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第3回

 スチール製の矢が塀に突き刺さる。

 かすかにした重い弦を弾くような音に気付けたおかげでかわせたものの、かわすのがもう半瞬も遅ければ二人並んで心臓を貫かれていたのは間違いない。


「なんやなんやー?」


 突然の出来事に驚き、コウモリ羽をバサバサしてカイが後退する。バシッと今度は上空から撃ち出される音がしたと思うや、ピンと立った両耳の間をまたもやスチールの矢が通りすぎた。

 体の半分以上が生きた機械バイオメカニクスでできているカイの体は、わずかだがうすぼんやりと青白く発光しているため、たとえ暗黒月の闇の中でも標的にしやすいのだろう。

 特に相手が、暗黒月の暗闇の中でも問題なく動くことができる者であるならば。


「なんながーっ!!」

「いつまでもびびってないで、さっさとサーチしろ! 標的はおまえなんだぞ! それとも死にたいのか!!」


 細路地に飛び込んだ成人は、後頭部を抱っこするようにしがみついていたカイを無理やりひきはがし、怒鳴りつける。

 塀と塀の間にあるこの細路地は成人の肩幅より少し広い程度でしかない。塀の片方にぴたりと背をつけ、先まで歩いていた道をにらみつけた。

 吹き抜けた風が砕ける気配で、この細路地がすぐ先で行きどまりになっているのは感知している。塀は高い。足場とする物もなく、助走もなしでは飛び越せない高さだ。

 もっとも、上空から撃ちこまれたことを考えれば、そうそう塀を越えて無防備な姿をさらすわけにもいかないが。


 敵の武器は、音からしてボウガンに間違いない。しかもかなり強力な物だ。はたして何者か。暗黒月の夜にうろつく一般人はいない。人間を襲う獣邪であれば、武器は使えないはず。念結師たちによって暗黒月の夜のみ張られる不可視のドーム壁は、高い知能を持つ獣邪の侵入を拒絶する。


 一口に獣邪といってもその能力は多種多様で、普段からドーム内に入ることを許可されている獣邪――当然ながら人間を襲う力と意志は、念糸布で封じられている――がいる以上、相手は低級とは必ずしも決めつけられないが、今まで駆逐パージしてきたやつらは1匹の例外もなく、己の爪と牙と怪力で引き裂きにかかってきた。


 やつらが人間を襲う理由は大別して2つ。弱肉強食の本能からくる食欲と、獣としての狩りの本能を満たすためのなぶり殺しだ。


 たとえ武器を使用したとしてもそれは足止めが目的で、即死させることではないはずだ。なのに最初の矢は間違いなく心臓を狙っていた。自分たちを殺すことを第一にしていたということだ。加えてあの第一声。


 今日初めて来たこの町で自分たちを狙うのであれば、十中八九、相手はやつの手の者。


(……眷属か、それとも金で雇われたゴロツキか)


 攻撃を受けて数瞬後には思考を組み立て終えた成人は、腰の革袋に指を入れ、無音で何かをつぶやき始める。


「カイ、まだか。次がくるぞ」

「ゆうたって、どいつもこいつも全然感知せんがなー。

 ナリトお、ゆいたかないけんど、こいつたぶん獣邪ちゃうでー」


 両耳を前足で引っ張って地面に伏せ、ただでさえ小さな体をますます小さくさせたカイがおびえた声で答える。


(獣邪じゃない?)


 思いもよらなかった返答に成人が口呪をいったん中止する。

 足元のカイへ視線を向けると同時にまたもや矢を放つかすかな音がして――しかも今度はさっきより距離が近い――矢が撃ち込まれた。


「チッ」


 身をそらし、後ろへ跳ぶことと地面についた手で屈伸する動作が一連の動きで行われた。簡一髪で初撃をかわすことはできたが、2撃目、3撃目が動きを追って、続けざま撃ち込まれてくる。

 いや、追っているのではない。彼の動きを読んで、その先へ撃ち込んでいるのだ。

 このままでは射貫かれる――両手の間に撃ち込まれた矢にそれとさとった成人は、一際高く跳んで距離を取った。

 路地を抜けて着地すると同時に風が頬をかすり、熱い痛みが遅れて走る。


「獣邪じゃないだって……?」


 困惑するが、相手が獣邪じゃないからといってされるがままになる理由はない。

 背側に挟んであった片手銃をかまえた成人の前、塀の上へ、ふわりと無音で何者かが降り立った。


「ちょっとあんた。さっきから何よ、うっとおしいわね! 邪魔しないでよ! その獣邪はあたしの獲物なんだからね!!」


 両足を踏ん張り、ボウガンを持つ手を腰にあてて憤慨しながら文句をつけてくるその人物は、フサフサの耳と赤茶のしっぽ、それに小さな牙を持つ、人猫の獣邪だった。


 人猫にもいろいろあり、外見も中身も種族によって大きく違ってくるが、彼女の場合、耳と尾さえなければ人間でも通る姿である。


 見るからに憤っているが、ボウガンは降ろされている。姿を見せたということは、これ以上問答無用で撃つ気もないということだろう。

 人猫を刺激しないよう、背中に大の字でぴったり張り付いているカイにこそっと問う。


「おまえ、なんか恨みでも買ったのか? 相当怒ってるみたいだぞ」


 体は小さく、子猫のような外見をしているが、悪食で好奇心旺盛、初めて目にした物なら何でも一度はかじってみないと気のすまないカイのことを思うと、獲物を横取りしたとかいう食い物系の恨みが一番あり得そうだ。

 しかしカイは成人の肩口からちらりと人猫を盗み見ただけで、首を横に振った。


「わし、あんなやつ知らんーっ」

「いっ、いててっっ」


 ぎゅむ、と爪を立ててますますしがみつかれた。

 ぎゅうーっと目をつぶり、怖いよー、怖いよー、とそればかりつぶやいている姿は多少演技くさかったが、それでもうそをついているようには見えない。

 と、すると、だ。


「あのー、猫違いじゃないか?」


 この場合、それが一番妥当な線に思えて訊いたのだが、成人の返答を聞いた途端、人猫は肩をいからせた。


「なによ! 今さらそらっとぼける気!?」

「いや、だから猫違いだと。おれたちがこの町へ来たのはついさっきで――」

「それともあんたもそいつの仲間なわけ!? なら遠慮なくやらせてもらうわねっ!」


 相当気が短いのか、最初から耳に入れる気がないのか。成人がひと通りしゃべり終わるのも待たずにさっさと結論を出して、またもやボウガンを連射してくる。


「だから猫違いだって!」


 近距離から向かってくるそれら全ての軌道を読み、避けた成人を見て、人猫はヒュウと口笛を鳴らした。


「へえ。けっこういい反射神経してるじゃない。これならリスト外でも百万はかたいわね」


 喜々とした声でそう口にした直後。人猫は突然空中につり上げられた。


「きゃあーーーっ!!

 な、なになになになになにっっ!?」

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