「初々しかったですねぇ」
ははっと軽く笑う側近に、思わずため息を吐く。
「痴話喧嘩に国を巻き込まれてもな」
「男同士の恋愛なんて珍しくないんですけどね」
さらっと告げられたその言葉に思わず首を傾げる。
(男同士の恋愛が珍しくない?)
別にそういう性的趣向に偏見を持っているわけではないが、一般的には男女の恋愛の方が多いだろう。
不思議に思い、詳しく聞こうと口を開いた時だった。
「王様、大変です!」
「またか!?」
焦りながら俺の執務室に飛び込んできたのは、さっきとは別の侍従。そしてさっきと違う点がもうひとつ。今飛び込んで来たその男は、ある一冊の本を手に持っていた。
「……なんだ? それは」
何故だろう。ものすごく嫌な予感がした俺は、眉間を指でほぐしながらそう聞いた。
「異世界からやってきた聖女様の作られた本です!」
世界を瘴気から救うために異世界から召喚された聖女。なんでも素晴らしい聖力で瘴気を祓い、魔獣の被害を抑えた功績で王太子から求婚されたという噂も聞く彼女が、何故俺の国で本を出しているのだと首を捻る。
「なんでも隣国では回収騒ぎにあい、この国で密かに販売していたようで」
「回収騒ぎに?」
その穏やかではない言葉にじわりと冷や汗が滲む。救国の聖女の作った本が回収されるだなんて、一体どんな内容なのだろうか。
思わずごくりと唾を呑んだ俺は、侍従から本を受け取りパラパラと読んでいた側近へと視線を送った。
「ふふ、これは確かにとんでもない本ですね」
「な、何が書いてあるんだ!?」
「率直に言うと、恋愛小説です」
「恋愛小説」
思ったより普通の内容に思わず安堵の息を吐いた俺だったが、側近が続けた言葉に愕然とした。
「勇者パーティーの内部恋愛の本でした。それも勇者と魔導士の」
「ゆ、勇者と魔導士の!? 勇者っていったら、王太子のことだよな」
瘴気を祓い世界を救うために隣国で結成された勇者パーティー。
それは隣国の第二王子と、若き王宮魔導士、そして騎士団長の息子と異世界から召喚された聖女で結成された四人のことである。
中でも第二王子はこの戦果により勇者と呼ばれ、立太子されたのだ。その王太子と、魔導士との恋愛小説となれば注目を集めるに決まっている。
「だが、王太子は聖女に求婚しているらしいが」
「だから小説なんでしょう。つまり、男同士の恋愛が聖女様の性癖なのでは?」
「それはなんとまぁ……ご愁傷様、だな」
求婚した相手が、自分と別の男の恋愛を本として売り出していたとなれば、それは回収騒ぎにもなるだろう。
それも大注目の勇者パーティー内の恋愛だ。創作であったとしても、王太子としてはたまったもんじゃない。
「もしかしたら魔導士との恋愛を隠したくて聖女様に求婚されたのかもしれませんね」
「そういう邪推するやつがいるから回収したんだろうよ、隣国王家は」
そして問題はここからだ。この本が密かに俺の国で販売されている。
隣国とはいい付き合いが出来ており摩擦もない。むしろ我が国としては、世界を救ってくれた隣国に感謝しており出来ることがあるならばいくらでも手を貸したいが──
(聖女がいなければ瘴気は祓われなかったんだよなぁ)
となれば、国を優先するべきか聖女を優先するべきか。どちらの顔も立てるにはどうするべきかと思案した俺は、大きなため息を吐いた。
「販売は禁止だ、見つけ次第全て回収しろ」
「いいんですか? それだと逆に王太子×魔導士か、魔導士×王太子を認めているようですが」
「な、なんだ? その『×』って。左右で何か意味が……いや、説明はするな。俺は知りたくない。だがお前の意見も理解できる。販売は禁止するが、王宮書架の重要書物庫にて閲覧可能にする」
「あぁ、確かにそれならどちらの顔も立てられますね」
隣国が販売を禁止したものを売る訳にはいかないが、世界を救った聖女の本を抹消するわけにもいかない。そこでこの本を貸出不可の閲覧可能書物にすれば、本として一般には出回らないので隣国としても最低限のラインは守られ、聖女の顔も立てられるだろう。
まぁ、俺としては隣国の王太子の本命が聖女でも、実は聖女の本の通り魔導士でもどっちでもいいしな。