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第10回

「ち、ちょっと。あれマジ……?」

《逃げないでくださいよ、リアル。私だってOFFしたいの必死に我慢してるんですから》


 気持ち悪い、と後ずさりしかけたリアルをすかさずしかりつけた銀飾りは、少し間を置いてこそこそと、リアルにだけ聞こえるように音量を落としてささやく。


《カルデスタイン伯爵は獣邪ランクAです。すでにお手付きが入った獣邪に横やり入れるのは規則違反ですが、了承済みなら臨時の補助と称して加わっても問題ありません。

 先ほど確認しましたが、彼らは後金のコードを換金していません。駆逐パージ失敗がバレたとき、悪気はなかったと少しでも弁明を試みるためでしょう。

 その中から料金を請求しても、ゆうに3割はとれますよ。駆逐パージ失敗と虚偽の報告を協会に黙っててやることを条件に交渉すれば、4割取れるかも。そのつもりであなたもここに残ってるんでしょう?》

「それは、分かってるけどぉ……」


 否定はせず、とりあえずボウガンを持ち上げたものの、生理的嫌悪感から今一つ二つやる気になれない。

 近付きたくないわあ、とつぶやいたリアルが視界の隅にでも入ったのか、突然彼女の方にカルデスタイン伯爵の好色な目が向いた。


「おや? これはお美しい人猫のお嬢さんだ。初めてお見受けするが、きみの恋人かい?」

「あらやだ美しいだなんてっ」


 たとえ相手がこんな変態でもほめ言葉をもらうのは嬉しいのか、リアルは嬉々とはしゃぐ。


「そんなほんとのこと、いきなり言っちゃだめよ。まず名前を訊いて、形容詞まじりに細部から口説いてくれなくちゃだわっ。ねえ?」


 と少し離れた所で立っている成人に同意を求めるが、成人は変わらず無表情で無視だ。どちらかというと、そんなたわ言など初めから耳に入れてないようにも見える。

 成人を見つめて、カルデスタイン伯爵は感慨深気に目を細めた。


「おやおや。こういった遊びは向かないとみえる。高位の者のたしなみであるのだがね。

 それにしても、あの子どもがもうそんな年頃になっていたか。月日が経つというのは本当に早いものだな。

 他者に比べ長く生きるからといって、時間の流れにまで鈍くなるというわけではない。つい半年前までちらとも思い出しもしなかった存在とはいえ、それでもやはりわが目を疑ってしまうよ。すぐにのたれ死んでしまうに違いないと思っていた子どもが生きていて、あろうことかわれらと敵対する駆逐者パージャーになっていたとはね」


「えええっ!! ナリト、あんたこのド変態と知りあいなのっ!?」


 思いがけないカルデスタイン伯爵の言葉にリアルが目をみはって成人を凝視する。

 成人は、嘔吐おうとをやめて毛づくろいを始めたカイを肩に乗せていた。カイに驚いた様子がないところを見ると、知っているのだろう。

 成人はリアルをちらとだけ見返して、すぐにまた宙のカルデスタイン伯爵に目を戻した。


「違う。半年前までは面識もなかった相手だ。こっちは駆逐者パージャーであっちは駆逐パージ対象リストの獣邪。なら、敵同士と呼ぶのが一番妥当なとこだろう」


 カルデスタイン伯爵はくつりと嗤い。


「おやおや。ずいぶんと薄情なことを言う。可愛げというものを身につけることをきみに教える者は側にいなかったとみえる。

 まあ、あの木石男が父親では、そういう面に融通が効くはずもないか。

 残念なことだ。せっかく母君に似て、見られる容姿をしているというのに。

 きみがわたしを覚えていなくとも無理はない。よくよく考えてみれば、あのころのきみはまだ小さかった。なにせ、われらに追われる身という非常事態だというのに、母君の腹の中で平然と惰眠をむさぼっていられたくらいだからな」


 それを耳にして、どひーっ、とリアルは再度後ろへのけぞった。

 そりゃ『子ども』じゃなくって『胎児』というのが正しい表現でしょ? などと考えつつ、どうやら自分はものすごく場違いな場所にいるらしい、と心に汗をかく。


 どういった経緯を経てなのかはともかくとして、この2人は深い因縁のある同士だというのはリアルにもよーく分かった。馬鹿じゃないんだから。

 2人の間で流れる空気――カルデスタイン伯爵のほうは一応笑顔を浮かべているが――が背筋がぞくぞくするほど冷たく、言葉をますますしらじらしいものへと変えるばかりか、合間合間に挟まる沈黙が、それをさらにおどろおどろしくしていっている。


 まさに一触即発。ヘタなことを口にして、ちゃちゃを入れようものなら怒りの矛先がこちらへ向きそうで身じろぎもできない。

 そう考えた途端、体の端々でかゆみは起こるし頬の筋肉はひきつりだすし……。

 ああ、できることならただの石ころになりたいと、切実に願ってあせっているリアルのことなどまるで眼中にない2人は、表面上にはにこやかな会話を続け、しかし見えない刃を言葉の内に含み、互いの動きをうかがっていた。


「つくづくおしゃべりなやつだな。前にも言ったはずだが、もう一度言うぞ。

 おれは、きさまがおれの境遇をどう見ていたか知りたいなどと言った覚えはない」

「ほう? それは奇特な。普通、自分の預かり知らぬ場で他人に横やりを入れられた者は、理由を知りたがるものだとばかり思っていたが、例外もままあるということか。

 だがしかし、わたしはぜひとも教えてほしいのだよ。眼前で母君ごとむさぼり喰われ、魂のみとなってあの次元の最下層に堕ちたおまえとやつがどんなふうに生き延びてこられたか。実に興味深い。

 情報というのは交換するものだ。そう思わないかい?」

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