「く……っ! よくもこのわたしの腕を!」
初めてカルデスタイン伯爵が顔をゆがませた。即座に上空へ舞い上がると、成人をにらみ、憎々しげに言う。
「ずるいぞ!!」
「やったじゃない、すごいわナリト!」
超音波攻撃から立ち直ったリアルがはしゃいだときだ。
「なあんてね」
とカルデスタイン伯爵はあっさり腕を再生してしまった。
まるで袖の中に手首から先を隠す手品のように、ひゅぽん、と音をたてて肘から先が現れる。
そして新しい手の具合をはかるように指をうねらせていたカルデスタイン伯爵は、渋面になってつぶやいた。
「うーむ。腕は問題ないが、やはり袖がないとどうも格好がつかんな。替えの服も用意しておくべきだったか……」
「な、なんなのあいつ……」
くじけかける一歩手前の気力をなんとか立て直そうと、リアルが膝に手をあてて立ち上がる。
「わたしの再生能力をあなどってもらっては困る。そこいらでうようよしている、血筋も定かでない無価値な
チチチ、と立てた人差し指を振る。
「半年前はその符操に驚かされ、まんまと隙を突かれてしまったがな。しかしそれも今回はない。一度見せた技は通じないと思え。しかもきさまが用いているのは、しょせんあの女の猿まね。
高笑うカルデスタイン伯爵の背後から、音もなく大鷹が飛来する。その巨大な爪が背を貫通して体に食い込み、八つ裂きにすると思われた刹那。
カルデスタイン伯爵の背面から表れた大量のコウモリが大鷹とカルデスタイン伯爵を分断し、大鷹に襲いかかった。
コウモリ1匹1匹の牙は小さいが、数千匹ともなれば大鷹を圧倒するに余りある。
表面を覆うほど貼り付き、一斉に牙を立て、肉を食いちぎり始めた彼らを振り落とそうとジグザグに飛んだり垂直上昇をしたりするが効果はほとんどない。
さらに貼り付いてくるコウモリたちに、ついには飛行することもできなくなって、大鷹は墜落を始めた。
「戻れ皇貴!」
成人の言葉が発せられた直後、コウモリの塊は中央に向かってぐにゃりとゆがみ、ザアッと四方へ散った。
あちこちが引き裂かれ、破れて傷ついた鳥の形の折り紙が、真下の川へと落ちて流されていく。
だが大鷹は成人が新たに与えた鳥形の折り紙によって復活し、力強く羽ばたいて空へ戻った。
「ふふふ。お互い、眷属を攻撃しても無駄かな?」
キチキチ、キイキイと鳴く大量のコウモリを背後に従えたカルデスタイン伯爵が三日月の笑みを浮かべる。
「しかしわれらの戦いとはそういうものだ。わが力がどこまできさまたちの力を削ぐことができるか、見てみようではないか」
言葉が終わると同時にコウモリが再び動きだした。
まるでそれ自体が1つの巨大な生き物かのように、宙に広がった一部がぐうんと伸びたと思うや分裂し、成人、カイ、リアルへと襲いかかる。
それを見た成人とリアルはすぐに武器をナイフに持ち換えて応戦し、切り払ったが、そうして捌ききれる数ではなかった。
「ナリト~、これ、なんとかしたってや~。ホンマかなわんで~」
空を飛び回って逃げに徹していたカイが、早くも泣き言を叫ぶ。
「分かってる!」
直後、コウモリに囲まれた成人を数十匹のコウモリの群れが襲った。体当たりを受け、よろめいた先で全身を小さな牙に引き裂かれる。
すぐさま白虎が駆けつけてコウモリを散らしたが、たくましい足、爪、牙を持つ白虎も、体格差のある大量のコウモリを相手にその武器はあまり効果的とはいえない。八方から一度に襲われて、数分と待たず白虎は引き裂かれた紙片へ戻った。
苦戦する彼らを足下に眺め、カルデスタイン伯爵は「やはり
彼をにらみつける成人の元に、大鷹が無音で舞い降りた。
両の翼で彼を覆ってコウモリを遮断する。
しかしそれも一時的なものだ。すぐに白虎と同じ運命をたどることになるのは明白と、カルデスタイン伯爵がくつりと笑ったとき。
突然不可解な違和感を覚えて、ぞくりと全身の肌が粟立つ感覚が起きた。
「……なんだ? これは」
涼しい顔が一変し、笑みが凍りつく。
「……同じだ」
カルデスタイン伯爵が気付いたことを知った成人が、種明かしをするように眼前に持ち上げた片手を開く。そこからぱらぱらと落ちたのは、釘の形に折られた紙だった。
「こっちだって、そちらの手の内は把握している。
……何の準備もなしに、のこのこ来るかよ……!」
カルデスタイン伯爵は、自分が宙に縫い止められていることに気付いた。
手足に直接何かを打ち込まれているわけではない。だが身動きがとれない。
「これはッ!? きさまッ!?」
「月のない夜の中にだって影はある。ただ見えにくいだけで。それは、
影縫い。
影を地に縫い止めることで本体を縛る呪法。
地に足を付けていなくとも、影はその下にある。常に。
「……ぬう……っ」
急ぎカルデスタイン伯爵は足下を視た。黒い針のような釘が等間隔で打ち込まれていた。
いつの間に、と驚愕する彼の前、黒い釘が光を発して円を描く。
「だがこのような術、分かってしまえば――」
強引に破ろうと身をひねったカルデスタイン伯爵の視界に飛び込んできたものは、ぴーぴー弱音を吐きながら彼のコウモリから逃げ回っていたはずのカイだった。
「いくら射撃が下手だからって、その距離で外すなよ!」
「分かっとるわい! ちゃんとそこで見ときい!
伯爵。ざーんねんやったなあ。あんたももうそろそろ年貢の納めどきっちゅうこっちゃ」
ほい、と額を撃ち抜く。
「……がああああっっ……!!!」
小粒の弾丸は額にめりこみ、そこでニンニク入りの聖水をまき散らす。たまらず顔面をおおった指の間からシュウシュウと湯気が上がり、激痛にカルデスタイン伯爵は身を折った。
(……よし!)
内心で成人はぐっとこぶしをにぎる。
先の折り、皇貴の攻撃に合わせて腕に撃ち込んだのだが、直後、腕は切り離されてしまった。
切り離せない部位に撃ち込めば、今度こそ――。
「顔が……! わたしの美しい顔……!!」
「
新しい虎の折り紙で召喚された白虎が、成人の指示に従うように、コウモリの攻撃でぼろぼろになって消える寸前の大鷹の背を駆け上がるやカルデスタイン伯爵に向けて跳躍し、地上へ引きずり倒す。
「こ、このばか虎め!! 使い魔ごときが汚い体でわたしに触れるな!! ……ええい、どけッッ!!」
身をねじって暴れて、下から逃れようとするカルデスタイン伯爵の胸に白虎は爪を食い込ませる。カルデスタイン伯爵は激怒し、両指の爪を伸ばして白虎を縦横に切り裂いた。
白虎は消え、数枚の紙片となってひらひらと落ちる。
「……くそお……、や、やられてたまるものか……せっかく、肉が、食べれるようになったっていうのに……」
身を起こそうと躍起になるカルデスタイン伯爵の視界に、成人の足が現れる。
溶け崩れていく半面をおおった右手の甲に銃口を押しつけた成人は、ためらうことなく撃鉄を引いた。
「ひとの胃袋で勝手に変なもん喰ってんじゃない」