アルシェ家でのお茶会から、クラリス嬢はジャンに接近している様子だった。
困りきったジャンがお義兄様に手紙を預けるので、その様子が分かるのだ。
わたくしへの手紙の中にも、奇妙なことが書かれていた。
『アデライド・バルテルミー嬢へ。
運命というものはあるものですね。わたくしは最近そのことをよく考えます。わたくしはついに運命の相手と出会ってしまったのではないでしょうか。マクシミリアン様のことは婚約者として尊敬しているのですが、どうしてもわたくしの心は運命へと向かってしまうのです。引き裂かれるような切なさがアデライド嬢には分かるでしょうか。このことは二人だけの内緒にしてくださいね。
クラリス・アルシェ』
内緒にしようにも、まだ七歳のわたくしの手紙はお義父様とお義母様がしっかりとチェックしている。手紙の内容にお義父様もお義母様も呆れ返っているようだった。
それに加えてクラリス嬢からジャンへのポエムである。
『愛しいあなた。わたくしの呼びかけに答えてくれないのですね。わたくしは婚約者のある身。あなたが答えられないのも分かります。空を飛ぶ鳥のように。野に咲く花のように。わたくしが自由になればあなたはわたくしの声に耳を傾けてくれるのでしょうか。そのときにはわたくしの胸の中で眠る妖精さんにベーゼをくださるのでしょうか』
ベーゼという単語がお好きなようで。
わたくし、クラリス嬢が使っているので調べましたが、「ベーゼ」とは「口付け」のことでした。
十二歳で口付けの話をする!?
ちょっと早すぎませんか!?
ポエムの内容もよく分からないし、困惑しているのはわたくしだけではない。
お義兄様も困惑していた。
「クラリス嬢は学園の食堂で平民の特待生と一緒に食事をとっているそうです。平民の特待生は怯えて、食べるのもおぼつかず、急いで逃げているようですが」
お義兄様の報告にお義父様とお義母様が頭を抱えているのがよく分かる。
「お茶会でも妙な手紙を平民の特待生に渡していました。平民の特待生は非常に迷惑そうでした」
もらうたびにジャンがお義兄様に預けてくるポエムと共にお茶会でも渡していた手紙をお義父様とお義母様に見せると、お義父様もお義母様ももう我慢ができなくなった様子だった。
「これは由々しき問題だ」
「アルシェ公爵家との婚約を白紙に戻すことを考えなければいけませんね」
「クラリス嬢がマクシミリアンを馬鹿にするようなことをするとは思わなかった」
「アルシェ公爵家は何を考えているのでしょう」
国王陛下に相談しなければ。
お義父様とお義母様は本気の顔で話し合っている。
国王陛下から婚約を白紙に戻す許可が出れば、お義兄様はクラリス嬢と婚約者ではなくなる。
「クラリス嬢と婚約を白紙に戻した後、マクシミリアンはどうする?」
「わたくし、マクシミリアンとクラリス嬢の婚約にずっと納得していませんでしたの。これはアルシェ公爵夫人が勝手に結んだもの。本当はマクシミリアンが学園に入学するころに相手を見つけようと思っていました」
「わたしは王弟で、バルテルミー公爵家の権力が王家を揺るがしかねないほどにバランスを崩さないためにも、マクシミリアンの婚約者は我が家から出す。つまり、アデライドがいいと思っているのだが」
「わたくしもアデライドを引き取って一目見た瞬間から、この子は生涯我が家にいてほしいと思っていました。マクシミリアンとアデライドの婚約が結ばれれば嬉しいですわ」
お義父様もお義母様もわたくしの味方だ。
わたくしはお義兄様の婚約者候補の中にしっかりと入っている。
クラリス嬢、お義兄様はわたくしが幸せにします!
とはいえ、クラリス嬢とジャンの仲を応援する気にはならない。
ジャンは本当にクラリス嬢のことで困らされているのだ。
王弟の息子で公爵家の後継者の婚約者がいるクラリス嬢に恋心を告げられても、ジャンは恐怖しかないだろう。バルテルミー公爵家の婚約者を奪ったとなれば、最悪は投獄、処罰されるかもしれない。
せっかく成績優秀者として学園に入学できて、将来は貴族のもとで働くようになってもおかしくないようになったのに、こんなことでチャンスを逃してしまうどころか、罪にまで問われてしまっては仕方がない。
前回の人生でジャンにあまり興味がなかったのでよく分かっていなかったが、実のところジャンはクラリス嬢の権力に脅されて付き合いを続けていただけで、本当は迷惑に思っていたのだと今回の人生で分かった。
「お義父様、お義母様、平民の特待生はクラリス嬢が権力を笠に着て迫っているだけのようですわ。お義兄様に助けを求めているみたい」
「そうなのです。奇妙な手紙が届くたびにわたしに助けを求めてきて、その手紙をわたしが預かっています」
「その平民の特待生は気の毒なことだね」
「保護してあげなければいけませんね」
アルシェ公爵家の権力に勝てるわけがないので、ジャンはクラリス嬢の言う通りにしなければいけない状況になっている。昼食を一緒に学園の食堂で取るのだって、ジャンはやめてほしいと言っても、クラリス嬢が押し切ってしまえばどうしようもできないのだ。
両親と弟を楽にさせるために学園に通っていい職に就きたいと言っていたジャン。
学園を無事に卒業できれば貴族の屋敷に雇われる可能性だってあるし、王宮の文官になる可能性だってある。それをクラリス嬢は自分勝手な恋心で潰そうとしているのだ。
バルテルミー公爵家の婚約者を奪ったと噂が立てば、ジャンの就職先はなくなる。バルテルミー家の当主であるお義父様は王弟であるので王宮での仕事があるわけないし、アルシェ家とバルテルミー家に逆らったということで、他の貴族たちが雇ってくれるわけがない。
そんな危ない橋を渡りたくないのに強制的に渡らされているジャン。
お茶会で顔面蒼白になっていたジャンに、わたくしは同情していた。
「その平民の特待生を助けるためにも、早急に手を打たなければいけないね」
「国王陛下にお手紙を書きましょう」
ついにお義父様とお義母様が動き出した。
アルシェ公爵家は断罪されるのかもしれない。
けれど油断をしてはいけない。
アルシェ公爵夫人はお義兄様がクラリス嬢とジャンを社交界から追放した前回の人生で、お義兄様を毒殺しているのだ。犯人ははっきりと分かったわけではないが、わたくしはアルシェ公爵夫人ならそれくらいのことはしかねないと考えている。
このことをどうお義父様とお義母様に伝えればいいのだろう。
「お義兄様とクラリス嬢の婚約はアルシェ公爵夫人が無理やりに進めてしまったことなのでしょう? それにオーギュスト様とクラリス嬢が謹慎を言い渡されたときにアルシェ公爵夫人は国王陛下に謹慎を解いてくださるようにずっと嘆願書を書いていたと聞きます」
「アルシェ公爵夫人にも困ったものだ」
「アルシェ公爵夫人は婚約を白紙に戻すことに納得しないでしょうね。そもそもアルシェ公爵夫人の教育のせいでオーギュスト殿とクラリス嬢はこのような状況になったのではないでしょうか」
「アルシェ公爵夫人にもその座を退いてもらうのがいいのかもしれない」
わたくしの言葉にお義父様もお義母様もアルシェ公爵夫人の危険性に気付いているようだった。
断罪の席は七歳のわたくしには作れない。
お義父様とお義母様、そして国王陛下に頼るしかない。
「クラリス嬢との婚約は一刻も早く白紙に戻してほしいものです」
こんな奇妙な手紙を書いて平民の特待生を怯えさせる相手が婚約者だなんて恥ずかしい。
お義兄様の言葉に、お義父様もお義母様も国王陛下に働きかけることを決めたようだった。