俺の決定を聞いた侍従がすぐさま頭を下げて執務室を出る。
隣国よ、助けて貰ったがすまない。これ以上はどうすることも出来ないと、内心謝罪した俺は疲れを癒すべく温かい紅茶でも飲もうと思った──その時だった。
「王様、大変です!」
「今度はどうした!?」
またもや俺の執務室に飛び込んで来たのはまたまた別の侍従だった。今度は何故か、男物の下着をその腕に抱えている。
(既に嫌な予感しかしない)
流石に三度目ともなるとうんざりしてしまうが、俺はこれでも一国の王なのだ。
部下の言葉に耳を傾けるのは当然で、頭を抱えたくなるのを必死に堪え、次の事件はなんだと顔をあげる。
「騎士団の下着泥棒の犯人が見つかりました!」
「な、なに?」
侍従の言う下着泥棒の件は俺にも既に報告の上がっていた事件で、王宮近衛騎士団の制服、それも男物の下着を中心に盗難が相次いでいるというものだった。
その事件の犯人が見つかったというのであれば事件解決でハッピーエンドというやつだと思うのだが、何故か侍従の視線が左右に泳ぎ言いづらそうにしている。
「お、おい、その犯人とは」
堪らず俺が催促すると、意を決したように侍従がぎゅっと目を瞑り口を開いた。
「王様の専属護衛騎士の男です!」
「えっ」
「あぁ、あいつ筋肉好きだったもんなぁ。そういう趣向での『好き』だったのか」
「えっ」
侍従の言葉と、重ねられた側近の言葉に狼狽え間抜けな声をだした俺の額にまたも冷や汗が滲む。
俺の騎士が下着泥棒? そして筋肉好き? そういう趣向で?
何ひとつ知りたくない言葉の羅列にくらくらと眩暈を起こしつつ、俺はそっと側近へ耳打ちした。
「聞かなかったことにしたいんだが」
だが俺のその切実な願いを鼻で笑った側近が、嫌な笑顔で俺を見つめる。
「無理でしょう」
「やっぱりか」
はぁ、と俺がため息を吐くと、何を思ったのかビクリと肩を跳ねさせた侍従が慌てて詳細を付け足した。
「なんでも、好みの下着を夜な夜な漁っていたとのことです! もちろん使用後には洗って返却していたとのことで」
「おい、使用後って何に使ったんだ、ナニじゃないよな?」
「いやだなぁ、王様だって使ったことあるでしょう」
「ないぞ!? 俺は騎士団の下着を不埒なことに使ったりなんか」
「えー、王様ってばノーパン派でしたっけ」
「誤解すぎる!」
ふぅん、と顎に手を当てた側近を睨みつけつつ慌てて侍従の方を見ると、可哀相なくらいに青ざめている。俺の顔が怖いのだろうか。まさか俺にもそんな性的趣向があるだなんて思ってないよな?
(俺の護衛騎士が犯人だったんだ。その上司たる俺も同類だと思われているのか?)
これは厳重に罰を与えねばならない。
決して俺も同類だと思われたくないからではなく、あくまでも被害者のためだ。被害者のために許すわけにはいくまい。俺も被害者みたいなものだしな。
「仕方ない、護衛騎士はクビだ」
「おや、王様にしては厳しい処罰ですね」
俺の決定に珍しく側近が驚いた声をだした。だが仕方ない。俺の名誉もかかっている。
「今回は明確な被害者がいる、いくら俺の護衛騎士だからといって処罰しない訳にはいかん」
「そう、ですか……」
いつも飄々としている側近が、悲しげに瞳を伏せたのを見て思わず息を呑む。
そうか。護衛騎士のあいつも俺の側近のひとり。突然の同僚のクビにショックを受けてしまったのだろう。
「せめて次の仕事の斡旋はしても?」
「お、おう。もちろん構わない。長く勤めてくれていたことに違いはないしな」
側近のその言葉に俺は慌てて首を縦に振る。
本来ならば次の仕事の斡旋なんてするべきではないのかもしれないが、今回だけは特例として見逃して欲しい。
そう内心で弁解していた俺に側近が提案した次の仕事先は。
「鉱夫なんてどうでしょう。僻地の山にでも送るんです」
「なるほど、お前も被害者だったのか」
「あはは。まさか」
にこりと口角をあげる側近の笑っていない笑顔に悪寒がした俺は、そのまま侍従へと護衛騎士を鉱山へ送るように指示を出したのだった。