今度は何を考えているのか。まさかコートの弁償をごまかす気かとあやしむ成人とカイの前、リアルはここからゆうに400メートルは離れている、正面のビルを指差した。
この距離でカイを判別できたとは、さすが人猫というべきか。
ビルを見つめる成人の横顔に、リアルは満足気な顔で猫そのもののようにすすすと距離を縮め、彼の腕へと身をすり寄せる。
「ねえ。あんた、この町の
いつ来たの? この町は初めて? よかったら案内したげよっか?
宿もいいとこ知ってるから教えてあげる。安くて、部屋もきれいだし、なんたって主人が善良なの! 最近多いもんね、寝てる客殺して金品奪っちゃうっていう宿屋。そんなのにひっかかっちゃつたら大変だもの。
ああ気にしないで。先の失態のおわびよ、お・わ・び」
下心を隠せているつもりでひと一倍はしゃぐリアルに、成人の怪訝そうな目が向く。が、すぐにその目は足元へと下りてしまった。
そこではカイが、目尻に大粒の涙をもりもりとためて、成人のズボンの裾を引っ張っている。
実は、先に受けた仕打ちに対してせめてのしかえしにと、彼女が成人に向けて話している間中、足首に噛みついてやったり爪で引っかいてやったりしようとしていたのだが、リアルは目もくれずに気配だけでそのことごとくを軽くあしらってしまっていたのだった。
「わしこいつきらいー。はよ行こー」
「あーよしよし」
両耳の間にまんじゅうのようなたんこぶまで作り、くすんくすんとくやし涙を流すカイを抱き上げて、丸まった背中をさすってやる。
「なっ、なによお。そいつの方こそ悪いんじゃない! ひとの足元うろうろして、こそこそ小細工してきて! 虫かと思ったんだからっ」
これでは自分が弱い者いじめしたみたいじゃない、とあわててまくしたてたリアルだったが、そのこじつけは自分でも無理があるなと思ったのか、言い終わった直後、ふいっと顔をそむけて腕組みをしたものの、強気は崩さない。
「大体、そんなコウモリ羽、堂々広げてたりするから間違っちゃったんでしょ? 人食いヴァンプが出たって大騒ぎしてるこの町で、そんなことしてた方が絶対悪いんだからっ!」
「だとさ、カイ」
「わし、コウモリ猫ぢゃないもん」
鼻水をすすり上げながら、恨みがましい目で肩越しにリアルを見つめる。
「……じ、じゃあその羽はなんだっていうのよ! 先っちょがツンツンしててさ。紺色した薄い皮膜の羽なんて、コウモリ猫以外の何者でもないじゃない」
「そうだ。おまえはコウモリ猫だ」
成人までリアルに加担して意地悪の後押しをしてくるものだから、とうとうカイは「うわーーんっ」と本当に泣き出してしまった。
ぎゅむ、とコートに爪をたてて成人の胸に顔を伏せ、ぴーぴー泣いている。そんなカイを片手で抱き、立ち上がった成人は、あらためてリアルに正面を向いた。
「おれは成人。こいつはおれの相棒で、半有機生命体のカイだ。きみのチョーカーと同じく、協会発行のパージリストとの照合から周囲の索敵・
で、さっそくだけど、その人食いヴァンプが出たって場所に案内してもらえるかな?」