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第6話 真実

「なるほど……そういう訳か」

 No.5の中で何かが繋がったようだった。

 互いを見つめ立ち尽くす女性二人を見比べてから、彼はいつもの抑揚のない口調で言った。

「No.14、専門的見解とやらを聞こう。すべてはそれからだ」

 その声で、No.14と呼ばれた女性は我に返ったように一礼した。そして落ち着きはらった口調で言葉を継いだ。

「失礼いたしました。まず、現場周辺の衛星写真なのですが」

 その言葉に呼応するように、モニターにはマルス全景が映し出される。

 拡大します、とのNo.14の言葉にNo.5はうなずくと、画面はロサ宇宙港周辺に切り替わる。その地域の異常さは、火を見るよりも明らかだった。

 宇宙港から街へと向かう道路を取り巻くようり緑がぽっかりと抜け落ちて、赤茶けた大地が長方形に広がっている。それを一目見るなり、クレアは小声で言った。

「これは……Mカンパニーの工業団地の予定地ですか?」

「ミス・デニー、ご存知なのですか?」

 クレアはNo.5の問いかけにうなずいてから、ここは採算のメドがたたず不良債権化している場所のはずです、と付け加えた。

 画面の向こう側で、No.14がその答えを引き継いだ。

──おっしゃる通り、用地買収後整地を行ったとの記録はありますが、その後の具体的着工の形跡はありません。Mカンパニーの公式資料では、計画は結局白紙撤回され、その後は何ら手は入っていません──

 その言葉に、No.21は思わず首をひねる。

「ならば、どうしてこんなに綺麗な状態なんです? 周辺の緑地から種の一つくらい飛んでくると思うんですが……」

 腕を組み画面を見つめていたカスパーも、それに同意する。

「あの社長が何の役に立たない土地の草刈りなんて、するはずがないでしょうから……これは一体……」

 顔を見合わせるNo.21とカスパーをよそに、No.5はぽつりとつぶやいた。

「……資料によると、数年前に群発地震があったと聞きましたが」

 けれどクレアは首を横に振る。

「特にこれと言って被害らしいものはありませんでした。それが何か……」

 そうですか、と答えてから、No.5は他に注目する点はないか、とテラに向けて問うと、No.14は即答する。

──これは、予定地周辺で当局が撮影したものです──

 赤茶けた大地の上にいたのは、双頭のトカゲや五本足のカエルなど、常識では考えられない物だった。

 異形の姿を持つ小動物の数々に、マルスの面々は等しく言葉を失う。そんな彼らの頭上を、No.14の感情の無い声がよどみなく流れていった。

──いずれも何らかの化学物質による汚染の影響と考えられます。原因物質が何であるかを絞り組むまでには至っていませんが──

「調査を行う口実としては充分、というわけか」

 どこか突き放したようなNo.5の言葉を、No.14は肯定も否定もしなかった。

 帰ってきたのは、他に何か必要な物はないか、という問いかけだった。

「帰還後に、さしあたって左腕。……それと我々の生みの親の詳細なデータを至急送ってくれ」

──承知いたしました。では──

 No.14が一礼すると、モニターは再び灰色に戻る。

 No.5はしばらくの間それを見つめていたが、やがて低くつぶやいた。

「どうやら、茶番に利用されていたようだな」

 思いもかけないNo.5の言葉に、一同の視線はそちらに集中する。

 モニターを凝視し続けるNo.5に、No.21は尋ねた。

「茶番って……一体どういうことですか?」

「惑連本部は以前からMカンパニーに目を付けてはいた。だが、決定的な証拠に欠けていたため手出しができなかった」

 一度言葉を切ると、No.5は改めて各々の顔を見回す。

 しかしただ一人、カスパーだけがばつが悪そうに視線を逸らす。

 納得したように一つうなずくと、No.5はさらに続けた。

「本来今回のような調査には、人権専門の情報部員があたるはずだ。にも関わらず当局は我々を派遣した。これを説明するとなると……」

「別件捜査……ですか?」

 No.21の言葉を、No.5は肯定した。

「Mカンパニーが我々に協力するか否かで判断しようとしたんだろう。結果、当局は賭けに勝った」

 再びNo.5は言葉を切った。一同は、あとに続く言葉を固唾をのんで待っている。

「きっかけとなったのは、群発地震と不自然な荒地の衛星写真。大方開発が禁止されている化学兵器の大規模実験を地下で行っている、と考えたんだろう」

 一片の感情も無いNo.5の声で語られると、強烈な皮肉が込められているように感じる。一同は返す言葉も無く立ち尽くしていた。

 重苦しい沈黙が流れる中、突然電子音が鳴り響く。先程注文した資料が届いたことを知らせる物だった。

「加えて貴女が被疑者となり『彼』が絡んだことで、当局はMカンパニーが何をしようとしているのか理解したのでしょう」

 その言葉が自分に向けられていることに気付いたクレアは、訳がわからず二、三度瞬きする。一方No.5は立ち上がり端末に歩み寄った。

 No.21の操作で、モニターにはある人物の顔が映し出される。その人物に、クレアは小さく悲鳴を上げた。

 忘れもしない、彼女の目の前で狂喜の笑みをうかべながら実験を指揮していたその人だったからである。

「ここから先は、貴方の方がお詳しいでしょう、支局長殿」

 画面上の文字を目で追うNo.5の言葉に、カスパーは青ざめた顔で後ずさった。

「ご、ご冗談を……いきなり何をおっしゃるんです?」

 そう言ってカスパーは笑い飛ばそうとしたが、不発に終わった。

 No.5の硝子色の瞳は次々とデータを吐き出すモニターに固定され、カスパーを顧みようともしない。ただ、冷たく言葉を投げかけるのみだった。

「では質問を変えましょう。以前にも申し上げましたが、我々特務は惑連の最高機密です。我々の存在を知った上で退官する高官などには、それなりの処置がなされるほどの」

 抑揚のない声で語られる言葉は、容赦なくカスパーに突き刺さる。

「つまり、我々を知る人間は、ある程度限定されるのです。しかし貴方にはそれらの他人との接触は無い。ある一人を除いて」

「いや、ですから従軍記者時代、人づてに……」

「噂の類を信じる根拠は、一体なんでしょう? 第一貴方は司令官級と行動を共にし、後方で楽をする様な方ではないはずだ」

 二人のやり取りを、言い難い表情でクレアは見つめている。それに気付いたカスパーは、大きく息を吐き出した。

「……降伏しましょう。何より真実を隠すのは私の性に合わない。……ただ……」

 心配そうなカスパーに向かい、クレアは気丈にも微笑んで見せる。

 それを見たカスパーは、しばし高い天井を仰いだ。

「まだ駆出しの頃でした。彼に会ったのは……」

 画面の向こうで誇らしげな笑みを浮かべているテルミンに向かい、カスパーは回顧とも嫌悪ともつかない口調で語りだす。

「あの頃既に、彼はすごい奴だった。『Doll計画』を牽引していると言っても良かったんじゃないかな」

 そう前置きして、カスパーは懐かしむように語り始めた。


     ※


 惑連担当の若手記者カスパー・クレオが新進気鋭の科学者ニコライ・テルミンに初めて出会ったのは、とあるレセプション会場でのことである。メモパッドを片手に会場内をかけまわるカスパーが、前方不注意でテルミンと衝突したのがきっかけだった。

 物腰も穏やかで微笑を絶やさないテルミンに、カスパーは『学者=堅物』という思いこみを改めさせられた。

 一方裏表無く加えて明るい性格のカスパーに、いつしかテルミンのほうも打ち解けていた。

 弱小メディアの新米記者と、惑連のエリート研究員。

 これまでまったく異なる人生を歩んで来た二人の間に、顔を合わせれば世間話をし、都合が合えば食事を共にするような付き合いが、本の偶然から発生したのである。

 ある日、いつもの如くスクープを求めて惑連本部をさまよっていたカスパーの視界に、いつになく取り乱したテルミンの姿が入ってきた。

 カスパーが軽く手を挙げ声をかけると、青ざめた顔をしたテルミンは足速に近付くなりこう言った。

「すみませんが、車をお持ちなら出していただけませんか?」

 その言葉に尋常でない響きを感じ、カスパーは快諾しながらも何事かと尋ねた。

 と、テルミンはせきを切ったように語りだす。

「娘の様態が急変したと、たった今病院から連絡があって……。あいにく私はメトロ通勤で、一刻を争うのですがタクシーは到着まで時間がかかると……」

 見かけによらずテルミンが子煩悩である事はカスパーも知っていたが、病気のことは初耳だった。テルミンのあまりの取り乱しように、カスパーは取るものもとりあえず自らの車で指定された病院へと向かった。


     ※


「お嬢さんはどちらがお悪いんです? 差し支えなければ……」

 言ってしまってから、カスパーは後悔した。記者の習性がこんな時にも出てしまったからである。

 けれど、テルミンにそれを気にする余裕もなかったのか、とつとつと語り始める。

「先天的に心臓が……。技術的に人工臓器には問題はないにも関わらず、心臓だけ倫理期間がうるさく未だ実用化できないのはご存知の通りです」

 最先端の技術に関わっていながら、娘ひとり助けることもできない。そう言いがっくりと方を落とすテルミンに、カスパーは心底同情した。

 確かに医学の進歩は目覚ましいものがあるが、生命倫理機関がその行き過ぎにストップをかけているのも事実である。

 病院に着くなり謝辞を述べるのももどかしく走り去っていくテルミンの後ろ姿を、カスパーはなんとも言えない思いを抱いて見送った。


     ※


 そこでひと度言葉を切り、カスパーはどっかりと腰をおろした。

「しかし、あそこで気が付くべきだった。あの時すでに奴は常軌を逸していた、と」

 深くため息をついて、カスパーはさらに続ける。

「その直後でした。派手にサイレンを鳴らして救急車が病院を出ていったのは」

「行き先は、惑連内にある博士の研究室ですか?」

 感情のないNo.5の声。カスパーは力無く頷き、言葉を継いだ。

「走り出してきた夫人から事情を聞いて、一緒に惑連に戻りました。ですが、夫人の入館手続きに手こずって……。やっとのことで奴のところに駆けつけると……」

 思い出したくない事実を脳裏に描いているのだろうか。カスパーは苦悩の表情を浮かべ、しばし迷ったあと絞り出すように言った。

「奴の研究室には、馬鹿でかい試験管のようなものが二つ。その中に女の子が一人ずつ、液体の中に……。まるで標本のようでした」

 一同の視線が、クレアに集中する。

 すでに彼女の顔は色を失い、ふらつく身体を壁に預けようやく立っているような状態だった。

 No.5はそれを意に介することなく、常と変わらぬ平板な口調で告げた。

「この先を聞くのは、余りに酷でしょう。よろしければ、別室に……」

「いえ、自分のことですから……逃げません」

 力強いとは言い難いクレアの言葉にわずかにうなずいて、No.5はカスパーに続きを促した。


     ※


「一体、何を……こいつは……」

 カスパーは気を失いかけた夫人の肩を抱え支えつつ、かすれた声でようやくつぶやく。

 一方のテルミンは、思いがけない来客に向かい誇らしげに笑ってみせた。けれどその瞳には、異様な光が宿っている。

「頭部を健康な身体に移植するんです。臓器ではないから倫理機関の規定違反にはなりませんし、何より娘の細胞から培養した物ですから拒絶反応も心配ありません」

「でも……そんなことが許されるとでも思っているんですか?」

 しかし、カスパーの絶叫は真っ白な室内に虚しく響くだけで、テルミンの耳には届かない。

「元の身体も殺しはしません。傷がふさがり次第、人工心臓を移植します。私の娘は、二人になるんですよ」

 おかしい。何かが間違っている。

 カスパーの脳裏でそれらの言葉がぐるぐる回る。

 しかしそれを口に出せずにいる彼の不安をあおるように、テルミンは続けた。

「無為に失われていくすべての生命を救うのが、我々研究者の使命です。『Doll』計画がこの子……クレアのために役立ったのも、見えざる者の意思でしょう……」


    ※


 カスパーの言葉は、そこで途切れた。

 しばしの沈黙の後、追討ちをかけるかのようにNo.5がテルミン博士のデータを抑揚のない声で読み上げた。

「ニコライ・テルミン。医学博士。特務の基礎となる『Doll計画』を立案、実行。No.0からNo.14の開発に携わる。プロジェクトから離脱後、各支部で技術指導にあたる」

 その言葉が終わらぬうちに、緊張の糸が切れたのかクレアは崩れ落ちるように倒れる。

 意識を失った彼女を仮眠室へ運ぶよう、No.5はNo.21に促す。両者の姿が完全に見えなくなってから、カスパーは頭をかき回しながら言った。

「ショックと心労で、夫人は程なくして亡くなりました。奴の方もことが公になりかけて、中央を離れざるを得なくなって……。結局あの子は一人取り残され、マルスの親戚へ預けられました」

 法律に疎い奴に変わって手続きを取ったのは、全て自分です。

 そう毒づくように言ってから、カスパーは大きく息を吐き出した。

「では、あの事件を記事にされたのは……」

「自分もあの時片棒を担いだようなものですから、罪滅ぼしも込めてね。まともな惑連職員が目を留め、救いの手を差し伸べてくれれば、と」

「貴重な証言をありがとうございました。今後、テラの本格的な調査が入るでしょう。その際、貴方と彼女に何ら不利益が及ばぬよう、尽力します」

 事務的な口調のNo.5に何か言い返そうとして、カスパーは腰をうかせる。それを遮ったのは、いつの間にか戻ってきていたNo.21の声だった。

「彼女、よく寝てますのでご安心ください。支局長殿も少し休まれたらいかがですか?」

 にっこりと笑うNo.21に毒気を抜かれたのか、カスパーは思わずうなずいていた。

 No.21に促され仮眠室へと向うその姿が視界から消えると、No.5はゆっくりと目を閉じた。

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