公園を出てから約半時間後。成人はリアルの案内によって、川べりを歩いていた。
初めて来た場所。光源となるものが一切ないのでどこまでが土手でどこから先が川なのかも分からないという、なかなかスリリング極まりない道程である。唯一の頼りは、流れる箇所によってわずかに変化する水音くらいだろう。
「なんでよりによってこんなうす気味悪いとこに来たがるの? 来るにしたって、夜が明けてからにすればいいのに。
あっ、それとももしかしてあんたもヴァンプ・パージャー(吸血鬼専門)なわけ?」
さすが遠くのビルからカイを視認できた人猫だけあって並以上に夜目がきくようで、小走りに先へ進んでは成人が追いつくのを待つよう振り返り、話しかけてくる。
《ヴァンプ・パージャーリストに、ナリトという名前はありません、リアル》
「んもお。あたしはナリトに訊いてるのっ。いいからあんたは黙ってて」
リアルは口先を尖らせて、のど元のWAIDに不服をとなえる。
「違うよ。ヴァンプ・パージャーじゃない」
成人は、さして足元に注意を払っている様子もなく、非常食コインをぺちぺちしゃぶりながらぼんやりと発光しているカイを肩に乗せたまま、道を歩いていたときと同様の速度でてくてくと川べりを歩いていた。
「だよねー。あんた、のどや目や手に
……あっ、馬鹿にしてるわけじゃないのよ? 誤解しないでねっ。人間の体って基本形だから、どんな獣邪にも対応できるように変えることができるもん」
自分の使った言葉のまずさに気付き、あわてて補足をしたリアルの指が、そこまで言って自分の右目を差す。
「その目。自前じゃないでしょ? すっごく精巧にできてるみたいだけど」
その問いを受けて、リアルの夜目にも気付かれない程度に、成人の頬が反応した。
「かなり高位の念が入ってるわね。じゃなかったらこの
でも、あんたくらい自然なの、初めて見る。のどに付いてるのと同じで外部によけいな部品出てないし、きっと昼間だったら全然気付かなかったわね。
それって協会の最新モデル?」
笑顔で、無邪気さを装ってのその質問に、成人は答えなかった。
無関心顔でふいとそれた視線にリアルの眉が引きつったが、あきらめないと、しつこく視線の先へ回りこむ。
「人間ってさ、そういうことできるからいーよねー。ヴァンプなりワーウルフなり、専門にしたいの決めてから、対応する体に作り替えられるんだもん。
せっかく人間として生まれたのに、危険な
でも、あたしたちみたいな生まれつきはだめ。なれるものがあるのに別のがいいなんて、不精だわがままだって言われて、まともに相手してくれないの。
あたし、ほんとはゴースト・パージャーになりたかったんだけどさ。ほら、あれって協会にくる依頼量年間通してトップじゃない。でもあれって霊視できる目が必要なのよねー。
それでも初心者のうちは『お金ためて絶対目の手術受けてやるんだ』とか思ってるんだけど、そうやってヴァンプ・パージやってるうちに、こっちの方が自分の性にあってるんだって気付いちゃう」
ウィンクをして、えへへっ、と舌を出して笑うリアルに、つられるように成人も苦笑を返した。
先にリアルの言った通り、これは厭味ととられてしかたのない言葉の羅列なのだが、不思議と腹は立たない。それは、彼女の底抜けたあかるさと真正直さにあるのだろう。
きっと彼女の言葉は言葉どおりで、それ以外に他意はないからだと納得して、成人は土手の際で立ち止まって自分を待っている彼女の横に並んだ。
「ナリトは、ヴァンプ・パージャーじゃないんだよね。じゃあ、見物にきたんだ。結構いるんだよね、そういうパージャー。うわさを聞きつけて、今後の参考までに現場を一目見たい、ってさ。ま、あんな立派なの残されちゃあ見たくもなるってものよね。
さあ着いた。ほら、あそこよ」
成人が横に着くのを待ってリアルが指差したのは、10メートルほど先にある、橋の下のコンクリート壁だった。