目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第9回

《カルデスタイン伯爵、ですか? 聞き覚えはあるんですが……ええと、ちょっと待ってください》


 銀飾りが点灯し、照合を始めた。


《――おや? 獣邪リスト・ヴァンプの項から削除されていますよ? 半年前の号には掲載されていたということは、|駆逐《パージ》済みということでは……》


 その言葉に、きらりん、と目を意地悪く輝かせたカイが、くふくふ含み笑いながら作業を中断して振り返ってきた。


「それ、わしが出したが。ちゃーんと倒したがやけどなあ、ナリト?」


 ちろ、と思わせぶりに成人を見上げる。


「うるさい。おまえは黙って仕事してろ!」

「まあまあ。それが聞いたってやー。

 わしら、ちゃあんとあいつ追い詰めて、全身串刺しにして動けんのうしてから指名手配リストからの抹消用証拠写真も撮ったがよ」


 本来リスト抹消用の写真撮影は完全に相手の息の根を止めてからだが、ヴァンプなど一部獣邪は死ねば死体が残らないため、瀕死状態での提出を許可されていた。

 もちろんその後駆逐パージまで完了させることは絶対とされており、破れば高額の罰金が課せられ、駆逐者身分証明書パージャーカードを失うことになる。


「転送も済まして受領もされて、後金用のコードまで転送してもろうて、さああとは駆逐パージするだけゆうときに、いきなりナリトがわがままゆいだし――ぐえっ」

「黙れと言ってるのが分からないのか」


 それ以上一言たりともしゃべらせまいと、ぎゅーっと首ねっこをねじり上げ、ぎりぎり喉を圧迫する。


「わ、分かったっ。もうゆわんっ。ゆわんき、やめ~っ」


 「今ここで毛皮はいで、おしゃべりなその舌引き抜いてやろうか」と本気の声で耳元で囁かれ、瞬時に青冷めたカイは、いそいそと陣を描く仕事へと戻る。

 小型の陣なので、ものの五分とかからない。


「全然分からないわ。一体どういうこと? 駆逐パージしたのに逃がしちゃったってわけ? もしかして完全焼却しきれてなかったとか? ヴァンプが他の獣邪より再生能力に優れてるって知ってたんでしょ?」


 リアルの質問攻めに、うっと喉をつまらせる。どうしても答えないとだめか? と目で訊きながら振り向くが、彼女は察してくれなさそうだ。

 成人は深々と息を吐き出した。


「……いや、それは、分かってたんだけど……」

「その言い方! あっやしいんだーっ。分かってたんなら、どうして――」



「11時方向、来るで!!」



 リアルの語尾をふさぎ、カイが鋭く叫んだ。

 今まで一度も聞いたことのない声だ。

 その左目は強烈な邪気の波動をキャッチして、赤々と燃えている。


「上空、距離80! 角度50から何か飛んできゆう! 4秒後到達、直径1.7弱!

 爪5本、40等間隔や!!」


 カイの言葉が終わるより早く、成人はリアルを抱き寄せてしゃがみこむ。直後、2人を中心に5本の細い柱のような物が橋を貫いて吃立し、地面へ突き刺さった。


「きゃあああっ!!」


 破壊音に耳をふさぎ、悲鳴を上げたリアルたちの頭上から、パラパラと瓦礫が落ちてくる。

 5本の細い柱がシュルシュルと空へ巻き戻って行くと同時に、円形にくり抜かれた橋の塊が降ってきた。間一髪でそれを避け、橋の下から転がり出た成人はリアルを突き放し、空を仰ぐ。


「久しいな、少年よ」


 私は強力な獣邪であるとの自己主張に違いない、強烈な青白い光を周囲に放ちながら、カルデスタイン伯爵が中空に立っていた。


「待ちかねたぞ。空を飛べぬというのは存外不便なのだな。わたしにとって一夜の距離に、よもや半年もかかるとは」


 ふっ、と目を伏せ息を吐くと髪を杭きあげる。その動作がいちいち気障ったらしい。

 成人は立ち上がり、服についた土埃を払った。


「あいにく足になるような物は持ちあわせてなくてね。

 それよりおまえこそ、この地でもだいぶ暴飲暴食を重ねたようだな。半年前よりだいぶ太って見えるぜ」


即座にカルデスタイン伯爵の眉が反応した。


「太る? この私が? 失敬な」


 どこがだ? と言うように、それまで全身を包みこんでいたマントを広げて全身をさらしてくる。

 それを目にした途端、それまで「あらっ、いーい男じゃなーい。駆逐パージしちゃうのもったいなーいっ」と目を輝かせてうっとり見つめていたリアルまで、うっ、と声を詰まらせて顔をしかめる。


 なぜなら、金銀ラメ入りの紫のタキシードにモール糸でできた赤の蝶ネクタイというだけで十分異様だというのに、きらきら輝くマントの内側には、なんと七色のスパンコールとビーズがバラの模様で縫いつけられていたのだ。


 よくよく見れば、後ろにきっちりと撫でつけられた長い髪にもラメが散りばめられている。


「見よ、この均整のとれた美しい体、光輝かんばかりの顔を。美しいだろう? 見事ではないか! 古今東西これほどの美形が一体どこにいたというのか?

 非の打ち所がないというのはまさにこれ。これぞまさしく生きた芸術!

 耳を澄まして聞きたまえ、鳥たちですら聴き惚れんばかりの類いまれなこの美声を!

 どこをとっても完壁ではないか。そうとも。わたしにかなうものなど、今まで、そしてこれからも、永遠に存在しえないのだ。美の女神すら私の前では恥じ入って物陰から出てこれぬと皆言うそ。そうとも、わたしは誰より美しい!!」


 ふふふふふ。と心底からそう確信しきっている笑みを浮かべて手鏡をとり出すと、爪で髪をなでつけだす。映った自分の面にうっとり見惚れ、ためいきまでつく始末だ。


「……あーーーっ!!! いややーっ!!! またこんなド変態の相手せなあかんなんてーーー!!!」


 毛に埋もれて見えないが、突発性湿疹に襲われたようでバリバリバリっと全身をかきまくったカイが、全部おまえのせいや! と涙目でナリトの胸倉につかみかかった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?