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24.アルシェ家を断罪する

 広い部屋の中には奥に国王陛下とヴィルヘルム殿下の座る椅子、少し手前の左右に裁判官たちの座る椅子が用意されていて、部屋の手前側にバルテルミー家の椅子が右側、アルシェ家の椅子が左側と別れて用意されていた。

 アルシェ家の椅子とバルテルミー家の椅子の周りには警備兵が並んでいるが、アルシェ家は取り乱したときに取り押さえられるように、バルテルミー家はアルシェ家から守るために配置されているのだろう。


 アルシェ家のひとたちは既に椅子に腰かけていた。

 バルテルミー家のわたくしたちが部屋に入ってくると、公爵夫人が憎々し気な眼差しでわたくしたちを睨み付ける。


「バルテルミー家のせいでわたくしたちは国王陛下に呼ばれるようなことになったのです。バルテルミー家こそ裁いてほしいものです」

「何を言っているのだ、お前。オーギュストとクラリスのしたことを思えば……」

「オーギュストが何をしたというのですか。証拠などどこにもありません。クラリスも何も間違っていません」


 アルシェ公爵が止めているのに、公爵夫人の声は高らかにややヒステリックに部屋の中に響く。

 オーギュスト様の悪行の証拠がないというのは間違いだ。書類では貴族の娘たちも被害届を出しているし、証言するのが怖くて誰も出て来られなかっただけなのだ。この様子ではアルシェ公爵夫人はオーギュスト様の証言をするときに黙ってはいないだろう。

 きんきんと響く甲高い声にわたくしは陰鬱な気分になる。そんなわたくしを気遣うようにお義兄様が手を握ってくれている。


「国王陛下がいらっしゃいます。静粛に」


 裁判官が告げて、部屋はしんと静まり返る。

 国王陛下が奥のドアから入ってきた。ヴィルヘルム殿下も一緒に入ってくる。


「今日は我が弟にしてバルテルミー公爵、テオドール・バルテルミーから申し出があってそなたたちを招集した。これから行われることは裁判と同じと考えてくれ」


 国王陛下のお言葉にわたくしたちバルテルミー家の一同は頭を下げ、アルシェ家の一同も渋々頭を下げているようだった。


「バルテルミー家公爵、テオドールよ、アルシェ家に対して陳述せよ」


 促されてお義父様が立ち上がり、証言台の上に立つ。


「国王陛下に述べさせていただきます。まずは、オーギュスト殿の件、国王陛下もお聞き及びかと思います。オーギュスト殿は何年にも渡ってお茶会に出席した貴族の幼い令嬢を廊下で待ち伏せし、ときに控室に連れ込んで暴力を働いていたこと、許されることではありません。今は謹慎の身となっていますが、正式にアルシェ公爵家の後継者の座を降ろし、国王陛下から沙汰を下されることを望みます」

「オーギュストが貴族の令嬢に乱暴を働いたという証拠があるのですか? そんな小さな子どもの妄言は信じられないし、本当にオーギュストが何かしたのだったら、ここに証言者が何人も出て来るはずではないですか!」


 アルシェ公爵夫人の声が響く。


「アルシェ公爵夫人は静粛に。証言者として、五歳のときに乱暴をされかけたアデライド・バルテルミーがここに来ている」

「恐れながら国王陛下、アデライドはまだ七歳です。それに乱暴をされかけたときにわたしが助けたので、その場にわたしもいました。どうか、アデライドと共にわたしも証言台に上がらせてください」


 お義兄様の申し出に国王陛下が重々しく頷く。


「妹を思う兄の気持ちは尊いものだ。アデライド・バルテルミーと共にマクシミリアン・バルテルミーの証言を許す」


 許可を得てわたくしはお義兄様に手を引かれて前に出る。

 少し段差のある証言台の上に立つと、わたくしに視線が集まっているのが分かる。


「わたくしは……」


 背中に突き刺さるようなアルシェ公爵夫人の視線と、わたくしを舐め回すようなオーギュスト様の視線に一瞬喉に言葉が詰まった。それを支えるようにお義兄様がわたくしの手をぎゅっと握ってくださる。


「五歳の王宮でのお茶会のときのことでした。わたくしがお手洗いに行って出てきたら、オーギュスト様がお手洗いの外で待っていたのです。オーギュスト様はわたくしの体を壁に押し付けて、スカートの中に手を入れてきました。足首から膝まで撫でられたときに、お義兄様が駆け付けてくれて、オーギュスト様を止めてくださったのです」

「わたしが止めなければオーギュスト様はアデライドの足だけでなくもっと際どい所まで触れていたと思います。わたしは体当たりをしてオーギュスト様を止めました」


 わたくしとお義兄様の証言に、アルシェ公爵夫人が眉を顰めている。


「五歳の子どもに欲情するわけがないでしょう。ただのお遊びに決まっています」

「バルテルミー家のご令嬢が足が痛いと言ったので見ただけです」


 アルシェ公爵夫人は信じられないことを口にしているし、オーギュスト様は嘘をついている。


「わたくし、足が痛いなどと言っていません」

「アルシェ公爵夫人はご存じないかもしれませんが、御子息は五歳の子どもに欲情する特殊な趣味をお持ちのようですよ」


 わたくしもお義兄様も言い返すと、国王陛下が何枚もの書類を取り出す。


「これは他の貴族からの被害届だ。アルシェ公爵家の権力に逆らえず、娘の醜聞にもなるというので、証言台には立てないが、これだけの貴族の令嬢が被害を訴えている。アデライド・バルテルミーは勇気を出して証言をしてくれたのだ。その勇気にわたしも報いねばならない」


 証言が終わってほっとしてわたくしがお義兄様に手を引かれて椅子に戻ると、オーギュスト様がわたくしを睨み付けているのが分かる。二年前のあの日、オーギュスト様に足首から膝まで撫でられた感触を思い出してぞっとしていると、お義兄様がわたくしの肩を抱き寄せて髪を撫でてくださった。


「立派だったよ、アデライド」

「お義兄様のおかげです」


 最初は喉に声が詰まってしまったが、何とか話ができたのはお義兄様が隣りにいてくださったおかげだった。


「オーギュスト・アルシェの沙汰については、これから裁判官が話し合うとして、次の申し出に移ろう。バルテルミー公爵、テオドール・バルテルミー、陳述せよ」


 オーギュスト様の沙汰が話し合われている間に、クラリス嬢の件に関してお義父様が証言台の上に移動して話し出す。


「我が息子、マクシミリアン・バルテルミーとアルシェ家のクラリス・アルシェ嬢は婚約をしていますが、クラリス嬢は十歳のときに王宮のお茶会で貴族の令嬢に失礼な言動をして学園に入学するまで謹慎処分を受けました。それは国王陛下もご存じだと思います」

「謹慎処分を言い渡したのはわたしだ。よく覚えている」

「学園に入学した後は、クラリス嬢は平民の特待生に懸想して、恋文を送り、昼食を無理やりに共に取っていると聞いています」

「その件に関しては、ヴィルヘルムからも聞いている。ヴィルヘルム、証言せよ」

「はい、父上」


 お義父様が一度証言台から降りて、ヴィルヘルム殿下が証言台に立つ。


「平民の特待生、ジャン・リトレはクラリス嬢から何度断っても恋文を送られて、昼食も無理やりに一緒に取らされて、非常に迷惑していると何度もマクシミリアンとぼくに助けを求めてきました。クラリス嬢は相手の気持ちも考えず一方的に気持ちを押し付け、平民のジャンが公爵家のクラリス嬢に逆らえないのをいいことに、マクシミリアンという婚約者がいながら迫っているのです」


 これが証拠の恋文です。


 ヴィルヘルム殿下が国王陛下に手渡した恋文に国王陛下の顔が歪む。


 気持ちはよく分かる。

 あれは本当に意味が分からない。


「クラリス嬢の不実な行いは許されるものではありません。わたし、テオドール・バルテルミーより、国王陛下が結んだこの婚約を白紙に戻すことをお願いいたします」


 お義父様の言葉にクラリス嬢が震えている。


「どうして……!? ジャン様とわたくしは運命の相手なのよ!? どうしてその手紙がここにあるの!? ジャン様がわたくしを迷惑に思っているはずがないわ!」

「クラリス嬢は権力がときに暴力となることをご存じないのですか? 公爵家の令嬢に言い寄られて平民が抵抗できるわけがないでしょう」

「そんな……わたくしたちは真実の愛を見つけたのだと思っていたのに……」


 青ざめて震えるクラリス嬢にアルシェ公爵夫人が言う。


「平民がアルシェ家に近付きたくて色目を使ってきたのでしょう。それをクラリスのせいにするなどとんでもない。罪に問われるのは平民の方です。平民を投獄してしまえばいいのです」

「平民の特待生はそうならないようにぼくやマクシミリアンに助けを求めてきたのです。自分の都合のいいように真実を曲げて見るのはおやめなさい!」


 ヴィルヘルム殿下にぴしゃりと退けられてアルシェ公爵夫人は歯噛みしているようだ。

 さてこれからどう沙汰が下されるのか。

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