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第5話 二人の女性

「……応答せよ! こちらMカンパニー。惑連、定時連絡はどうした?」

 Mカンパニーのオペレーション室では、先程から緊迫した空気の中で惑連との通信を試みようとしていた。しかしモニターには砂嵐が吹き荒れるのみで、虚しく呼び出しのランプが点灯するのみである。

「ずっとこんな調子です。非常事態が発令されたのは確かなようですが……」

「それはいつ頃のことだ?」

「……十七時から十八時の間かと……」

「ならば何故、その時点で報告しないんだ!」

 小さくなるオペレーターに、プライスは怒声を浴びせかける。彼の元に連絡が来たのは、異常が起きてから少なくとも三時間は過ぎていたのだから無理もない。

「まったく、どいつもこいつも……」

 そこまで言ってから、プライスはそれに続く言葉を無理矢理に飲み込んだ。背後からのテルミンの陰湿な視線を感じたからだ。

 一つ深呼吸をして平静を取り繕ってから、プライスは振り返る。そして、一応年長者を立てるという風を装って、テルミンに意見を請う。

「いかがですか? 長年惑連に籍を置かれるお立場からの見解を拝聴したいのですが」

「二条の発令だな。予想以上の興味深い展開だ」

 面白くて仕方が無いとでも言うように低く笑うテルミンを前にして、プライスは忌々しげに、かつ周囲には漏れ聞こえないように小さく舌打ちした。

 目の前にいるかつてのエリートは、協力者にして最大の援助者である彼の反応を楽しんでいるように見える。もともと鼻につく言動はあったが、これほどまでに憎らしく感じたのは、今回が初めてだった。

「二条の発令? 我々にも理解できるように説明文していただけますか?」

 しかしどんなに嫌悪感を抱いても、この場はテルミンに頼るしかない。不機嫌を絵に描いたような顔で尋ねるプライスに、テルミンはさらにその憎悪をかき立てるかのように得意げに笑う。

「惑連法の裏と言われる、特例の二条だ。かなりの上席者しか見ることはないと思うが」

「つまり、どういうことですか?」

 事態は一刻を争うのに、前置きを長々と語っている場合か。

 口には出さないまでもプライスの言葉の端々にそれを感じたのか、ようやくテルミンはスポンサーをからかうのを止めた。

「待ちに待った特務が出てきたということだ。おそらくあの建物のなかでひと騒動……いや、終わったところかな」

 プライスにとって不吉極まりない予言が成就するまで、さほど時間はかからなかった。

 それまで沈黙を保っていた惑連との回線が、突然開いたのである。

「つ、つながりました!」

 報告を受けるやいなや、プライスはオペレーターを押しのけるようにしてモニターの前に陣取った。回線はつながったものの、相手側が映し出されるはずのモニターは砂嵐のままである。

 惑連の中で何が起きたのかを説明している抑揚のない声が、スピーカーから流れてくるのみである。

──……繰り返す。こちらのマルス惑連。本日一八〇〇をもって、特例二条の発令にともない通常の業務を停止する。繰り返す……──

 あまりにも生気のない淡々としたその口調は、電子音声を再生しているかのようで、プライスは悪寒を感じた。しかし部下のいる点前、怯んでいる様子を見せるわけにもいかない。

 事実を確かめる為に、彼はオペレーターからヘッドセットを奪い取り、マイクに向かい叫んだ。

「所属と姓名を言わないか! テロ勃発の可能性とテラの惑連に通報するぞ!」

 ハッタリである。

 けれども、一瞬録音の様な声が途絶えた。

 沈黙が空間を支配し、双方に緊迫した空気が流れる。

 ややあって、例の声が再び聞こえてきた。

──現在マルス惑連においては、シリアルID〇一二・〇・〇〇五が指揮を取っている。以上──

 そして、通信は一方的に切られた。

 プライスが命令するよりも早く、一人のオペレーターが告げられたIDをデータベースで照会する。

 しかし、弾き出された結果はもちろんのこと、該当無し、である。

 特務は惑連の公然の機密。

 それを目前に突きつけられ色を失うプライスの耳に、テルミンの冷静な声が飛び込んできた。

「エド……No.5か。珍しいな」

 もはやプライスに、その言葉の意味を問いただす気力も無かった。

「……どうしましょう? もう一度つなぎますか?」

「……いや、そのまま待機。向こうからアクションを起こしてくるまで動かすな」

 オペレーターの問いにようやくそれだけ答えると、プライスは力無く頭を揺らした。


     ※


 文字通り表情一つ変えず、No.5は通信を切った。

 そのまま右腕一本でMカンパニーにつながる通信網のプログラムを書き換え、向こうからは接続部できないようにする。そのあまりの手際の良さに、カスパーは思わず感嘆の息を洩らした。

「いや、お見事。しかし、わざわざ貴方がたが来ているのを向こうに知らせてやる必要派なかったのでは?」

 当然と言えば当然の問いかけだった。

 予測していたのかどうかは定かではないが、No.5はあっさりと受け流す。

「警告の代わりです。我々が出てきていると知れば、下手に動くことはないでしょう。正常な神経を持っているならば」

 言い終えると、No.5はそばにあった椅子を引き寄せて倒れ込むように腰を下ろす。無表情を保ってはいるが、先程の損傷がかなり影響しているのだろう。

 不安げな視線を投げかけてくる外野をよそに、No.5はNo.21に対して、すぐさまテラ惑連本部と全ての惑連支局に対してマルスにおける二条の発令を伝達するよう指示を出した。

 わかりました、と言った後、ふとNo.21はNo.5に向き直る。

「マスコミ関係はどうします? 今ごろ騒ぎになってるのではないでしょうか」

「いや、動かないでしょう。うちならともかく、身内の失敗を報道する気骨のあるやつなんているはずがない」

 皮肉交じりのカスパーの言葉を、No.5がうなずいて肯定するのを確認してから、改めてNo.21は端末に向かう。

 静寂の中、キーボードを叩く音だけが響く。

 それを聞きながら広い管制室を見やるNo.5の視界に、こちらを心配そうに見つめるクレアの姿が入った。

「……ごめんなさい……私が……」

「謝罪しなければならないのは、こちらの方です。もっと早くにお助けできれば良かったのですが」

 謝るつもりが逆に頭を下げられて、クレアは戸惑いながらも首を左右に振る。その様子に、No.5は言葉を継ぐ。

「我々は本来、もっと血生臭い状況下に投入されるモノですので。……ところで、あなたの方は何ともありませんか?」

 唐突なNo.5の問いに、クレアは返答に窮した。しばらくの間彼女は迷っていたようだったが、やがて決心がついたのかNo.5を真正面から見つめた。

「あの……これを見ていただけますか?」

 そう言うと、クレアはシャツの袖を肘の辺りまで捲りあげる。その皮膚には無数の痛々しい傷が刻まれているのだが、その様子は明らかに異様だった。

「これじゃ、被害の物的証拠にはなりませんね。なぜこうなるのか、自分でもわからないんです……」

 言いながらクレアは何とも言えない表情を浮かべる。そう、傷は『目に見えて』治っていくのである。目の前の有り得ない光景に、No.5はわずかに眉をひそめた。

 この治癒の形態は、もしかしたら……。

 No.5が分析しようとしたとき、No.21の声が響いた。

「少佐殿、テラの当局からの通信です。宇宙港周辺の異常について、専門的見解が出たそうです」

 つないでくれ、との言葉に応じて、メインのモニターに映像が映し出される。

 やはり特務の軍服を着込んだ女性が、硝子色の瞳でこちらをみつめている。かすかに一礼すると彼女は事務的な口調で切り出した。

──少佐殿、お取り込み中申しわけありません。お尋ねの件についてですが……──

 しかし、マルスの面々は、皆そんな彼女を凝視している。

──いかがしましたか?──

 異変を察知し報告を中断した彼女も、等しく絶句した。

 『ヒト』と『Doll』、異なるとはいえ瓜ふたつの顔を持つ両者が、モニターを通して初めて対峙したのである。

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