とある時代のとある国。
戦争もなく、瘴気によって現れた魔獣の被害も異世界から隣国に来た聖女のお陰で収まったらしい。
つまり至って平和。平和そのもの。
だが、それでも仕事はある訳で──
「王様、大変です!」
「どうした?」
焦りながら俺の執務室に飛び込んできたのは一人の侍従。その焦った様子に俺と、そして俺の側近は顔を見合わせた。
「侯爵家の三男が公爵家嫡男を相手に貴族裁判を求めております!」
「なに?」
貴族裁判。それは貴族を相手取り自身のプライドと貴族としての威信をかけて行う裁判だ。そしてその裁判に判決をくだすのも王である俺の仕事になる。
「ふむ、一体何でまたそんなことを」
しかも相手は格上の公爵家の嫡男。その穏やかではない話に俺の眉間に皺が寄る。格上相手だから貴族裁判という大舞台を持ち出して来たのだろうが、それでもリスクはかなり高い。
そうでもしなくてはならないほどの何がふたりにあったのか、と俺は息を呑み侍従の次の言葉を待った。
「酒屋で引っ掛けた令嬢が、なんと公爵家の嫡男だったそうです」
「令嬢が、嫡男?」
「なんでも大きすぎて痔になった、と騒いでいるそうで」
なんだろう。女装でもしていたのだろうか。
詳しく聞いていいかわからないその部分はひとまず置いておき、俺は続きを促した。
「……んんッ、そ、そうか。それで」
「訴えられた公爵家側は、責任を取るから嫁に来るよう三男へ申し入れています」
「めくるめく世界を堪能したのか……」
三男側も下心があったから声をかけて宿屋へとふたりで入ったのだろう。突っ込むつもりでいたのに痔になるくらい抱き潰されたとなれば、男としてのプライドが傷ついていてもおかしくはない。
(正直裁判する方が、何があったか公表することになってプライドが傷つくと思うのだが)
「三男側はどんな反応なんだ?」
裁判を言い出すくらいなのだから嫡男へ思うところがあるはずだ。もしかしたら公爵家側の言い分を聞き、怒り狂ってこの裁判を言い出したのかもしれないと思ったのだが、侍従から裁判の告訴状を受け取った俺の側近がそっと耳打ちする。
「なんでも、『別に責任取ってなんて言ってないんだからねッ』だそうです」
「は?」
「責任感で結婚なんてしたくない。俺だからと申し込むなら話は変わるが仕方なくで責任なんか取られたくない、とのことでした」
どうやら三男側の本当の目的は、結婚以外の賠償でいざこざをなかった事にしたいということなのだろう。
気持ちのない結婚をしたくない、という本心が見え隠れしている。
(だが公爵家側も嫡男の嫁にと三男を選んでいるんだ)
責任なんて公爵家ならば圧力でその夜を無かった事にしてもいいし、お金で解決してもいい。跡継ぎ問題だってある。それなのに、責任を取るために結婚を申し込んできたという部分に違和感を覚えた俺はある結論に辿り着いた。
──つまりふたりとも、満更ではないのだろう。
「わかった。裁判は教会でふたりだけでしろと伝えとけ」
「あ、ついでに『お幸せに~』も付け足してくださいね」
俺の決定と、側近の追伸に眉を下げた侍従は、困惑を浮かべながら頭を下げて執務室を出て行った。