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途切れた記憶──the dolls 2──
内藤晴人
SF空想科学
2024年11月26日
公開日
5,214文字
連載中
マルスの巨大企業で起きた情報漏えい事件。
その捜査の為にテラから派遣されたのは、人ならざるモノ特務、通称『Doll』
彼らの硝子色の瞳に映るものは、一体……。
シリーズ『the Dolls』第二弾
この話単品でもお楽しみいただけます。

Ⅰ 一人の少女の場合

 やっぱり父様はいない。

 父様どころか、看護師さんも、お医者様もいない。

 この間、母様が買ってきてくれたお花も、無い。

 ここは病院じゃあないの?

 壁も床も、シーツもお布団も、病院と同じで真っ白なのに。

 そういえば、わたし、どれぐらい眠ってたの?


 長い眠りから覚めた少女は半身を起こし、僅かに感じる肌寒さに首をすくめる。

 それから改めて周囲を見回すと、窓一つ無い部屋にいることがわかった。

 もちろんそこが病室では無いことも。

 ゆっくりと彼女はベッドから降り立った。

 心なしか、身体が軽い。

 そのまま扉に向かい、歩み寄る。

 堅く閉ざされていたそれは、彼女が僅かに触れると、音もなく開いた。

 彼女は純白の世界に吸い込まれるように、足を踏み出した。


     ※


「……いなくなった?」

 惑連技術士官ジャック・ハモンドは、医療部からの緊急報告に絶句し、次にくせ毛の短髪をかき回した。

『移植手術』完了からの時間を考えると、もう気が付いてもおかしくはない頃合いだ。

 深々とため息をついてから、『患者』の親権者が出張で席を外していることを、不謹慎ながら彼は神に感謝した。

「……迷子、か。仕方ない。全館に非常線をはってくれ。一刻も早く見付けないと」

 言いながら、ジャックは苦笑いを浮かべるしかなかった。


     ※


 どんなに歩いても真っ白。

 ここはどこなんだろう。

 それに、今日は何月何日なの?


 窓が無い建物の中では、今が昼なのか夜なのかも解らない。

 どれだけの時間歩いたのかも、定かでは無い。

 いい加減歩き疲れた少女は戻ろうとして、はたと気が付いた。

 真っ白な空間の中で、完全に方向感覚を失っている。

 帰りたくても、どこから来たのかすら解らない。

 途方にくれ、泣きそうになった彼女は、ふと突き当たりの扉が少し開いていることに気が付いた。

 誰かいるかもしれない。

 わずかな希望を抱いて、彼女は扉に手をかけた。

 薄暗い室内には、一台の端末が置かれ、そこからは途切れることなくキーボードを叩く音がする。

 ディスプレイは仄明るい光を放ち、その前に座っている人影を浮かび上がらせていた。

「……どなたですか? 」

 彼女が何かを口にする前に、室内から声がした。だが、肝心の声の主は、彼女を見ようとはしない。

「ここがどこか……解らなくて……」

「……どなたですか? 」

 まるで機械のように、先ほどの問いかけが繰り返される。

 少女は、震える声で答えた。

「わたし、クレア。クレア・テルミン……です」

 不意に、キーボードを叩く音がやんだ。

「テルミン博士のお嬢様ですね?」

 言いながらようやく『その人』は振り向いた。

 一見穏やかだが、感情の無い硝子色の瞳が、こちらを見つめている。

「あなた……は?」

「私はシリアルID〇一二・〇・〇〇五。通称No.5。ですが、ハモンド博士とテルミン博士は、私をエドと呼んでいます」

 静かな声に、クレアはおずおずと歩み寄り、作業を再開する『その人』に話しかける。

「じゃあ、ここは父様のお仕事場?」

 そう言いながら、クレアはディスプレイと『その人』の顔を交互にのぞきこむ。

「そういうことになります。今ハモンド博士に連絡を取ります。すぐに迎えがくるでしょう」

 平板な声がそれに応じる。だが、クレアの返事はない。

「どうか、しましたか?」

 再び『その人』は手を止める。

 モニターを見つめるクレアの目には、わずかに涙がたまっていた。

「でも……父様は、来ないんでしょう?」

 大粒の涙が、頬を伝う。

 緊張が解けたのか、泣きじゃくるクレアの頭を、『その人』は優しく撫でていた。

「大丈夫。ここにいる私たちが、貴女をお守りしますから……」


     ※


 ようやく駆け付けたジャックは、目の前の状況に唖然とした。

「おい……エド、こいつは一体……」

 呆れたように言うジャックに、エド……No.5はいつもと変わらぬ感情の無い声で答えた。

「現在、彼女は熟睡状態にありますので、搬送には細心の……」

「それはそうだが……」

 No.5の膝の上には、ちょこんとクレアが収まっている。微笑みさえ浮かべて眠っているクレアを左手で支えつつも、だがNo.5は残る右手で作業を続けていた。

「先ほどシステム上にバグを発見しました。修復をしたいのですが……」

「それは後でいいよ。無骨な軍人さんに頼むより、君が運んだ方が早そうだ」

 分析不能、とでも言うように首をかしげるNo.5に、ジャックはうなずいた。

 では、とNo.5はクレアを抱えたまま立ち上がり、扉の外へと消えていった。

 その二人の姿を見送りながら、ジャックは何とも言えない感情にとらわれた。

 厳密に言えば、『二人』とも生物学上の『ヒト』ではない。

 一人はすでにその生を全うし、もう一人は……。

 言い知れない恐怖感を感じて、ジャックはその考えを頭から振り落とした。

 真っ白な空間が、目の前に広がっていた。

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