国が燃えた。
世界が終わった。私の、世界が――
「抵抗しないんだな」
彼の声を聞いたのは、それが最初だった。
あの時の私は、なんて答えたのだったか。
敗戦国となった我が国は、父も母もその場で切り捨てられ首だけが転がっていた。
兄は逃げられたのだろうか?
いや、きっと既に殺されたのだろう。
だって私も捕まってしまったのだから。
共に逃げてくれたメイドの胸から剣が出て、その血が熱かったのを覚えている。
彼女は私のドレスを着ていた。
私を守るために服を交換し、私として後ろから剣を一突き。
しかしそんな小細工などすぐにバレてしまい、死ぬタイミングを逃してしまった私は今地下牢で処刑を待つばかり。
この革命の仕上げとして10日後に広場で首を切り落とされるのだという。
「ねぇ、私恋をしてみたいわ」
王族に生まれたのだ、恋愛なんて程遠いと知っていた。
けれどその地位を剥奪された今ならば、その願いが叶うのではないだろうかと思ったのだ。
牢の扉を守る騎士は答えない。
“――当然ね”
私が死ぬまであと10日。
「ねぇ、貴方恋人になってくださらない?」
今日も扉を守る騎士に声をかける。
もちろん返事はない。
――それでも構わなかった。
「ううん、決めたわ、貴方は私の恋人よ!」
返事がないなら了承と取ってもいいはずよ。
だって“断られて”いないんだもの。
そんな屁理屈を並べると私の頬が少し緩む。
あぁ、なんて楽しいのかしら!
私は今、秘密の恋人との逢瀬を楽しんでいるんだわ!
私が死ぬまであと9日。
「ねぇ、名前を教えてくださらない?」
もちろん騎士からの返事はない。
しかし流石に名前をつける訳にはいかず、困ってしまう。
それでも呼びたい、恋人を。
“どうしましょう”
何もいい案が思い付かず、唸るだけ。
相変わらず返事どころか、振り向きもしてくれない彼。
ずっと後ろ姿だけを眺め、その日は少し気分が落ち込んだ。
“喧嘩することもあるわよね、だって恋人同士だもの”
無視されるのはつらいが、それでもそれは恋のスパイスなのだから。
私が死ぬまであと8日。
「ねぇ!私決めたわ。貴方のことダーリンって呼ぼうと思うの!」
本当は名前で呼びたいし、あわよくば名前をもじった愛称なんかにも憧れがあるが――
それでも、現状の私に許された最大の呼び方はこれだと思った。
「素敵でしょ?ダーリン!恋人って感じがするわ」
「俺は辟易してますけどね」
「!!!」
それは彼からのはじめての返事だった。
“声を聞いたのは2回目だわ”
はじめて彼の声を聞いたときは、会話ではなく一方的な感想だった。
私の言葉に、彼が言葉を返してくれた。
それだけのことが、何故だか堪らなく嬉しくて。
“好きだわ、私、彼のことが好きだわ”
この想いが本物でないとしても。
辛い現実から逃げているだけの妄想だとしても。
「愛しているわ、ダーリン」
愛を囁くだけで、私の心は救われるようだった。
私は大丈夫。惨めなんかじゃない。
だって恋人が最期の瞬間まで側にいてくれるのだから。
私が死ぬまであと7日。
「気でも触れたか」
「まぁ!今日はなんて幸せな日なのかしら」
「狂ってるんだな」
はじめて彼から声をかけられ、思わず浮かれてしまった私に投げられるのは辛辣な言葉。
それでも、彼は今日二言も会話をしてくれた。
話してくれた。
それだけのことがこんなに嬉しいだなんて、きっとこんな状況にならなければ知らなかっただろう。
「お慕いしております、ダーリン」
「気持ち悪い女だ」
はぁ、とため息混じりにそう言われるが、まさかまた言葉が返ってくるなんて!
今日は記念日として国民の祝日にするのも悪くないわ、なんて考え――
“私の国は、もうありませんでしたわね……”
浮かれて愚かな事を考えてしまった、と反省した。
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私が死ぬまであと6日。