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第2話 捜査

 ほとんどノーチェックでビル内部に通された二人が、広すぎる応接室で待たされることしばし。扉が開いて現れた社長は、造り笑いを浮かべて客人に歩み寄った。

「遠い所までご苦労様です。Mカンパニー代表のセオドア・プライスです」

「お忙しい中、御協力感謝いたします。惑連テラ本部人権問題調査局主任調査官、アンドル・ブラウンと申します」

 立ち上がり一礼すると、アンドルはIDカードを示し事務的に名乗る。無論、身分は作戦用の架空のものである。

 あわててデイヴィットもそれにならい、お互い形ばかりの挨拶を終える。

 そして腰を下ろすなり、プライスはおもむろに切り出した。

「さて、予備調査後に上の方がいらっしゃったところを見ると、残念ながら我が社の疑惑は晴れなかったようですね」

「いや、普通社内調査で拘禁はやりすぎではないですか?」

 何気ないデイヴィットの言葉に、プライスは薄笑いを浮かべながら応じる。

「拘禁などしていませんよ。納得いくまで話し合うためです。幸いにも水際で発覚したから良かったものの、下手をすれば軍事に転用されかねない技術でしたから。むしろ我々は惑連へ協力したと言っても良いのではないでしょうか?」

 いかがでしょうか、と問い返してくるプライスに、一瞬デイヴィットは口ごもる。

 それを目にしたプライスの顔に、勝者の笑みが浮かんで消えた。

「あとは以前お話した通りです。彼女とは現在『話し合い』の最中です。結論がでるまで、情報の漏えいが無いように所在が確認できる場所に滞在してもらっているだけです。まだ何か疑問がお有りですか?」

 じわじわと外堀を埋めるようなその手法に、実務経験の浅いデイヴィットは事件の片鱗にさえたどり着けずにいる。お話はもうよろしいでしょうか、と性急に切り上げようとするプライス。

 それまで無言でやり取りを聞いていたアンドルが、この時初めて口を開いた。

「では、すぐに惑連なり警察へ届け出なかった理由をお聞かせ願えますか?」

「それは……貴方がた惑連の顔を潰さないための配慮ですよ。それに……」

「逮捕監禁及び聴取は、本来然るべき機関において行われるべきではありませんか? 機密が漏れかけた時点で第三者機関に通報してこそ、正当な手続きではないかと思うのですが」

 淡々と続くアンドルのもっともな言葉に、今度はプライスが口を閉ざす番だった。

 反論のきっかけを与える前に、アンドルは畳み掛けるように言った。

「我々は公平に物事を判断したいのです。あなたのご意見は確かに拝聴いたしました。次は被疑者に会わせていただけますね」

 静かなアンドルの圧力に、ついにプライスは首を縦に振った。


     ※ 


 地下へと降りるエレベーターの中は、気まずい沈黙で満たされていた。

 空間を共有しているのは、二人の惑連職員と多忙な社長から彼らの案内を引き継いだ秘書である。

 扉が開き奇妙な息苦しさから解放された三人は、ほの明るい長い廊下を進む。その突き当りには飾り気のない扉があり、秘書が壁の血管パターン認証に手をかざすと、それは何の抵抗もなく開いた。

 部屋は分厚いアクリル板で仕切られており、その向こう側に女性が一人座っている。

 戸惑う客人に向かい、秘書は勤務時間内の職員と部外者の面会はすべてこの部屋で行う内規である、と告げた。

「すみませんが、彼女と話をしている間……その……」

 心底申し訳なさそうに切り出すデイヴィット。だが、アンドルは容赦なかった。

「席を外していただきたいのですが」

 単刀直入なその申し出を秘書は渋々了承すると、終わったら速やかにインターフォンで知らせるように告げて部屋を出ていった。

「やれやれ。じゃあ、始めますか」

 面白がってさえいるようなデイヴィットに対して、まったくの無表情でアンドルは目の前に座る女性に話しかける。

「ミス・デニー、お話をうかがえますか?」

 IDカードを示し、所属と姓名を名乗ってからアンドルは礼儀正しく一礼する。

 その背後で、デイヴィットはボイスレコーダーをスタンバイした。

──テラの惑連の方ですか? ご苦労様です──

 女性……クレアはわずかに強張った笑みを浮かべ、落ち着き無く指先を動かしながら返答する。

 その声にはわずかに電子音が混じっているところから、スピーカーを通してこちら側に声が伝わっているようだ。もとよりこの部屋にもカメラが設置されているので、せっかく秘書に退席してもらったものの捜査上の機密は守られそうにない。

 けれど、アンドルは表情を動かすことなく問うた。

「我々が知りたいことは、一つだけです。貴女にかけられた疑惑は、事実ですか?」

 その言葉に、クレアはうつむき、力なく首を左右に振った。

──……どうしてこんなことになったのか、よくわからないというのが正直なところです。先におじさまの方……通信社にいらっしゃったほうが……──

 どうやらクレアは、恒星間通信に知人がいるらしい。加えて、その通信社が動いたことも知っているようだ。

 それにしても、拘束されている理由が等の本人がわからない、ということはやはり彼女は無実なのだろうか。

「それはどういう意味でしょう?」

──本当にわからないんです。気が付いたらこんなことに……私自身、怖いんです──

 切羽詰まったようなクレアの言葉に、アンドルはわずかに眉をひそめた。

 今度はデイヴィットが尋ねる。

「差し支えなければ、何が怖いのか教えていただけますか?」

 沈黙が続く。その間もアンドルは無表情にクレアを見つめている。

 何かを考えているようだったクレアが顔を上げた時、両者の視線が交錯した。

 その一瞬の間に思うところがあったのだろうか、クレアは謎めいた言葉を口にした。

──しいて言えば、理性に潜む狂気です──


    ※ 


 窓から眼下を見やり、プライスは深々とため息をつく。

 ちょうどテラからの客人を乗せた車が本社ビルから出ていくところだった。

 その姿が完全に視界から消えたとき、彼は忌々しげに小さく舌打ちをする。

 あらゆる手を尽して惑連マルス支部を骨抜きにした今、どうしてテラの総本山が動いたのか未だに腑に落ちなかった。

 マルス惑連からこの一件が漏れる可能性は、皆無。

 たかが三流の弱小報道機関の恒星間通信が書き立てた記事で、惑連ほどの巨大組織が動くというのもおかしい。

 しかしこのままでは、当初の計画は頓挫する。

『不死の軍隊』を作り上げ、喉から手が出るほど兵員を欲しがっている組織へ売りつけ、莫大な利潤を得るという計画が。

 ひいては、金の力ですべての星を支配下に入れようという個人的な野望が。

 プライスは大きく息をつく。

 その時、前触れも無く電話が鳴った。受話器を取るやいなや聞こえてきたのは、どこか陰鬱な声だった。

 今回の『製品開発』プロジェクトで鍵となる人物、ニコライ・テルミン博士からである。

──どういうことだ? 事前になんの連絡もなく検体を引き揚げるとは……──

「急な来客があったのでね。こちらにも都合というものがあるんですよ」

 それより、貴方はなぜ惑連内での検査と考察にこだわるのか、設備ならこちらでも遜色はないでしょう。

 そうプライスはテルミンに切り返す。

──私は、惑連の職員だ。職員がその施設を使っておかしなことは無いだろう。それに……は、手元に置きたい──

「何ですか?」

 聞きとがめて、プライスは問う。

 だが、通話は一方的に切られていた。


     ※


 既にMカンパニー本社の巨大な姿はビルの谷間に隠れている。

 走る車の中で沈黙に耐えられなくなったNo.21は、おもむろに切り出した。

「マルス惑連へはどうします? 一応顔を出しておきますか?」

「いや、行くつもりはない。行かない方が良いだろう」

 そして、わずかに考えるように間をあけてからNo.5は告げた。

「恒星間通信へ回してくれ」

 一度No.21は了承しかけたが、突然急ブレーキを踏んだ。車は抗議の声を上げて停止するも、幸い事故には至らなかった。

「……危ないな」

 呆れたように言うNo.5に、No.21は納得がいかないとでも言うように尋ねる。

「どういうことですか? 行かない方が良いってのは」

「彼女が言っていただろう。先に通信社を当たれと。あの状況下での発現だ。余程の意味があると思うのだが」

「……確かにそうですね。今まで動かなかったマルス惑連も不自然ですし。……ところで彼女なんですが、誰かに似ていませんか?」

「君もそう感じたか」

「ええ。それに、最後の言葉……。一体どういうことでしょうか?」

「ともかく彼女の言葉に従ってみよう」

「了解しました」


     ※


 お世辞にも立派とは言い難いオフィスビルの中に、恒星間通信マルス支局はあった。足を踏み入れたその小さな編集部は、健全な活気にあふれていた。

「遠くからようこそ。もう少しで一段落しますので、散らかっていますがそちらでお待ちください」

 資料とモニターの谷間からひょっこりと顔を出した恒星間通信マルス支局長カスパー・クレオは、人好きのする笑みを浮かべてテラからの客人を迎えた。

 果たして指し示された応接スペースは、支局長のデスクと同じく資料の山に埋め尽くされている。

 結果、客人達はしばし無言で立ち尽くすこととなった。


     ※ 


「いやはや申し訳ない。細かいことを気にするな、というのがうちのモットーなんで」

 編集部から目と鼻の先にある小ぢんまりとした喫茶店の中に、支局長の豪快な笑い声が響く。

 おそらくは常連客ばかりなのだろう、その場に居合わせた他の客達はこちらを気にしている様子はまったくない。

「で、ご用件は一体?」

 話が本題に入ったところで、アンドルは御社が報道したMカンパニーの件ですが、と切り出した。

「なるほど、ようやくテラが動いてくれましたか」

 飲み込み早くカスパーの顔から笑みは消え、報道記者としての厳しい表情がその下から現れた。

「あれは、Mカンパニーとは無関係なうちでなければ書けない記事です」

 マルスのマスコミ関連企業には、九割方Mカンパニーの資本が入っている。事実上の情報統制が行われているようなものだ。

 そう言うカスパーに、テラからの客人達はうなずいて同意を示す。

 それを確認して、カスパーは斜に構えた笑みを浮かべた。

「……ここだけの話、マルスの惑連も同様です。あの会社にはザルも等しい」

 カスパーの口から出た言葉に、客人達は絶句する。それをどう取ったのだろうか、カスパーはさらに続ける。

「天下り。ここ数年、マルス惑連の重職に就いていた人間は、多くが退官後Mカンパニー関連企業で名誉職員についています。お陰で惑連関係の入札は、Mカンパニー独り勝ちですよ」

 すっかり冷めたコーヒーを一気に飲み干してから、カスパーは吐き捨てるように言い放った。

 シャツの胸ポケットから煙草を取り出しながら、独白にも似た言葉はさらに続く。

「報道関連も一緒です。親会社の不祥事を取り上げるわけにもいかず、こうして醜態をさらしてる」

「心中お察し致します。しかし、御社は何故あの件を取り上げたのですか?」

 無機質とも言えるアンドルの落ち着きはらった声は、たかぶっていたカスパーの感情をわずかに冷ましたようだった。

「それは……自分はあの子を子どもの時分から知っているので。助けたい一心ですよ」

「ですが、それなりの嫌がらせもあったのではないですか?」

「それなりに、ね。無言電話に自社サーバーへの攻撃。古典的なところでカミソリ郵便もね。本物の爆弾が飛んでこないだけマシ、と言ったところでしょうか」

 そして、周囲を見回すとカスパーは声をひそめて唐突に切り出した。

「ときにお二方は、惑連宇宙軍の情報局に『Dolls』あるいは『特務』という存在がいるという噂はご存知ですか?」

 その言葉に、デイヴィットの表情がわずかに強張る。一方アンドルには何ら変化は見られない。

 意図的なのかシステムの違いなのかは定かではないが、無表情を保ったまま彼はさらりと答える。

「直接は知りませんが、特に危険な任務専門部隊と聞いています。それがこの一件に何か?」

「いや、その……彼女はその特務と関わりがあるんですよ」

「……は?」

 間の抜けたデイヴィットの声が店内に反響する。対するアンドルはわずかに首を傾げる。

「面会の折、彼女は理性の中に潜む狂気が怖い、とおっしゃっていました。それと何か関係があるのでしょうか」

「そんなことを言いましたか、あの子は……」

 そうつぶやくと、カスパーは煙草の煙を吐き出した。

「Mカンパニーは、今回の件で特務が出てくるのを待っているように思います。自社製品開発のために」

「つまり彼女ははめられた、とおっしゃるんですか?」

 身を乗り出さんばかりのデイヴィットに、カスパーは苦虫を噛み潰したような表情でうなずいた。客人達は互いに顔を見合わせる。

「じゃあ、事が予定通りに運ばなかったら……」

「処分される可能性、ですか」

 冷たい氷のようなアンドルの声が、その場に投げかけられた。

「そう……なるかもしれません」

 言いながらカスパーは煙草を灰皿でもみ消した。

 そして、何か進展したら連絡がほしいと言い残し、重苦しい空気から逃れるように仕事へ戻って行った。

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