞ、とおどしをかけるリアル。

 カイは、ぐぬぬぬぬぬ……と歯がみをする。

 土手では何も言わず別れて、ここでわざわざ言って考える余地を与えないあたり、前々からそのつもりだったのが分かる。


「……おまんなあーーっっ!」


 ほほほほほーっ、と勝ち誇るリアルをカイは必死ににらんだが、反論できる言葉は思いつかなかった。


「……いいよ、もう……。おれの分やるから……」


 先からのひどい吐き気で言い争う気にもなれない成人は、リアルの「ここ、ここ、ここ」という指図にさして注意も払わず、サインと自分の登録番号を書きこむ。

 しかしリアルはなぜか金を受けとる窓口を素通りして、その紙を登録窓口に出してしまった。


「今回のお金は挨拶料としてあなたにあげるっ。

 今後ともよろしくねっ相棒さんっ」


 あっけにとられていた成人とカイに、屈託ない笑顔で彼女が差し出したのは、新しく発行されたパートナーの認定証だった。


「……はああああああああーーーーーっっ!?

 なに勝手なことしゆうがなや!! わし、聞いてないで!? だまし討ちすなや!!」


 猛然と食ってかかるカイとリアル、そして銀飾りの言い争いに加わるのは放棄して、成人は待合の長椅子によろよろと腰を落とした。

 本当に、胃袋のおさまりが悪い。おそらく他の臓器や血管たちとの融合が行われているのだろう。まだ体内の半分近くが他人の臓器借り物である以上、仕方のないことだ。


(初めて駆逐《パージ》して臓器を取り戻したときに比べればこんなもの、全然マシだ)


 足元に下ろした荷物――買い物袋――を見るともなしに眺める。

 中身は、吐き出した胃袋である。

 これらと、そして残る他の臓器も全て交換して、まとめて、やつにたたきつけるのだ。



 そしてあの裏切り者、奈落《ナラク》をこの手で殺す。

 絶対に。



 成人はあらためて誓いを思いだし、決意を新たにしながらも、ぐるぐる回り始めた視界に限界をさとって目を閉じた。








【「昏き月に別れを告げよう~Farewell to the Darkest Moon~」第1章駆逐する者たち・了】



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