「突然呼び出してすみません。お忙しかったでしょう?」
本当に申し訳なさそうに言うNo.21に、クレアは笑顔で答えた。
「いいえ。ようやく気持ちの整理もついてきたところで……。何かあったんですか?」
投げかけられた言葉を受け止めかねて、No.21は顔を伏せる。何事かと首をかしげるクレアに、彼は思い切って切り出した。
「急な話ですが、今日いっぱいでこちらの任務を解かれることになりました。明日一番の便で、テラに戻ります。それをお伝えしようと思って」
予測通り驚きの表情を浮かべるクレアに、No.21は困ったように言葉をついだ。
「お伝えしようか迷ったんですが、今回はケースがケースな物でしたから……あの、大丈夫ですか?」
「え、ええ……お二人には本当にお世話になりました。何だか……」
寂しげにつぶやくクレアから、No.21は視線をそらす。
だが、延々と沈黙に耐えられなくなったのか、あわてて付け足した。
「何と言って良いのか解りませんが、安心してください。今回の件を知る者は少なくともマルス上にはいなくなる訳で……ええと……」
「これからもどうにかやっていくつもりです。でも知ってしまったという事実は消えません」
再び両者の間に沈黙が流れた。このわずかな期間で彼女の身の上に起きたできことを思えば、当然のことだろう。
「でも、あなたは間違いなく『ヒト』です。人間として生まれた事実がある。自分たちとは違って」
そのNo.21の言葉に、クレアは顔を上げた。
いつになく神妙な顔をしたNo.21が、そこにいる。
「自分たちがどんなに笑おうが泣こうが、それは与えられた〇と一の集合に過ぎません。でも、あなたは違う」
こらえきれなくなった涙が、クレアの瞳からこぼれたた。
「ごめんなさい……お二人とも、私のこと、心配して下さっているのに……」
「気になさらないでください。……巻き込んでしまったのは、こちらですから」
それからNo.21は、万一今回のことで不利益を被ることがあったら、速やかに知らせて欲しいと、一枚のメモを手渡した。
「自分への直通回線です。一応惑連の第一級最高機密ですので、決して他には知られないようにしてください。特に支部長さんみたいな方には」
冗談めかして言うNo.21に、クレアは笑ってうなずいた。
そして、ふと何かを思い出したかのように口を開く。
「この間……お見送りの時、これを渡しそびれてしまったんです」
彼女がバッグから取り出したのは、ありふれた封筒だった。
御礼状です、とはにかむように微笑みながら言うと、彼女はNo.21にそれを手渡した。
「たぶん無駄なことかもしれませんが、今度会われたら渡していただけませんか?」
その言葉が何を意味しているのか、No.21は痛いほど理解していた。
しかし、それをクレアから受け取ると、彼はさも大切そうに内ポケットへしまいこんだ。
「解りました。次に少佐殿が『起きる』時には、必ず」
そう言うと、No.21は少し照れくさそうに敬礼し、お元気で、と言い残して去っていった。
マルスで起きた事件は、こうして幕を閉じた。
途切れた記憶 了