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第11回

 その質問に、成人は答えることを拒否した。


 無言を貫き、羨望も陶酔もない目で真正面から自分を見据える生意気な少年に鼻白みながら、カルデスタイン伯爵は乱れていた襟端に気付いてそれをさっと正す。


「それで、どうした? 土を喰らい、泥水をすすって命を長らえたか。奈落ナラクがそばにいないところを見ると、あやつめは散ったようだな。

 人間の女などにうつつをぬかしたあの男にふさわしい最期だ」


 成人が何も答えないのをいいことに、ふんぞり返って大上段に啖う姿にはさすがにむかむかきて、リアルが一言怒鳴り返そうとしたのだが、その一瞬先を奪って、いつの間にか上がっていた成人の左手が銃を発射した。


 あくまで威嚇。そう言うように、銃弾はカルデスタイン伯爵の顔のすぐ横を抜ける。途端、憑きものがとれたようにカルデスタイン伯爵の嘲りの声は消え、表情も一変した。


「老いた脳みそで、またずいぶんと考えたようじゃないか。半年間そんなことばかり考えていたとは恐れ入るが、きさまの空想話えそらごとにいつまでもつきあっていられるほどおれは暇じゃない。

 今夜こそ、預けた物を返してもらうそ。きさまの命という利息付きでな」

「……ふン。たかだか二十年足らずしか生きてない子供が、一端の大人ぶって生意気な口をきくものだ。そういう口をききたいのなら、ぬいぐるみでなく女を抱いて寝られるようになってからにするんだな。それとも――」


 ちらり、とカルデスタイン伯爵の目がリアルの方へと流れる。


「もうこれは要らぬ忠告であったかな?」


 その文句の意図するところを見抜いたリアルの顔が瞬時に赤らむ。


「ばっ、馬鹿言わないでよつ! あたしはそこらでぶいぶいいわせてるおぽんちな女とは違うんだからっ。籍入れるまで触らせるもんですかっ!」 


「……ふるっ。あの人猫、ほんまは相当な年増やないか~? ナリト」


 とはカイ。


 とても、先に成人に色仕掛けでせまった女の口から出た言葉とは思えない。露出の高い、肌に密着したミニや胸元が大きく開いた上着など、服装からして疑わしかったが、カルデスタイン伯爵はその返答に大いに満足したようだった。


「では、処女おとめなのだな」

「そっ、そうよ!」


 なにかいやらしげな目つきだわ、と警戒気味にリアルは答える。


「ふむ。それはめずらしい。人猫は早熟で発情期には手がつけられないというのに」

「うっ、うわさだけよ! そんなの!!」


 拳を作り、真っ赤になってわめき返した。


「そうかもしれんな。たしかにほどよくしまった手足といい、その肌の輝きといい、おまえは処女かもしれん。実に健康そうで私好みだ」


 にっこりと微笑んだ次の瞬間。カルデスタイン伯爵の目が火のように赤く輝いた。



「さぞかしうまいのだろうな、その肉は!」



 予備動作もなく突如として高速で襲いかかってきたカルデスタイン伯爵に、急ぎボウガンを射る。だがこれまでのヴァンプと違ってのどでなく腹を狙ってきたことにとまどい、矢はかすりもしなかった。


 2発目を射るにも近すぎる。


 直撃を避けてとっさに横へ倒れこんだものの、伸びてきた爪に、一撃受けるのを覚悟して息を止める。彼女を庇ったのは、成人だった。


 間に割って入ったと思うやカルデスタイン伯爵の爪を払い、顔面を横殴りにする。


 意表を突いた横からの重い一撃。


 地表へたたきつけられたカルデスタイン伯爵にすかさずカイが銃弾を発射したが、惜しいところでカルデスタイン伯爵は空に逃げてしまった。


「おお、あぶないあぶない。やはり欲を出すには早すぎたようだ。すっかり忘れていたが、物事には順序というのがあったのだったな。まずはおまえに礼を返さねば」



「そうとも。今夜こそ返してもらうぞ。

 おれの標的はきさまだけじゃない。いつまでもきさま1人を相手にしてられないんだ」



「えらそうな口をきく。奈落の息子とはいえ、あの女の血が濃すぎてろくな力も持たぬきさまに何ができようものか」


 冷笑を浮かべたカルデスタイン伯爵は、大きく口を開けるやキイィィィンと超音波を放った。


「きゃあっ!」


 頭が割れそうな痛みに耳を折りながらもリアルが放った矢は、カルデスタイン伯爵にたどりつく前に分解してしまう。成人やカイの銃弾も、同じく分解してしまった。


「ナリトお、なんとかせえや、こりゃたまらん~」


 失速し、両耳を前足で下に引っ張りながらへろへろと地面に落ちたカイがわめく。リアルなど、ひきつけを起こしている。

 この攻撃は耳がいい者ほど効果的なのだろう。


 成人はカルデスタイン伯爵から目を離さず、素早く腰の革袋から紙片を取り出した。


 鳥の形に折られたそれを、宙へ投げる。


「行け、皇貴おうき!」


 ブーメランのように回転しながら舞い上がった鳥形の紙は、成人の命令に応えるように次の瞬間大鷹へと変じ、上空のカルデスタイン伯爵に襲いかかった。


「ふん、またあの女ゆずりの符操術か。こういうのを馬鹿の一つ覚えというのだ。

 こんなもの――」


 上がった右手の爪が伸びる。

 鋼製のくちばしと爪で攻撃してくる大鷹を、すれ違いざま横薙ぎしたカルデスタイン伯爵は、大鷹が体勢をたて直す前に横腹から引き裂こうとする。しかし次の瞬間、壊れた橋、その上の外灯を足場に大跳躍を果たし、宙に躍り出た白虎がその腕に食らいついて、肘から下をちぎりとった。


「……ッ!? なんと!?」

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