クラリス嬢は婚約者がありながら平民の特待生に迫るなどというしてはいけないことをしてしまった。
そのせいでバルテルミー家が家名に泥を塗られたような状態になっている。
わたくしもお義兄様も国王陛下の沙汰を待っていたのだが、それは学園が夏休みになるころに下されることとなった。
王宮にバルテルミー家のお義父様とお義母様とお義兄様とわたくしが、アルシェ家の公爵と公爵夫人とオーギュスト様とクラリス嬢が招集されたのだ。
最初はわたくしは幼いし招集されない予定ではあったのだが、オーギュスト様の罪を告発する相手として、他の貴族たちが娘の醜聞となるうえ金も受け取っているので証言を拒んでいて、アルシェ家と同等の家格で証言ができる人物となるとわたくししかいなかったのだ。
他の証言は書類として提出されているが、実際の証言がなければそれも信憑性がない。
その点、わたくしならばバルテルミー公爵家の娘なので、お義父様が王弟で家格も同等以上であるし、アルシェ家を恐れることなく発言できるということで選ばれた。
わたくしの証言に関してはお義父様もお義母様も非常に心配していた。
「アデライドが嫌な思いをしないだろうか」
「最悪な目に遭った上に、その経験を幼いアデライドの口から聞き出すだなんて酷ですわ」
「アデライド、無理ならば断わってもいいのだよ」
「わたくしたちはアデライドが傷付かないことを一番に考えていますからね」
優しいお義父様とお義母様の言葉にわたくしは力をもらった。
「わたくし、平気です。お義父様もお義母様もお義兄様も一緒だし、国王陛下はお義父様の兄君なのでしょう。わたくしにいやらしく聞いてきたりはしませんわ」
幼いわたくしにいやらしい目が向かないように、国王陛下もバルテルミー家とアルシェ家の他は、裁判官などだけにして、できるだけ少人数でことを治めようとしているのは召集の手紙にも書いてあった。
「オーギュスト様にされたことは思い出すだけで吐き気がするような嫌なことでしたが、誰かが証言をしなければオーギュスト様は正しく裁かれません。わたくしが勇気を出すときが来たのだと思うのです」
正直、性的な犯罪に遭った証言を七歳の子どもがするとなると、かなり苦しいものがある。わたくしは中身は十三歳なのだが、それでも嫌なものは嫌である。しかし、わたくししか証言できるものがいないのであれば仕方がない。オーギュスト様のしたことは決して許されないことだと誰かが断罪しなければいけなかった。
「学園での証言者はヴィルヘルム殿下が出てくださることになっている」
「ヴィルヘルム殿下が!」
「クラリス嬢が謹慎になったときのお茶会の証言もしてくださるそうだ」
こちらの証言者としてはヴィルヘルム殿下が味方についてくれるとお義父様は言っている。これは非常にありがたいことだ。ヴィルヘルム殿下はクラリス嬢の失礼な言動を目の当たりにしている人物であった。
王宮に行くので派手ではないにしろ、正装をしなければいけない。
わたくしにはお義母様が紺色に小さな白い花が散っている清楚でスカートも膨らませていないドレスを選んでくれた。派手ではないが、襟と裾と袖のレースが七歳の子どもらしさを引き立てる。髪も同じ紺のリボンでハーフアップにしてもらった。
お義母様は濃い緑のドレスを着ていて、お義父様も濃い緑のスーツを着ていて、二人はお揃いにしていた。
お義兄様は紺色のスーツを着ていて、わたくしに合わせてくださったようだった。
馬車に乗るときもお義兄様は自然にわたくしに手を貸してエスコートしてくださる。緊張しながら馬車の椅子に座ったわたくしに、お義兄様はわたくしの手を握る。
「ずっと一緒にいるからね。アデライド、何も心配することはないよ」
「お義兄様……」
わたくしの方がお義兄様を守りたいのに、お義兄様の方がわたくしを守ってくださる。
お義兄様を守るためにわたくしは五歳に戻ったのだ。何が起ころうとお義兄様が暗殺されないような道を選ばなければいけない。
七歳のわたくしはどこまで発言が許されるのだろうか。
七歳のわたくしの発言をどこまで国王陛下や裁判官は聞いてくれるのだろうか。
できることならばクラリス嬢はアルシェ家に残って、優秀な婿を迎えて再教育されながらアルシェ家を婿に継いでもらいたい。
「お義父様、お義母様、クラリス嬢は婚約が白紙に戻された後はどうなるのでしょう?」
「修道院に入れられて、教育を施したのちに、どこかの後妻に納まるのが適当ではないかな」
「でも、オーギュスト様がアルシェ家の後継者を辞めさせられるとなると、アルシェ家を継ぐ方がいなくなるのではないですか」
「それは、遠縁の方がアルシェ家の後継者となるか、アルシェ家が取り潰しになるかでしょうね」
お義父様とお義母様の考えにわたくしはどうやってクラリス嬢がアルシェ家に残って婿を取れるように誘導するかを考える。
「クラリス嬢は過去はお姉様と慕った方です。今は平民の特待生に夢中になっているかもしれませんが、まだ十二歳です。更生の余地があるのではないでしょうか」
「アデライドは優しいのだね」
「クラリス嬢に更生の余地があるのでしょうか」
「クラリス嬢はアルシェ家に残って、優秀なお婿さんを迎えるというのは考えられませんか?」
「クラリス嬢を更生させて、アルシェ家も立て直せる婿か」
「クラリス嬢が二度と社交界に出ないでアルシェ家だけで過ごすのならば、それを考えてもいいかもしれませんね」
社交界追放はどうしても逃れられない道のようだ。それでもクラリス嬢がアルシェ家を継ぐとなれば、アルシェ公爵夫人の怒りもある程度はおさまるのではないだろうか。アルシェ公爵夫人が逆恨みしてこなければお義兄様は暗殺されることもないだろう。
「わたくし、クラリス嬢にも幸せになってほしいのです」
窓の外を見詰めながら切ないため息をついて、七歳の無邪気さでお義父様とお義母様に訴えかけるわたくし。ヴィルヘルム殿下が国王陛下に話をしてくださっているはずだが、お義父様とお義母様にも根回しは忘れない。
クラリス嬢が幸せになれるかどうかは分からないのだが、アルシェ家を完全に遠縁のものにされるか、潰されるかしたら、アルシェ公爵夫人の逆恨みも酷くなりそうな気しかしないのだ。
これはお義兄様を守るために必要なこと。
そのためならわたくしは何でもする!
馬車が王宮に到着する。
お義父様とお義母様が馬車から降りて、お義兄様が先に降りてわたくしに手を貸してくださる。
もうすぐお義兄様の婚約は白紙に戻り、お義兄様は自由の身となる。
そうなった暁には、わたくしがお義兄様の婚約者になるのだ。
お義兄様はわたくしが幸せにします!
お義兄様の幸せのためにアルシェ家の公爵夫妻には退いていただいて、オーギュスト様も断罪されて、クラリス嬢は婿を取ってもらうのです!
お義父様とお義母様が先に立って、わたくしはお義兄様に手を引かれて王宮の廊下を歩いて行く。招集された部屋は王宮の奥まったところにあった。
わたくしの手を握るお義兄様の手が温かい。
「アデライド、大丈夫? 怖くなったら証言なんてしなくてもいいからね」
「お義兄様、わたくし証言できますわ」
「オーギュスト様の前に出たら怖かったことを思い出して声が出なくなるかもしれない」
「そのときはお義兄様、わたくしの手を握っていてくださいますか?」
オーギュスト様の前に出てあのいやらしい目で見つめられたら、確かにわたくしも五歳でスカートの中に手を突っ込まれたことを鮮明に思い出してしまうかもしれない。証言ができなくなったら困るので、お義兄様に縋るように言えば、お義兄様はわたくしの手を握る手に力を込める。
「ずっと手を握っているよ、可愛いアデリー。どんなことからもアデリーを守りたい」
優しい高潔なお義兄様。
お義兄様の素晴らしさはわたくしだけが知っていればいいのだけれど、こんなお義兄様がいながら平民に憧れて、怯えられているのにも気付かずに権力を笠に着て平民の特待生を側に置こうとしたクラリス嬢が信じられない。
クラリス嬢との婚約は白紙に戻るのが正しいのだ。
わたくしは改めて確信していた。