桜の花びらが一枚落ちてくる。俺はそれを拾った枝で弾く。
見下ろすかのようにそびえ立つ桜を眺め、深く息を吸う。
春の暖かさが体中を駆け巡る。太陽の匂いに混じって線香の香りも漂ってくる。
それもそのはず。俺の今いる場所は墓地だからだ。
「おはよう、
俺は赤い竹刀袋を背負いながら、
「今日から高校生だよ」
持参した線香に火を点けながら声を掛ける。
無論、何も返ってこない。ただ、差したばかりの線香から立ち昇る煙が風に弄ばれているだけ。
そこに妹はいない。
「おまえが生きてれば、中学三年か。ずっと言ってるけど、制服姿のおまえを見たかったよ」
目を閉じ、しとやかだった妹を思い描く。ウェーブの掛かった長い黒髪が特徴的だった。
俺の通っていた中学の女子の制服は白のセーラーだった。きっと朱音に似合っただろう。
「昔はよく、こっそりと自販機で買って一緒に飲んでたっけな」
ポケットから自販機で買ったジュースを取り出す。
妹の好きだったオランジーナだ。
俺も自分のオランジーナを開けて、一口煽る。炭酸の弾ける感覚が喉を通る。
オレンジの酸味がちょうどいい具合に朝稽古を終えた体に染み渡っていく。
「ああ、クソ……思い出すたびに泣けてくるよ」
妹に背を向け、涙を拭う。
「俺がもっと強ければ……」
これが俺の剣道をする理由。
先生から剣の『要』を教わった。当時の俺には『要』に縋らずに剣道をするという選択もできた。
でも俺は、『要』に縋って剣道をしてきた。
大切な人たちを守るために強くなって、邪魔するヤツは斬り伏せると誓いを立てたから。
「もうあんな出来事は繰り返さない。俺はもっと強くなるよ」
今は亡き妹に向かって改めて宣言し、残っていたオランジーナを飲み干す。
一気に炭酸を流し込んだせいか、口からペットボトルを離した直後にゲップが出た。
暮石の上に桜の花びらが落ちてきた。
そういえば、朱音は桜の花が好きだった。
そんなことを思い返しながら、朱音に背を向ける。
「じゃあ、俺は行くよ。また来るからな」
──行ってらっしゃい、お兄ちゃん。
そんな声が、聞こえた気がした。